剣士の家
「……」
「いやぁ、お疲れ様だ、ルイードっ!」
汗一つかいていない満面の笑みの美男子を俺は半目で睨んだ。
この世は不平等だらけだ。
「というか、きついよ!何なんだよあのメニューは!殺す気かっ!?」
城を出て実家に帰ってきて早々、フレイは俺に剣の指導を始めると言い出した。それから数週間が経った。毎日鬼のようなメニューで扱かれる俺。
そして、今日もまた日もとっくに暮れて暗い道(敷地内)を2人で方を並べて歩いているというわけなのだが…
さっきも言ったが、この男の指導は鬼だ。
なんせ、第一声が
「じゃ、俺を倒してー」
だからな。
その時の俺の気持ちは
「うん、無理」
だが、今の俺の気持ちは
「うん、絶対に無理」
だ。
人は、学べば変わるものである。
基本的には俺が攻め続けるだけで、フレイはずっと、受けるだけ。
一度も攻めてこない。
そのため、防御を完全無視した戦闘を行えたのに、だ。
俺は、フレイに剣をかすらせることすら出来なかった。
「まあまあ。剣あげたんだからそう睨むなって」
「うっ…ま、まあ、それはありがとう」
俺はフレイが昔愛用していたという剣、キラサギをもらった。
斬れ味がとてもいいという話だが、未だ何にも擦りすらしていないためわからない。
レベルの低いフリッグの弟子製のものだそうだが、一応神器なのだそうだ。
よくわからないが、とても嬉しい。
「坊っちゃまー!お夕食が出来てますよーっ!」
母屋の窓からそんな声が聞こえてくる。本当に、キサラはどこまでも辱めてくれるやつだ。
「ははっ!お前は元気な使用人を持ってるな」
「あー、なんか、身寄りがないところをウチが引き取ったらしくって…まあ、そんでウチに熱心に恩返ししてるつもりなんじゃないかなぁ」
キサラはとても元気だが、実は昔、人身売買の商品として誘拐されてきたという過去を持っている。央都に来たのはそれが理由で、その時に両親と生き別れたそうだ。
「ふぅん…で、お前らのとこが買ったってことか?」
その話をするとフレイは何処かつまらなそうな顔でそう言った。
「いや、それがさ、歴史の本にも残るほどの大事件の模倣犯みたいのが流行ってるんだ」
「模倣犯?」
俺は大昔にあった人身売買会場襲撃事件と、その後、その事件の犯人の片割れと同じ特徴を持った男が度々同じことをしている、という央都の七不思議の一つを語ってやった。
結果、フレイの顔が青くなった。
「…なぁ、犯人の特徴って、金髪碧眼なんだけど」
「オレソンナノシラナイヨ」
犯人みっけっ!模倣犯じゃなくて、すべて本人でしたー!
七不思議の一つを解明した日だった。
母屋の食堂にはこれでもかっ!というくらいのご馳走が並んでいて、既にリコとイズンが席についていた。リコは眠たげに、イズンは何か口論をして待ってくれていたらしい。
ただ、口論、と言っても、相手がいない。さっきから1人でキレているように見える。しかし、あれは度々アクアも見せた行動で、ピアスで通信をしているときなんだとか。じゃあ、口論の相手はオーディンだろうか。
「もう成人してるんだからいいでしょ?もう何日も食べてるし。お腹すいたーっ!食べるよ?食べるからね??」
どうやら、ここのご飯を食べていいかどうかでもめていたようだ。
「神って人間界の飯食えねえの?」
アクアはめちゃくちゃ食べてたが。
「いや?俺は食うし、フレイアも昔から食ってるぜ?ただ、成人してない神は人間との接触禁止なんだよ。イズンはもうしてるんだけど、あいつは林檎生成があるからな。あんまりアスガルド以外の飯を食わせたくないんだろ」
「ふぅん?」
なんか、いろいろあるようだった。
神って何歳で成人するのかな。ここと一緒で20歳かな。いや、それだと、寿命に対して子供である期間が短過ぎないか?いやいや、そもそも、イズンの外見と精神年齢で成人してるって。神々の精神年齢は若いのばっかりか?
「そりゃ、年月を重ねるごとに精神年齢を上げていたらオーディンなんか、もう、あれだぞ。ホントあれだぞ」
どれだよ。
とにかく、神々は暇だからが行動原理だから無駄に精神年齢を取ることはないのだそうだ。
無駄って俺らの一族はどうする。
10歳くらいで大人と思考能力が追いつくぞ。
そんな会話をしつつ席に着くと向かい側にイズンの勝ち誇ったような笑顔があった。
どうやらここのご飯を食べられることになったらしい。
オーディンって女神に勝つのだろうか。
今のところそんなとこは見ていない気がするが。
いやいや、アスガルドだったら強いのかもしれないじゃないか。何考えてるんだ、俺。
俺は、オーディンは人間界では女神たちよりも立場が弱く見えるが、アスガルドでは強いと信じることにした。
食後、俺は爺さんに呼ばれて爺さんの部屋に来ていた。
なぜか、リコも一緒に。
なぜかで言うなら、リコがここで寝起きしていることもかなり謎(アルフレッド家は城を跨いだ向こう側)なのだが、今は置いておこう。
「何のお話ですか、お爺様」
薄々わかっているのだが、一応お伺いを立ててみる。というか、あまり予想通りの返答は望んでいない。
人には直視したくない現実、触れて欲しくない真実って奴がある。
「うむ、お前は自分の身分、そして将来の自分の立場をわかっているのかと思ってな」
「……」
身分、立場、ね。
昔から爺さんはそれにこだわる。王家に気に入られた大貴族としての言葉遣いや、動作を厳しく教え、剣の稽古以外で人に手をあげようものなら数日間休みなく素振りをさせられた。嫌な思い出ばかりだ。
「我がレオバード家の次期当主の最終学歴が…まさか、まさか…」
「小学校中退ってわけにはいかないですよね」
爺さんが首をふるふると力なく振りつつ言いにくそうにしていた言葉を隣に座るリコがさらっと言ってしまった。
本当に空気を読まないやつである。
「そう、そうだ!お前の最終学歴がしょ、しょ、小学校中退…そんなのは認められんっ!それを、あの忌まわしき一家に知られてみろ……ワシは…ワシはっ!」
「落ち着け、ジジイ」
爺さんは俺が思わずジジイと呼んだことにも気づかない様子でプルプルと肩を震わせていた。本気で思いつめているらしい。
ただ、問題が…
俺は心の中で必死に空気を読んでくれるように祈っていた。
しかし、無情にも、願いは聞き届けられなかったようだ。
「ルイードさん?忌まわしき一家って、どこですか?」
「リコ……」
問題は、そこの次期当主が俺の隣に座っているということだ。
お前のとこだよ、とは口が裂けても言えない。
リコはこの家に来た晩に爺さんにアルフレッド家の娘に似ていると思われ(あってるけど)、名を問い詰められた。そのとき、奇跡的に普段のマイペースぶりを発揮してくれ、「あ、リコです。よろしくお願いします」と、家名を名乗らないでいてくれたのだ。おそらく長きに渡る(たった数年)冒険者生活の中で家名を名乗る機会が少なかったためだと思われるが、俺にとっては僥倖だった。
なぜなら、ウチとソコは超仲が悪い。
アルフレッド家はウチを脳筋だとバカにし、ウチはアルフレッド家を貧弱だとバカにする。
魔術に長けた一家と剣術に長けた一家ではそれも仕方が無いことなのかもしれないが、代々伝統的に仲が悪いのだった。
しかも、なぜか当主の年齢が近くなる。
現に、ウチの現当主、つまり爺さんとアルフレッド家の前当主は学生時代席を同じくした仲だった。
それはそれは仲が悪かったそうだが。
そう言えば、父さんとアルフレッド家の現当主は親友だった。爺さんが俺を次期当主に選んだのはその辺りが絡んでいるのかもしれない。
「お前はアルフレッド家を知らんのか?小娘…我が誇り高きレオバード家と肩を並べようとする、愚かな一家のことよ…」
「? 別にウチはこの家のことなんて気にしないで仲良くやってますよ?」
爺さんの偏見に満ちた台詞にリコは首を少しだけ傾げて言った。瞬間、爺さんの目が光る。
「何?やはりお前、アルフレッド家の者か?!」
爺さんの鋭い視線にリコは臆することなく…
「? はい、リコ・マーヤ・アルフレッドと申します」
「名乗ったッーー!」
首を傾げて何を今更と言ったような顔でリコが俺を見ていた。俺は耳を両手で強く塞ぎ、目をぎゅっと瞑って現実逃避を図った。
「り、リコ・マーヤ・アルフレッド…?そ、それは…あの家の次期当主ということかっ!?」
爺さん、大激怒。
や、やばい!激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだ!
「?だから何です?」
未だに状況をうまく掴めていないリコを放置することにしたのか、爺さんが俺に向き直ってきた。
「おいっ!ルイードっ!お前!現実逃避してないで状況を説明しろっ!なんでお前とあの家の娘の仲が良いんだっ!!」
「べ、別に誰と仲良くなってもいいでしょうっ!?お爺様には迷惑をかけていませんっ!」
それから俺は2時間ほど爺さんに怒鳴り散らされたのだった。
あ、リコは途中で眠くなったらしく居眠りをしていた。
「…お、落ち着きましたか?お爺様、あんまり怒ると早死にしますよ?」
ふぅーふぅーと肩で息をする自分の祖父を心配してみる。というか、今死なれたら、俺が当主になってしまうんだよな。
しかし、リコのおかげで今日のメインの話が流れたのは嬉しい誤算だ。
それでも、数日後にまた呼ばれるんだろうけどな。
「全く…とにかく、明日にはこのアルフレッド家次期当主を家に戻すぞ」
「はい」
それには全面的に同意した俺だった。
部屋に戻り、冷静に考えてみる。
この国は、ガルシア家が王家についてからと言うもの、教育に力を入れてきた。
小学校は義務、中学校は半強制、高校は自主的に。
そんな感じで子供達は学業に勤しむことになる。まあ、小学校卒業だけのやつが5割、中卒が3割、高卒が2割ってところだ。
さて、先ほど怒鳴り散らされていたリコは高校中退だ。これは王によるものだが、本人もそんなに勉強をしたいわけでもなかったらしく、二つ返事での承諾だったと聞いている。
じゃあ、他のパーティーメンバーはどうか。
ウンディーネは論外だ。あれは住民じゃない。というか、人じゃない。
ノアさん、ノトさんはどうだろう。ノトは猫だとして、ノアさんは高卒だろうか。まあ、あれだけの魔法の使い手だし、色々知ってるし、高卒なのだろう。
麗麟と白愛は行ってないだろう。そもそも、学校を知らないかもしれない。
では、アクアはどうか。
あいつはああ見えて5歳。まだ学校に通える年じゃない。
では、通うのだろうか?来年になったらあいつはここの何処かの学校に通うのだろうか?
既に魔術は完璧、槍術も細かいところを指摘しなければできてるし、何より本当の槍術よりもずっと実践向きの闘い方をしている。
まあ、それは実践で磨いたのだから当たり前なのだが。
一般教養は低いにしても言葉遣いは大人のそれと大差ないし、何よりも冒険者としてのレベルが高いことから別に学業は必要ないんじゃないかと思えてくる。なぜなら、仕事につけなかったら冒険者をすればいいのだから。
しかし、今、あいつは城にいるのだからその年齢になれば通わせられることだろう。
正直言えばかなり制服姿が見たいが…
「…あいつが通ったら俺も復学しようかな」
気に入らないやつはとことん嫌がるからな。いじめの対象にならないように、しっかりと見守ってやろう。
もしも、俺が自由になれる日が来るのなら。
なんか、ルイードもアクアもヒキニートですね。
学生という身分を授けようかな。
とか、思ってみたりww




