猫と本
猫国は王城の二階、反乱軍との攻防最前線の近くにある一室にて、色々と段取りを整えていた。そばにはアイルただ一人、信頼の置ける部下は外で私側についてくれた兵士を纏めて交戦中、なるべくなら、怪我人も出したくないと手を早めて詰めのための情報を纏める。
不意に外から爆音が聞こえてきた。いくら戦時中とはいえ、城内でするとは思わなかったから驚いて顔を上げる。アイルもピクピクと耳を動かして一歩前へ出て警戒していた。
「やぁー!順調に殺ってるー?」
「……」
バァン!と大きな音と共に部屋のドアが掻き消える。そこから現れた美少女に私は思わず頭を抱えた。取り敢えず、見ていた資料をアイルに渡して向き直る。
「…えっと…アクアちゃん、キャラ変わってにゃい?」
「そんなことよりノア、仕事遅くない?」
「……」
「やー、本当、邪魔な奴はいらないと思うんだけど」
「ストップ!そこの本!ジッとして動かないで!」
思わず素に戻って止めてしまう。蒼い髪を朱に汚した魔道書様は部屋の外に飛び出して同じ色の槍をまた私の元部下に振ろうとする。慌てて呼び戻すとなんとか思いとどまってくれたのかそれを杖に代わりにして持たれながら首をかしげた。
「ノア、今なにしてたの?」
心底呆れた顔に、ああ、神ってこんなもんだよねと何かを悟った気持ちになった。
戦時中。帰ってきたらいつの間にか起こっていた反乱。大怪我を負って今にも死にそうなアイルを見て、それは私も怒りましたとも。けれども。国に帰ってきてみると、国民に被害は少なく、徴兵されたのは血気盛んな武闘派部族。こんなことを言うのは王として失格なのかも知れないけれど、模範的というか、善良な反乱だった。国民に被害がないのなら、アイルも麗麟ちゃんのおかげで治ったのだしと気を取り直して、私がいない間のことを詰めることにした。アイルがまとめてくれた資料に目を通し、反乱を起こした貴族たちの情報を集め、国民の意思を問う。私に統治されたくないのなら、それでも構わなかった。前王には申し訳が立たないけれど、私は今はなき人よりも今この時を生きている国民の意思に沿いたい。問うた結果、過半数が私に賛同してくれたから、私は今、反乱を抑えようとしている。
武闘派連中を黙らせることは簡単だ。一騎打ちを申し込んだらいい話。何人かを殺すことになるかもしれない。けれど、それも致し方ないとは思っていた。それでも、なるべくなら生かして捕らえたい。後々の後始末とか引き継ぎが楽だから。その後どうなるかはアイルに任せるから知らないけれど。
私が相手をすればいい話だけれど、生憎と手加減は好きじゃない。できなくはないと思いたいけど、最近はアクアちゃんたちとしかいなかったから基準が狂ってる自覚があった。仕方がないから、人出不足に悩むのも疲れるし、じわじわ証拠を集めて寝返るというか諦めさせる方向で進めてやっと6割がた方が付いてきたのにも関わらず。
「にゃーんで今くるかにゃぁ!!」
ここに来るまでに何人殺ったんだろうか。私の部下も殺ってないか?なんだ、順調に殺ってるー?って明るすぎるだろう。挨拶か!?
「心配しなくても、ここに来るまでに誰も殺してないわよ」
「その髪の赤を取ってから言ってよ…」
「これは確かに返り血だけど…殺してないよー…麗麟が助けるし」
「そう言えば、麗麟ちゃん、血大丈夫にゃの?」
「出るたび凍らせてるから大丈夫。これは、気がつかなかった返り血」
言うなり髪の返り血に触れ、小さな陣を生み出す。たちまち割れたそれは光の粒となって消える代わりに返り血を凍らし、床に落とした。
「アクアちゃん、協力してと頼んだのは私たちだけれど…ここまでこにゃくても」
「まどろっこしいのよね。どこの誰がアイルを殺そうとしたの?そんなの部下のままにしてちゃダメよ。また殺されるわよ」
「アクアちゃん…本当何があったのってくらい機嫌悪いにゃね…」
「いろいろあるのよ」
しみじみという魔道書は置いて、仕方がなくまた動くかと席を立つ。リーダー格の男をもう少しで落とせそうだから、本当にあと少しで終わるんだけどにゃあ。
「で、何人殺るの?」
「だから、やらにゃいって言ってるにゃ」
「じゃあ、どうやって終わらせるのよ」
当然の問いにしばし悩む。時間をかければなんとかなるだろう。けれど、まどろっこしいのではこの本が何をするわからない。
「…考えないの」
「一騎打ち、とかにゃら」
「それじゃあ、向こうが納得しないでしょ」
確かに、その通りだ。もしそれで納得するのなら私の不在に反乱を起こしたりはしないだろう。
「ねぇ、私にいい考えがあるわ」
「却下」
「なんで」
「人死は嫌だって言ってるにゃ」
「死なないわよ」
サラッと言われた言葉に二度見する。死なない方法を思いつくとは思わなかった。
「聞きたい?」
「……」
「ねー、聞きたい?」
「…聞かせてください」
機嫌が悪いからかウザい。頭を下げると少しだけ気分が上向いたようだが、やっぱり機嫌悪く手近な椅子に腰掛け足を組んだ。
「あなたたち、戦争しなさいよ」
言って、自分の胸に手を当てて言葉を続ける。
「私二百人で」
「…は?」
次の更新は早くしたい




