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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
非日常な日常
28/157

決闘

ギルドで最近噂になっている、美少女たちだけで結成されたパーティーがある。

そこのリーダーはレベルは低いが可愛い男の娘と名高いルイードだ。さりげなくファンも存在する彼のパーティーなら、どんな男でも入りたがること間違いなしだが、メンバーは女性だけだ。しかし、それにがっかりするものはそうはいない。なぜなら、そこのパーティーが全員で歩いている姿はどんなに美しいものよりもずっと福眼で、そこに野郎が混ざるのは惜しまれる、と言うか、混ざったやつがいたら速攻で殺されるだろうということが誰の目にも明らかなのだから。

そんなパーティーメンバーとは、まず、最近央都の方からふらりと現れた気品高く、ミステリアスな魅力のある元ソロの少女リコ。当たり前だが彼女にもファンが存在する。

そして残り三人のうち二人は名も知られていない少女たち。しかし、リコにも引けを取らない美しい顔立ちと息の合った可愛い行動ーーずっと一人のパーティーメンバーに抱きついているとかーーのおかげでかなりの人気を誇っている。それはもう、天からの使いだとか、呪いで獣の姿に変わるときもあるとか噂する頭の痛いやつが出て来るほどだ。

しかし、そんなパーティーメンバーでも全く歯が立たないほどの人気と知名度、そして強さを誇る少女もいる。そこのパーティーにちょっかいを出す馬鹿がいないのは彼女がいるからだ。

彼女の名前はアクア。少し前からフレイアと名乗るようになったが、今もアクアと呼ぶものの方が多い。最近はいつも、先に述べた二人を自分にぴったりくっつけている姿を目にするが、百合だと言うものは一人としていない。それは彼女を怒らせるのが怖いからなど幾つかの理由があるが、その中でも大きいのはその姿が美しいから。それともう一つ、最大の理由があった。

それは、彼女がほんの少し前まで男と二人のパーティーを組んでいたから。

異性二人だけのパーティーはパーティーとは呼ばないことが多い。それはお互いを信頼しているのだから当然のこととして、二人は付き合っているのが大多数だからだ。だから、彼女とその男を俺たちは皆、恋人同士だと認識している。

さっき言ったような報復がなかったのはその男がとんでもない化け物だったからだ。

ある日突然現れた男だから当然、知名度などなかったのだが、現れたその日に睨んだだけで男を八つ裂きにするという人間離れした芸当をして見せたのが大きかった。そして、彼はずっと帯刀をしており、その剣の鋭利さにびびった、というのも隠しようのない事実である。

だが、彼といたことによってアクアの実力はずっと不明のままだった。彼女は外見の年齢をコロコロと変えるのでーーその顔立ちは変わらないからすべて彼女だと言い切れるーーそんなことを可能にする魔法、光属性は得意なのだと思われてはいた。しかし、登録してる属性は水だと聞いているし、前にギルドで騒ぎがあったときに有名になったのだが、レベルはたったの7だ。だから、高難易度ダンジョンに入っているのはすべて男の実力だとそう思われていたのだ。しかし、先日、高難易度ダンジョンの一つである花畑(フラワーガーデン)を焦土に変え、街でも魔法をぶっ放して壊滅の危機に追い込んだ。それによって彼女の実力は広く知られることとなったのだ。

さて、そんないろんな意味で凄いパーティーだが、今は別行動となっている。

それは、街を壊滅の危機に追い込んだ罰としてアクアがしばらく謹慎処分を受けたからだ。

ルイードとリコと白銀の髪の少女は難敵指定ダンジョンのクエストに行き、アクアと白髪の少女は街に残っている。

そして、俺はそのアクアを訪ねて、街外れのルイードの自宅、今はこの噂のパーティー、世界樹(ユグドラシル)のホームとなっている家に来ていた。

「…まだやるの?本当にやるの?面倒くさい……じゃあ、来て」

彼女の美しい、どこか歌うような響きを持った声が聞こえて来た。その表情も声も心の底から面倒そうだ。

今日の服装はいつもの学生のような服ではなく、真っ黒なシャツに同じく黒い短パンだけのかなりラフな格好である。いつもと違うその姿に、男たちが見惚れていた。美人は何を着てもよく似合う。

そう、ここには先客が十数名いた。すべて無コツな戦闘用の服を来た冒険者たちである。剣士、魔導師、召還師などそのクラスは様々だ。

彼ら、そして俺がここへ何をしに来ているか。それはーー

「勝負有り。私の勝ち。死ぬまでやりたいなら、あっちで待ってなさい。ここまででいいのなら帰って」

彼女は家の影に椅子を置き、そこにちょこんと可愛く座って上から目線でそう言った。別に威張りたいのではなく、単に面倒なのだろうが、そのギャップがまた男たちの心を騒がせる。

ここに来たのは彼女との決闘の為だ。謹慎中で時間のある今なら、相手をしてもらえると思ったものたちがわらわらと集まったらしい。今はもう昼だが、朝からかなりの量が来ていたであろうことは、ここへの道が踏み固められていたことからも明らかだ。

そりゃ、何連戦もさせられれば疲れるわなと思うが、彼女の魔力は全然底をついていないこともわかっていた。アクアの名の通りの真っ青だった髪は今は金色だが、まだまだ艶やかだし、その碧の目の色も変わっていない。その目の奥には炎が揺らめくようなのも見える。あれは彼女が先日使った火属性魔法の魔力による影響だろう。あのレベルの魔法を使える属性があの程度しか影響を及ぼさないのも甚だ疑問だ。とにかく、それらがまだまだ普段の魔力全開のときと変わりないことが彼女の魔力の衰えを感じさせない理由だった。

魔力がなくなってくるとその外見だけでもかなりの精度で伺えるものなのだ。例えば、髪の艶が失われたり、目の色が暗く曇って来たりする。

ふと視線を動かすと彼女の隣では戦闘終了後の冒険者を癒している白髪の少女がいた。名は知らないがかなりの腕の治療魔術師だ。そしてその天使が如き微笑にも大変癒される。

冷たい無表情のアクアと温かい微笑の少女。

ここに来ているやつの大半は決闘だけが目的ではないだろう。

「はい、次」

椅子から立ち上がることすらなく、剣士とアクアとの決闘の勝負がつく。もちろん、アクアの勝ちだ。相手の足元に指を差すだけで陣を展開出来るなんてもはや人間とは思えない。

「お、俺がやります!よろしくお願いしますっ!」

「はーい、よろしく〜。はい、次」

速攻で光か火属性の魔法を撃たれ、美しい花と共に散る少年。彼もそこそこのレベルだったと思うのだが。

「次はワシや」

「あら、ボルーさんじゃない。久しぶり」

アクアが少しだけ顔を綻ばせる。男たちはうっとりすると同時にボルーという高レベル冒険者に恨みのこもった目を向けた。アクアと仲の良い彼は先日、アクアファンに妬まれてMPKにあったそうだ。人気者の近くにいるのって危険だよな。アクアはファンクラブもあるし。

「あなたが相手なら、手を抜くわけにも行かないわね」

言ってアクアは優然と立ち上がる。短パンから伸びたスラリと長い足が日に照らされるくらいまで歩み寄って、試合開始、と告げた。

「手ぇ抜いてくれてもええんやけどなぁ。…フレイアちゃんからいったらどうや?ワシは魔導師ちゃうさかい、いきなりやってまうで?」

ボルーのそんな余裕の台詞にアクアが苦笑する。

「舐めてるわけじゃないんでしょう?先に撃ったら何かありそうで怖いわ。まあ、回避出来る自信も耐え切る自信もあるけれど。無詠唱ノーモーションでも使えるオリジナルがあるから大丈夫よ。来て」

そう言えば、先ほどからアクアの詠唱どころか魔法名を言う声すら聞いていない。何らかの行動をしたのは陣を貼るときだけだし、確かにそんなオリジナルがあるのだろうと思われた。

「そうか。やっぱ侮れんのう。ほな、行くで」

ボルーが地を蹴る。するとアクアが少しだけ目を見開いた。

その行動に驚いたのではないだろう。魔導師以外は戦闘時に近づいて来るのは当然なのだから。彼女が驚いたのは、その速さだ。

「…脚の素材が軽くなってる?巨人族は自分の身体を改造(カスタム)出来るものね。ズルいわ」

そう言って軽くため息。自分だって外見年齢を変えられる癖に、とは誰も言えない。

「水衝撃波」

アクアが手を前にかざして大量の水をボルーへぶつける。ボルーは腕でそれを両断し、少し速度を落すに留まった。

だが、アクアにはその減速だけで十分だった。トンッと軽い音を立てて地を蹴り、ふわりと宙を舞う。ボルーが通る地点の左側に着地した。そしていつの間にかその手に持っていた光の槍を慣れた手つきでボルーへ突き出す。

「おっと…あっぶないわぁ」

すぐに気づいたボルーが慌てて通過予測地点よりも右に大きく逸れる。槍は一瞬前までボルーがいた場所の空気を焦がしただけだ。

両者が再び対峙する。間違いなく今日で一番長い戦闘だ。

「フレイアちゃん。そんな危ないもんいつ出したんや?」

ボルーが茶化すようにいう。脚の調子を整える為の時間稼ぎだろう。アクアとてわかっているはずだが、それに乗る。

「前のときと同じようにして欲しいかと思って。水衝撃波からの槍。懐かしいでしょ?」

「前の槍は水やったで?」

「そうだけど何か?腕や脚が金属に変わった相手なら水よりも光、雷属性の方が有効でしょ?」

ホンマ冷静な子やとボルーが苦笑した。アクアもにこりと先ほどよりもはっきりと口角を上げる。

「なぁ、ウォルト。これは初白星かな?」

隣から聞き慣れた声がした。俺のパーティーメンバーのジョーズだ。

「どうだろう。会話に付き合っているってことはまだまだ余裕なんじゃないか?魔法名こそ言ってるけど、まだ詠唱もしてないし」

まあ、彼女が詠唱を唱えたり陣を書いたりしたら俺たちも命はないけどなと言うことは喉のところで何とか抑える。

「けどなぁ、体力の問題だろ?これは。巨人族相手に体力勝負は分が悪ぃよな…」

俺もまあなぁと答えた。確かに、これが普通の冒険者同士の決闘なら、体力勝負に発展するだろう。だが、アクアは普通じゃない。だからこそ人を引きつけて止まないのだ。

「ハンデは、主力武器(メインウエポン)なしだけで十分かしら?」

今更のようにアクアがルール確認をする。今までにない行動だ。つまり、その程度のハンデにしておかないとやばい状況まで追い詰めたことになる。

「いっそなしでもええくらいや。ただ、前みたいに周り巻き込んだらあかんで?」

ボルーが余裕そうにそう答える。確かに、ハンデをつけねばならない相手はボルーではなく周囲の方かもしれなかった。

「そうね。そうするわ。*******」

会話の途中で急に歌い出したのかと思うほどに滑らかな流れるような旋律が聞こえる。しかし、この美しい旋律が持つ力は凶悪だ。逃げねば命がなくなるかもしれない。しかし、この勝負の結末が見たくて誰一人としてここを動けないでいた。

「おっと、詠唱や。怖い怖いッと」

ボルーが走り出す。魔導師は詠唱中は集中していないと解呪文(ディスペル)してしまうのだ。だから、集中力を切らしに行く。同時にアクアが手を翳す。自分の足元に。

「なっ!?同時だと?!」

すぐさま謎の陣が引かれ、消えて行く。発動した証だ。それを見て隣のジョーズが喚く。詠唱中の魔導師は無防備で、基本は何も出来ない。訓練した人なら詠唱しつつも攻撃を回避したり出来るが詠唱しつつ陣を貼れるものなどいないだろう。彼の驚きは最もなことである。

果たして、その陣の効果はーー

ガッ!

と大きな音が響く。アクアに殴りかかったボルーの拳がアクアのすぐ十センチ手前で何かにぶつかったように止まっていた。アクアは気にせずに詠唱を続ける。

「…防御結界……しかも、巨人のパンチを受けても割れないほどの…」

ジョーズがヘナヘナと崩れ落ちた。それほどまでにすごいことなのだろうことは、魔導師でない俺にだってわかる。

「フレイアちゃん…反則やわ……」

呻いたボルーににっこりと今度は完璧に笑いかけーー今回は衝撃のあまりうっとりするものはいなかったーー詠唱の最後の一句を口にする。

「*******三重槍」

火、水、光属性が混ざったような色の槍がアクアの手に握られている。それを静かに振りかぶり、ボルーへとーー

「ーー降参や。堪忍してくれ、フレイアちゃん」

ボルーが両手を上げてそう言った。アクアは笑顔を消し、いつもの無表情に戻って言う。

「わかったわ。楽しかった。ありがとうね、ボルー」

ぽいっと投げられた槍は魔法陣に変化する。そしてアクアの腕に吸い込まれる様に消えて行った。

「陣保存…俺、もはや彼女が何をしても驚かないよ」

激しく同意した。


「あの、次、よろしいですか?」

俺の前に並んでいたやつらが去って行ったのでおずおずと聞く。アクアはまた影の中で椅子に座っていた。今は負傷者もいないので白髪の子をくっつかせている。

「はぁ…まだやるの?なら、先にお昼ご飯買って来てよ、お腹すいた」

アクアが拗ねたような顔をする。確かに面倒なのかもしれないが、なぜ俺がパシリをしなくてはいけないんだーーとは、さすがに言えないな。わがままを言ってるのはこっちなんだし。

「わかりました」

かくして、俺は喜んでパシリに行くのだった。


道中で何人かに声をかけられ、アクアにパシリられた話をしていたら、戻った時にアクアがいる家が大変なことになっていた。

「アクアさん!これ食べてください!」

「アクアさん!こっちの方が美味しいですよ!」

「アクアさん!これ、高級食材なんですが!」

などと 弁当片手にアクアに迫る男たち。アクアは無表情にそれらを見つめていた。しかし、やがてそれらを全て受け取り、山のようになった弁当を一瞥して、一言。

「私の身体のどこにこんなに入ると言うのかしら?そんなに大食いに見える?」

一同、否定の動作。

「だけど、どうもありがとう。美味しく頂くわ。折角だから、くれた人は名前書いといてくれるかしら。ご好意にはきちんとお礼したいしね」

無表情ながらも、先の一言は冗談だと言っているような、イタズラな笑顔が伺えた。その姿に一同は暫し見惚れ、帰りに忘れずに名を残して行く。

「ああ、あなた、決闘希望だったわね。それじゃ、試合開始」

もぐもぐとお弁当を食べながらアクアが言う。めっちゃ舐められてるけど先の勝負を見たあとでは文句を言うのも恐れ多過ぎて言えない。

「っし!行くぜ!」

気合を入れて走り出したその瞬間、足元で花が弾ける。

「……」

先ほど少年を散らした魔法だ。やはり無詠唱ノーモーション。アクアはどこか嬉しそうにもぐもぐしていた。

「どうする?続ける?」

「…やめときます」

それから買ってきたお弁当を献上して何と無くお茶を入れてやったりして世話をした。

「麗麟、あなたは食べないの?」

白髪の女の子にあーんして食べさせながらアクアが問う。俺のことはあまり気にしていないようだ。

「頂いていいのですか?それでは、頂きます……主上、あーん」

「あーん…ん?どうして私が食べさせてもらってるの?」

はじめて知った白髪の女の子の名前。麗麟という少女は嬉しそうにアクアにご飯を食べさせていた。そんな百合な光景を見ながら、地面に腰を下ろし、俺は自分用に買ってきた弁当を開けた。ちなみに麗麟は椅子に座ってその上にアクアが座っている。

「ねぇ、あなた、名前は?」

麗麟のあーんをやんわり拒否しながらアクアが聞いて来る。

「ウォルトだ。姓はねえな」

「そう。私はフレイアよ。姓はないわ」

「本当にそうか?」

「どういう意味かしら?」

アクアが首を傾げる。もちろん俺はこいつがフレイアと名乗ることも知っていたが聞いたのはそこじゃない。

「お前、品があるだろ?そんなやつが姓無しなんて、信じられねえよ」

アクアはしばらく黙ったあと、麗麟の頭を撫でながら言った。

「私は名前もなかったのよ。アクアって名はルイードが、フレイアって名は……本当にフレイがつけたのかしら…?まるで、最初からそれが私の名のように言っていたけれど…」

アクアは怪訝な顔をしたが、すぐに首を振って微笑んだ。自然に漏れた笑みのようだ。

「私に品なんてないと思うわよ。ずっと、ゴミのように扱われて育ってきたから。ここへ来て、本当に幸せな生活を送っていると思うわ」

その顔はとても冗談を言っているようには思えなかった。

「そうだったのか。俺は、あんたのことをずっと、才能にも家柄にも容姿にも。全てに恵まれて育った、何の苦労もないやつだと思ってたよ」

そう言ってからしまった、と思う。あまりに正直過ぎた発言だ。

案の定、アクアはぽかんとした顔をして、吹き出した。

「本当は逆よ?才能はもともとは私のものじゃないと思うし、家柄は最悪。そもそもあの人たちは私の両親じゃないかもしれない。容姿はこの子の方が可愛いでしょう?それに、今日はいないけれど白愛もとても可愛いのよ。この二人に比べたら、全然恵まれてないわ。それにね、人付き合いも苦手なんだ。私、無表情だからさ。感情が出にくいの。声にも抑揚が薄いらしいし、冷たい印象があるでしょう?」

自嘲するような笑みを見せてアクアが言う。はじめてこんなに長く話しているところを見た。無表情や抑揚の薄い声はわざとではなかったのか。まさか気にしていたとは思わなかった。さらに言えば、麗麟も綺麗だが、俺はやはりアクアの方が綺麗だと思う。

「確かに、そんな印象はあったな。だが、気にする必要はないと思うぞ。それも一つの個性だろ?」

アクアは大きな碧の目をくるくるとさせながらしばらく黙っていたがやがて食事に戻りながら会話に戻る。

「正直な人だね」

楽しげに笑いながらアクアは食べ終えた弁当を投げ捨てた。宙にあるうちに発火し、燃え尽きる。

「暇なら、今日は一日私の暇つぶしに付き合ってくれない?」

彼女はイタズラな笑みでそう言った。

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