強奪
桜色の髪と瞳を持った麗人、世界樹はゆっくりと、もう何千年も前の話を始めた。
「あれは、彼女が一流の魔導師になってすぐくらいのことでしたわ」
一流の魔導師。
それは、オリジナルを持つか否かで決められる。その当時からフレイアは10数個のオリジナルを持っていたが未だ範囲系攻撃魔法の無詠唱行使は出来ず、人間、妖精、神共通の魔法を使っていた。そんな、一般よりも頭一つ抜けた程度の魔導師だった頃の話。
それは、ちょうど麗麟に会った頃で、白愛に会う前の頃の話だった。
フレイアが初めて作ったオリジナルは浄化の光。これは後に彼女の得意魔法となるのだが、作った当時からその消費魔力量が問題で、一回使っただけで魔力切れを起こすような代物だったらしい。しかし、世界樹は許可したそうだ。それは、人を助けることができる、すごい魔法だと褒めさえしたらしい。それからもフレイアは定期的にここに来て、新しいオリジナルを得て行ったという。その頻度は全世界で最も高かったのだとか。
「彼女は天才でしたわ。頭がおかしいんじゃないかって思うくらい。毎度、違ったタイプの術式を持ってきていましたもの。だけどね、彼女の作る魔法は、少々…危険に過ぎたのです。だから、当然のことなのだけれど、許可しなかったものも、たくさんありましたわ」
それが、行けなかったのかしら、と世界樹は悲しげに、悩ましげにため息をついた。
ある日、何時ものようにフレイアがやって来た。
ーーこんにちは。今日は、強奪と言う魔法を許可してもらいに来たのよ。
何時ものように、完璧な笑顔を浮かべて、フレイアはやって来た。その前の魔法も、その前も、この頃にフレイアが作った魔法は全て、許可を下ろしていなかったそうだ。許可を断る毎に、フレイアの来るペースは上がって行った。生来、負けず嫌いなタチなのだ。
ーーあら?フレイア、また来たのね。今日の魔法は強奪?説明して見て?
世界樹はいつも通りの返答をして、フレイアもいつも通り、説明に入る。
その能力は、相手の持つものを強制的に奪ってしまう魔法だった。
所持品は愚か、権限、魔力、身体能力、夢、記憶。そして、命さえ、奪ってしまえるのだ。
それを聞いた世界樹は、顔をしかめて断ったらしい。その理由は、命を操作できる魔法は、蘇生魔法を含めて、存在することを禁じているからだ。
命あるものは皆、等しく死に、ヘルヘイムへと向かい、転生を待つ。
これが、この世界のルールだったから。
世界樹はこのとき、フレイアは何時ものように残念そうな顔を見せるだろうと思っていたが、結果はその反対であった。
笑っていたらしい。
そして、徐に、詠唱を開始した。
それは、流れるような歌に聞こえたのだそうだ。
ーー*******、強奪
歌の締めくくりをするかのように、まるで当然のことのように、フレイアは世界樹からオリジナルの許可権限を奪った。
それ以降、フレイアがここを訪れたことはないという。
「まあ、こんなところですわね。だから、彼女が様々なオリジナルを持っているのは、私のせいじゃないですわ。私は権限を奪われた被害者よ?」
世界樹は何処か誇らしげにそう言い切った。防げなかった彼女も悪いのだが。
「けど、奪われたのなら、何故今もこのようにお仕事を?」
権限がなければ、こんなことは出来ない。
しかし、それは奪われているはずだ、麗麟はそう思い、問うたのだが、世界樹は対したことなさそうに微笑む。
「世界から権限が、そう簡単に失われるものですか。奪われてすぐに復活しましたわ。だけど、彼女も、持ったままなのですわ……」
だから、フレイアは自分で作ったオリジナルを全て許可出来る。そして、それは今のフレイアにも受け継がれているのだ。故に、今、この世界にはその権限を持つものが三人いることになる。麗麟や世界樹は知る由もないが。
いや、麗麟は、微かに気づいてはいるのだ。認めていないだけで。
「本当、最低な女ですわ。私の権限は何のためにあると思っているのかしら!」
世界樹は思い出して腹が立ってきたのか、愚痴を溢し始めた。タンッと裸足で軽く地を蹴ると放射状に地割れが起こる。華奢なその細い足に、いや、身体にどれほどの力を持っているのか。そもそも、オリジナルが許可なしに使うことが出来ないようになっているのはこの世界を強力過ぎる魔法で破壊させないためだ。それなのに、その世界そのものがそんなことをしていいのか。
「………強奪、ですか…」
そもそも、ここでは魔法を使えるなどと言う、おかしな話があるだろうか。ここには世界そのものがいて、誰でもではないが直接会うことが出来るのだ。少々危険どころではないだろう。ここに来るのは少なくともオリジナルを持つ、もしくはその可能性がある一流の魔導師たちなのだから。本当に、世界の安全のための措置なのか…、と麗麟は考える。
どうして、フレイアが一番初めに浄化の光を作ったのか。
そして、どうして強奪などという非道的なことを行ったのか。
何か理由があるはずだ。世界樹は考えもしなかったその可能性を、麗麟は真剣に思案する。
浄化の光は初期だからたまたまかもしれないが、強奪を作る頃には自分でいろいろと作る魔法を設定できていたことだろうから。なら、ルール違反をしなければならないほどの大切な理由があったはず。
少なくとも、麗麟が知るフレイアはルールを簡単に破ったりはしない人物であった。
「何かを、奪わなければいけなかった…のですか?主上…」
しかし、それは麗麟一人では答えの出せない問いだった。
「とにかく、あなたの望むオリジナルの説明をしてご覧?私が判断して差し上げますわ」
にっこり、とフレイアに勝るとも劣らない微笑みを向ける世界樹に麗麟は自分でも分かっていない旨を告げた。
「ふふふ。それくらい、わかってるはずよ?望む、能力を語りなさい。それがあなたの力となるか否か、それを判断するのは私ですわ」
「望む、能力…ですか…」
麗麟は考える。そもそも、攻撃魔法が欲しいというだけで、これと言って欲しいものがあったわけではない。しかし、その気持ちとは裏腹に願う能力はすぐに決まった。
脳裏に浮かぶのはあの、黒い三角の耳。
「相手の思考に入る能力が欲しいです。精神を直接攻撃できるような、そんな力が」
彼女は予知夢の能力を持っていると言った。それを聞いて麗麟が思ったことは一つ。
主上は、精神攻撃の術を持たない。
それは回復魔法や薬の効かない、治療の方法がない部分だからだろうか。主上はそこを攻撃することを嫌った。
……まあ、人の思考を読んだり、記憶を書き換えたりはするのだが。
とにかく、それならば自分が精神攻撃の術を持てば良い。麗麟はそう思ったのだ。
「ふぅん……精神攻撃、ねぇ…」
世界樹はしばし悩み、にやりと笑う。
「いいですわ。あなたには人の夢に加入できる力を上げます。まあ、あなたは初めからそんな能力を祝詞として唱えているのだけれどね。もちろん、魔法名も同じですわよ。夢現、ムゲン、ね。無限、夢幻、夢現…いい名を得たものですわね」
無限の可能性を有する能力だといって世界樹は麗麟を褒めていた。
「よろしかったら、また来てくださいませ。私、暇なものでして」
世界樹は優雅にお茶を飲みながらそう言った。
「わかりました。……あの、一つだけ、いいですか?」
なんですの?という問いを聞きながら、麗麟は緊張しながら問う。
「主上から、権限を奪い返しますか?」
そんな緊張を嘲笑うかのように、世界樹は一笑した。そして、その美しい笑顔で言う。
「当時はその気でしたわ。ですが、フレイアがやろうとしていることが正しいかったと、今ならわかりますもの。もう、そんなことをしようとは思いませんわ」
では、御機嫌よう。
そう言って、世界樹は指を鳴らし、麗麟の意識は混濁した。
目覚めるとそこは祈っていたルイードの家の裏。日が今にも沈もうとしており、美しい黄金色を醸し出していた。
「……」
まるで、全て夢のようだった。
しかし、あれは本当にあったことだろう。
自分の知らないフレイアの姿があったことは驚きだが、それを知れた喜びはとても大きかった。
「何らかの理由があるのなら、話してくだされば協力出来たのに…」
強奪の話を思い出しながらそう呟いていた。もしかしたら麒麟失格の発言かもしれない。
だが、これほどまで忠誠を誓える主を持っていることは麗麟の誇りであった。
「さて、帰りましょう。私が愛する唯一無二の人の元へ」
帰ったら、早速、フレイアの夢を覗き見てみよう。そう思いながら麗麟は家へと向かって歩き出した。
次回からはフレイアが起きてからの時系列に戻ります。
クリスマスに三話ほど番外編を投稿したいと思っています。詳しくは活動報告を見て頂きたいんですが、リクエストを募集中です。よかったらしてください。
リクエストは十二月の半ばで締め切らせていただきます。




