神の会議
いつも通り、ルイードの稽古を終えてからの食後、ルイードとリコがここのジジイに連れられて行くのを見送ってから、割り振られた俺の部屋にはイズンが来ていた。
「さてと、じゃあ、会議を始めるか」
「そうよ、さっさと始めて」
イズンは自分が呼び出されたことにより御機嫌斜めだ。だって、俺がイズンの部屋に入ってくのは、なんか、まずいだろ。
ちなみに、お互いの部屋ですると言う手もあったが、呼んでから思いついたのだから仕方が無い。幸いイズンはそれに気づいてないんだし、そんな方法、思いつかなかったことにしておこう。
『……ちょっと、既にそこ、険悪な雰囲気なんですけど。どうして仲良くできないのよ、バカフレイ』
あんた長く生きてるでしょう、とため息が聞こえてきた。挨拶代わりの毒舌、舌足らずな幼い声。間違いない、フリッグだ。
『長く生きてても喧嘩することくらいあるだろう。そう責めてやるな。イズンも、くだらないことで機嫌を悪くするんじゃない』
そう、俺を庇ってくれたのは落ち着いた大人の声。最年長のオーディンだ。フリッグの後に聞くとより渋く聞こえる声で飽きれたように言っている。
「バルドルは今回は参加するのか?」
バルドルはあまり会議に参加したがらない。聞いてはいるのだが、発言をしないのだ。なんか、主要神に引き目を感じてるらしい。意味がわからない。
『あー、どうかしらね?』
『あ、無理だと思うぞ。今はまだ回線に入ってきてないが、入りはしても参加はしないだろ、いつも通り』
「フレイアが絡んでるのに?」
『今、ウルズのやつが来てんだよ』
「なるほど」
バルドルは俺らの受付をやってくれてるから、来客が多い。つまり、俺らよりもずっと忙しいのだ。その分、遊びっぱなしの俺らよりはずっと常識的な発言をしてくれるため重宝するのだが、無い物ねだりをしても仕方が無い。同じ場所で一同に会する場合はともかく、こんな通信での会議では司会はいらないからしてくれないしな。いや、頼めばきっとしてくれるんだろうが。
「じゃあ、顔も出さないかもな」
いや、声だけれども、
神々はウルズがちょっと苦手。
そんな、会議前の無駄話をしてる時だった。
『あー!あー!んん?繋がったかな?もっしもーし!』
突然、綺麗なソプラノの声が聞こえてきた。楽しげなその声は、あっている自信のある問題の答え合わせをするかのように弾んでいた。
「あ?誰だ?」
「誰〜?」
『んん?まだ参加してない人って誰だったかしら?』
『えっと…もちろん、ロキを切っているからトールだけのはずだが?』
主要神の女神って三人だけだからな。フレイアにピアスがない以上……ん?
「なぁ、アクアはピアス持ってるだろ?」
『あー、渡したわね。だけど、この会議に入るかしら?』
フリッグの冷静な突っ込みに押し黙るが、一度思ってしまうとこの楽しげな声は妹のものにしか聞こえない。しかし、アクアが入ってくるだろうか?口調もなんだか違うようだし…
『わーたーし!私だよ?フーレーイーアーっ!』
みんなが黙ってしまうと少し不満げにそんな声が聞こえてきた。
そうそう、フレイアの声にしか聞こえないもんな。うん、フレイアの声だよな……
「って!フレイアっ!お前ピアス持ってないだろっ!?」
『そ、そうよね?私まだ新しいの作ってないわよ?』
「フレイア先輩ってホント、なんでもありですよね」
驚いたような俺とフリッグの声と冷静なイズンの声が脳内で木霊した。これの難点である、自分の声が遅れて聞こえてくる現象は叫ぶとなおのことウザい。どうにかしろと何千年か前から言っているのだがフリッグは忙しいらしく改良してくれないのだ。
『あのねぇ…そのピアスの材料は私の涙だよ?それを流す本人が使えて何がおかしいのさ?』
「『た、確かに?』」
今一つ納得はいかなかったが今日はそれで納得することにした。
「さてと、じゃあ、話を始めるか」
フレイアに聞かれて困ることもないし、フレイアの方の近況報告も必要だ。本当は麗麒にさせようと思っていたが、別にフレイアからだって構わない。
まずは何の話をしようかと思っていると向かいに座ったイズンが
「てか、いつ帰るんですか?フレイ先輩。仕事サボりすぎでしょ」
と、馬鹿にするような顔で言ってきた。
今更だが、なんでこいつはここにいるんだろう。あっちに残ってくれればあっちの近況報告はこいつができたのに。
「ボチボチ帰るよ。というか…俺の仕事は巨人狩りだからな。あれ以来、ロキが止めてるのか知らんが、目立った動きがないんだよ」
俺やトールの仕事は巨人狩りしかない。あとは、まあ、自宅警備員?自宅っつうか、世界を警備してるんだけど。他の世界が容易に手を出せないように睨みを利かせる役だ。
要は、基本暇なのだ。
最近はずっと忙しかったが、こう大人しくされると俺らの仕事がなくなってしまう。ボチボチ戻らないとなぁとは思っているが。
「本当、いいですよね、戦闘職は。私とか…結構忙しいんですよ?」
「お前、主要神には戦闘職のやつばかりなのを忘れているのか?お前とバルドル以外全員だぞ」
まあ、確かにイズンは色々と忙しいんだろうけど。
何せ、アスガルド唯一の病院の院長だからな。病院っても、イズンが魔法使うだけだから小さなものだが。
『バルドルだって一応戦闘職だよ。受付が本職じゃないぞ?』
『そうよ。あんまり人の子供をバカにすんじゃないわ』
オーディンとフリッグが不満そうに言ってきた。
「うおっ!オーディン夫妻に怒られた」
そう言って茶化そうと思っていたのにすぐに爽やかな青年の声がして止められる。
『フレイさん、気にしないでくださいね?僕が戦闘職だなんて、図々しいにもほどがありますから』
「おおっ!?バルドルじゃんっ!ウルズは帰ったのか?」
帰るわけないじゃないですかぁ、という弱々しい声が響いて、参加している神々から同情のため息が聞こえてきた。
「何?何なの?今日の要件は何なの?さっさとお引き取り願えって!下手に妖精女王を怒らせるわけにもいかないんだからさ」
『それができたら苦労はしてませんよぅ』
ウルズはかなりの気分屋なので困る。あれで力と権力を持っているからなおのこと困る。
『今回の要件は、フレイア神救出に一役かったことに対する謝礼についてですね。要は、なんかくれってことです』
「ちっ、図々しいやつね…」
「……」
バルドルの話にイズンが舌打ちと共にそんな言葉を漏らした。
俺たちはそれを聞き流すことにした。なるほど、偉澤のあの性格は飼主に似たんだな。
『何をあげようかしら?あの人、半端なものじゃ納得しないのよね…』
基本的に物品を管理しているのはフリッグだ。もちろん、神を代表しての贈り物などもフリッグが決める。そのため、フリッグはこの場を借りて決めることにしたようだ。
「バルドル、今、頭だけで通信してる?」
『いえ、ウルズさんに部屋でお待ち頂いて、外で普通に声を出してます』
ピアスでの通信は脳内だけでも十分に可能だ。しかし、その場合は通常の倍近くの魔力を持って行かれる。別に、俺らからしたらその程度、微々たるものなのだが、こうして無駄話もするから少しでも消費魔力は軽い方がいい。塵も積もれば山となるってやつだ。それに、脳内での通信はかなりの難易度を有する。あれを自在に扱える者は未だいないのではないだろうか。あ、アクアはやっていたかもしれない。もしかしたら、感覚的に。
『聞かれないように注意しないとね…何処かの誰かさんはピアスの通信回線を割り出して割り込んできてしまったことだし、それは可能のようだから』
『あはっ!誰の話ー?』
お前だよ。
フリッグの呆れ声に、フレイアが楽しげに答えた。
ピアスの通信は一度に多数の人数が参加できることと、ピアス自体に術式が組み込んであるのでいちいち詠唱や陣を必要としないことを除けば、普通の通信魔法と何ら変わらず、それぞれの有する回線を入れば盗聴も可能となる。
まあ、フリッグが作った神器がその程度のはずはなく、盗聴対策として毎分自動で回線を変更しているのだが、どうやらフレイアはその全ての回線にほとんどノータイムでつないで来ているようだった。
怖い。
『ところで、トールはどうした?』
「あー、どうしたんだろ。なぁ、オーディン。トールを気にするのはもっともなんだが…さっきから問題提示ばかりで一つも会議を行っていない。さっさと解決して行かないか?」
本来の目的であるはずの今後のことの相談や近況報告、そして、さっき言ってたウルズへの謝礼。それらを相談しようと言っているのに、各々が自由に話すもんだから、学生の仲良しグループの休み時間みたいになってしまっている。しかし、俺たちはそんな背景に花でも飛ばせそうなほのぼのした集まりではなく、結構真剣な集まりのはずだ。この回はシリアスモードになるべきではないのか?
『そうは言ってもねぇ、トールはなんで不参加なの?基本は参加で決まっているでしょ?』
会議への参加は主要神の数少ないルールの一つだ。
というか、初めの話題はやっぱりそれか。今回はあまりトールは関係ないように感じるが。いや、話し合いに限ってだけど。戦闘には参加して欲しい。巨人殺しの異名は伊達じゃないからな。
『聞いてはおる。だから、さっさと進めろ』
「聞いてはおるって、今参加しただろ?参加人数わかってんだぞー」
トールの少し苛立った感じの演技も虚しく、遅刻がばればれなのだった。
というか、何度もピアス会議をしているのに、どうして現在参加人数がわかるってことに気づかなかったんだ、このおっさん。
『じゃあ、ウルズへの謝礼から相談していい?バルドルもさっさと帰ってもらいたいだろうし』
「ああ、そうだな。……」
バルドルからの返事がない。どうやらウルズの相手に戻ったようだ。早く決めてやらねばならないな。
『適当に神器渡しとけば??フリッグ、弟子が作ったショボイのあるでしょ?』
フレイアがそう提案する。まあ、その辺りが普通は妥当なところなんだがな。
『そういうわけにもいかないのよね…ウルズにあんなの渡したら一瞬で壊れてしまうわ。それに、あいつ、なぜか鑑定魔法も持ってるのよ』
フリッグが面倒そうにため息交じりに言った。そう、あいつはなぜか鑑定魔法を所有し、自分の私物は全て鑑定して結果を記憶するという謎の趣味がある。鑑定されれば製作者がバレるし、弟子のものならもう助けに来ないと言うだろう。妖精界と不仲になるのはあまり褒められたことではない。
しかも、だ。あいつは魔力調節が苦手だから自分に流れてるのと同じ量の魔力を武器にも流してしまう。そうすると、弱い武器なら魔力量が多過ぎて壊れてしまうのだ。
本当、面倒なやつである。
「取り敢えず、菓子とかでいいだろ?女神のとこ連れて行けば?」
『あー、彼女甘いものが大好きだもんね。自分の命よりも大事にしそうだよね』
『え…私のおやつがなくなるじゃない……はぁ、仕方がないわね』
フレイアの少し失礼な発言とフリッグの切なそうな声の後で、
『では、ウルズさん。今回の謝礼はアスガルドの食べ物を食べ放題ということで』
という晴れやかなバルドルの声が脳内に木霊していた。
あ、そういえば、随分前に活動報告を更新しました。
よろしかったら読んでください。




