謎の少女
「それで?その人は誰なんだ?」
一通り叱り終えたルイードは今更ながらノアを指してそう問うた。フレイアはくすんと泣きながらもその問いに答える。
「共闘した人ぉ…ノアって…言うの〜」
もう完全に子供である。いい子いい子という感じでルイードに撫でられながら必死に説明するその姿は見るもの全ての保護欲を擽るだろう。
「ノア?……黒で、猫?」
ただ一人、リコだけは保護欲なんて最初っからなかったように反応しなかったが。
リコはしばらくうんうんと唸る。ノアという名前の、黒猫の少女を最近に何処かで聞いたような気がするのだ。
それは王からの割と大事な話だったのだが、もはや忘却の彼方へ場外ホームランらしい。
そんなリコの様子を見て自分の正体がバレるかとヒヤヒヤしたノアだが、思い出す様子がないことに気づいて人知れず安堵の息をもらしていた。
会話をしているうちに、まだ高かったはずの日が沈もうとする時間になっていた。
「…あら?麗麟たち、遅いわね……」
心配になって来たフレイア。あの三人ならバランスのよいパーティーと言えなくもないが、麗麟がいる限り、できることには限度がある。彼女一人を逃がして戦っているのなら、彼女が戻ってこないことがおかしい。何かあったのか。
ガサガサ…
「麗麟?」
背後から草をかき分ける音がしてようやく動かせるようになった首を捻って後ろを向く。しかし、そこにいたのは身長の低い、6歳くらいの女の子だった。華奢な手足、不思議な色の大きな垂れた瞳に頭の高いところで二つにくくられた長い髪。その色は刻々と変わっていくようにも見える。そんな、神秘的な雰囲気を持った、美幼女だった。
「…誰?」
思わず、そんな小さな子に向って厳しい言い方をしてしまい、後悔する。しかし、その少女からはその年齢に似つかわしくないほどの魔力を感じたのだ。警戒しないわけにはいかなかった。
…何色か判断のつかない魔力。どこかで私はそれを見た気がする…んだけれど……?
雲を掴むような思考を諦め、フレイアは女の子に向って再び口を開いた。
「あなたは誰かな?迷子?」
「……」
今度は優しく声をかけた。しかし、幼女はびくりと肩を震わせ、瞳を不安気に揺らす。そんな様子を見て、フレイアのみならずこの場にいる全員が気づいた。
もしかしなくてもこれ、フレイアを怖がってるな
どうして本当の年齢の近い子にここまで怯えられないといけないのよ!とフレイアは心の中で叫んでいた。
少しの間をおいて、おろおろとしていた少女はやがて意を決したようにフレイアをまっすぐに見た。
「すぅ…あ、あの!!」
「!? はい?なぁに?」
少々意気込みすぎて、落ち着こうとゆっくりと吸った空気を吐く前に声を出してしまい、かなりの大声となってしまった。それに少し驚いたフレイアが首を傾げながら問う。
「…ご、ごめ…んなさい…です」
ボソボソとしりすぼみな話し方でそう言われ、さらにフレイアは首を傾げた。
「ごめんなさい、私、今動けないの。悪いんだけど私の正面側に回ってもらってもいいかしら?」
そこで振り向いた姿勢に疲れたフレイアがそう言う。少女は謝りつつも慌ててフレイアの前に立った。円形で談笑していた輪の中心位置に来ることになるので、自然に少女は座り込む男女四人に囲まれる形となった。
「それで?どうして私に謝ったのかな?」
状況がさらにそうさせているのか、少女は先ほどまでよりもずっと挙動不審になっていた。フレイアもそれに気づいて何かしてあげようと思うがわざわざ皆に動いてもらうこともないかと思い、放置することにする。
「えっと…あの………助け…られなかった…からです…。それで、フレイア様は…そのようなお怪我を…」
「?」
フレイアはさらに首を捻った。どういうことだろうとしばし思案する。
「…つまり、あなたは私がシャーベルトに襲われてかなり危ない状態になっていたところを見ていたということね?」
「は、はい!」
怒られると思っているのかカタカタと震えだし、目をぎゅっと瞑っている。なんだかいじめているような気になってしまって気分が悪い。フレイアは少しだけ不機嫌になりながら問いかける。
「けど、あなたが来てどうにかなる状況ーー」
でもなかっただろう、と思う。思うのだが、それは違うという声も、自分の中のどこかからするのだ。だからこそ、初めこの少女を見たとき、恐れを感じたのではなかったか、と。なら、フレイアは初めに問いかけるべきだったのだ。質問を誤った。この少女に攻撃の意思がなかったからよかったものの、これが好戦的な相手なら今頃は死んでいたかもしれない。今、自分は動けず、魔法も満足に使えないのだから。そう考え、フレイアの背を嫌な汗が流れた。
「あなたは、何色の魔導師なの?」
フレイアが少女に会った頃、麗麟は人間界へ無事に戻ってきていた。空からやって来る麗麟を見て、普段は恋敵のような関係で競ってばかりの白愛だが、ほっと安心して息をついた。やはり、神に文句をつけにいくというのは命を張る要素もあるので心配だったのだ。
実は、麗麟はあれからまだ数時間神々と会談していたのだがその会談の結論として一刻も早く麗麟をフレイアの元に帰した方がいいということになり、世界時計を持ち出してきたのだ。だから、アスガルドと人間界の往復を一日で成すことができた。
麗麟は全力で駆けながらも、頭の中では先ほどの会談を繰り返し考えていた。
「人間界の結界が破られた?」
そう言ったフリッグはとても不安げな顔をしていた。それはそうだ。なぜなら、人間界の結界とアスガルドの結界は兄弟品。あっちが破れたのなら、当然こっちだって破れるだろう。
「とりあえず、誰かを派遣して結界を張るしかねぇな。フレイアのモノと同等のものを張るためには何人いる?」
フレイアはあの結界をそう時間もかけずに1人で張ることができる。しかし、あのレベルのものをフレイア以外が張ろうと思えば何十人かで10日以上はかかるだろう。それでもまだ劣るくらいだ。
だから、フレイのその質問は的を得ているはずだった。しかし、オーディンは首を横に振る。
「誰もいらん。もうすでに張られてある」
「すでに?あなたが張ったの?」
オーディンもかなりの魔導師。フレイアほどでなくとも、それなりのものが張れるだろう。
しかし、その問いにもオーディンは首を横に振った。
「俺が張ったんじゃない」
「じゃあ、誰だよ?」
オーディンは肩を竦め、わからない、ということを伝えた後、こう付け加えた。
「フレイアのモノと全く同じものをフレイアと同じくらい速く張れるものだ」
それはつまり、フレイアと同じことをできる存在が、今の彼女とは別にいるということか、誰でも予想できることを結局、その会談では誰も言わなかった。
麗麟は地面に降り立ちながら、そのことを考えて、胸が詰まる思いがした。
もしかしたら、いるのかもしれない。この世界に。
自分のことを覚えている主上が。
「……?麗麟?」
「え?ん?あ、何?」
そこで待っていた白愛が首を傾げながら問いかける。麗麟は完全に居をつかれて、驚いてしまう。今、転変していなかったら尻餅をついていただろう。
「考え事?上で何かあったの?」
「……」
いい知らせではある。しかし、これは伝えてあげるべきなのだろうか。麗麟には判断つかなかった。それに、今の主上のこともある。もしも記憶がある主上に出会えたなら、それはとても嬉しいことだけれど、自分は今の主上のことも大好きだから。前の時とは性格も、見せてくれる表情も違うけれど、それでも、前の時と同じくらい好きだ。この、どうしたらいいのかわからない気持ちを白愛に与えるのはどうしても躊躇われた。
「…なんでもないですよ。さあ、遅くなったので急いで主上の元へ帰りましょう」
麗麟はさっさと転変を済ませ、ウンディーネと白愛と共に今愛する主上の元へと向かった。
「わ、私…は……」
「…あれ?莉八?」
幼女が答えようとしたとき、ちょうど白愛たち三人が帰ってきた。白愛が目を丸くしてそう幼女に声をかける。
「あ、白愛お姉ちゃん。こ、こここ…こ…こんにちは?」
「莉八ちゃん、散々どもった挙句に疑問形にしちゃう癖、直した方がいいと思いますよ?」
麗麟にしては冷たい声で冷ややかな視線をその幼女に向けつつ言う。それを、精度の上がったフレイアの情報伝達魔法で感じ取れないはずはなかったが、特に何も言わなかった。
「遅かったね、麗麟、白愛、ウンディーネ。心配したよ?」
座った状態のまま、三人を見上げてそう声をかける。魔力残量と体調などの関係で18歳の姿を維持できず、今は本来の年齢である5歳児の姿だ。莉八といい勝負である。
「ごめんなさい、主上。寂しかったですか?」
そして、そんなロリなフレイアを見逃さない白愛なのだった。莉八に向けていた疑念の目を一瞬で取り払い、いつもの人懐っこい目をフレイアに向け、軽々と抱き上げる。もちろん、身体を動かせないフレイアは抵抗しない。
「ん、寂しかった…かな。それより、白愛…近い…」
「んー、ちっちゃい主上は反則的な可愛さですね」
言いながらフレイアの顔に頬ずりをする。フレイアは苦笑いをしつつもそれを受け入れているように見えた。
「白愛、主上が困っています。主上、私が抱っこして差し上げますからね」
「麗麟、私は別に抱っこされてたいわけじゃないわよ?」
そんな反論など聞く耳持たず、麗麟はあっさりと白愛からフレイアを奪い去り、ぎゅうっと抱きしめた。まるで、自分が仕える人を決意するように。
「あー、麗麟!勝手に取らないでよ!」
「別に主上は白愛のものじゃありません!」
「あのさ、だから、聞いてる?私は別に抱っこされてたいわけじゃない…」
白愛と麗麟がフレイアが自由に動けないのをいいことに取り合いを始めた。あっちへこっちへと動かされてフレイアの顔色は徐々に悪くなる。酔ってしまったらしい。そこへ2人とは別の腕が伸びてきてヒョイっとフレイアを奪ってしまう。
「あ!」
「む!」
麗麟と白愛は同時に声を上げてその人物を睨み、反撃に出ようとするがすぐに頭上から水の塊が降ってきて、それを防がれてしまう。
「フレイアはおもちゃじゃないの!少しは頭を冷やしなさい」
青い顔をしてくたっと自分に体重をかけてくるフレイアの頭を撫でながらその人物ーーウンディーネは2人の聖獣を叱りつける。さすがに2人も青い顔のフレイアを見ては何も言い返せず、ごめんなさい、と謝罪した。
「とにかく、あの女の子の対処が先じゃないの?」
ウンディーネが指を指す。そこには先ほどの一幕を呆然と眺めていた莉八がいた。
「ああ、うん。そうだね。莉八。あなたに聞きたいことがあったんだよ」
「き、聞きたいこと?」
我に帰り、必死な面持ちで繰り返す。見る人によってはフレイアよりも魅力的に感じるであろう幼女だが、少なくとも白愛と麗麟にはその魅力は通じなかったようだ。未だ、2人が莉八を見る目は冷たい。
「どうしてシャーベルトと主上の戦闘を私たちに報告してくれなかったのですか?」
麗麟のその問いに、幼女、莉八は肩を震わせ、おずおずとこう言った。
「行きたかったけど、行けなかったんです。モンスターがいっぱい出てきて、とても身動きが取れる状況じゃありませんでした…」
ノアが仲間になった!
ルイードの前のフレイアの様子が……
もう、パーティーで戦う場合、かなりのハンデをつけて書かないと負ける気がしないですww




