城での生活
「…はぁ!…はぁ!」
私は生きせき切って走っている。
長いスカートがウザい。こけそうだ。
「…はぁ!…はぁ…はぁ……」
ちょっとした物陰に隠れて辺りの様子を伺った。バタバタと人の走ることがする。それに紛れて「いた?」「いないー!」などの会話も聞こえてきた。
見つかったらたまったものじゃない。
私は物陰から出てまた走ろうとした、が。
「つっかまえた!」
「あうっ!」
出てすぐに人に当たり、抱きかかえられる。
「やーだー!離してよ!お母さんっ!」
「うふふ。いーやっ♪おーい!みなさん!アクアいましたよー!」
「ぬきゃー!何呼んでるのー?!!」
私が大暴れするも、首に付いた首輪の所為で魔法も使えず、年相応の姿、つまり5歳で固定されているため、大人の身体には敵わない。
「あ!フレイア様!アクア様を捕まえてくださったんですねー?!」
「ありがとうございますー♪さあ、アクア様っ!続きをしに行きましょうー?」
「い、や、よ!ぜぇったいにいやぁ!お母さんっ!離してよー!」
叫ぶ私なんてお構いなく、お母さんは私をその使用人の人たちに渡した。その人たちも嬉しそうに受け取りにこにこと抱えてくる。やはり敵わない。
「じゃあ、ほどほどにしてあげてね?始め来たときのように大人な精神じゃないから」
「「はぁーいっ!」」
「うわぁーん!お母さんの馬鹿ー!」
そうして私は使用人の人たちによってつい先ほど逃げてきた城の一室に戻されるのだった。
「ふふふー!本当にかわいいっ!お人形みたいですねー?!」
「今度はどれをきますかー?」
「普段着がきたいですっ!!」
私が城に保護されてもう数週間が経った。
初めの頃に二千年前の話を聞かされた。そして、私の出生の話も聞いた。私はフレイア神によって生み出された、死ぬための道具。身代わり。それについて、思うところがないわけではないけれど、フレイア神が私の生みの親であることには変わらない。そして、その話を聞かされて以来、私にはいくつかの変化があった。
まず、フレイア神によって半ば強制的にお母さんと呼ばされるようになった。
そして、精神の共通化を解かれた。
だから、今まで何があってもそこまでのショックを感じなかった精神が急激に弱体化してしまった。
おかげさまで、話し方も、接し方も、表情も、みんな、子供みたいになってしまった。
いや、まあ、素で思考能力は高いんだけどね。
そして、その頃からだろうか…使用人の方々に着せ替え人形をされるようになったのは…。
「普段着?何の話ですかー?」
「知らないふりをしないでくださいよ…もう」
「…んー、やっぱり、お母さんの前の時みたいに顔に感情を出してはくれないんですねー」
「ふふふ、話し方も変わっちゃいますしね…」
「…意図してしてるわけではありません」
使用人の人たちはいつもこう言う。
私はお母さんの前以外では以前とあまり変わらないらしい。
「…んー、じゃあ、今日はこれをーー」
「こらー!あなたたちまた仕事をサボってアクア様で遊んでいたのねー!?」
「「ひぃ?!メイド長?!」」
一通り服を着せられ、髪を弄られ化粧をされたとき、部屋のドアが勢い良く開き、私で遊ぶメイド達よりも若いメイド長が頭にツノを生やして怒鳴り込んできた。
彼女は鬼族。
力がやばい。
「申し訳ございません、アクア様」
「いいえ、気にしないでください。それでは、これで。アリシアさん、仕事がんばって」
私がそう言うとメイド長はにっこりと笑って頭を下げた。
私は自室へと戻ることにした。
「あ、おかえりなさいませ、アクア様」
「ただいま、莉八ちゃん」
私は莉八ちゃんをぎゅーっとした。
今や私の方が小さい。
ちょっと切ない。
「どうされたんですか?」
莉八ちゃんは私の頭を撫でる。にこにこと楽しそうに。
先日聞いたのだが、アスガルドには莉八ちゃんよりも幼い子がいないそうで、私の存在が嬉しいのだそう。
最近はとても仲よくなった。
「格好を見てわからない?」
「んー、そのネックレス、本当に好きですね。その白のドレスにとてもよくあっていますよ」
「……あ、ありがとう」
全然着眼点が違うけど。
私は顔を赤くして答えた。
私が今日着せられたのは白いワンピースドレス。スカートは前が長くて後ろが短いタイプ。胸元より上は剥き出しで寒いので外出用の黒いパーカーを羽織る。
そして、私の胸元では二連の黒い宝石が付いたネックレスが輝いていた。
「髪も、可愛くしてもらいましたね」
「…うん」
私は今日、ツインテールにされている。しかも巻かれている。もうよくわからない。
「かわいいですよ?ねぇ?ユニズさん?」
それでも嫌だったというように抱きつく私を見て、莉八ちゃんは首を傾げた後、後ろのソファに座っていたユニズにら声をかけた。
「…えっ?あ、ご、ごめんなさい。聞いてなかったわ。アクア様、おかえりなさいませ」
「…ただいま」
ユニズもウンディーネも読書が好きらしくこの城の書庫から本を借りてきてよく読んでいる。そして、読み始めると集中し切って周りの状況に気を回せなくなるのだ。
「お、アクア。おかえり。かわいいじゃないか」
「…本当に?ウンディーネ?」
ウンディーネも気づいたらしくにこりと微笑んでくれたので私は莉八ちゃんから離れ、ウンディーネの元へと向かった。ウンディーネは両手を広げて私を迎えてくれ、軽々と抱き上げられて膝の上に乗せられる。
「うん、かわいいぞ。アクアは本当に何をきてもかわいいな」
「…ん、ありがと」
今までに着せられた服は数知れない。
しかし、一着だけ、私が泣き崩れてしまったためきていない服がある。
チャイナドレス。
あれを見た途端、白愛のことを思い出してしまって、着れなかったのだ。
みんな、それをわかってくれたのか、誰も話題にはあげなかった。
「ん、アクア様。おかえりなさいませ」
その時、富白たちの部屋から偉澤が出てきた。
私もただいまと返事をする。
「今日も着せられたのですか。大変でございますね(ナイスっ!メイドナイスっ!毎日いい仕事するなぁ。もうちょっと露出高くてもいいけどなぁ。パーカーぬがねぇかな)」
「……う、うん。そうね、大変よ」
彼の心の声は聞かなかったことにして、前のファスナーを締め、フードを被った。莉八やウンディーネたちが苦笑する気配を感じる。
「ちっ」
「舌打ちっ!?」
偉澤が舌打ちした気がしたのでそう叫ぶが、偉澤は何のことかわからないと言った顔で首を傾げるばかりだ。
私はそれも聞かなかったことにした。
「あっ!アクア!帰ってたのー!」
「むむ!お母さんっ!さっきはよくもーっ!」
「はいはい、怒らないの〜」
今は腕にかけていた海蛇の憂を掴んだ手を握られ解放できなくされる。
「はーなーせー!」
「おかえりなさいませ、アクア様」
「おかえりー。大変だね?」
「あ!富白、麗麒!ただいま!そして、お母さんの手を取ってっ!」
「ここでそれを解放されたくないので無理です」
にっこり、と麗麒に拒否された。
富白も無理だよって言って頭を撫でるだけだ。
「…富白……」
「んん?」
その笑顔が、なんとなく、
初めて会った時と違う気がして、私は言いかけてしまった。
しかし、すぐに首を振る。
「ごめん、何でもないわ」
「そう?」
「うん」
そうして、今日も平穏に私たちの一日は終わる。
「では、猫姫の言い訳はこのくらいにしておきませんか?」
「ガルシアっ!ありがとっ!」
ガルシアの言葉にノアは顔をぱあっと綻ばせる。
他の国の王たちも苦笑しつつそれを受け入れた。ここは城のとある部屋。そこで6カ国の王が集まり会議を開いていた。その中のアイドルというか、マスコット的存在がノアなのだ。
「では、まとめますよ?我々は3日後、人間界に調査に向かいます。一度魔法陣を見た後、その近辺の調査をそれぞれで行いましょう。それで構いませんね?」
魔法陣を見たってその効果など、オリジナルであればわからない。なので、とりあえず見た後、そこにどんな魔法をかけるのが有用だったのかを考えることになったのだ。
「ただし、向こうとこっちは時間の流れが…そこだけ、注意ですね」
その言葉に他の王たちもうんうんと頷く。
向こうとこっちは不規則に時間の流れが変わるのだ。今だと、こちらでの数ヶ月であちらは数年が経ってしまう。
「さて、それでは、これでお開きにーー」
ここで、会議は終わるーーはずだった。
「はいはーい!しっつもーんっ!!」
「(はぁ…)なんですか?」
もちろん、王たちはここで終わるなんて思っていなかった。
なぜならば、会議のたびにこうして質問を終わるギリギリにされているからだ。もはや、恒例と言える。
そのため、王たちは全く同じタイミングでため息と問いを発することができるようになっていた。
「質問っていうか、提案?私、軍は連れて行かにゃいんですよ!ガルシアもでしょ?だから!私とガルシアはペアでいーですかー?」
つまり、他の国々は軍を連れて行くため安全だが、自分とガルシアは連れて行かないためペアで行くと言っているのだ。それを聞いて、ガルシア含め、全員が口をぽかんと開けた。
「「……(絶対一人で大丈夫だろ、闇歩く猫姫なんだから)」」
とは、流石に言えなかった王たち。
渋々とその話を了承した。
「あっ!けど、アクアちゃんも誘ってみようかにゃあ」
「……(自由だなぁ…)」
ノアのつぶやきにガルシアは心の中でそう思った。
毎日こんな感じで過ごしてます。
平和ですっ!




