三人
リアルの都合で2日間更新が出来ませんでした。
申し訳ありません。
「うう〜〜」
「……」
「ふぁぁ…」
気まずい。呑気に欠伸をしているリコに腹が立つほどに先ほどから一切の会話がない。
隣を歩く白愛はさっきから機嫌悪そうに唸っているし、目的のダンジョンに着いたのに討伐対象とはエンカウントしないしでもうかれこれ二時間ほど会話なくただ歩を進めている。思えば俺のエンカウント率は著しく低い。リコとやってるときは巣でも襲わない限りエンカウントした試しがなかった。フレイアとやってるときは数歩歩いたらエンカウントするくらいの頻度だったのに。
こうなったことの始まりは、今朝だった。
「俺はクエストに行くことにしたんだが、誰か着いてくるか?」
しばしの謹慎処分を受けたフレイアに付き合ってしばらくはおとなしくしていようと思っていたのだが、俺だけレベル低い(フレイアもレベルだけはかなり低いけど)からこの機会にレベル上げでもしようと思ったのだ。
「私、着いて行きます。暇なので」
大体予想通り、リコは着いてくるらしい。二人なら、ちょっと背伸びをしたダンジョンを選ぼうかな。
そう思って告げたダンジョン名を聞いたフレイアが少しだけ目を剥いた。感情表現の乏しい彼女にしては珍しい表情だ。
「そこは、少し危ないんじゃないの?今日は私は行かないんだよ?」
彼女の言葉は一見すると自分の実力を過信したやつの台詞に聞こえる。まあ、事実かなり強いわけだが。しかし、彼女の言葉の真意は人数が減ってしまうから危ないぞ、ということだ。彼女とてよくよく理解しているのである。自分が行かなかったら麗麟と白愛も行かないということを。
「まあ、大丈夫だよ。最悪、リコが隠密使えるし」
隠密はモンスターからエンカウントされにくくなる、人にも見つかりにくくなる支援魔法だ。それさえあればダンジョンから抜け出すくらいは余裕だろう。リコもこくこく頷いてるし。
「えー?…あそこには視覚以外で索敵するモンスターもいるんだよ?それには効果が薄いって、知ってるよね?」
無言で目を逸らす俺とリコ。フレイアはため息をついた。
「白愛、悪いんだけど、2人と一緒に行って来て?」
それが、全ての始まりだった。
「えー?どうして私なんですか?麗麟は?」
「麗麟に戦闘させるわけにもいかないでしょ?白愛を信頼してるから、ルイードのことを頼めるんだよ?」
フレイアのズルい言い回しに白愛はうっと唸る。しかし、涙目ででも〜と、縋った。そんな彼女をフレイアは巧みな話術で宥めすかして何とか俺たちと一緒に行くことを了承させたのだ。最後にはどんなお願いでも聞いてあげるから、と言っていたが。
そうして無事にフレイに勝るとも劣らない運動能力を誇る白愛を連れて来られたのだが、早くやって帰ると意気込んでいた白愛でさえ気が滅入るほどにエンカウントしない。当然、クエストも進まない。無駄にダンジョンの奥へ奥へと進むだけである。
実は、ダンジョンには二種類ある。奥の方が危険で、どんどんモンスターが強くなって行くタイプとずっとモンスターが同じタイプ。前者には時々、群を抜いてレベルの高いモンスターが一体いたりして、危ないことこの上ない。そして今回入ったヴァルハラ遺跡は見つかって間も無く、どちらのタイプなのかが定かでないダンジョンだ。
しかし、行け度も行け度も強くなって来ているのかはさっぱりわからない。なぜなら、ここに入った頃から一体としてモンスターを見ていないからだ。それでは強さの比較なんてできるわけもない。
いや、モンスターだけじゃなくて、冒険者も見ないな。普通、新しく発見されたダンジョンは冒険者でごった越えすものなのだが…。
「うう〜…ん?」
そのとき、唸り続けていた白愛が不意に表情を変えた。怪訝な顔つきになり、くんくんと辺りの匂いを嗅ぐようにする。
「どうしたんだ?」
さりげなくフレイアにリーダーを押し付けた俺だが、一応このメンバーなら、俺がリーダーになるのだろう。他のメンバーの動向には気を配らなければいけない。それに、正体は獣であるところの白愛が鼻をひくつかせているということは、何らかの匂いがするということなのだろう。純粋に、それが気になった。
「……」
白愛は俺に報告しないといけないことが不満らしく、鬱陶し気に俺を一瞥したあと、ため息をついてから教えてくれた。
「このダンジョン、もうここが最奥だよ」
言って、気怠げに辺りを指差す。そこには左右の壁とまだまだ先まで続いているようにしか見えない道、そして今まで歩いて来た道があった。どんなに見ても最奥には見えない。
「幻術も知らないの?本当、どうしてこの男を選んだのかな、フレイ神は」
呆れた顔を向けられる。選んだ…のか、フレイが。それは、何と無く意外だった。消去法だろうけどさ。俺はフレイアに害意はないしな。しかし、気になる言葉が。
「幻術?これがか?まだまだ歩けるだろ?」
少し先まで進んで見せる。白愛はさらに呆れた顔をした。
「既に手遅れの節があるのにまだ行くの?そんなにキツイ練習がしたいのなら私は手助けしないけど」
「は?」
意味がわからず、間抜けな声を出したとき、視界がブレた。
正確には、崩れた。白愛とリコを除く全ての光景が。
「な……んだっ!?」
壁が崩れ、視界が開ける。低かった天井がどんどんと高くなる。気づけば俺は広いドーム状の部屋の中心の辺りに立っていた。と、確認したときには既に白愛が跳んでいた。高く高く飛翔し、俺の方へ飛び蹴りをーー
「ーーおわっ!何すんだ…よ?」
メキョッと言う音が背後からする。俺の身体が立てた音ではないだろう。ないと思いたい。ないよ。俺は紙一重で避けられたはずだし、身体の何処も痛くない。ならば、今の音は?
華麗に着地した白愛が面倒そうに肩や手を鳴らしながら、
「だけど、主上に怒られたくないから、勝手にモンスターの攻撃範囲に入らないでくれる?それも背を向けて、さ」
と言った。そして、俺ははじめてそれを見る。
「なんだこれ?手?」
それでも緊張感のない声を出してしまったことは、許してもらいたい。なぜなら、そこには地面から手首から上だけが生えているという珍妙な光景が広がっていたのだから。その腕の攻撃を白愛が遊ぶようにいなしているから余計に危機感が薄れている。
その答えは意外なところから帰ってきた。
「ダークハンド。闇属性の宝石を落とすモンスターです。本来ならレベル87指定のドラゴンの成獣に匹敵する強さですがこれはレベル43の幼生のようです」
おそらく鑑定をしたのだろう、リコの台詞にやっと俺は危機感を感じた。
レベル43指定って。
俺より20くらい上じゃねえか。
…無理じゃねえの?
「諦めるの早い。どうして私がいなしてるだけなのかわかってる?早く剣を抜きなさい」
「お、おう」
言われて思い出す。そうだ、今日は修行のつもりで2人を巻き込んだんだ。しっかり戦わないと…だが、
「こいつらは、どうすんだ?」
出て来たのはダークハンドだけではない。円形のホールの壁沿いにモンスターたちが溢れ返っていた。ここまでの道中で一度も見なかったのはこういうわけか。
「ダークハンドの特徴は指揮。モンスターを操ります。これらはしばらくは私が相手をしましょう。ルイードさんと白愛さんでダークハンドを殺してください」
リコが説明してくれる。なるほど、指揮か。だからモンスターたちはすぐに襲いかかっては来なかったんだな。しかし、支援魔導師であるリコが相手って、できるのか?
「出来ますよ。失礼な。****闇石障壁」
ムッとしたあと、リコは闇夜よりも暗い石を無数に積み上げ、今やかなり高くなった天井まで届くほどの壁をつくった。その壁はモンスターたちを隔離するのが目的らしく、ホールの壁よりも一回り小さい円型をしており、それと壁とで完全にモンスター集団を捕えていた。
「ああ、なるほど。リコは攻撃魔法が超弱いからこうして相手をするんだな」
「一言余計ですが、まあ、そうです。けど、フレイアさんに助言頂いて、攻撃だってできるようになりました。****闇石」
俺のことを軽く睨みながらリコはまた石を作り出したしかし、それは闇石障壁の向こう側につくったらしく見えなかった。代わりに、何か重いものが落ちる音がした。
「…あ。あれを落としたのか。なるほど。確かに攻撃になるな」
フレイアは支援魔法の応用方法を教えたようだ。攻撃として使えたり、拘束として使えたりすることを示唆したのだろう。しかし、それを聞いてすぐに実行に移せるリコの実力もすごいものだな。
「じゃあ、俺も頑張るか」
俺は剣を抜いて未だ白愛にいなされているダークハンドに向かった。
私は森の中を一人で歩いていた。
「………どうかしら?」
ポツリと呟いた私の声に答えたのは、頭に直接響く、既に聞き慣れた綺麗な声。
「未だ、反応ありません」
少し申し訳なさそうなその声に被さるようにして聞こえて来たのはつい先ほど会ったばかりの男の声。
「足跡発見。てか、本当にいんのかよ、死んだはずのあいつが」
「ふふ、疑り深いなぁ。いるわよ、たぶんね」
それに対する返事はない。私が最小限にしか喋っちゃダメだと言ったからだ。
「ん、ん、んーっ!この辺りかなぁ…私は召喚術師じゃないんだけどなぁ」
私は森の中の少し開けた場所に立ち止まり、しゃがみこんだ。辺りに落ちていた適当な枝を広い、陣を描いて行く。別に宙に描くこともできるのだが、魔法の特性的に、地面に描くのが一番いい。
「んー…こんなものかなぁ。さて、と」
完成した陣の側に立って、陣に手をかざす。そして、普通のものとは異なる詠唱をはじめた。
「不死の女神たるフレイア神の名において命ずる。種族の違いの壁を破り、我の家臣のなれ」
詠唱の意味なんて考えない…ようにする。不死の女神フレイアとはただ同名であるだけだ。私と彼女は別の意思を持って動くはずだから。
「ううーん、答えたのはたったのこれだけか。しょうがないかな。召喚術師じゃないし」
無事にモンスターを家臣に出来たので陣が消える。私はまた歩を進めはじめた。
この森はルイードの家の裏にあるので私が魔法を使うわけにはいかないのだ。
「…主上、来ます」
「見つけた。本当にいたよ…陣がすごい勢いで出来てるぞ、大丈夫か」
しばらくして2人の緊張した声が聞こえる。思わず口角が上がった。やっぱり、私を狙っていたようだ。
「じゃあ、試しましょうね、家臣たちの力を。召喚全魔物」
私を囲むように森に広がるのは数百の召喚魔法陣。対して私が生み出した召喚魔法陣の数は数千。
「そんな仔犬で私を殺す気だったの?半分でも大丈夫だったわね…」
相手が召喚したのはリトルガルム。私の腰辺りまでの大きさの犬だった。喉の辺りが血に濡れているのがガルムの特徴で、このミニチュア版がこのリトルガルムだ。普通のガルムならホーリードラコンくらいの大きさはある。しかし、ルビリアルフラワーは気持ち悪かったからよく見なかったが、リトルガルムをよく見ると召喚された全てが致命傷になっていてもおかしくない傷を持っていた。手負いの、くらいでは済まない傷だ。しかし、まるで無傷かのように元気よく動く。まるで、冥界にいるモンスターのように見える。冥界に、私は、行ったことないけれど。
実は、心当たりがなくはないから、エレンを探したいのだけれど。
「犬ちゃん達、頑張ってね」
私が呼び出したのは全てガルム。この世界のガルム全てが私の元へ来たんじゃないかという数だが、もうちょっと欲しかったかな。
実は、召喚に魔力は消費しない。代わりに、召喚獣が何かをするたびに魔力を持っていかれるのだ。それが数千だから、正直辛い部分はある。召喚獣を出した状態なら、私は炎光玉を一千撃てるかどうか。
「まあ、もう終わったからいいけれど。お疲れ様。またよろしくね」
戦闘を一分足らずで終了させたわんちゃんたちが私に絡んでくる。おっきいからやめてくれないかなぁ。すごく可愛いけどね。
全ての子達の頭を撫でて、全員を帰したところに2人がやって来た。
「お見事でした、主上」
「捕まえたぞ、エレン」
縛り上げられたエレンを捕まえているウォルトと麗麟に微笑みかけた。
「ありがとう、助かったわ。お久しぶりね、エレンさん」
「……」
さて、それでは、尋問と行きましょうか。




