買い物
ルイードの家に泊めて貰った日から少し経った今日、日用品と服を買いに行くことになり、街に来た。
そもそも、私が最近クエストへ行くときに着ている服はルイードのお下がりなのだけれど、ぶかぶかで、もともと着てた服は血だらけで、最優先事項だったのだ。それが何故今日まで伸びたかと言うと、実に簡単なことなのだけれど、お金がなかったのだ。まさか、自分の衣服や日用品を買ってもらうわけにもいかない。ルイードは買ってくれるって言ったけどね。寝泊まりするところを提供して貰って、物も買ってもらうなんて、申し訳なさ過ぎる。そして今日、ようやくギルドでクエスト報酬を貰ったから買い物に行くことになったのだ。
私の五年と短い人生で買い物は初めてなのでとても楽しみで、昨夜はなかなか眠れなかった。行き先はルイード任せ。彼は頼りきりな私に嫌な顔一つせず、さらにはお願いまで聞いてくれる。本当に優しい人に会えて良かった。
「取り敢えず、服屋だな。そのあといろいろ見て回るだろ?夕食の材料は買う?獲る?」
隣を歩くルイードが優しく微笑んで話しかける。この人は怒ることはあるんだろうかなどと無関係なことを考えてしまい、返事が少し遅れてしまった。
「うん。なんでもいいよ。夕食の材料は…近くにお肉になるモンスターが大量発生してた気がするから、それを獲って来よう」
まだモンスターの名前を覚えていない私に少し苦笑を返して彼は頷いた。この世界の動物の名前は多過ぎて覚えられない。何と無くでいいだろう。クエストのたびに学んでいけばいい。
服屋では男の人なのに女の人の格好をした店員さんがいた。
……えっと、この人も、男に見えるだけで実はってことなのかな……?
困ってルイードを見ると彼は普通に店員さんと会話をし、私の服を買いたい旨を伝えていた。もしかしたらこの人に疑問を持っているのは私だけなのかもしれない。
「んまぁ‼可愛らしいお嬢さんねぇ‼お人形さんのようだわぁ!睫毛長いわね〜、お目々大きいわねぇ、お顔小さいわねぇ‼ルイードとよくお似合いよ〜。姉妹みたいだわぁ‼」
ごめんなさい、引きました。
怖い、怖すぎるよぅ…どうしよう、一瞬、魔法を使うところだった…。
そんな内心の動揺は、無愛想と言われるくらいの無意識の無表情によってばれなかったようだ。ルイードは嫌そうに店員を睨む。
「姉妹って、俺は男だって何回言ったらわかるんだよ。そもそも、俺たちは似てないだろ。無駄口叩かず働け」
厳しい口調で言っているようだが、少し笑い交じりに聞こえる。この2人は仲が良いようだ。
「もー、ルイはいつも厳しいなぁ!働くわよぅ‼さぁ、お嬢さん、こっちへおいでぇ〜!」
「はい…」
満面の笑みでその逞しい両手を伸ばしてくる。そんなに逞しい腕があるならレース生地のワンピースなんか着なければ良いのに。顔だって逞しい顔つきだし、普通にしてたらモテそうだけどなぁ。
そう思いながら私は店員さんの腕をやんわりと拒否し、店の奥へと歩き出した。
「おお!可愛い可愛い。さすがアクアだな。何着ても可愛い」
試着室から出てきた私にルイードがそう言ってくれた。着せられたのはフリルとリボンのついた水色のワンピース。私は動きやすい服って言ったのに、可愛さ重視のようだ。
「ルイ、私は褒めてくれないの〜?」
「ボルゴ、お前の選択は間違ってはなかった。お前のセンスは正しい。だから、自分の服を見直せ。きっと気づけるはずだ、間違いに」
もう、ひどい〜などとルイードに絡む逞しい男。すごい光景、ちょっと怖い…かなり怖い。
「ごめんなさい、もうちょっと冒険者らしい服にしてもらえませんか?」
そう言うとボルゴと呼ばれた店員さんは明らかに不満そうな顔をした。
「どうして〜?魔導師クラスだったら動きやすさとかいらないでしょ〜?」
「そうだよ。似合ってるんだし、それでいいと思うぞ」
2人が全力で止めて来たので諦める。けど、靴もヒールがあって歩きにくいんだけど…本当に大丈夫かな?森の中とかは歩けないと思う……
その後、日用品を見て回った。野営用のテントや寝袋、侵入者を知らせる結界を張る道具など荷物は多くなるばかり。レベルの高い魔導師なら空間魔法くらい作れるのだそうだが、水属性は相性が悪いらしい。そう言うのは、風、光、闇属性が向いているそうだ。仕方がないので空間魔法のかかった鞄を買う。服に合わせて白の斜めがけの小さな鞄だ。
「あとは、主力武器だな。何が良い?魔導師なら、杖、短杖、…ああ、あと、槍だな」
「……槍?」
問うとうん、と大きく頷いたがすぐに困ったような顔をして、
「いや…魔導師がなんで槍だよとは俺も思ったんだけど……なんでも、魔力増強効果付きの槍があるらしくて…聖槍って種類らしい」
まあ、詳しいことは武器屋で聞けばいいからと言って歩き出すルイードを止める。
「待って、話は聞くけど買わないよ?」
今日だけでかなりの買い物をした。まだ簡単なクエストしかやっていないのだからお金がもつわけもない。もう、無いに等しくなってしまった。武器はもちろん、替えの服も買えないだろう。
ルイードにその旨を伝えると彼も困ったような顔をして、武器屋を指差した。
「取り敢えず、話だけ聞こうか」
「エレン、魔導師の武器見せてくれないか?」
「ルイード‼会いたかったんだよ〜!全然来てくれないしさぁ‼ねね、今日は遊び行っちゃう??一緒にお泊まりとかしちゃう?」
「ショタコンも良い加減にしてくれ。エレン、武器だ。頼む」
武器屋に入るなり女性の誰もが羨むような体型をした人がルイードに抱きついた。17歳くらいだろうか。真っ赤な唇と紫の髪、その両方を合わせたような色の瞳が神秘的な雰囲気を醸し出す美女だった。
…なんだか、行く先々でルイードは歓迎を超えた対応をされてる気がする。
何故かムッとしてしまった自分を努めて無視してことの成り行きを見守った。
「魔導師の武器??どーして?転職したの〜??」
「いや、この子の武器を見ておきたくて。今日は金が足りないから買わないんだけど」
そこでちらりと私を見る。上から下までジロジロと見た彼女はふっと鼻で笑うとまたルイードに抱きついた。
「水属性の魔導師なんて、この辺りじゃ活躍できないよー⁇私とパーティー組めばレベルもガンガン上がるのに〜」
彼女は火属性の魔導師らしい。腰に赤い宝石の嵌っている杖を下げていることからそれくらいは私もわかる。それと、かなりの実力者と言うことも、何と無くで感じる魔力からわかる。
「パーティーメンバーのおかげでレベルが上がったって嬉しく無いよ。それより、そろそろ働いてくれ?」
そうルイードに言われてエレンはやっと仕事をし始めた。様々な杖を並べて説明を主に(確実に)ルイードへ向けてする。私はそれを黙って見ていた。
…ああ、もう!どうしてそんなに高い台に並べるの?見えないよ‼
そんなこんなで聞いた話をまとめると聖槍とはルイードの説明通り、魔力増強効果付きの槍のようだ。もちろん、槍として扱えないと意味はない。これの真価が発揮されるのは強化魔法を発動させての槍術だからだ。杖としての使用でも十分な力を得ようと思ったらかなり高級な聖槍が必要になるらしい。
そもそも、何故槍にそんな機能を付けたのか。答えは神話にあった。
魔法の父と呼ばれる神様が主力武器として使っていたのが神器、聖槍だったそうだ。それで数多の敵を退け、最高神の地位に君臨し続けていた。それに憧れる魔導師が多かったため、聖槍が魔導師の武器になったらしい。
と言う逸話を聞きながら私は店に並んだ聖槍のうちの一つに目を留めた。
とても美しい、深海のような深い碧色の槍だ。一見すると地味だがその表面には精緻な飾りがつけられていてすべて合わせて一つの魔方陣を描いている。一つの大きな何かを削って作ったらしく、それは柄や刃など全てが同じ透き通る素材で出来ていた。
一目で魅了された。これが欲しい。
「んん?ああ、あなた、それ触っちゃダメよ?それは売り物じゃないの。今度、央都へ送る、展示用。本物の聖槍よ〜?しばらく展示して、王様の私物になるのよ。触って一つでも装飾を壊して見なさい、あなた、処刑されちゃうわよ〜?」
私が魅入っているのに気づいたのかエレンが声をかけて来た。ルイードも苦笑いで私を見ている。彼は私が勝手に触らないとわかっているのだろう。
「はい、わかりました」
私はもちろん、触る気はなかったので素直にそう返事をした。が、しかし。
これは本当に本物の聖槍だろうか?本物だとしたらどうしてこんな田舎町にあるのだろう?そもそも、神話なんて、現実の話ではない。ニセモノ…だとしても、十分に魅力的であることは身を持って知っているが。
聖槍を見たあとではどの聖槍にも魅力を感じられなくてそもそも、お金もなかったから何も買わずに帰ってきた。しばらくは主力武器は無しでいい。よっぽど背伸びをしない限り十分だろう。何より、あの武器屋にルイードと一緒に行きたくない。エレンがルイードにくっついてるのを見ていると…胸の内がしんどくなる。
今度は1人で買いに行こう。
帰りにギルドへ向かった。
そこで、ちょっとしたいざこざに巻き込まれることとなる。