フレイアのいない日々
「だーかーらー!私が主上の身体を拭いてあげるの!!」
「白愛は適当なんです。私にお任せなさい」
「私がやるからいいぞ。お前らはあっちでおやつでも食べてるんだな」
「む!?失礼な!!私だって主上の身体くらいきちんと拭くもん!!」
「「子供は黙っていなさい」」
「むきー!」
今日も元気な麗麟と白愛とウンディーネの言い争いを聞きながら俺はリコと一緒に朝食をとっていた。ノアさんと黒猫のノトは朝日に弱いらしく昼頃まで起きてこない。今はフレイアの隣に敷いた布団の中で朝日からの逃亡を図っていることだろう。
「この三人の中なら私が1番主上を愛してるもん!私がやるのー!」
「ふん、恋人がいるんだろう?私はフレイアとは唯一無二の親友だ。私がやるのが当然だろう」
「全く、この2人は。いいですか?私が一番長く主上に使えているのですよ?私がするべきです」
しかし、麗麟と白愛がこうなるのは予想できていたがまさかウンディーネもそれに混ざるとは。予想外にもほどがあるな。
…しっかし、うるさい。
「お前ら!そんなに言い争うなら俺が全部やるぞ!それが嫌ならいい加減に静かにしろ!」
耐え兼ねて言った台詞に皆の時が止まった。やばい。なんか、地雷踏んだかも。みんなの視線が怖い。特に、リコが尋常じゃない目で見てくる。
「フレイアさんの、身体を、ルイードさんが、拭く、んですか!!?」
一句一句切って、フレイア、身体、拭くを強調して言う。怖い。やばい。
「主上の身体を拭くなんて、一万年早いですよ」
「主上の身体には絶対に触らせないんだから!」
「おーい、地雷には気をつけろよ?ルイード?」
ウンディーネだけは口を滑らせただけだと理解してくれているらしい。呆れたような顔を向けられた。返す言葉もありません。
てか、一万年って、絶対に無理じゃねえか。
いや、やりたいわけじゃないけれども。
「とにかく、静かに決めろ。もしもフレイアが寝ぼけて炎光玉放っても俺は知らねえからな。家が壊れたらお前らで治せよ」
無理矢理に纏めて俺は朝食に戻った。向かいの席からのリコの目が痛い。あとで回復薬を飲もう。
昼も過ぎ、フレイアの世話もすることがなくなったので麗麟はオリジナルの開発、ウンディーネは大精霊としての仕事、白愛は猫猫コンビとモンスター狩りに出掛けた。リコはまた王からの呼び出しがかかっているらしい。
「ふぅ…暇だな」
一人残された俺はフレイアの眠るベッドに腰掛け、フレイアの手を握っていた。
ちっちゃい。
最近はずっと18歳の姿だったから余計に、そう感じる。
髪色も、今は碧だ。恐らく戻しておくのを忘れていたんだろう。
つまり、出会った頃のままだ。
森の中で見かけた、不思議な少女は今、俺の家で寝泊まりをして、俺とパーティーを組んでいる。
思えば、変な縁だよな、と苦笑した。
フレイアの寝顔をしばらく見る。本当に、飽きが来ない。永遠に見続けられるだろう。
長くてふさふさの睫毛に縁取られたあの宝石のような目こそ見れないが、スッと筋の通った小振りな鼻と桜色の少しだけ開いた小さな唇。細く、優しい印象を与える眉は苦しげに寄せられていて、熱があるからだろう、頬は紅かった。それがフレイアの神秘的な美しさを助長する。
気づけば俺はフレイアの手を握っていた左手はそのままに右手でフレイアの頬を撫でていた。柔らかくて、温かい、綺麗な肌。
「俺が、守りたい。ずっと…」
不意にそんな言葉が漏れた。
触れば消えてしまいそうな印象を受ける、とても可愛い、美しい女の子。その身体も、心もか弱くて、守ってあげたい。
ーー私が殺した
その言葉にはっとして、俺の意識は現実に引き戻される。目の前に綺麗な顔。気づけば俺はフレイアに顔を近づけていたようだ。慌ててもとの状態に戻る。誰もいなくて本当によかった。
フレイアとした、初めの会話でフレイアは両親を殺したとそう言った。それに俺は同じだな、と返した。
あっているのだろうか?そう思う時がある。本当に同じなのだろうか?
フレイアはまだ幼い。
大人っぽく振る舞うし、それを無理してやっているようには見えない。寧ろ、とても自然に見える。
だが、俺と話すときはいつも幼いのだ。
それは、そのフレイアが素だという、証拠じゃないだろうか。
わがままも言うし、ヤキモチだって焼いてくれる。そんな子の心が人を殺すようなことに、耐えられるのだろうか。
「知りたい…初めはお前は俺に隠し事、したがらなかったじゃないか……」
出会った当初は、俺が聞けばなんでも話してくれた。生い立ちは辛いこともあるだろうと根掘り葉掘り聞いたりはしなかったんだが、今は知りたくて仕方が無い。フレイアの全部を知りたい。しかし、今も聞いたら答えてくれるのか言われれば、違うと答えるより他はないだろう。もう随分多く、隠し事をされている気がするし、はぐらかされて終わりだろう。
そして、それはとても大事なことを隠している俺が追及してはいけないのかもしれない。
「一回、全部話すよ、フレイア。俺はこの世界でお前を一番信頼してるんだ」
今はとにかく、フレイアのことを知りたいし、俺のことを知って欲しかった。
目を閉じればすぐに浮かぶ、両親の遺体。
お前が殺したんだと突きつけられたような気がした。
俺はずっとその光景に苦しんで、人を見る度に思い出されて、苦しんだ。
俺を知るものはみんな、慰めの言葉をくれたから、それがより一層辛かった。だから家出をして、こんな街外れに住んでいる。
だが、最近ではそう頻繁に思い出すこともなくなった。その苦しみから解放してくれたのが、フレイアだった。
俺にとってはフレイアはかけがえのない存在だから、隠し事はしたくない。
そんな、俺のわがままだった。
パーティーメンバーには話すつもりはない。もしかしたら…いや、確実にリコは知ってて俺に関わったのだろうけど。
フレイアだけに伝えたいのだ。
「あのな、フレイア」
俺は眠る彼女に語りかける。
一方的でいい。記憶してもらう必要はない。これは、話したいという欲求を解消するための、俺の自己満足のための寝物語なのだから。
「ノアさん!ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「うむ、いーでしょー!」
『アホか』
私はルイードの家の裏の森でアスガルドで伝説的に騒がれていた黒猫人ノアさんに戦闘のイロハを教えてもらおうとしていた。
「それにしても、白愛ちゃん?私はアスガルドでそぉんなに騒がれているにゃん?」
少し困ったような顔で言うノアさんに私はうんうんと大きく頷いた。
「もっちろんですよ!フレイ様のフリッグ様と戦って負けてない人なんて、そうそういるものじゃないんですよ!!」
「うー…かにゃーりいやにゃん…」
『調子に乗って夢遊病とか使うからにゃん。最後には猫神の予言とか。もう、いい加減にしろにゃ』
「夢遊病?猫神の予言?」
「ああ、私のオリジナル魔法みたいなものにゃん。気にしにゃいで」
聞き覚えのない魔法だったから尋ねたんだけれど教えてもらえなかった。まあ、魔法を使わない私にはわからないけれど魔導師は基本的にはオリジナルはもちろん自分が使う属性さえ話したがらないからなぁ。しょうがないかな。
きっと、主上なら、その名前からどんな能力なのか色々とわかるんだろうけどなぁ。
「勝負で手をにゅくのはダメにゃ。全力で来いってフレイさんもフリッグさんも言っていたにゃん」
『アホか。あれをにゅいた全力でもよかったにゃろ?あんにゃけして、あにょ魔法が広まりゃにゃかっただけマシにゃん』
「あー、確かにどんにゃ魔法使うかは広まってにゃいですよ…あ、移った」
『虎にゃらその喋り方でいいにゃん』
「にゃー!にゃあにゃあうるさくにゃいか?」
「貴方が言うにゃ!」『お前が言うにゃ!』
私とノトさんはどうやら気が合うようだ。
『よっし!獣戦士がなんたるか、教えてやるにゃ!』
「お願いします!」
私とノトさんは修行を開始した!
「あれ?私が教えるんじゃにゃかった?」
本来の師匠、ノアさんをおいて!
店に入り、名を告げると個室へと案内されました。私は面倒に思いながらもその部屋に入って行きます。
今頃、ルイードさんはフレイアさんと2人っきり。
何をしているんでしょうか……意識がないのをいいことに、襲っていないでしょうか…見たいなぁ…それ。
などと考えながら部屋に入りました。私を呼び出してきた男はすでに中で優雅に珈琲を飲んでいます。
こいつのせいで見られなかった。
不意にそう思ってムカついて来ましたが、私には攻撃魔法の才はありません。我慢しましょう。
私は意識はしていませんが、ルイードさんがフレイアさんを襲っていることは私の中で決定していたようでした。
「来てくれたことに感謝する、リコ」
部屋にいたのは赤い髪に赤目、隆々とした筋肉を持つ男です。
「よく言いますね。王族命令として出したのはあなたでしょう?」
私は個人的依頼でこの男、国王ガルシアに会ったりはしません。王族命令で仕方なく、です。
「杖の使い勝手はどうだ?」
「まあまあ、ですね。それよりも、早く本題に入ってください」
実は、杖は使っていません。
というか、あれですよね。フレイアさんと白愛さん、それに麗麟さんがいればそうそう私とルイードさんの出番はないですよね。ノアさんとウンディーネさんも入ったことですし、いよいよすることがありません。
「うん、本題なんだが…以前、頼んでいたことの確認だ。彼女は受けてくれるのだろうか?」
うん?前に頼んでいたこと?私はこの人に何か頼まれていましたか?
しばらく考える。
…………………………………………………。
…………………………………………。
…………………………………。
うん、記憶にありませんね。
「そんな頼まれ事はありませんが?」
「……やはり、忘れていたか」
ガルシアは心底困ったような顔をします。
「失礼な。勝手に頼んだ気になっているだけではないんですか?」
「…じゃあ聞くが、お前、前回俺と会った時なんの話をしたか覚えているのか?」
呆れた目で見られたので仕方がなく、私は自分の正当性を証明すべく前回ガルシアに会った時の記憶を探ります。
…………。
「前回って、処刑の時ですーー」
「何話分戻るつもりだ?」
食い気味で突っ込まれました。そんな前でもないように思いますが。ざっと30話くらいですか。
「先日、猫国が姫、ノア・ルー・キャットを探してくれるよう、フレイアさんに頼んでくれと頼んだだろう」
ああ、ん?そうでしたか?一切記憶にありません…猫国の姫なら猫ですか。最近はよく猫と縁がありますね。しかし、完璧に記憶がないと言うのもシャクです。仕方ありませんね。
「覚えていましたよ。だけど、そんなの自分でやられたらどうですか?」
けろっとした顔で言ってみました。しかし、バレていそうですね。ため息をつかれました。
「そうする。お前に頼んでいたら手遅れになる」
「失礼ですね。そのノア・ルー・キャットを探すことはそんなに急い…で?」
そこで不意に疑問を感じます。なんでしょう?その猫姫の名を言った途端、違和感が……
「どうした?」
ガルシアが首を傾げて聞いてきます。そこ顔を見えいると疑問が消えてしまいました。まあ、気にするほどのことでもないはずです。たまたま、新しく入った猫人のパーティーメンバーがノアって名前だった、くらいのことのはずです。
「なんでもないです。しかし、しばらくは無理ですよ」
「…ん?なぜだ?」
私は不思議そうなガルシアに言います。
「だって、フレイアさんは今、昏睡状態ですよ?」
この一言のせいで、後にフレイアさんとルイードさんに怒られるとも知らずに。
久々に王様登場!
そろそろ二千年前の話を書きたいなぁ。
構想はあるんですけどね…
書けないんです…




