パーティー結成
フレイがフレイアを連れて宿に入って行った日から、一週間が過ぎた。
俺は自宅近くの難易度の低いダンジョンに通い、順調にクエストを消化している。すでに三つのクエストを終え、ギルド報告も済ませているのだ。あと二つ、と意気込んでいたのだが、マリに聞けばフレイアは18個のクエストを受注しており、未だ一つもギルド報告を済ませていないのだとか。すべて強敵指定のモンスター討伐なので、それもあり得るが。それなら、フレイアが終わるまできっと時間がある。この二つが終わったら、またクエストを受けようか、などと考える。
「ありじゃないですか?あの子とはパーティー組んでたわけじゃないんでしょう?別に問題ないと思いますけど。それに、18個もの強敵指定モンスター討伐クエストはどんなベテラン冒険者でも三ヶ月はかかりますよ?レベル7の子なら、もっとかかるんじゃないですか?」
隣で無駄によく喋る、空気の読めないリコがペラペラと俺の考えていた理屈を捏ねる。それくらいわかっているし、もっと言えばフレイアにはフレイがいる。剣士の神が味方なら、早々前衛にも困らないだろうし、ましてや同じクラスの俺を求めることもないだろう。どうせ今頃仲良くクエスト中だ。
不意に湧き上がってきたイラ付きを偶然近くにいたゴブリンにぶつける。斬り下ろしで一撃。前はどんなに少なくても三撃はかかっていたが、最近は弱点もわかってきたし、命中精度も上がった。毎日しているからか、一撃の威力も上がったようだ。レベルは測ってないが、少しは上がっているんじゃないだろうか。
「ゴブリンは今回のクエに関係ないですよね?今回はオーガですよ?」
リコが突っ込んで来るが無視。というか、こいつはなんでいるんだろう。あの日以来、ずっと一緒に行動しているんだが。
「いいんだよ。これも討伐しとけば。オーガと全然エンカウントしねえし。本当、どうすんだよ」
朝からこのダンジョンに入って今はもう昼だ。その間に倒したオーガはゼロ。全然クエが進まない。フレイアはもう俺のことなんかどうでもいいのかもしれないが、ちゃんと会って話をしたい。俺はクエが終わったらと言ったんだから、そうするべきだろう。これは俺の勝手なケジメだ。
「もうそろそろ街に戻りましょう。もしかしたら、別な場所に引っ越したのかもしれません」
オーガが巣を変えたって言いたいのか?なかなかないと思うが、このままでも埒が開かないのでそれに従うことにした。
「ときにルイードさん。私とパーティーを組みませんか?」
「はぁ?」
街に戻り、情報収集のためギルドへ戻るなり、リコがそんなことを言い出した。
「なんで俺とお前でパーティー組むんだよ」
「けど、あの子にはフレイさんがいるんですよ?戻ってくるとは思えませんけど」
言って小首を傾げる。リコは本当になんでもズバズバと言う。それはとても不愉快だが、不愉快に感じていると言うことは、俺もそう思っていると言うことか。
「わかってるよ。けど、あいつ、帰る場所がないんだ。クエストは他のやつと行っても、帰る場所は必要だろう?フレイはーー」
神なのだから。危うく言いかけた。神は時々降りて来ると聞くが、その素性がバレるのを嫌うらしいから俺も黙ってた方がいいだろう。
「とにかく、あいつは家を持ってないはずだから、俺の家をフレイアの帰る場所にしてやりたいんだ」
「いやいや、フレイさんだって家くらいあるでしょうよ。それに、パーティー組むことと、フレイアさんに家を提供することは関係ないですよね?」
「…………」
以外に鋭い突っ込み。フレイの家の件はスルーとしてもパーティーの方はスルーできそうもない。確かに、関係ない関係ないが、俺がもしもリコとパーティーを組んで、そこへフレイアが帰ってきたら困ることになる。直接的に聞いたわけではないが、フレイアは女子が嫌いな気がする。俺が女性と話していると話に混ざるどころか睨んでいるときもあるし、あんまり長く女性と話すと怒られたりもする。多分、あの無表情のおかげで気づいているのは俺だけだが。
リコは他の子と違って俺でも疲れるときがあるからな。まだ(精神的には)幼いフレイアとうまくやって行ってくれるかどうか…
「まあ、いっか。もしもフレイアが戻ってきたらそのときはパーティー解散になるかもしれないが、しばらくはパーティーを組もうか」
「はい、そうしましょう。じゃあ、名前はどうします?」
「適当につけとけ」
しばらくの議論。というか、リコがあげるセンスを疑う名前を否定し続ける作業に追われたあと、決まった名前はーー
「では、世界樹ということで登録してきますよ?」
「ああ、頼む」
リコが受付でパーティー登録をする。一瞬、その書類を見たマリに睨まれた気がしたが、気の所為だろう。
そして、何気なく窓の外へ視線を巡らせるとーー
「っ⁈」
ーーフレイアとフレイがいた。しかも、そう思った瞬間に窓が水浸しになり、見えなくなった。
って、水浸し⁈
慌ててギルドを出るとそこには大雨でも降ったかのようなーーいや、今もなおザーザーと水が頭上から落ちてきている。しかし、空は雲一つない快晴。地面は水を含んでグジョグジョになっている。この水の元は、広場にある井戸らしかった。
「……フレイアが泡玉打ってなかったか…」
この水で窓が水浸しになる直前、フレイアは確かに井戸に手をかざしていた。あいつの魔法は完全オリジナルだから詠唱は存在しない。つまり、あれだけで発動可能。
今は井戸の側にあの2人の姿はない。見間違いであって欲しい。いや、見間違いだろう。こんな低レベルダンジョンの側にあの2人の用があるとは思えない。うん、そうだ。そうに違いない。フレイアがいきなり井戸を打つなんてあり得ないよな、うん。
「ルイードさん?どうしたんですか⁈これ!」
ギルドから出てきたリコが驚いたように言う。うんうん。自然な反応だ。何故か安心出来る。俺は素知らぬ顔で答えた。
「いきなり井戸から水が溢れたんだ。何なんだろうな」
リコも目を丸くしている。井戸と、辺りに飛び散った水の量とを考えて、頷く。
「風魔法かもしれません。風素を井戸の中に入れて解放するんです。そうすればこうなるでしょう」
おお!流石、風魔法使い。俺は平静を装いつつ、内心はビクビクしつつ、一応の確認をしてみた。
「そうか。ちなみに、水魔法でこんなことは出来るのか?」
必死に否定の言葉を祈る。果たして答えはーー
「無理だと思います。それはもう、異常な程の威力でないと。けど、井戸に向かって長い詠唱や術式を唱える人がいたら誰でも不振に思います。だから、こんなところでは無理ですね。せめて、氷魔法でしょうか?それでも、こんなにはならないと思いますが溢れさせることはできるでしょう」
うんうん、そうだよな!フレイアはまだ氷魔法は使えなかったはずだしな!
そんな和やかな会話をしていると、俺がいつも行く道具屋のエレンが血相を変えてギルドへ走ってきた。俺には気づかなかったのか何も言わず、ギルドのドアを開けるなり叫ぶ。
「誰か、泥棒を捕まえてくれない⁉聖槍を抜いたやつがいるんだ‼」
一瞬の静寂。しかし次の瞬間には全員がその顔に殺気を漲らせていた。当然だ。あれは王に渡すもの。それを失ったとなれば何をされるかわかったものじゃない。税金の引き上げとか。
すぐさま武装した冒険者達がギルドを飛び出す。エレンはそのまま警備団の方に駆け込みに行った。俺とリコは一拍遅れてエレンの店の方へ行ってみる。
店はすでに完全包囲されていて、盗もうとしたと思われる者の命はないと思われる。俺だって、気の毒にとは思わないが。
やがて警備団が駆けつける。エレンは人ごみを割って最前列へ行った。何と無く俺とリコもついて行く。
皆が緊張しつつ見守る中で呑気な雰囲気で出て来た犯人は2人組だった。
…どうしよう、フレイとフレイアだ。
何やってんだ、あいつら。
そう思うが同時に納得。フレイくらいじゃないとあの数々の結界を無視して抜くなんて出来ないよな。
「エレン、お願いだから、命は取らないでやってくれないか?」
「‼ ルイード、どうしてここに⁈」
声をかけるとエレンはパアッと表情を明るくした。しかし、すぐに怒り顏になり、
「どうしてそんなことを言うの?……あの子が可愛いから?」
と言う。やばい、超怖いんですが。
「頼む。代わりに今度、なんでも言うこと聞くから」
「…本当?本当になんでも言うこと聞いてよ?なんでもよ?」
なんでそんなに多重に確認するんだろう。そんなに信用ないのだろうか。
「もちろんだ!絶対に、なんでも聞く」
エレンはにっこり笑って頷いて、2人に槍を返すように言った。返せば命は助けてやると。
よかったよかった。しかし、隣でボソッとリコが「言質取られましたね…」とか呟いていたのが気になる。いや、気にしない方がいいか?
と、そんなとき、自分たちを囲む冒険者達など気にも止めていない様子の2人が動いた。
というか、槍を投げた。
そのあまりの投擲力にみんな黙って見守ることしかできない。すごい、一度も下降することなく空に消えて行った。
……って、それはダメじゃないか?
案の定、エレンがキレる。しかし、今度はフレイがフレイアを抱き上げて跳躍、俺たちの頭上を越えて森の近くに着地した。
エレンが処刑になるぞと脅すとフレイは涼しい顔で言い放つ。
「そうか。なら、その王とやらに言っておけ。人のもん、勝手に取るなって。神のものを奪うのは天罰ものだって」
にやり、と嫌な笑みなのにも関わらずかっこいい表情をしてからフレイアの手を引いて去って行った。
……くそう、かっこいいな。




