少女ノア
「もうよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫」
麗麟のおかげですっかり体調は元に戻った。未だに1人では上体を起こしておくこともできないが。
その麗麟には今、私を助けてくれた少女を見てもらっている。
「どうかな?大丈夫なの?」
彼女はいきなり倒れたのだ。空が晴れだしてすぐである。すごく心配だ。
「はい。どうやら彼女はとんでもない闇属性魔法の使い手のようですね。しかし、その体質のせいで日の光に弱いのだと思います。主上も魔導師がその属性の影響を受けやすいということはご存知ですよね?」
黙って頷く。それはフレイに聞いていた話だった。そして、私とフレイはその影響を自由に操作することができる。
「じゃあ、そうやって日陰に寝かしていてあげたら大丈夫ね」
『ダメにゃ』
そこで今までずっと黙っていた猫が口を開く。
「どうしてダメなの?あれは熱中症のようなものでしょう?」
『違う。あれは一種の病気にゃ。というか、呪いにゃ。ノアはそのまま休ませてても、その白色の回復役に何をされても起きにゃいにゃん』
つまり、あの少女、どうやらノアというらしい少女を起こすためには何か特別な方法が必要なようだ。それは何だろうか。回復役にできないこと。
「…解呪?」
そう呟くと猫の目がキラリと光った。それを見ながら言葉を紡ぐ。
「それも、普通の解呪魔法じゃダメなのね?何か特別な……闇属性…呪い…解呪……」
ブツブツと言いながら思案する。私の考える時の癖らしい。もちろん、無意識だ。
「また始まってしまいましたね…」
「いつもなの?」
「うん。何言ってるのかわからないんだよね、発言だけまとめてももっと前、今回みたいに最初から聞いていないと理解できないんだよ」
『変なやつにゃ』
そんな声は聞こえず私は思考の海に落ちて行く。
「闇…?夜…日……ねぇ、この子、名前はノア?通り名とかはないのかしら?」
『夜歩く猫姫にゃ』
「夜歩く……吸血鬼?獣人…闇…」
頭の中でグルグルとする思考そして私は一つの答えに辿り着く。そしてその正否を確かめず詠唱を開始する。
「*****」
「えっと…詠唱を始めちゃった?」
「いつものことです」
「主上は誰かに教わるのはあまり好まないからね」
『しっかし、何の詠唱にゃ?』
「主上の魔法は全てオリジナルです。その数は膨大で、詠唱から判断するのは難しいかと」
「*****ーー月夜見」
私たちの周り、半径5mほどの空間が闇夜に包まれるそして、空には満月が浮かぶ。
この間不意に月が見たくなった私が夜まで我慢できずに勢いで作った使い道のなかった魔法。しかし、私の推理が正しければ、これで目覚めるはず。
「……ん…月…?」
予想通り、ノアは目を覚ました。
「ん…ふぅ……落ち着くぅ……にゃ〜〜!」
足は正座の形で腕を地面につけたまま大きく伸びをする。丁度、猫が伸びをするようだ。そして、その目は妖しく光っている。
「夜目が効くってそうやってなのね?すごい」
確かに、ノアのように目が光っていたら夜でも目が効きそうだ。なんだか他の夜目が効く子達とは違う気もするが。
「…ノト、我慢」
『おいおい、姫よ。こんな見事な月を前に我慢はねぇだろ?』
猫が獰猛に嗤う。声の調子が変わった。そして、その大きさも…
「君!魔法消して!」
「え?あ、う、うん!」
急に言われ慌てて魔法を消去する。ノアはすぐさま日傘をさしていた。見事に日の光を遮っている。そして、猫は変化をやめた。
『ちっ、姫。たまにはいーじゃん』
「ダメ。月に一度だけ」
猫は悔しげに嗤ったあとノアの頭の上に帰って行った。
「…ごめんにゃ。この子、二重人格にゃん。月を見ると性格が変わるにゃ。獣人の特徴にゃ」
「その子は獣人じゃないでしょ?」
「うん。聖獣。バステトのノトにゃん」
聖獣。白愛や麗麟と同じ?
そう言われてしばらく猫を注意深く見る。すると、なるほど、その理由がよくわかった。
「通りで、内包してる魔力量が桁違いだと思ったわ。なるほどね…」
私がそうして見ていると居心地が悪そうにノアはノトを隠した。思わず苦笑してノアに笑いかける。
「自己紹介が遅れたわね。私はフレイア。この子達とパーティーを組んでいるの」
そう言うと麗麟、白愛、ウンディーネの順で自己紹介をしていく。
「うんうん。にゃるほど。みんな強そうだにゃぁ。にゃあ、私の番にゃ?私はノア。この子と2人で冒険してるにゃ」
それ以上は語る気は無いらしい。どうも何かを隠しているような気がするのだが、まあ、追求する必要はないだろう。
自己紹介も終わり、この後どうするか考える。私が黙ってしまったことで静寂が辺りを包んだ。私は基本、無表情で無口のはずなのだが、最近は随分変わったものだ。もちろん、私にとってはいい変化である。別に感情の起伏に疎いわけじゃないからね。
「主上」
白愛が話しかけてきた。私の身体を支えてもらっているから肩口から声が聞こえてくる。私は黙って先を待った。
「私は…私と麗麟はこの後少し話をしなくてはなりません。申し訳ないんですが、この場を離れたく思います」
珍しくきちんとした敬語を使っている。まるで麗麟のようだ。白愛はいつも敬語とタメ口の間くらいだったように記憶しているのだが、これはどう言ったわけだろう。
「別に構わないわよ。なら、私は先に湖へ戻った方が良さそうね」
「そうしてくれると助かります」
私は黙って頷いた。私に聞かせたくない部類の話があるのだろう。なら、私から遠くへ行ってあげるべきだ。しかし、問題が一つある。
「主上はもうお一人で歩けるのですか?」
麗麟の問いに返事が詰まってしまう。その通り。それが問題だ。私はふるふると首を横に振った。
「多少動くのだけれどね。とても自分の体重を支えられるほどの力は入れられないのよ。なんでかなぁ」
まあ、死んでても同じくない怪我を負ったんだから当然といえばそうなのだけれど。死なない身体、だからなぁ。
ーーあいつは死なない。何をやってもだ。
ーー身体をバラバラに捥いでやればいい!そうすれば死ぬはずだ!
…うう、やなこと思い出したかも。
それはともかく。
「にゃら、私が送るにゃ。どうせこの後の予定はにゃいしにゃ」
ノアの願っても無い申し出に私たちの時が止まる。
「にゃ?ダメにゃ?」
不思議そうに首を傾げるノアに白愛が慌てて言う。まあ、渡りに船だもんね。
「いえいえ!お願いします。場所はたぶん、主上が覚えているので」
そうですよね?と言った風に目を向ける白愛に無言で頷き肯定する。もちろん、ここまでの道のりをきちんと覚えている。これでも記憶力には自信があるのだ。ただ、もはやあの世界の両親の顔は覚えていないけれど。
「にゃら、行こう、フレイア」
そう言って手を伸ばして来る。私はその手を取りながら、白愛に目を向けた。
「そう言う白愛は覚えているの?」
ほとんどノアに頼って何とか立ち上がる。しばらくは槍で戦うのは諦めた方がいいか、と思い、地面に落ちていた海蛇の憂を封印状態にする。
「ごめん、ノア。それとって首にかけて欲しい」
「ん?これかにゃ?お安い御用にゃ」
しゃがんで取り、首にかける。そんな子供でも老人でもできることができない自分が歯がゆかった。やはり、ソロで挑まなければよかった。敗北感は無駄に私の心を蝕み、不快にさせる。
魔法はまだ問題なく使えるが、先ほどの月夜見のように私の魔力の1%程度しか減らされない魔法ならともかく、移動系魔法などを使うほどの魔力は残っていなかった。そもそも、私の記憶内にある転移魔法は今の私じゃ扱えない代物だ。例え全回状態であってもだ。
そんな思いを知らず、ノアは私を支えつつもそれを行ってくれた。知り合って間もない少女にここまで世話をかけるのは正直申し訳ないのだが、しょうがないか。
「私、覚えてないよ?」
「……一応言っとくけど私も覚えてないよ?」
その間に白愛と麗麟はそんな会話をしていた。やはり覚えていなかったか。
「なら、ウンディーネを置いていくしかないでしょう?お願いできる?」
ウンディーネは自分の家への帰り道なのだから当然知っている。だから、私がここに残っては二人の都合が悪い以上、その方法しか残されてはいないのだ。
「もちろんだ。構わないよ」
ウンディーネは爽やかに微笑む。なんというか、姉御肌だなぁ。
「じゃあ、お願いね?ノア、行きましょ」
「うん!」
ノアは器用にも片腕で私、もう片方で日傘をさして歩き出した。そう言えば私の記憶には天候操作の魔法陣がある。あれを使ってあげようか…いや、あれの消費魔力量分、あるかどうかわからない。やめておくのが得策だろう。
「そう言えば、どうして空から落ちてきたの?」
なんとなく、雑談しようと思い、思いついた話はこれだった。しかし、誰だって気になるだろう、あんな登場の仕方では。
「ああ、ちょっとした実験をしていたにゃ。ノームの魔力を含んだ雨の中にゃら私の闇魔法は強化される。にゃらば、闇壁を地面に水平に張ることによって空中を歩けるんじゃにゃいかって話ににゃ」
思わず呆気にとられた。確かに、理論上は正しい。そうなるだろう。しかし、それを本当に試すなんて奇行に一体何人の人が走るだろうか。やはり、変わった子だと思った。
…まあ、私の周りにはそんな子ばかりだ。類友だとは絶対に認めないが私が集めてしまっていることは認める。
「姫って言うのは?」
「……あだ名みたいなものにゃん。気にすることにゃい」
ノトが時々そう呼んでいたので気になっていたのだ。しかし、ノアは少し困ったように、深いそうにそう言った。訳ありなのだな、とは思うが別に気にせず歩を進めることにした。
この後、ルイードとリコは氷漬けにあったのである。
明日からしばらく主人公不在です。
神の方へ行きます。
ルイードとリコの安否はそのあと、ということで。
お付き合い願います。




