死後の話
「……」
「……」
「なんだ?緊張でもしてるおるのか?」
「呆然としているんだと思いますよ、ヘラ様」
私と麗麟は今、頭から牛のようなツノを生やし、凄惨な笑みを浮かべた美貌を持つ女性、冥界の女王ヘラの御前にいる。
正直、一刻も早くここから立ち去りたい。
けど、死んでしまった私と麗麟は冥界に着き、目を覚ますなりこの城に呼ばれてしまい、今に至る。
主上、大丈夫かな…
主上は自分のことはなんでも平気な顔で我慢してしまうくせに、誰かが傷つくのを嫌がる。いや、自分にとって大切なものだけだろうけど。
自意識過剰…かもしれないけれど、私と麗麟は主上にとって大事な存在だったんじゃないのかな…と、思ってる。
だから、主上の今の心が、精神が心配だった。大人びていても、あの人はまだ幼いから。
麗麟も、同じことを思っているはず。
「呆然としているのか?まあ、なんでも良い。座れ。話があるんだ」
ヘラは本能的な恐怖を感じる笑みを絶やさず、それに反して、どこか安心できる女性にしては低めの声でそう言った。
私はチラリと隣に立つ麗麟を見る。麗麟も私を見返す。
ーーいざとなれば、支援よろしく
ーー了解しました
そんなやり取りをして、席に着く。
ヘラはかなり腕が立つと聞く。それに、配下の、あの無表情な人形のグリムもかなり強いらしい。というか、あの大鎌が怖い。血滴ってるし。麗麟は冥界にきてからずっと体調を崩しっぱなしだ。
「いや、悪いな。聖獣のことは詳しくないんだ。何せ、この世界には聖獣の死者なんて来たことなかったからな。悪いが、お前たちに何が良くないのかがわからない。どうしても体調を崩してしまうことなど、あるか?」
聖獣は仮にも神の使い。聖なるもので有るが故に、こんな確実に闇のものである世界では体調を崩してもおかしくない、そう考えてくれているようだ。
「お心遣い、ありがとうございます。申し訳ございませんが、ここにいる麗麟は麒麟ですので、血の匂いがダメなのです。また、見るのも厳しい。この世界は血の匂いに満ちていて…とても、体調が悪いらしく…」
言いながらグリムを見る。現に今、麗麟な真っ青な顔をしていた。ここのところずっとだが。
ヘラは私の視線にすぐに気づき、グリムに退室するよう命じた。
あの大鎌を置くという選択肢はないらしい。
「了解。何かあれば、お呼びくださいませ」
言ってスゥ、と視界から消えて行った。
何かの魔法だろう。取り敢えずは放置する。主上といたおかげで、少々のことでは驚かない。
「お話とは、なんですか?」
さっきはがんばったけど、今回は敬語になってない気がする。やっぱり、私には人を敬うなんて無理。
「いやな、私はお前たちの主に、お前らのことを頼まれていてな。誰か、私の大切な子達が来たら、気にかけてやって欲しい、と」
「…主上にですか?」
「ああ、お前たちの主とは友人関係なんだよ。だから、そう警戒するでない。私も暇していたところだし、さっきも言ったが、聖獣がここに来るのは初めてなんだ」
「……だから、私たちを助けてくれる?」
「ああ、物珍しいからな。しかし、助ける、のは、少し違う。私はお前たちを生き返らせたりはしない。出来ないのではないがな」
ヘラは意外に饒舌だった。
もっと怖いと思ってた。
それに、死はもっと痛くて辛いと思ってたし、死んだら全てが終わりだと思ってた。
死後のことなんて、誰も知らないから、情報なかったけれど、これなら、死後の方が楽なのではないだろうか?
麗麟が色々してくれたのにも関わらず、私の腹部の傷と麗麟の首の傷は消えなかったし、死んだ時と変わらずそれはとても痛くて熱い。苦しみを伝え続けるけれど、言ってしまえば、それだけで。
主上はきっと、私たちが死んだのを辛く思ってくれているのに、
私たちにはさして問題もなくて、こんなことを考えていて。
申し訳なくなる。
そう考えると、とても辛くなる。
「どうした?話、聞いているか?」
「あ、すみません…。聞いてませんでした…」
ヘラが怪訝そうに私の顔を覗き込んでくる。
私は慌てて謝罪した。
「ああ、謝らなくていい。こっちに来て、日も浅いだろう。傷が痛んで、話どころではないか?話はまた日を改めようか?」
まあ、傷の痛みがなくなることはないんだがな、慣れろとヘラは続けて微笑んだ。
とても優しそうに、微笑んだ。
「……?なんだ?」
「あ、いえ…」
思わず見惚れてしまう。ヘラって、こんなに優しい人だったんだ…。
そう言えば、フレイ神が言ってたかも。ヘラと戦ったとき、超楽しかった、あいつ、いい奴って。
死んでから思う。もう二度と会えなくなってから思う。もう一度、師匠と呼びたかったな。
私と、富白の武術の師匠。
そう言えば、麗麟も先生って呼んでたのは指導されてた頃だけだった。懐かしくて戻りたい、大切な日々だった。
「…それで、話なんだがな。お前ら、私の元で働かないか?」
「「……は?」」
死んでから気を失い、気がついたのは冥界の入り口で、そこにはすでに先ほどのグリムがいた。それからここに案内されて冒頭に至るわけだけれど、その間何も会話をしなかったわけではない。さっきも言った通り、麗麟の治療魔術も行ったし、ヘラの御前に来る前にグリムから冥界の常識を教えてもらっていた。
その話によると、この城、つまりヘラの下にはグリムしかおらず、残りはただ増えて行くだけのただの住民で、城の管理もヘラの世話もグリムが行っているらしい。
それなのに、ヘラの元で働かないか?と言ったのだ。私と麗麟があの反応をするのも、当然のことと言えるだろう。
「えっと、どういうことですか?」
麗麟がおずおずと問いかける。先ほどよりも幾分か顔色が良さそうだ。それを見て、密かにホッとする。
「うん、説明しよう。実は、私とグリムはここ一千年ほど働いてなかった。私らの…というか、ここの王たる私の仕事内容は住民たちの管理なのだが、この一千年間は揉め事の解決や相談の受付などを代わりにやってくれるやつがいたんだ。しかし、先日ここを出て行ってしまってな」
一千年?ここを出た?
そんなワードとお節介な行動から、その人物に思い当たる。
「…主上……フレイア神ですか?」
私と同じ結論に至ったのか麗麟が問いかける。ヘラはゆっくりと頷いた。
神々で唯一死を経験した人物。それが私たちが愛するフレイア神だ。
彼女は常に暇を持て余し、未成年の頃から兄と共に人間界に出て暴れ回り、成人後ももちろん人間界に出て暴れ回るし、アスガルドでもその権力を持つしで有名だった。常に兄妹で動いてて、初めは他の主要神たちよりも立場も力も弱かったのに次第に主要神の中でも2人でなら勝てないものはいないほどに成長した。そして手のつけらなさに拍車がかかっていた。結局、落ち着いたのは二千年前だったはずだ。兄妹の片割れ、フレイア神がアスガルドから出たことによって、フレイ神も流石に敵なしではなくなったし、何よりも、酷い落ち込みようだった。
とにかく、そんなやんちゃな2人だが、とても人気は高かった。それはもちろんあの美貌も人気の要因に含まれるのだろうけど、それだけではもちろんない。
あの2人が行うことは、いつも筋が通っていて、正しくて、優しかった。
あの2人は何かを助けることをモットーとしていたのだ、と私は思う。
私と出会う前、麗麟と出会った頃の話を私はよく知らないけれど、未成年だったのに人間界に降臨りて、人身売買の組織を潰したとか、連続殺人犯が超強くてどうしようもなかったときに2人で捕まえてやったりとか。
そんなことをしていたらしい。
まったく、物好きな神たちだ。
さて、そんな神だからこそ、私はここでそんな面倒なことを買って出てた人物なら、主上意外に思いつかなかったというわけだ。
ヘラからの返事は、もちろん肯定。
「うむ。その通りだ。それで、お前らには住民の管理をやってもらいたい。何、簡単なことだ。喧嘩してるやつらを止めてやればいい。できるか?」
「…私はできますが……麗麟は…」
チラリ、と麗麟を見た。
これもグリムに聞いたことだが、ここでは致命傷はどうやっても消えないそうだ。そして、ここでは殺すことは不可能だから、致命傷を抉ってやることになっているらしい。
溺死とか、感電死とかそんなんでしんだ方が幸せだったりするらしい。
少なくとも、ここでは。
けれど、麒麟である麗麟にはそんなことはできないだろうしさせられない。させたくない。
「ああ、そうか。血がダメなんだったな。なら、お前はグリムの仕事の一つである私の世話をしろ。どっちも、グリムにいろいろ教われ。おーい、グリムッ!入ってこい」
ヘラはせっかちなようでもう話をまとめてきたし、こちらの承諾も聞いていないが、どうやら本当に優しい人らしい。麗麟のことを汲んで考えてくれて本当によかった。
「はい。ヘラ様」
「こいつらの教育をしろ。じゃあ、私は寝るぞ」
そう言って部屋を出て行こうとするヘラにグリムがおやすみなさいませ、と言って深々と頭を下げた。とりあえず、私と麗麟もそれにならう。
「あ、そうだ。お前の主のアイディアなんだがな」
ドアを開けたところで思い出したのか振り向き、悪戯っぽい、しかしどこか真剣な笑顔を浮かべながら、
「娯楽施設を建てたらいいそうだ、ここは」
そう言って今度こそ部屋から出て行ってしまった。
ごめんなさい、予想外にも明日へ続いちゃいました。
明日で完結するはず!多分だけど!




