神々
BL注意。
苦手な方は初めと二番目の段落と最後九行くらいをお読みください。
「なんだ、五分ももたねぇのかよ」
自らの前で倒れ伏す女たちを見ながら男はため息をもらした。
「つまらないな…まあ、フレイアのためのおもちゃだ。取りに来させるか」
その原因は、女たちの中で最も腕が立つノアを始めに戦闘不能にしているからなのだが、そんなことは知らず、男は自らの仲間を呼んだ。そのまま、仲間たちが到着し持って行くのを見届けようと思っていたのだが、何と無く、フレイアの確保を優先した方がいいような気がした。
(…ふん。まあ、自分のこの直感のおかげてあの無駄に強い神どもからの攻撃を避けれてる面が多くあるからな。ここはあいつらに任せてフレイアを捕まえに行くか)
思ったらすぐ行動するタイプなので真っ直ぐに塔の淵まで行って飛び降りようとした。しかし、その時、既に瀕死状態であったはずの麗麟が呼び止める。
「待って…ください……主上を…諦めて…くださいません、か?」
「あ?まだ意識あったのか?お前が一番フレイアと仲良いからな。手ェ抜き過ぎたか」
何せ、フレイアの前で痛みに苦しんでくれないと意味がない。他の女よりも攻撃の手を緩めていたのが原因らしい。
「お願い…します……なんでも、しますから…主上、だけは……」
男はしばらく考えた後、麗麟を殺すことにした。別に、死んだ後でもヘルヘイムに行けばいるのだし、場合によってはそこからさらって来ればいい。
「んー、フレイアは流石に魔力高えからな。魔力温存して行くか」
そう言って、倒れる麗麟の側へと歩み寄る。そして、一本のナイフを取り出した。
「呆気ないよなぁ、命って。こんなんで奪えるんだぜ?」
わざとらしく麗麟にそのナイフを見せつける。しかし、麗麟はもはや視力が働いていないのか、その瞳には特に感情の変化はない。ただ、主の無事を祈る必死な気持ちが浮かんでいた。
「…お願いします、主上を、諦めて…」
そして、麗麟はそう繰り返す。
「そうだな。あの女が生前にオーディンでもなくフレイでもなく俺を選んでたら、こうならなかったかもな?」
男はイラついたように言い放ち、ナイフを麗麟の首筋に向けて振り下ろした。
グサッ!グジュ……
麗麟の白い髪が真っ赤な鮮血に染められて行く。
後には、男の下卑た笑い声と血の吹き出す音だけが響いていた。
その少し前、アスガルドに来客があった。
「こんにちはぁ。バルドルさぁん。オーディンさんに会いたいのぉ」
「ああ、こんにちは、ウルズさん。父にですか?どうして?」
ウルズは、んー、と首を傾げた。バルドルは辛抱強く待つ。ウルズは昔から、悪気はないのだがのんびりとした話し方と行動をとって相手をイラつかせるのが上手かった。
神々一優しいと評判のバルドルであっても、少し焦れったく思うほどに。
「あなたたちのぉ、大事なぁ、フレイア様がぁ、大変なんだってぇ」
ウルズは内容を聞くのを忘れていたなぁと思い出す。ウンディーネが死にそうなのはわかっているがフレイアの状況は聞いていなかった。
「ふ、ふふふフレイア様が!き、きき危険!?!」
しかし、バルドルにとってはそれだけの情報で十分だったようだ。
「わ、わかりました!今すぐ父を呼びますので、詳しい話を父にーー」
「え?なんでぇ?帰りますぅ」
ウルズはバルドルの言葉を遮ってそういい、何の迷いもなさそうにさようならぁと言って歩き出した。バルドルが慌てて止める。
「ど、どうしてですか?!父に話してくれに来たのではないんですか!?」
「だってぇ、私もそれしか知らないのよぉ。とにかくぅ、早く行ったらぁ?」
そう言って、がんばってねぇと肩を叩き、ウルズは今度こそ歩き去って行った。
「え……と、とにかく、お父さん!!」
バルドルは素早く転移魔法陣を描き、父の元へと飛んだ。
「…くっ……」
「*******」
リコが隣でいつもよりもずっと速く詠唱をしている。その顔は、滅多に見られない真剣な表情だった。
そして、俺たちの前にはあの男が悠然と立っている。
「どこに行くつもりだったんだ?まあ、どこでもいいけどな。もうそこには帰れねえと思えよ」
「……」
フレイアは未だ眠ったまま、リコの魔法は防御魔法だが、それくらいは簡単に破ってくるだろう。さらに、俺は今、剣を抜けない。
まさに詰みだった。打つ手なしだ。
「まあ、そうだなぁ。フレイアを大人しく渡すなら、今ここで殺すのはやめといてやってもいーぜ?」
「…誰が渡すか!!」
俺はフレイアを庇うように抱いた。それを愉快そうに見て、男は爆笑する。
「お前、可愛い顔して気ィつェなぁ。割と好みだからお前だけ人形にしようかな」
「……人形?」
男の下卑た目線に思わず鳥肌を立てながら、俺は眉根を寄せた。
「そう、感情なき、操り人形。まあ、お前は能力値低そうだからただの飾りだな。抱き枕みたいなもんだ」
「……俺に男の趣味はない」
「お前に趣味があろうがなかろうが関係ない。どうせ自我も奪うしな」
さらっと言っているが、こいつには男の趣味があるのだろうか?気持ち悪い。変態じゃねえか。
「まあ、俺は人の嫌がる顔が好きだから、自我はあった方が嬉しいんだがな。人形が一番早ぇから」
そう言って、にやにやと笑いながら俺の方へ歩いてくる。少しづつ後退しながら、相手の様子を伺った。どうにか、俺に意識が言っている間にフレイアとリコを逃がせられないだろうか?
「…防御魔法陣が出来ました。いつでも発動できます。しかし、恐らく二、三撃で相殺されるかと思います」
隣のリコがボソッと言ってきた。それを聞いて、腹は決まった。
つまり、唯一の打開策を思いついたのだ。
「わかった。リコ、フレイアを持っててくれ」
リコは驚きつつも俺が抱くフレイアを受け取った。フレイアは外見年齢こそ18歳ほどだが、その身長は平均より少し低いかと言ったところ。リコでも肩を持って支えることは出来たようだ。それを見届けてから、男に向き直る。
「おい、お前。自我がある方がいいんだろ?」
「ん?ああ、そうだけど?」
人を人形に変えるための魔法陣だと思われるものを描きながら男は首を傾げ、ニタリと笑う。
「何?自我を持ったまま俺のおもちゃになりたい?」
人をバカにした笑顔に腹が立ちながらも、俺はため息と共に自尊心を吐き捨てた。こんなもので大切な仲間を守れるのなら、儲け物だろう。
「そうなってやってもいい。代わりに、2人を逃がしてくれないか?」
「んー?どうしよっかな」
これは一種の賭けだった。俺は洗脳や支配系の精神魔法の知識を一切持っていないが、男が自我がある方がいいと言ったのにも関わらず、人形にしようとして来たことから、自我がある状態での支配等の契約は何か面倒な手続きがあり、抵抗されていると時間がかかるからではないだろうか、そう予想したのだ。
どうせ人形として自我を奪われ支配されるのなら、時間稼ぎくらいはしておきたい。恐らくこの男は支配系魔法行使中も攻撃魔法を扱えるのだろうが、然程の威力は出せないだろうし数も平常時よりは減るだろう。それではリコが長時間かけて完成させた防御魔法は崩せない。結果的に2人を逃がすことが出来るかもしれない、俺はそう考えた。
果たして、俺の賭けはどう転ぶのか。
まずは、男が俺の自我を残した支配に乗らなければいけない。そのついでに、見逃してくれることも頼んでみたが、こちらには期待していない。
「いいぜ。そうしよう。お前の支配が終わるまではお前との約束は有効っぽいからな。支配してしまえばお前は俺のもんだし、お前との約束を破棄するもしないも俺の自由。どうせ、それが狙いなんだろ?」
男には見事にばれていたらしい。それでも乗ってくるのは、後ででもフレイアを捕らえる自信があるからか。
「ああ、そうだ」
素直に認めることにした。そして、少し後ろを向いて、リコに行けと合図する。
「ルイード、さん……」
リコは泣きそうな顔をしながらも、必死にフレイアを支えて走り出した。
「美しい友情だな。女のために自分が犠牲になるってか。まあ、その辺の記憶はあとで面白おかしくいじってやるからよ」
そう言って、男は俺の目の前に立つ。男は俺よりもずっと背が高くて、見下ろされる形になった。
「……本当、女みてぇな顔だな…」
「……」
俺の顎に手を添えて、上向けてくる。そして、顔を近づけてきて、ジロジロと俺の顔を見た。息が頬にかかって気持ち悪い。俺は目をギュッと瞑って耐えていた。
「………」
「………」
散々俺の顔を至近距離で眺めたあと、ふん、と満足気に鼻を鳴らして、顔を離した。思わず安堵の息をつく。
「ふっ、この程度で息を止めてしまうようなら、自我無しでの支配の方がお前にとってもいいだろうよ?まあ、俺にとってはこの方がいいのは確かだがな。お前、いい表情するな」
「…っ」
顎に添えていた手で頬を撫でられていた気持ち悪さに耐え切れず、顔を背ける。男は愉快そうに笑い声を上げた。
「ははは。これはいいおもちゃを得たもんだ。お前とは後で遊ぶとして、さっさと契約してフレイアを捕まえに行くか」
急に真剣な顔になり、俺の頭に手をかざしてくる。ここで如何に抵抗できるかで、どれくらい時間を稼げるかが決まってくるだろう。
緊張で、ゴクリと唾を飲んだ。
「…*******」
男の詠唱が始まる。何故か立っていられなくなって来て、俺は片膝をついた。
「*******」
息苦しさを感じる。自分から、何かが失われるような気がする。気持ち悪くて、前後不覚に陥ってきた。
「*******、」
男の詠唱が終わり、魔法名を告げられれば俺の支配が終わる。リコたちはどれくらい逃げられただろうか。
そう思い、俺が最後の覚悟を固めた時、後ろで軽い音が聞こえた。
「支配」
俺の支配が完了したことを知らせる言葉と同時に、
パンッ!
という、何かを弾くような音が聞こえた。
俺はゆっくりと目を開ける。
そこにあったのは、驚きに目を見開く男の顔と、
「勝手に人の信仰者、支配しようとしてんじゃねぇよ」
見慣れた顔に良く似た、端正な顔立ちに怒りを滲ませた男が剣を振り下ろした態勢で立っている姿だった。




