央都
「…っ」
地面に這い蹲り、服をぐっと握って、歯を食いしばって耐える俺。
「おい、頑張れって!耐えろ耐えろ!」
隣で鼓舞してくれるフレイ。
しかし、耐えれるものでもなく、歯の隙間からうめき声が出る。
「……ぅ…ぐぅ…」
全身が縛り付けられているかのような圧迫感、刃で斬りつけられているかのような鋭い痛み、熱く燃えそうな身体。
この苦しみから、痛みから解放されるのは案外簡単だったりする。
しかし、俺にはそれが出来ない。
「…ね、ねぇ、そんなに苦しいなら、従えば…」
「ダメよ、アクア」
泣きそうな顔で俺を見ているアクアの小さな身体をフレイアが後ろから抱きしめ、その手に単杖を握っている。
俺がこの苦しみから解放される方法、それはアクアを連れて主の元へ行くことだった。
「…ぐっ!……ぅう…」
命令無視。その代償がこの激痛だ。実は、あの街を出発してから既にこれで三回目だったりする。
そして、毎度終わりは突然だった。
「…うっ!……はぁ…はぁ…」
主が命令取り消しを行ってくれるのだ。毎度、毎度、苦しむ時間は伸びて行くが、それでもきちんと苦しみで死んでしまう前に取り消してくれる。俺はこの瞬間だけ、あいつに感謝していた。
…いや、最近ではずっと、あいつに対して祈ってる。苦しめないで欲しいや早く終えて欲しいと。俺を生かすのも殺すのも全てあいつ次第なのだ。他の奴らには俺を救うことはできない。
「…終わったか?」
フレイが尋ねてきたので、俺は肩で息をしながら小さく頷く。それだけで精一杯だった。
「よし、よく頑張ったな」
フレイが俺の汗だらけの身体をふわりと抱き上げる。俺はぐったりとしていて、指一本まともに動かすことが出来ないため、フレイにそうしてもらえないと先へ進めないのだ。
フレイはくしゃくしゃと俺の頭を撫でる。
「耐え切った。偉いぞ」
その言葉と同時に全身を温かいものが包み込む。
イズンの疲労回復魔法だ。
「大丈夫なの?仕方が無いからかけてあげたわ」
「…あ…りがと…うな…」
「ふ、ふん。まあ、特別よ…私は、その苦しみに何もしてあげられないからね…」
イズンの台詞は後半が小さくて何を言っているのかわからなかったが、毎回、疲労でどうしようもない俺に魔法をかけてくれる。本当に助かっていた。
「さて、じゃあ、また、富白にフレイアたちとリコで乗れ。俺らは麗麒に乗るから」
そうして俺たちは順調に央都への道を進んで行った。
「じゃあな、アクア。……元気で」
「…うん…ルイードも、頑張ってね?」
央都に入ったところで別れることになった。
アクアは泣きそうだ。
予定では俺の方にフレイ、リコ、イズンが着いてきて残りはアクアと共に城へ向かう。フレイやイズンの聖獣も、今はフレイアの指揮下に入っているのだ。
「離れてしまい、とても悲しゅう御座いますが、イズン様のご期待に添えるよう、全力を尽くす所存です。(ラッキー!あのフレイア神の指揮下だ!戻れば聖獣たちに自慢できるな!)」
「ええ、頑張ってきてね、偉澤」
そんな会話も聞こえるが、取り敢えず無視して俺らはリコの実家にーー
「……ルイード坊っちゃま?」
「へ?」
いきなり後ろから名を呼ばれ、振り向くとメイド服を着て買い物袋を下げた、俺も知っている人物がいた。
思わず頬を引きつらせながら挨拶をする。
「……キサラさん…」
「や、やっぱり、お坊ちゃまで?」
キサラは買い物袋を落とし、ボロボロと涙流しながら俺に近づいてきて、抱きしめる。
「お探し申し上げましたよ!ルイード坊っちゃまっ!!」
「は、はなしてくれ!頼むからっ!!」
そんな俺たちを残りのメンバーはぽかんと見ていたのだった。
「お前は今までどこに行っていたんだっ!!」
「うっ…ご、ごめんなさい」
そして今、俺たちは全員が城の王の間に来ていた。
しかし、今お怒り中なのは王であるガルシアではなく…
「何がごめんなさいだっ!情けないっ!貴様はレオバード家の次期当主であるという自覚はないのか!!」
「うっ…けど、それはお爺様が勝手に決めたことで…お、お父様に継がせれば、万事解決だーー」
「ええいっ!口答えをするでないわ!!」
俺の祖父、ルイム・エル・レオバードだった。
「まあまあ、レオバード殿。そこまでお怒りにならずとも…ほら、無事に帰ってきたんですし…」
「王は黙っていてくだされ!これは当家の問題ですぞ!」
「し、しかしですな、レオバード殿がそうお怒りになっている間は我らとしても他の客人をもてなす余裕はないわけでして…」
「もてなせばよろしい!我らのことは放っておけ!」
いや、無理だろ。
央都一の剣豪がいつ暴れるかわからん状況で、しかも怒鳴り散らしている隣でどうしろと。
ガルシアもそう思ったのか、心底困った顔をして俺の後ろに呆然と立っている仲間たちを見た。
「レオバード殿、取り敢えず、怒りを収めてくだされ。そこにいられるのは我らにとってとても大切な客人故……ねぇ、ご無沙汰しておりました、猫姫様」
「あー、うん。久しぶりにゃ…けど、どうか私たちのことは気にせず…」
あのノアでさえ、困惑顔で成り行きを見守っていた。
「しかし、王はルイードとあっておられたでしょう!なぜ連れ戻してくださらなかった!!」
「そ、そんな頻度でお会いしていなかったでしょう?!成長なされた御子息…いえ、お孫さんなど、わかるはずもない!」
「お、お爺様!とにかく、仲間たちに事情を説明させて頂けませんか?とても高貴な方もいらっしゃるのです!」
というか、本物の神が三人もいるんだよ!!
「む?!お前は説教を逃れたいだけだろうが!!」
という声を無視して俺は呆然としているアクアたちに向き直った。
「じ、実は…俺、本名は……ルイード・エル・レオバードって言うんだ…」
その一言にリコは知っていたと言う表情をし、ノアとノトは納得顔をしてーー
残りは、何の話だと首を捻ったのだった。
そんなみんなに、俺はなぜあの街に姓を伏せて暮らしていたかを話し出した。
数年前まで、普通の大貴族の家に生まれた俺は平和にぬくぬくと育ち、剣術を学んでいた。父親は剣豪と呼ばれるほどの腕前で、俺の憧れだった。しかし、母親似の俺は女としか見られず、剣の才能も対して無かった。凡人に毛が生えた程度だった。
しかし、祖父が指名した次のレオバート家当主は俺だった。
父はもちろん反対した。俺はまだ子供だったし、剣術も魔術も子供の域を抜けていない。そんな子が当主になるてなれるものかと。
祖父は言い放った。
ーーなれるさ、わしがそいつを息子として育てるんだから
次期当主の座と息子を同時に取られた両親は俺が祖父の家に行く日に自殺した。
俺は祖父の家に行かず、静かに央都から姿を消した。
と、言う話をしたのだが…
「それの祖父がその人なのか?なぜ央都を出たんだ?」
フレイがごもっともな質問をする。俺はため息交じりに答えた。
「…当時の俺は、俺が両親を殺したも同然だと思った。だって、俺がいなければ、父さんが当主になっていたんだから。それなのに、周りの人からかけられる言葉は慰めの言葉ばかりで…辛くなったんだ…家なんで継ぎたくなかった」
「…両親が、好きだったの?」
アクアが不思議そうに首を傾げて問う。
「ああ、アクアは違ったのか?」
俺が聞くとアクアは迷いなく頷いて、
「だから、殺っちゃんたんだよ?」
と、言った。
そして、柔らかく微笑む。
「幸せな、家族の思い出があっていいね?」
「…ああ、そうだな」
アクアの生い立ちはよく知らない。
だけど、いろいろあったんだろうことは知っている。だからこそ、俺はアクアの台詞を嫌味としてはとらなかった。もちろん、本人もそんなつもりで言ったんじゃないだろうし。
「話は終わったか!?なら、お前は家に帰るぞ!次期当主としての教育を…」
「あ、爺さん、こいつに剣を教えんのは俺だぜ?あんたの出る幕はとっくの昔からねえよ」
フレイが祖父に言った。それはもう、偉そうに。
こ、怖い。爺さんは一応、かなりの腕だから…いや、けど、流石に剣士の神には勝てないよな…けど、いい勝負はするかもしれないし…そうなれば辺りへの影響がひどいわけで…
「いい加減、落ち着いたらどうなの!!騒がしい!!ルイードお坊ちゃまがお帰りになったのですよ!お祝いの準備が必要なのです!」
「なっ!キサラ!貴様主に向って何言ってるんだ!」
「早く帰るんです!」
忘れていた。キサラは無敵だった。
死んでしまった祖母に祖父を任せると言われていたんだった。
それ以来、彼女の無敵状態が始まったのだ。
正直、あの家の中を取り仕切っているのは祖父ではなくキサラだったはず。
キサラはまだ若い30過ぎくらいなのにとても有能な家政婦兼執事だ。それが無敵。我がレオバード家は安泰だと思われる。
というわけで、俺いらないよな?
「ぼっちゃま!帰りますよ!」
「………はい」
そんなわけにもいかず、俺は引きずられるようにして家に帰った。
最後に、呆然としつつ悲しそうなアクアの顔を見ながら。




