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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
女神の野望 終章
148/157

戦争

「今日もいい天気だねー」


チェリーが機嫌良さげに話しかけてくる。曖昧に答えながら俺はここ数日を振り返った。

俺がすることは変わらない。毎日鍛錬。退屈だが、ここから出ないですることといえばそれしかない。チェリーはリコが出て行ってから一度もこの部屋を出ていない。毎日三度使用人が食事を届ける以外この部屋のドアが開くことはない。思えば、リコと入れ替わるようにしてこの部屋を出ていたチェリーはつまり、俺を一人にしないよう動いているというわけだ。


…気持ち悪い


俺の知らないことが起きている。俺は知らないだけでなく、知れないようにされている。それが違和感として俺に降り注いで、気持ち悪い。

チェリーは元々自由なやつだ。好き好んでこんな部屋に入り浸らない。部屋から出るなと言われれば速攻で破るだろう性格だ。こいつが、間違っても俺が部屋から出ないよう、言ってしまえば監視のようなことをしているのは、命令されたから。そんな命令ができるのは、一人しかいない。


「チェリー、外では何が起きてるんだ」

「んん、なんでもないですよ?平穏平穏」


姉とは違いなんでも顔に出やすいチェリーはギクリと身体を硬くして、次いで急いで俺から顔を反らせた。


「チェリー、ロキにはなんて言われてここにいるんだ」

「ご、ご主人様?知らない…」


声がしりすぼみになる。目が泳ぐ泳ぐ、殆ど溺れてチェリーはどうどん身を小さくする。

ロキが天界にいるというのは嘘ではないのだろう。そこは疑っていないし、ロキが俺をここに閉じ込めておくよう配慮する理由も思い当たらない、けれど。


「ロキに命令できる…いや、誰に対してもお願いという名の命令をできるやつを俺は一人だけ知ってるんだが…チェリー、お前は知らないか」

「ししし知らないよ!あ、アクアさんはぜ、全然ん、関係ないんだから!」


いつからツンデレキャラに移行した、と弄ってやりたいところをぐっと堪え自爆した少女の桜色の髪を意図して優しく撫で付ける。


「チェリー、怒ってないぞ。お前にはな。だから、今のうちに自白しろ?」

「うぅー…ここから出ないでよ、私が怒られる」


アクアに何をされたのやら。チェリーはらしくもなく涙目で懇願してくる。それが面白いやら憐れやら。いや、憐れか。確かこいつはかなり強かったはずなのだが。


「…えっと、神々が私らんとこ来てる間に、あれ、あの、猫が」

「猫?ノアのことか?」

「そう、それ…王様いたじゃん、その人のさ、国…」


言い淀んで暫く目を彷徨わせて言葉を探した後、いいのが見つからなかったのかチェリーは髪をぐしゃぐしゃとかき回した。


「あー、もう、はっきり言うと、反乱が起きたの!そんで、この国に喧嘩ふっかけて、今、戦時中!わかった!?」

「…は?」


わかった?!と胸を張って聞かれても、チェリーの説明には具体性が欠けていて何が何やらさっぱりだ。仕方なく、懇々と時間をかけて一から起こったことを聞いていく。それを時系列に並びなおすと、以下のようなことが起こっていたらしい。



まず第一条件としてノア不在の間、猫国の管理はその執事であるアイルが執り行っていた。とは言っても、実権はなく、各大臣に仕事を割り振り報告を聞き届け主人への報告書を作成していただけなのだそう。アイル自体に問題があったわけではなかったのだ。問題があったのは、仕事を回された各大臣の方。

大臣たちは毎日毎日不満だけを持っていた。ノアが優秀で力も強いために今まで我慢してきたらしいが長期不在と聞いてその不満が爆発したようだ。

アイルを暗殺し、ノアが帰ってくるまでに国の実権を手に入れる。もともと血の気の多い獣人の国だ。同盟を結び平和ボケしていた時代が続いて暴れたいという思考を持った奴らも多くいたのだろう。猫国よりも豊かな貿易をするこの国を攻め落としさえすれば、国民の信頼はノアよりもむしろ反乱軍の方に傾いてしまうというシナリオか。

しかし、それは失敗に終わる。この国に喧嘩を売ったところで、ノアたちが帰ってきてしまったのだ。その上、武術に長けたアイルは殺されず、大怪我こそ負っていたものの、無事この国に逃げ延びていた。ルシウスもノアたちが愚かでないことを知っているからかアイルを保護していたらしい。

さて、一連の話が、特にアイルの状態を告げられたノアはどうしたか。当然のことながら、怒り心頭、サクッとノトを連れて自国に帰り、国をまとめにかかったらしい。アイルは麗麟に治療され、数日前にノアの補佐のため帰国、今2人は反乱軍を鎮めるために奔走しているそうだ。

こんな経緯があったにしても、戦争は戦争。投下された軍は簡単には引かない。前線で戦う獣人達は反乱軍の期待を受け、ノアが戻った後も引くに引けない。ガルシアの軍が弱く勝てそうだからより一層引けない。ここで勝てば、先にも言った通り民衆を味方につけられる。ノアがどれだけ何を言ったところで、実権を得られるのだ。

では、このままガルシアが負けるのを見ているかと言えば、そんなわけもなく、ルシウスはアクアに助けを求めた。ノアとしても、ガルシアの敗北は具合が悪い。二人同時に頼んだのかもしれない。けれど、アクアからの返事は否。国家の問題にどこの国にも属さないものが首を突っ込むわけにもいかない、というのがアクアの主張。けれど、何がどう話されてどう落ち着いたのか、現在戦線に出ているのはアクアとその従者たち。両国の兵は変わらず出ているが、猫国の兵にもガルシアの兵にもアクアたちが出てからの死亡被害はないそうだ。



未だ前線からアクアたちは帰っておらず、膠着状態。猫国の方がどうなっているのかは現在戦争中のガルシアには伝わってこないようだ。


「他の同盟国はどうしたんだ」

「ルシウスとか言うのが話して回って今は静観。ノアって猫の信頼が厚いおかげだとかなんとか言ってたけど…」


そうか、と返事を返して思考する。ノアにしては、少々かかり過ぎじゃないだろうか。いくらあいつでも、多くの獣人を一人で相手取るのは厳しいと言うことか…アクアが負けるとは思えないが、長く前線にいて絶対安全なんてあるはずがない。そもそも、今の話のどこに俺をここに閉じ込めておく理由があっただろうか。


「戦争、兵隊…ん。そうか、うちが出てるのか」


俺の呟きにチェリーは降参と言った顔で両手を上げ一人かけのソファに行儀悪く肘掛に足を置いて腰掛ける。


「ルイードの実家?が出兵。あとリコとか言うのの家も出てるらしいよ。それで、ルイードにも、出兵命令が」

「それを無くすためにアクアが代わりに出たのか?」


俺一人の戦力に対し、アクアの戦力はあまりに膨大だ。幾らロキと修練を積んだとはいえ、とても釣り合いが取れない。それに、アクアの従者を合わせるとなるともはや勝てるものはいないのではないだろうか。


「勘違いしないでよねー、私もご主人もあの人に頼まれたからルイードを見張ってるわけじゃないよ?ルイードが危険に晒されるって聞いて、回避できるすべがあるならそうするでしょ?」

「けど、代わりにアクアが危険な目にあってる」

「あの人を危機に陥れられるもんなら、見て見たいけど?」


開き直ったチェリーの言い分に、確かに、と頷いてそれでも釈然とした思いをなんとかやり過ごす。俺はまた、あいつに無茶を押し付けたのか。


「…チェリー、出るぞ。支度しろ」

「……はぁい。けど、ルイード、どうやって出るの?」


プラプラと手を振って了承し、こてりと首を傾げる。ドアにある結界は恐らくはリコが作ったもの。いくら魔法が使えるようになったとはいえ、俺になんとかできるものじゃない。

渋々、本当に嫌々ながらクローゼットに向かい、なぜか用意されていたこの国の貴族令嬢が着るドレスを選ぶ。比較的動きやすくて、剣を隠せて、目立たないもの。


「わぁ、ルイード、それ着るの!?」

「随分嬉しそうだな」


嬉々として着替えを手伝うチェリーに任せ、何とか始めて切る女性もののドレスを着付け終える。身体に密着するタイプの新緑のドレスはドレープになったスカート部の裏に券を隠しやすい。ノースリーブだから腕も動かしやすいし、まあなんとかなるだろう。

長い黒髪を頭頂部で結い上げ、ドアとは反対側の壁に向かう。ここが何階だか知らないが風魔法もあるし、チェリーがいれば少々死なないだろう。


「アクアが作ったのなら、ボックス型だっただろうが、リコはどこか抜けてるからな」


幸いだった、と呟いて剣を構える。気合一線、目の前に四角を描くようにして剣を振れば神器であるそれはまるでバターに突き刺すようにするすると入り込み、壁の一角を見事に切り落とした。

ドン、と蹴りつけると下に落ちる残骸。階下に人がいたら悪いなとは思ったが、見張りなら俺が相手するよりはまだマシなはずだ。俺が気づくことを見越しているならば、それなりに優秀なのを置いているだろうし、回避くらいできるだろう。


「チェリー、行くぞ」

「はーい。まあ、確かにルナの姿見た人は少ないし、見た人でもまさかこんな格好してると思わないから見逃すかなぁ」


納得してるような、そうじゃないようなことを呟いて大人しくついてくる。俺は羞恥心を押さえつけて、開けた穴から久々の外へと飛び出した。、

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