騒動
ギルドへ向かっていると徐々に叫び声が聞こえて来た。発信源はもちろんギルドだろう。叫び声と言うよりも、悲鳴と怒号か。
「ルイ、何だろう?」
「……ギルドはよく荒れる。あそこは血の気の多いやつばかりだからな。どうせ、酔っ払ったおっさんが暴れてるんだろ」
そう言いつつ、ルイードはとても嫌そうな顔をした。そして気遣わし気に私を見る。
「アクア、お前はここで待っておいてくれないか?討伐クエの受注は俺がやっておくから」
ギルドの前まで来てからルイードがそんなことを言う。既に中から聞こえてくる悲鳴と怒号ははっきりと聞こえている。悲鳴は女性のもの、怒号は男性のもの。ルイードの言った状況で当たっているだろう。暴れている男を恐れて大人が悲鳴を上げているのだ。5歳児の私が怯えないわけないと思っての言葉。だけど、大丈夫。
「ルイだけを行かせられないよ?パーティーでしょう?暴れている男がもしもルイに襲いかかって来たらどうするの?」
「…!けど、それならお前だってだろう?いや、お前の方が危ない!俺だけでーー」
「ルイ、私がどうしてここに来たか忘れたの?」
そう、私は大丈夫。それは、あの惨殺死体をたくさん見て来たから。そして、
「私は、両親を殺しているんだよ」
あの死体の内の二つは私が作ったんだ。誰より早く、ね。
そして私はにっこりとルイードに笑いかける。ルイードはしばらく私を見ていたがやがて諦めたように頷いた。
「わかった。お互い気をつけて行こう」
ポンポンと頭を撫でられてから、私たちはギルドのドアを押し開けた。
「だから!何で言うこと聞けんって言うねや!己はワシのこと馬鹿にしてんのか‼」
「や、やめてください!や、八つ裂きにしますよ‼」
「ギルド内での殺害行為は禁止となっております。ご了承ください」
「じゃがしいわ‼」
バコンッ‼
そう音を立ててギルド付属の使い魔は壁に減り込んだ。男が殴ってぶっ飛ばしたのだ。
「巨人の人だ…筋肉馬鹿だね。魔法の才と脳みその代わりに筋力を得た種族…」
ギルドのホールの真ん中でエルフと言う妖精族の女性の腕を掴んで立っていた男性の種族を見て思わず眉が潜む。人種差別などの考え方は嫌い。だけど、巨人だけはどうしてもだめ。頭の悪い巨人は嫌い。
「おおっ⁈ルイちゃんやないか‼やっぱりワシ癒してくれんのはルイちゃんだけやな‼おいで!ワシと楽しーことしよーや」
巨人の男はエルフの女を右腕で締め上げながらルイードに手を伸ばす。無駄にでかい身体だからかこの距離でもルイードをその手で捉えることができるようだ。
「ちょっ!やめてください、おっさん‼俺は男だって言ってんでしょうが‼」
ルイードが素早く剣を突きたて、その手を逃れる。しかし、男は気にした様子もなく剣が突き刺さったままの手でルイードを絡め取る。
「そんなんは可愛かったら関係ないわ。ホンマにそうなんか、行為の最中に確認したる!ワシの宿へ来い‼」
言うなりルイードを左腕に抱え、エルフの女と共に連れ去ろうとギルドのドアへ向かう。ルイードもエルフの女もそれなりに抵抗はしているのだが、その巨漢には無駄なことだろう。そして、ここにいる誰もがこの男を止めようとは思わないようだ。やっと去ってくれるとことの成り行きを見て、ルイードとエルフの女に哀れみの視線を向けるだけ。
バン‼
男がギルドのドアを通ろうと言う時、私はそのドアを魔法を使ってかなりの勢いを付けて閉じた。ドアが壊れるんじゃないかとハラハラしたが、意外に頑丈だったようだ。
そして、男は私を見る。ギルドにいる人びとは避難の目を向けてくる。
「何や!ワレ‼ワシの邪魔しよう言うんかい‼それなりに可愛い顔しとるけど、ワレなんか相手にしたらヤってる間に潰してまうわ!十年後また来いや‼」
と至近距離で唾を飛ばしながら叫んでくる。さりげなく水の膜を周りに張って唾を防ぐ。
「気分悪いわね。皆で見て見ぬ振りなの?さっきから何をわけのわからないことばかり言って…ヤル?行為?何の話だかさっぱりだわ。だけど、頭の悪い巨人族の言うこと。許してあげる。だから、一度だけ言います。ルイードとついでにその女を離しなさい」
私は別段叫ぶわけでもなく、ただ、本心を話す。本当にわからない。巨人の男はルイードとエルフの女を宿へ連れ去って何をすると言うのだろうか?
しばしの静寂。そして失笑。
「お断りじゃ」
と馬鹿にしたように言う男の声。私は軽くため息をつくだけで特に気にしない。ちょっと仕事が増えるだけだ。私が見ているのはルイードただ1人。彼の嬉しいような困ったような苦笑だけ。その表情から察するに、殺ってもいいのだろう。
「ルイ」
にっこりと彼に手を伸ばす。彼の手を握ると同時に事前に作っていた聖槍と同じ形の水魔法を巨人の腕に突き刺し、切り落とす。
ーーゴトン
と鈍い音が静まり返ったギルドにやけに大きく響いた。
「わっ!あっぶね!」
「ルイ、大丈夫?」
床から一mほど持ち上げられていたからかルイードは転びかけたが、無事に着地。私はすぐさまルイードの腕をとって微笑んだ。
「じゃあ、クエを取りに行っててくれる?」
「おう。あとは任せた」
と言ってルイードは受付に向かった。こんな状況でもおそらく受注してくれるだろう。
私は、私の仕事をする。
「己、ワシに何してくれとんねん‼」
「何って…腕切り落としただけだけど?」
私はそれ以外は何もしていない。巨人の男はエルフの女を捕らえていた右腕で丸太のような左腕の残骸を抱えている。二の腕で斬ったので抱えるには場所が悪い。普通の人間や妖精なら止血もままならないだろう。しかし、巨人はもともと血が通っているものの方が少ないのだ。あの男も泥で出来ていたようで血が流れていない。
「私はきちんと言ったわよ?一度だけって。あなたはそれを聞かなかったじゃない?だから、そうしただけだけど、何か問題あるかしら?」
男は憎々し気に私を見る。さっきの攻撃は勢い任せの攻撃なので、まともにやってもきっと彼には効かないだろう。水で何かを斬るためには水圧に頼らなくてはいけない。あの男はさっきは油断していたけど、次はそうも行かないだろう。少しでも勢いが減ればただの水と同じになってしまう。さらに悪いことには巨人族は息をしなくても大丈夫なのだ。どうやって殺したものか…。
とにかく、余裕ぶって見たけれど…これで逃げてくれませんか?
「己…ワシとサシで決闘しろや‼己が勝ったら謝罪したる!負けたらそのままルイちゃんもらうで!ええな‼」
やっぱり引いてはくれないようだ。2メートルは優に超えているだろう巨体と身体よりも長い手を構え、戦闘体制を取る。彼はどのくらいのレベルだろう。その姿は実に様になっていた。レベル5の私でも何とかなるだろうか?そう考えて、思わず下唇を噛む。思っていたよりもずっと苦しいかもしれない。
「いいわーーと、言いたいんだけれど、ルイについては私が許可するわけにはいかない。私が負けたら私は止めない。それではダメかしら?…まあ、もしも私が負けたときは、きっとこの命もないんでしょうけれど」
私はドアを開けて、男に外に出るように言った。ここにいては周りに被害が出るかもしれない。男は意外にも素直について来た。
「ソイツ、この間冒険者になったばかりのレベル5ですぜ、ボルーの旦那‼しかも、水属性の魔導師です!」
「さよか、わざわざありがとうな、ガワ」
傍観者の中に知り合いがいたのかそんな会話をする。男の表情に変化はない。もともと表情が乏しい種族だが、男はレベル5と言う情報で油断するほど馬鹿ではないようだ。
「己はレベル5って評価が正しいわけやないやろう。オリジナルの魔法しか使えん魔導師か?そんな魔導師は普通、弱いことを指すんやけどなぁ。己、オリジナルの才はあるみたいやのう。そう言うやつは強いねや、レベルとは関係なしにな」
「……私は、あなたの評価を変えないといけないわ…」
思いの外、バカじゃないじゃない。
なんて、口には出さないけれどね。
私は手を前に翳す。初めて使った、あの魔法なら。オーガをぐちゃぐちゃに出来るあの魔法なら、効くかもしれない。
「ほんなら行くで‼残念やけど、その才能、ここで散らせや‼」
男が突っ込んで来る。急がないと……
「貫け…‼行けー‼」
手を振り下ろす同時に津波のような勢いで水が男に迫る。男と水がぶつかって、弾ける音。…止まない足音。
ーー勢いが落ちただけで、問題ないか。
「こんな攻撃じゃ、ワシを止めんのは無理じゃー‼」
男が水の壁を突っ切って私のところまで走って来た。その長い腕を振り上げてーー
「わかってたわよ!低レベルだからって舐めてるんじゃないわ!」
ーーザク…ドサ
さっきも聞いたような、鈍い音。
「…………」
「…私の勝ち」
私は足元に落ちている男の腕を示して言った。
「…何で……それは…ちゃんと警戒してたのに…」
男は某然と自分の腕を見る。私が勝ちだと判断したのは彼の主力武器だと思われる両腕がなくなったからだ。
あの刹那、私は思った。
水の壁は男には効かない。それくらいの予想はついていた。まさか、少し勢いを落とすだけだとは思わなかったけれど。そのときのために、聖槍を二本用意していたのだ。
油断してくれないとあの攻撃は通用しないだろうからまずは水の壁で私の攻撃は手いっぱいだと思って欲しかった。しかし、相手はバカじゃないとさっき判断したから、相手が聖槍を警戒していると仮定して、もう一本を使用した。
狙いは上から二の腕への斬りおろし、そしてもう一本での斬り上げ。
そして男は予想違わず斬りおろしの方へ対処して来た。しかし、例え威力を落とされても半分くらいは斬れる。もう半分をもう一本の方で斬り上げた。
今は二本とも足元を濡らすただの水になっているけれど。だから、あとに残ったのは男の腕だけだ。
「アクア、クエ受注して来たぞ」
「そう、じゃあ、行きましょうか」
ルイードがギルドから出て来たのでこの場から去ることにした。空気がお葬式のように重い…この男は有名人なのかもしれなかった。
「悪かったのう、ルイちゃん、お嬢ちゃん。……またやってくれんか?」
男ーーボルーはそう言って乏しいはずの表情を笑顔に変えた。
「…そうね……気が向いたらね」
そう言って、微笑みを返した。
この世界は、悪くないかもしれない。