女神を守る
「やー!私も行くのー!!!」
子供に戻ったかのように泣き叫ぶフレイアにルイードは動揺していた。
…まずい、このまま叫ばれ続けたら白愛たちを殺した後あいつはこっちへ来るぞ……
今はとにかく2人が時間を稼いでくれているうちに安全な場所へ逃げなければいけない。無論、あの男にばれていては困るのだ。
「ノト」
『わかっとる!****睡眠』
その時、ノトが睡眠魔法をフレイアにかけた。かなり強力なものらしく、ほとんどの精神魔法に耐性があるフレイアでも一瞬で眠りに落ちた。
「ありがとう、助かったよ」
礼を言うルイードを思案顔で見つめるノア。今、ルイードたちは塔を落下しながら話をしている。リコの支援魔法で自由落下しつつもその間の行動を可能とする魔法があるのだ。さらに、リコの手が加わっているため、この魔法がかかっているものの時間がゆっくり流れるような仕様になっていた。だからいろいろとできるのだ。
「……君ら、2人でフレイアちゃん連れて逃げ切れるにゃん?」
やがて真剣な顔でノアはルイードにそう言った。ノトもノアの考えに同意しているのか何も言わない。
「まさか、行くんですか?」
ノアは静かにコクンと頷く。
「主に何かあったら守るのが聖獣の使命。だけど、白愛ちゃんも麗麟ちゃんも私の友達。何より、あの二人が死んじゃったらフレイアちゃんの心も死んじゃうにゃ。だから、私は助けに行くにゃ」
『幸い、ウンディーネの力を借りれば戻れるにゃん』
そう言われたウンディーネは落ちた時の衝撃を吸収するための魔法を組んでいた。しかし、視線だけルイードに向けて、頷く。どうやら初めてできた友達たちのために行くつもりのようだ。
「わかりました…フレイアは俺らで責任持って守ります……あの二人のみならず、三人までもが死んだらフレイアはもう立ち直れないと思います。気をつけて行ってください」
俺の言葉に三人は微妙な困ったような笑みを見せて、上へと向かって行った。
「…できるでしょうか……時間稼ぎはそう長くは続かないと思いますよ…?フレイアさんを、守り切れる…でしょうか…私たちに…」
隣で不安気に呟くリコの背をポンポンと叩いて、ようやく近づいてきた地面に降り立つ大勢に移る。
……できるかじゃない。しなくちゃいけないんだ。フレイアを死なせないと守ると俺はフレイと約束したんだから。
ルイードの頭には、初めて見たフレイアの恐怖に彩られた顔がはっきりと思い出されていた。それだけで、腹が立つ。フレイアにあんな顔をさせた、あの男に。
……守り切れたら、絶対に俺が殺す!
その誓いを胸に、ルイードとリコは塔から走り去っていった。
フレイアを抱えて走り去る男女を見ながら、男は手を挙げて肩を竦めていた。
「やれやれ、余計な手間をかけさせるなぁ。どうせ、俺からは逃げらんなんのに、さ。まあ、暇つぶしとしてこーんなに殺させてくれるんなら、まあ、許してやるか」
そう言ってニヤリと嗤う。男の前には腹からとめどなく血を流し、時折口からも血を吐き出すくらいボロボロになった白愛と、先ほどから防御魔法の詠唱、保存を繰り返す麗麟。それに、攻撃魔法の準備をするウンディーネと転変後のノトと日傘を閉じたノアの姿があった。
(全員割かし綺麗じゃん。こいつらも連れ帰ってやろうかな。フレイアみたいに、一千年間悲鳴を上げ続けてくれるかなぁ?)
ニヤニヤと嗤いながらそんなことを考える。この男は、一千年の間泣き叫び続け、助けを乞い続けたフレイアにトドメを刺した本人だ。最後には原型も残らないほどに粉々にして消した。それは、ここ数千年の中で一番面白い遊びだった。この世界で最も美しいとされるものの心を痛めつけ、笑顔なんか作れなくしてやり、殺す。その後に、身体をさらに痛めつけ続けて、苦しめて苦しめてから粉々にする。その時の快感と言ったら他にない。この男はフレイアを殺してしまって以来、様々な女でそれを行ったがフレイアほどの快楽を得ることは出来ず、ずっとフレイアが生まれ変わるまで待っていたのだ。そして、今。フレイアは再びあの美しい肉体を手に入れている。あれで遊ばずして何をするか。男はすぐにフレイアを手に入れに来たのだった。
(せっかくフレイアと仲良くなったやつらがいるんだ。フレイアの前で痛めつけて殺してやった方が面白いか。さっきもいい具合に泣き叫んでいたしな)
そう考えるとまた口の角度が上がる。凄惨な、嫌な笑みに男の前で詠唱などをしていたノアたちの顔が青ざめた。
『姫。やっぱりお前は逃げろ。お前を死なせるわけにはいかねえ』
凶暴な方の性格が出てきているノトがノアに言う。しかし、ノアは首を横に振った。
「あいつには勝てないかもしれにゃい。だけど、フレイさんと戦った時よりも勝機はある気がするにゃん。諦めちゃ、ダメにゃ。私たちが少しでも長く時間を稼がにゃきゃ」
「その通りだ。私たちが全員でかかれば、少なくとも怪我ならさせられるだろう。手負いの者など、フレイアなら容易く勝てるはずだ」
ノアの台詞に反論しようとしていたノトだが、ウンディーネも入ってきてそう言い出したので諦めることにした。最悪、自分が身代わりになれば良い。そこに立つ、白虎のように。
「…やっぱり、治療した方がいいわ」
「いらない。麗麟は最後には転変して、世界最速と言われるその足で主上の元へ駆けつけるの。その時に主上をお守りする分の魔力がなくなっちゃ困る」
白愛は虚ろな目をしてそう言う。麗麟は静かにため息をもらした。このままでは白愛は放っておいても死ぬだろう。しかし、白愛が言うこともまた事実なのだ。
「おい!お前ら……俺にその全てを寄越すなら、今は許してやってもいーぜ。俺に跪け」
男はなるべく傷つけずに彼女らを持ち帰るつもりだった。白愛はもう死んだも同然なのでここで殺って捨てて行くが、残りのメンバーは傷なしで連れ帰り、フレイアの目の前で傷つけたかった。だが、その時にはなるべく抵抗して欲しい。その方が面倒だが愉快だからだ。
「ふざけるにゃ!私は、私たちはお前らにゃんかに従わない!私たちの何もお前にやるつもりはにゃいにゃ!*******ーー」
そう言って、凄まじい速さで詠唱を開始する。しかし、
「そうか、なら、お前はいらねえ」
男がそう呟き、ノアを指差した途端、その小さな身体は吹き飛ばされた。塔の端ギリギリで何とか留まるがその腹からは真っ赤な鮮血が流れ出ている。先ほど白愛を攻撃したのと同じ魔法だ。
「お?生き残ったのか。ただの猫人にしてはがんばったじゃねえか。じゃあ、ご褒美に俺のおもちゃにしてやるよ。全部終わるまで生きてたらな!」
そう言ってからからと凄惨に嗤う。守るつもりだったノトは反応できなかった驚きと怒りで気が狂いそうになっていた。
「おい、てめぇ…よくもうちの姫に……」
「あ?獣には興味ねえんだけどよ、お前はフェンリルとミッドガルドの餌にしてぇから置いといてやるよ。死体でな。だから、それまで黙ってろ」
「やれるもんならやってみろよ、クソガキが!」
男とノトが睨み合う。正直、どっちが年下なのかは定かではなかったが、男の方が歳上だろうとウンディーネは思った。
(なんて、突っ込んでる場合でもなさそうか。仕方が無い。ウルズに頼んで応援を呼んでもらうか)
ウンディーネは男に気づかれぬようにとあるところに応援を要請していた。
「なんだ。全員服従の意思なしか?それは良かった。なら、俺が一足先に楽しむだけだからなぁ」
その言葉をきっかけに、戦闘が始まった。
「…ルイードさん、戦闘が始まりました……恐らく、持って十分ほどかと…」
隣を走るリコが言ってくる。リコは今、遠くの音まで聞き通せるような支援魔法を自分にかけて塔の最上階の様子を伺っていた。
「そうか…フレイアが、冷静なら、起きててもらうんだがな…」
流石に自分より成長した状態のフレイアを抱いて走るのは厳しいものがあった。早く成長したいものだが、こればっかりはどうにもならない。
しかし、この状態では剣を抜くことはできないし、リコは攻撃魔法が使えない。2人で守るとは言え、戦闘力はとても低かった。
「…フレイさんたちが、来てくれたらいいんですが…」
フレイ。確かに、フレイが来たならあの不愉快な男を倒すことが出来るだろう。しかし、神々が住まうのは第一層。この人間界があるのは第二層。とてもじゃないが無理な話だろう。
「今は、とにかく、少しでも遠くに行くしかない。急ごう」
リコにそう言いながら、俺たちはホームである俺の自宅に向かって走って行った。
「あら?ウンディーネ?お久しぶりねぇ。元気してた?あら?今現在死にそうなの?そう。大変ねぇ。あらあら?協力?報酬は何かしら、楽しみね……ふふふ、しょうがないなぁ。取り次いであげるわぁ。ふふ、報酬が楽しみ。ぜぇったいに、死なないでねぇ?」
妖精の国で一人の女が不意にそんな発言をし始めた。
「ウルズ?ウンディーネはなんて言っていたの?」
隣にいる女が問う。それに優雅な笑顔を向けながら、女は言った。
「うふふ。死にそうなんだってぇ。ふふふ、大変そうよねぇ。ちょっとだけ、助けてあげることにしたのぉ」
「あら、優しいのね、ウルズ。私なら面倒だからパスするわ」
「本当本当。どうしてそんな面倒なことをする必要があるの?」
「私たちを使役できるのは神だけよね」
周りにいた女たちが騒ぎ出す。それらに美しく微笑みかけながら、優雅に髪を整えつつ言う。
「なんかぁ、フレイア様が殺されちゃうらしいわよぉ?また、二千年前みたいになっちゃったら、嫌じゃなぁい?一番被害受けるのぉ、私たちだからさぁ」
それを聞いた途端、女たちの表情が凍りついた。
「あら、やだ。それ、一大事じゃない!早く行きなさい、ウルズ!!」
「ええー?だって、今、ティータイムだからぁ、これが終わったらねぇ」
「呑気にしてないで早く行きなさい!もう、他のみんなも行くわよ!」
「「「はい!」」」
ウルズの隣にいた女がその場にいた皆を集めて飛んで行った。それを眺めながらウルズは一人ティータイムを楽しむ。
「ティータイムを過ごさないとぉ、魔力切れを起こすわよぉ?まぁまぁ、大事な案件だものねぇ。私以外なら慌てて当然かしらぁ?うふふふふ、ふふふ、ふふ」
一頻り怪しく笑うとウルズはゆっくりと立ち上がった。
「私以外が動いても、なぁんにもできないのにぃ。さて、さてさてさて。私も行こうっなぁ」
そうして優雅に飛んで行く。上空に見える神々が住まう国へ。
展開早いですか?
作者もびっくりです。




