黒のネックレス
無事に光山内の村に着くとすぐにフレイアは白愛を連れて出て行ってしまった。驚くことに、麗麟をおいて、である。麗麟は麒麟なので、確かに不便なところはある。例えば、人を攻撃する際や危害をなす際、など。
「…フレイア、変なことしてないだろうな」
そうは思っても俺もリコも白愛の100%悪意の走行によって完璧に酔ってしまっている。着いて行ったり、止めたりなどできるわけもなかった。
「大丈夫じゃないですか?フレイアさんは初めて会ったときよりもずっと強くなっています。そうそう、負けませんよ」
隣で伏せっているリコが的外れな励ましをくれる。そっちの心配はしてねえよ。
しかし、リコが言うようにフレイアは初めて会ったときよりもずっと強くなった。あの頃からフレイアには勝てる気はしていなかったが、レベルの下がった今の方がより一層、圧倒的な戦力差を感じる。絶対に喧嘩はしたくない。
「ただいま」
その時、丁度フレイアと白愛が入ってきた。
2人は出て行った時と同じ服装で、血などの汚れは見えない。
フレイアの白いブラウスは真っ白で綺麗なままだし、白愛の赤いチャイナドレスのような服も白いズボンも赤黒いシミはない。
フレイアの髪色にも違いはないのだが…
「お前ら、その髪と目はどうした?」
2人は気まずそうに視線を逸らした。
白愛の白銀の髪は服と同じような赤に染まり、フレイアの碧い目は赤が混じったのか紫になっていた。
普段は火属性の影響は小さいはずだが、何か影響が大きくなるようなことをしたのだろうか。
「なんでもない。すぐに戻るよ」
フレイアはにっこりと微笑んだ。その顔と台詞はこれ以上の追求はするなと言外に伝えていた。
「主上、お待ちしておりました。とても寂しかったです!」
麗麟が切なそうに抱きついているところを見ると怨みを買ってきたわけでもないようだ。
ただ、
「酒でも飲んできたのか?」
2人からは少しだが酒の匂いがする。
2人は顔を見合わせてあからさまに焦った顔をした。
「ど、どうして?匂いする?飲んではないよ?ないない。だって、まだ子供だよ?」
「匂いはするぞ?飲んでないんだったらいいが…なんでそこまで焦ってるんだ?」
「「……」」
「おい、なんで目を背ける」
2人は俺から目を背けた。
それはもう、全力で。
どうしよう、物凄く気になるんだが。
隣で何かに閃いた様子のリコが俺の肩に手をおいて首を振った。その顔はとても楽しそうに見える。
「ダメですよ、あまり突っ込んじゃ…フレイアさんは、ナンパされて来たんです!そしてーー!」
「違うから黙りなさい、リコ。パーティーメンバーから外すわよ」
「ごめんなさい」
フレイアの冷たい突っ込みにリコはにやにやと笑いながら謝った。いいおもちゃのようだ。いつも眠たそうな顔はどこへ行ったのやら。
「ところで、それって俺がやった宝石か?」
フレイアの首には闇夜よりも暗い宝石がかけられていた。それは確か、俺がダークハンドから取ってきたもののはずだ。元は直径3センチくらいの武骨な石だったはずだが、七つに分けられ綺麗にカットされて、2連のネックレスになっていた。上は三つが横に並んでいて、下は四つが縦に連なっている。一番下のものが最も大きいようだ。
あれは力は弱いが闇属性の石には違いがない。フレイアなら食べれば闇属性を手に入れられるのに、なぜ食べなかったのだろう。
「えっと…う、うん。フリッグさんに教えてもらって、アクセサリーにしたの…似合わない?」
フレイアは恥ずかしそうに言う。似合わないというか、似合い過ぎているというか。フレイアは雪のように肌が白いので黒の宝石がよく映える。黒のドレスなども似合うに違いない。
「いいんじゃないか?けど、闇属性はどうするんだ?」
「えっと…ダークハンドの成体が近くに現れたから、あとでちょっと殺ってくるよ」
そんな、ちょっと買い物に行くよみたいなノリでそんなことを言われても。
怖い怖い。
確実に場数を踏んで逞しくなっているフレイアだった。
「手伝おうか?」
「ううん。高々98レベルだから、十分ほどで殺ってくるよ。味方撃ちしても困るから、私一人か白愛を連れて行くだけでいい」
確かに、フレイアの味方撃ちは怖い。
けど、98レベルで高々って言われても。
そんなに軽いものじゃないよな?
「けど、よくそこまで成長したものですね。モンスターのレベルに上限はありませんが」
「そうなのよ。なんでも、多くの冒険者を食べて色々な知識を得たらしくてね?ダークハンドは指揮する子だから、そうすると厄介になって行くんだって」
「では、初めに主上の範囲攻撃をします?」
「主上の範囲攻撃だと、ダンジョンごと壊しそうですね…」
「あり得るね〜、まあ、そのときはそのときで」
3人は呑気に話している。やばいよな、俺だけなのかな、驚いてるの。この場面をもし他の人が見ても、話の中心の人物がレベル3だとは夢にも思うまい。
「それで、ウンディーネのことなんだけど、明日には湖に着きたい…着きましょう。その日の夜に戦闘開始。異論のある人は?」
「はーいっ!」
フレイアの真面目な話にもめげずに楽しげな笑いを崩さないリコ。今日は眠くないのだろうか。対して、フレイアは元気良くてを挙げたリコに嫌そうな目を向けた。
「何?あなたに突っ込まれる覚えはないんだけれど」
「異論って言うかぁ、質問ですね。どうして夜なんですか?夜目が効くのは獣戦士だけですよね?」
フレイアはため息をつき、意外にいい質問ね、と呟いた。フレイアのリコに対する評価が低い。
「確かに、夜目が効くのは白愛だけね。だけど、すぐに暗くなるから昼にやっても同じなのよ」
フレイアの台詞にリコをはじめ、白愛と麗麟までもが首を傾げた。しかし、俺には確かな心当たりがある。
「まさか、俺の動作魔法と相性がいいって言う完全オリジナルか?」
思わず鳥肌が立ち、寒気がしている。恐怖からだろう。フレイアの完全オリジナル魔法なんて至近距離でかまされたら麗麟とリコのコンビでも防ぎきることはできないんではないだろうか?
「その通りだよ、ルイード」
そんな俺の気持ちには一切気づかずフレイアは満面の笑みを向けてくる。まさか、本当に機会が巡ってくるとは。神はフレイアに甘過ぎではないだろうか?過保護もいい加減にしてほしい。
「作戦としては、はじめは攻撃はしない。契約を持ちかけるわ。それで、応じてくれなかったら、攻撃をして戦力差を見せつける」
「そんなの、ウンディーネだったら一目でわかるんじゃないのか?」
フレイアは頭を抱えて少し悲しげに告白する。
「それが、レベル検査と同じで私は弱く見られるみたいなのよね。白愛や麗麟でも戦力差を見せつけるに十分なレベルだけれど、彼女は水属性の使い手でないと契約はしないわ。これは、大精霊全てに共通して言えることだけどね。ノームなら土属性。土属性は闇属性付属だから私には契約できないわね。シルフなら風属性。サラマンダーなら火属性って感じよ」
「あー、私、シルフと契約してますよ」
「「「「!?」」」」
リコがさらっと言った言葉にその場の全員が戦慄した。
しかし、同時に納得。確かにリコの風属性魔法ならできそうだ。
「え?初耳なんだけど、本当に?シルフって気まぐれで…今まで契約なんて…」
フレイアが愕然とした様子で聞いている。しかし、リコはけろっとした様子で
「え?仲の良かった友達がシルフだっただけなんですが…私が家出をしたとき、契約しようって」
さらに爆弾発言。大精霊と友達になれるのか?
「……すごいわね……と、とにかく、私との戦力差を感じてもらって、契約をするわよ?」
フレイアがなかったことにして話を進めた。
「けど、水属性の使い手と契約をするんだろ?だったら水属性の魔法で戦力差を見せつけた方がいいんじゃないのか?」
そうなんだよね、と言ってフレイアは間をおいた。そして、にやりと微笑んで言う。
「だから、この作戦なのよ。ルイード、あなたにしかできないことがあるの」




