死人形グリムドール
ふむ。
私はヘラ様に任された2人を観察します。
こんなお仕事は初めてなので、緊張しますね。
聖獣の扱いなんか知るか、と2人に会うまでずっとぶつくさ文句を言っていたヘラ様のお気に召したようで何よりですが、私だって聖獣の扱いなんか知りません。
任されてしまっても、困るのですが。
しかし、綺麗な2人ですね…
フレイア神も綺麗でしたが、あそこまで行かないにしても、十分に綺麗ですね。何なら、こちらの方が落ち着く、好き、という人もいることでしょう。
まあ、私は必要最小限の感情かないので、何ってないですが。
さて、仕事のことを考えますか。
麗麟という人物は麒麟。血がダメなのですね。仕方がありません。気に入っていたのですが、大鎌の血を拭きますか。これは本物の血ではなく、いろいろな怨みが具現化したものなのですが、解呪すれば簡単に消えますしね。
私を呪うなど百万年早いです。
その頃にきっとヘラ様が私に飽きるから、それまで我慢することですね。
捨てられたあとなら、呪い殺されることも受け入れてあげましょう。
私に命などないのですがね。
そして、この子は執事として働くということですね。うむ…どうしましょうか…ヘラ様はわがままなので、大変なのですが、この人の良さそうな子なら……うん、大丈夫でしょう。
こちらの白愛という子は問題ありませんね。
住民管理の仕事を回せばいいんですね。
見たところ、近接戦闘はかなりのもののようですし、何度か手合わせして実力を図り、一年も指導すれば問題なくできるでしょう。
この子は魔法は使えないでしょうね。
麗麟はここに来るまでに治療魔術を使っていましたね。ますます執事向きの子です。
2人ともかなり使えるようですが、あのフレイア神の聖獣。この程度ではないでしょう。
何か、隠し球があるはず。
「とりあえず、私に隠し事は禁止とします。オリジナル魔法がある場合は見せなさい」
私がそう声を掛けると、白愛はやはり魔法が使えないと申し出ました。けど、案の定、と言いますか、麗麟はオリジナルを幾つか持っているとのこと。その大半は治療魔術でしたが、一つだけ、攻撃魔法にもなるものがあると言います。
「魔法の内容を説明なさい」
「はい、夢現、という魔法でーー」
麗麟に魔法の説明を聞いて、ピンとくるものがありましたが、これを教えてあげるのはご褒美としてとっておきましょう。
「わかりました。白愛、あなたは、近接戦闘だけですか?」
「はい……けど、神の許し、というスキルがあります」
白愛は一瞬迷ったような顔をした後、胃を決したように…いえ、悲しそうにそう言いました。
神の許し……なるほど、フレイア神の許しがあると戦闘力が上がる、と言ったスキルでしょうか。動作魔法のオリジナルのようなものでしょう。
この子はもう二度とこれを使えないと思い、悲しげだったのですね。しかし、これはさっきの麗麟のものと組み合わせると使用可能な可能性が高いですね。検討しておきましょう。
「わかりました。では、仕事内容をお教えしましょう。しかし、その前に、どのような娯楽施設があればいいと思いますか?」
ヘラ様はフレイア神が遊びに来た時に驚かせてやりたいと、本気で作られるつもりです。
この2人に任せるのがいいでしょう。
私にはその類の知識がないので。
「本日の指導は終了いたします」
あれから数週間経ち、私は午前は二人の指導、午後はヘラ様の下で執事としての仕事という生活をしています。2人には午後から娯楽施設の開発をしてもらっています。また、ヘラ様の下で働かせるほどには慣れていません。
「……はぁ…はぁ…はぁ…」
私の足元では白愛さんが肩で息をしています。虫の息と言っていいでしょう。
今日は週に一度恒例の手合わせの日。
先週は腹部の傷を10回は抉りましたが、今回は8回ほどしかできませんでした。
流石、フレイア神の聖獣。大変優秀で飲み込みが早いです。もう、死なない体で戦う上での利点と不利点を理解し、対応してきています。
しかし、私は甘くありません。
「…罰が必要ですか?」
「あ、ありがとうございましたっ!」
ビクッと方を震わせて、白愛さんは急いで立ち上がり深々と頭を下げます。
足が震えていますね、明日は筋肉痛でしょうか。
しかし、指導の後は礼を言うことをルールの一つとしているので、これを破った場合は罰を与えなくてはなりません。例え、足が震えるほどに披露していようとも。
まあ、今日はセーフとしてあげましょう。
「あ、白愛。大丈夫?」
白愛が安心したように息を着いた時、麗麟と私がやってきました。
「*******、統合」
私は私の手を握り、呪文を唱えます。と、同時に麗麟と共にやってきた私は私の中に消えて行きます。
「本当、グリム様の分裂はいつ見ても異様です…」
「そうですか?」
私はオリジナル魔法として、分裂という魔法を使うことができます。
これは、単純に身体を分ける魔法で、2人にはなれば大小として身長が半分になります。
私はこの魔法で身長の配分などもいじれるようになっていますが、基本は分裂した身体の大きさは同じにしています。
なぜならば、それらは全て、私が操作するからです。
未だ、一人のときと同じ精度で行動ができる人数は3人。もちろん、全てで同時に別の話をすることもできます。
そして、私は2人の指導のため、連日2人に分裂し、執事としての指導と管理人の指導を同時に行っているわけです。
「さて、それでは、本日もがんばって開発を行ってください」
「「はい!」」
2人は指導の終わるこの瞬間、1番いい笑顔をします。
なぜでしょう?
なんだか、私の指導が嫌だと言われているようで、気分悪いですね…
「開発の方はどのくらい進んだのですか?」
「はい、あの針の丘の向こう側の不幸の大地にて、幾つかのアトラクションを作っているところです。ドワーフの死者を多量に頂けましたので、順調ですよ」
「そうですか」
2人が提案したのは遊園地なる娯楽施設。
なんでも、人間界の表から来た死者から聞き、それの再現を試みているのだとか。
「ヘラ様も大変楽しみにされています。期待に添えるよう、頑張りなさい」
「「はい」」
それだけ言って私は城の奥、ヘラ様の元へと向かいます。2人は私の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていました。そう言うルールだからです。
まあ、監視魔法をかけているので、この後楽しげに開発のための建物に向かっていくことも全て知っているのですが、この2人は変わっているんですよね。
1度も、私の悪口、指導の愚痴を零したことがありません。
監視魔法がばれていることはないのでしょうが、この2人はいつも、この施設まで歩いている間、今日はどんな指導をしてもらったとか、早く役に立てるようになりたいとか、そんなことしか話さないのです。
そして、稀に自分たちの主の話をして、少しだけ涙を流します。
変わった子たち。
そう思いながら、私はヘラ様の御前へと戻りました。
「あの子らはどうだ?お前から見て」
仕事の合間にヘラ様がニヤニヤしながら問いかけてきました。私はあの2人から上げられた資料の整理などをしつつ、答えました。
極力、無表情になるように努力して。
「大変優秀ですね。一年は指導をしようと思っていましたが、半年もあればヘラ様の下で働かせられるでしょう」
「ほう、お前がそこまで言うのか」
私が人を褒めたことがよっぽどおかしいのか、ヘラ様はニヤニヤを倍増させました。
隠れて、そっとため息をつきます。
自分でもわかっています。私は、少々…いえ、かなりあの2人を気に入っている。それはもう、あの傷を治してあげたいほどに。
それをするためにはヘラ様の許可が必要なのですが、それをするなら、指導終了時のほうがいいのではないか、と思い申請出来ずにいました。
「お前の好きに指導すればいいがな。何か、褒美をやったらどうだ?いつも罰しか与えていないだろう?飴と鞭、緩急が必要だ」
「…やはり、そうでしょうか」
私も、そろそろアレを教えてあげるのもいいかな、と思っています。きっと、あの2人は傷を治してあげるよりも喜ぶのでしょうが。
なぜなら、彼女らが最も会いたいであろう人物に会うことができるかもしれないのですから。
「グリム、命令だ。今晩二人を呼び出し、褒美をやれ」
「…かしこまりました」
私は深く、頭を下げました。
麗麟が言うには、あのオリジナルを手に入れたのは死ぬ少し前だったとか。
運命って、ものだったのかもしれませんね。
呼び出された…。
怖い怖い怖い…
グリム様はとても強い。とても強くてとても優しく、とても恐ろしい。
彼女から受けた罰を思い出すだけで震え上がるほどに。
それは、隣を歩く白愛も同じはずだ。
何せ、顔が真っ青なのだから、その恐れぶりは私の比じゃないのだろう。まあ、毎日アレだけやられれば、恐ろしくもなるかな。
私は執事でよかったー。
コンコンッ
辿り着いた立派な扉を白愛が控えめに叩く。
緊張しているのか、力の加減がうまくいかなかったらしく、少しヒビが入ったようだ。
気にしない方向で行く。
「入りなさい」
こちらが何かを言うよりも早く、グリム様の声が中から聞こえてきた。私たちは一瞬視線を合わせて、一緒に扉を開けた。
中では、ヘラ様が優雅に椅子に座っていて、その隣にグリム様が控えていた。
「…そんなに緊張しなくてもいいですよ、楽になさい」
「は、はひっ!」
「…はい、ありがとうございます」
隣で白愛が元気良く声を裏返す。
全く、どれだけ緊張しているんだか。
「グリムに聞いた。随分と優秀なんだそうだな」
「…いえ、そんなことは」
言いつつ、頭の中でグルグルと思考する。
何をしたかな…何で今このタイミングでわざわざ呼び出される?この間ドワーフたちに働き続けてもらったとき、ついでに巨人たちにも手伝ってもらったことかな…
「謙遜せんでいい。さて、そんなお前らに、グリムから褒美があるそうだぞ」
「「…はぇ…?褒美??」」
同時に情けない声を出す。
ヘラ様はおかしそうに笑い、グリム様に目配せをした。グリム様は一つ頷き、私たちの前に来た。
「……よく聞きなさい。あなたたちが日頃、愚痴も言わず真面目に頑張っているから、ご褒美として、とあることを教えてあげます。しかし、それが本当に可能かどうかは、私にはわからないし、確かめる術もありません。ただ、試す価値はあるはずです……麗麟」
グリム様の言葉の意味がわからず、脳をフル回転させていた私をグリム様は真っ直ぐに見つめ、続きを語る。
「あなたの夢現をフレイア神に使いなさい」
本日零時に特別編を三話連続更新です
よろしかったら見てやってください




