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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
女神の野望 終章
149/157

久々の

「退屈だわ」


金色の毛並みのいい背に腰掛け足を組みながらアクアはくありと欠伸した。同色の尾に肘を付き、頬杖をついて退屈そうな蒼い目を前方に向けるともなく向ける。


「お前様よ、仮にも戦時中。そのような言葉は不謹慎じゃ。亡くなられた方もおるじゃろう」

「私たちが来る前までは、ね。麗麟がいて死ぬ人なんて出るわけがないでしょう」


自分の下から聞こえてくる窘めの声にそう答えて、またくありと欠伸する。小さく欠伸する様は確かに可愛らしく何処か優雅さが伺えるが、如何せん、場所が悪かった。

場所は、猫国とガルシア国の国境沿い、ガルシア国寄り。戦争の最前線真っ只中の九尾の背中の上だった。アクアの目線の先には元気に飛び跳ね回る白銀の髪の少女とその後方で魔法を行使する白髪の少女の姿があった。その周囲にはこの場には不釣り合いな大量の氷柱が立っている。


「ご主人様ー!ほーこくします!」

「藍雪、大声出さないでいいわ。聞こえてる」


心なしか不機嫌に目だけでそちらを見るアクアのすぐ隣、触れ合いそうなほどに近い所に藍雪の顔があった。藍雪はアクアに意識を向けてもらえたのがそんなに嬉しいのか、尻尾があったら引きちぎれそうな勢いで報告を始める。前線に入るために猫国とガルシア国のことがわからないので、ずっと調べさせているのだ。動きがある毎に、藍雪が満面の笑みで報告をする。


「今度は何。リコが婚約したとかなら、もう報告しなくていいわよ」

「主さん、初夜とかだったら報告いるのか」

「より一層いらないわ。無垢な5歳児になんてこと言うの」

「無垢…」

「あら、藍雪。なにか文句があるかしら?」

「いーえー」


両手を挙げて降参する藍雪にジト目を送りつつ、まあ5歳児ってのもないな、と自分で突っ込んでから報告を促す。


「リコさんの婚約はまぁ数日前にありましたけどそんなんじゃないですよー」

「あら、婚約したのね。おめでたいわ」

「えっとですね、猫国の反乱は6割がた治ったようです」

「微妙な進歩状況ね。ノアのことだから、なるべく殺さないようにしてるのかしら…お節介なことね、アイル殺されかけておいて」


やれやれ、とでも言うように首を振る。頭の髪飾りが音を立てて揺れた。それに合わせるようにまた数枚、アクアの周囲に魔法陣が展開し、音を立てて割れ落ちる。


「それを言うなら、ご主人様もじゃないですかー?」

「主さんも、こんな面倒をさせられてるくせに、殺さんようしとるじゃろ」

「私は実害出ていないし、無駄に殺せばルシウスやノアに何言われるかわかんないじゃない」


そう言って苦笑して見せる。が、九尾と藍雪はわかってしまった。アクアが何言われるかと警戒している相手はノアだけであることを。ルシウスはどうせ何も言えないのだろうと二人は予想ついてしまい、なんとも言えない気持ちになる。仮にも一国の王が、不憫過ぎて。


「とは言え、これで何日目じゃ、主さん。敵は数にものを言わせて昼夜問わず攻め入り、主さんはどちらにも付かず双方の緩衝材になってどちらにも死亡被害を出さないようにしておる。このままじゃ、ジリ貧ではないかの?」


九尾の最もな言い分にそうなのよね、とため息交じりに頷く。アクアがこうしてサボっているのにはわけがある。それは至極単純。辛いのだ。魔力不足で。


「もう、一週間?二週間かしら?私なりに節約した魔術だったのだけれど、これだけ広範囲に片時も切らすことなく使い続けるのは中々面倒だわ。魔力の残量も、心許ないし…」


何より、後衛職にとって不可欠な前衛が疲弊する。九尾と白愛の交代制をとっているが、本人の申し出により休憩時間はアクアを背に乗せているため本当に休めているんだか微妙なところだし、麗麟の魔力はアクアよりもずっと少ない。いくら白愛や九尾が強いと言っても怪我はするし、その度に回復して行くのでは、麗麟の魔力が持たないのだ。その上、アクアは母親に似て回復魔法があまり得意ではない。まさに、何処か一つがかけたら終わり。そのくらいに切迫した状況なのだ。


「いっそのこと、この辺り全土を凍らせましょうか」

「この辺りが死の森死の草原となること不可避じゃな」

「確実に怒られますね」

「そうよね、だから我慢してるんだけど」


言ってる間にもパリンパリンパリンと休みなく魔法陣は割れ続ける。

実は、アクアはこの場についた時に使った魔法をずっと戦場全土で使い続けているのだ。その魔法と言うのが、氷柱の正体。氷魔法と時空魔法の複合魔術である。

複合魔術の使用条件は簡単。仕組みを理解し、練り上げる技術があること。時空魔法の使用条件は、はっきりと発動の条件を決めて見せること。今回アクアが作った魔法は、意識を失う若しくは生命の危機に瀕した時、その者を氷に閉じ込めるというものだ。中は空洞だから氷柱と言うよりは筒と言った方が正しい。氷の筒は普通の人間ではまず届かない高さがあり、半径は一メートルほどと狭い。氷は常に冷気を放ち、中のものの動きを制限する。それでも、死なないよう気はつけているが、凍死する可能性までは面倒見きれない。当然のことだが、氷柱は重過ぎて動かせない。倒せるかもしれないが、それこそ大惨事だ。破壊しようと思えば出来なくはない。アクアの魔法に勝てるなら。

とどのつまり、アクアは『負けた』と判断されるものを『捕らえる』ことで保護しているのだ。そうして、着実に両国の兵力を奪っている。彼女なりに、死人を出さないよう配慮した精一杯の結果だった。


「主さん、どうするのじゃ」

「うーん…あなたたちが傷つくのは本望じゃないわ、だから…」


先に帰って

その一言を言い淀んでまた思案する。ここに来たのはアクアのわがままだ。しかし、九尾たちが来たのはアクアに言われたからではない。アクアと共にいると決めているからだ。その気持ちを知っているがゆえに、言えなかった。しかし、このままでは、あと一週間ほど持つか持たないか。


「退屈なのに、悩みどころね。6割か。ノアを期待するのはダメかな。国を取り戻しても、兵を下げるのはもっとかかるわよね」

「いっそ、兵士を全員捕らえられんのか」

「出来なくはないんだけれど…時空魔法の使用条件が難しい。生きるもの全てを捕らえてしまうかもしれないわ」

「あのー、ご主人様ー」


議論する二人におずおずと藍雪が割って入る。頭のいい二人の会話は周囲の中で止めてはならないと言う暗黙のルールになっていて、当然いつも黙って終わるのを待っている彼女がこうして止めるのは酷く珍しかった。目を丸くしてアクアが首を傾げる。


「なに?」

「まだ報告したいことがあるんですけどー」

「うん、だから、なに?」

「えっと…初めはガセか見間違いかと思ってたんですけど、」


カチリとアクアが作ってくれた魔法眼鏡を上げて間をおいてから、口を開く。


「実は、ルイードさんが」

「脱走しました」


藍雪の言葉を遮るようにして、アクアの背後から声が届く。ビクリと肩を震わせて振り返った彼女の視線の際にいたのは、


場違いなドレスを恐ろしいほどに来こなしたルナの姿だった。


「…あ、かわいい」

「だまれ!恥ずかしいんだ!」


思わずポツリとこぼした感想に赤面しながら涙目で答えたルイードはこほんとひとつ咳払いをして非常にいい笑顔をアクアに向ける。


「アクア、なぜこうなったのか。お前の言い訳を聞こうか」

「…はーい」


がっくりと項垂れる彼女に対し、破かれ短くなったスカートから麗しい足を惜しげも無く晒すルナの姿は非常に清々しさに溢れていた。

タイトル 久々の

サブタイ 説教


次回、ルイードの怒りが爆発します

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