愛してる
しっちゃかめっちゃかとはこのことか…
本当は、知っていた。
あなたが私を、助けようとしてくれていたことも、あなたが本当は、リコが好きだったことも。
知っていた、知っていたから、これはエゴ。
私が一方的に押し付けた、偽善だ。
生物を辞めるほど、尽くしたから?
リコよりもずっとあなたを守れるから?
そんなことで、あなたを得られるなんて、思ったこともない。
同情なんて、いらないわ。
強張った顔からボロボロと涙が落ちる。
高望みはしなかった。
ただ、あなたに会えれば
言葉を交わせれば
それだけで、私は十分だって、いい子ぶって
「…ごめん、なさい」
「…あー、振られたってこと?」
声が震える。私の涙を苦笑しながら見て、ルナは残念そうな声を漏らす。それに違う、違うと一所懸命になって首を振る。
「違う、の…ルイード、ルイード…ごめんなさい……」
「アクア、なんで謝るの」
笑うルナの顔色は血の気がない。当然だ。私は今、胸に槍を突き刺しているのだから。今こうして平喘と話せているのは、アドレナリンが出てることと、私が開いた魔法陣の効果だろう。痛みを消去する魔法をかけたから、ルナは特に怪我を気にすることなく振る舞える。
殺す気は、もちろんない。本当は怪我をさせるのさえ嫌だったのだけれど、いくらなんでも、二属の魔法を扱うルナと前衛なしに闘うのは無理過ぎる。恐らく抵抗はないだろうと思ったからこその判断だったのだから。
「あなたは、必ず、元の平穏に返すから」
「………アクア、」
泣き笑った私に彼が何かを言うより早く、私に二つの声がかかった。
「主様、魔法の準備が出来たぞ」
「アクア、始めるわよ」
わらわらと城から神々がやってくる。最後尾を歩くロキが拘束されていないのは、無事に和解出来たからだろうか。そんな彼とその隣に侍る桜色の少女は現状の私たちを見て目を見張る。
「なっ…!ルナっ!!」
「ルナちゃん?!」
「っ」
慌てて此方に駆け寄ってこようとする桜色の少女一人とトールに止められたロキ、息を詰めて、ルナを凝視するもう一人の桜色。
「…なんだ、賑やかだな」
思わず綻ぶルナに目を揺らしてしまう。一度きつく目を閉じて心を繋ぐ。と、次に目を開けた時にはもう、迷いの色はなかった。
「…して」
ポツリと私が口を滑らせるが早いか、槍が白く光始める。それはルナの体内に埋まった穂先に収束し、そこで大きな魔法陣を開いた。
「っ、これ…」
ぎゅうぎゅうと身体が縛られる感覚。ぶつり、ぶつりと何かが断ち切られ、修復されて行く。
「いっーーーー」
声にならない悲鳴。その光景を見ていたロキもその場に蹲り何かに耐えるそぶりを見せる。
やがて、光が収まるとそこには荒く呼吸をし意識のないルナの無傷の姿があった。傷が塞がるのに合わせて抜いた蒼く美麗な槍を髪飾りに戻して腰を上げる。
「暫く、待っててね」
戻ってきていた藍雪にルナを見ておく様指示し、九尾に周囲の警戒をさせる。その足で九尾たちが用意してくれた場所に立つお母さんの隣に向かった。
「…何していたの?」
興味深そうな母に説明しながら地面に座り込み陣を書き始める。それを見て、もう一箇所お互いが干渉しない位置にしゃがみ、お母さんも書き始めた。
「槍では完全に支配を解けなかったから」
「解呪…あなたは本当に優秀ね」
「私がしたんじゃないわ」
わかっていながら付け加えると母は少し意外そうな顔をした。しかし、直ぐに真面目な顔に戻る。
「まあ、いいわ。…アクア、足りそうなの?」
「まあ、ね。足りなくはない。結構めちゃくちゃに魔法打ったからね」
手を振り現れた四角く調節された魔法陣にさらりと目を通して返事を返す。これはギルドの宝石に刻まれている魔法陣と似た様なもので討伐したものの数を管理することができる。現在そこには、おぞましい数の巨人討伐数が表示されていた。
「同時に始める?」
「そうね。二度目は、邪魔が入るかもしれないし…」
「最悪の場合、魔力の喪失だけで済むのよね」
「そのはずだけど。どうだろう」
「まあ、やるしかない、よね」
私は僅かに口角を上げる。ちょうどよく完成したお母さんとのオリジナル魔法を見下ろして、どうしようもない悲しみと喜びを感じる。
さぁ、再会しましょ。
私たちの、私とお母さんの、大切な親友に。
時間は少し、遡る。私が九尾たちと出会い、旅をしていた時のこと。
神々は決して遊び呆けていたわけではなかった。
「今までよくやってくれました。報酬として、その傷を、決して差し上げます」
グリムの言葉に麗麟と白愛が歓声を上げる。詠唱が始まるとすぐに傷は癒え始め、麗麟にも治せなかった致命傷が最初からなかったかのように綺麗に消える。
「…ああ、よかった」
思わずと言ったように漏れる麗麟の安堵の声。本来ならば、聖獣は死ぬ前に主人である神々は戦線から引かせるので、ここに麒麟が来るそれ自体が異例なことではあったのだ。
喜び礼を言う2人にグリムは僅かにその無表情に寂しさと喜びを滲ませて告げる。
「あなたたちに会いたいと、お客様がお見えですよ」
首をかしげる二人を従えてグリムが向かった先は愛してやまない主人の部屋。戸を開けるとその先には眩いほどの笑みを讃える女神の姿があった。
「久しぶりね」
にっこり、笑うフレイアに懐かしみが起き上がり麗麟も白愛も涙が浮かぶ。けれど、フレイアの前に腰掛けるヘラの表情を見て、その場から動き出そうとする足をなんとか押し止めた。
「ヘラ様、気持ちよく送り出してあげるのでは?」
「…送り出すと決まったわけではない」
グリムの呆れた声にヘラは不服そうに言い返す。
「もし、そんなことができたなら、の話だ」
挑戦的な言い草はしかし、寂しげな顔と悔しそうな声が台無しにしていた。ヘラもグリムも真面目に働く麗麟と白愛をいつの間にかひどく気に入っていたのだ。
それに対して、フレイアは余裕の表情で胸を張って答える。それは、この世界にいた頃何度も見た自信に溢れた顔、それよりももっと確かな確信を持つ、
「必ず成し遂げるわ。だって、私の優秀な、娘がいるんですもの」
ただの親バカの顔だった。
魔法陣が発動する間、その刹那の間にその話を聞いたときのことを思い出して僅かに笑う。藍雪がヘラを思い出してヘソを曲げてしまい大変だった。
そして、陣は静かに光り、お母さんの方はそっと消え、私の方は割れていく。これで、このオリジナルの人保存が完了したことになる、が
「できればもう二度と、使いたくないものだわ。ねぇ、麗麟」
にこ、私は上手く、笑えているだろうか。ボロボロと零れ落ちる涙を白く細い指が拭う。
「はい、もう二度と、誰に対しても使わせませんわ。主上」
私と同じ蒼い目がニコリと微笑む。優美な笑顔。私が、安心できる大切な人。
柔らかい癖のある髪を撫でるように抱き寄せてぎゅっと力を込めると麗麟もぎゅうと抱きしめてくれた。
ちらりと見るとお母さんの魔法も無事成功し、白愛と私たちのように抱き合っていた。
程なく駆けてくる白愛を幻視しながら思う。
ああ、漸く、平穏を返すことができる。
私の、大切な人たちに。




