涙
ご無沙汰しております。
久し振りに此方の小説で活動報告の方にコメントを下さった方がいらっしゃって、ついつい、嬉しさと懐かしさで筆を走らせてしまいました。
またぼちぼちスローペースながら書いて行こうと思います。
よろしかったら、またお付き合いください
暗い世界、外見だけは立派な城の前、光が舞い散る中で一人の少女に槍を突き立てた蒼い少女はぽつりと一雫の涙と共に言葉を漏らした。
「麗麟」
2人の戦闘とも呼べないそれを黙って見ていた九尾と藍雪はその一言で己のすることをしようとその場を離れる。
場に残された黒髪の少女と蒼い少女はただお互いの特徴的な色彩を見つめあった。
「…どうして?」
「…なにが」
「どうして、私をそんなに躊躇いなく、刺せるのですか?」
今もなおだくだくと胸から血を流しているとは思えないほど、自然な無表情で、ルナと名乗る少女は首を傾げる。対する生物で無い少女は既に涙を止めて普段通りの無表情でそれを見下ろしていた。
「あなたが、私の好きな人でないから…かな」
「…?身体だけを見るのなら、同一人物であると思いますが」
「身体じゃなくて、その記憶が、その人格が、その全てが好きなの」
「なら、記憶も人格も欠けた私にはもう用はない、ということですか」
冷めた目でその程度ですよね、と呟く様は何処か寂し気で蒼い目を細めて少女は仄かに笑う。
「ばかね。私はそんな薄情ではないわ」
「しかし、事実刺しているでしょう」
「そうね。けれど、あなたはまだ、生きているじゃない」
そう言って、蒼い少女、アクアはルナの頬を撫でる。愛おしそうに目を細めて、その白磁の頬に流れる涙を拭う。
「ねぇ、ルイード。私、あなたが好きです」
「……、」
「皆、皆好きみたいよ?フレイお兄ちゃんもあなたを心配していたし、リコは倒れてしまったわ。ノアやウンディーネや、麗麟や白愛まで、皆、あなたのことを心配していた…」
そこでぐっと唇を噛んで何かを堪える表情になったアクアは一拍のあと、はぁと重いため息を吐く。
「どうしてこうなったのかな。私たちはただ、のんびり、時間を過ごしたかっただけなのにね」
目を瞑る、夢を見る、日常の隙間狭間にあの緩やかで優しい日々を思い出す。クエストを選んで、怒って怒られて、笑って話す、幸せな日々。表に行こうが隣国に行こうが、それを思い出さなかった日は一日としてなかった。
「ノアも王様じゃなくて、ルイードも貴族じゃなくて、リコもただの勘違い少女で、ウンディーネも大精霊じゃなくて、麗麟も白愛もただの友人。私も、神でもなんでもなく、ただ普通の孤児であったなら」
私たちは、幸せだったのだろうか。
それは、
「違うと思う」
「……やっぱり、」
記憶があったのね。
アクアの言葉にしない部分にルナはいつも通りの苦笑を浮かべる。アクアの、一番好きな表情は女となった今でもなに一つとして変わらない。相変わらず、優しくて安心出来る、苦い顔。
「俺たちが皆普通だったなら、きっと出会うことはなかったんだ」
ノアは公務から逃げなければあの場に居合わせなかっただろうし、リコも家出をして、ルイードを探さなければ出会わなかった。ウンディーネが大精霊でなかったら契約しなかっただろうし、麗麟と白愛は天から降りてこなければ、アクアが神でなければ、話すこともなかっただろう。
皆が皆、何かしらの事情を持っている。それを互いに話さずに一定の隠し事をして、それが返って心地よかったのかもしれない。
「だから、俺たちのパーティがこうであったことを、俺は一度も悔しんだことはない」
「私は、あるわ。ただ平穏を、私はそれだけを望んでいたの。ただの一人もまともなのはいなかったけどね」
「お前が言うのか」
「ふふ」
アクアが一番の規格外。そしてもはや、生物ですらない。ルナの笑みを見ながら、どこか満足した気持ちになるのはきっと、もう終わりが近いことを知っているからだ。
「平穏は、私には、似合わないのね」
「…お前は、いいやつだから。どうしても渦中に立たされる」
ルナはまるで怪我などないようにアクアの頬をさらりと撫でる。アクアは目を細めて受け入れながら槍を少し、深くした。
「…何故記憶があるとわかったんだ?」
「確信があったわけじゃないわ。ただ、あなたを信じていただけ…それに、呟いていたでしょう?」
『ごめん』
ルナはアクアに聞こえていたと言う事実と未だに保たれていた信頼に少し目を剥き、そしてまた、苦笑う。
「ロキの魔法は間違っていないわ。私とお母さんはここに来る前、転生の魔術をいくつか組み立てたのだけれど、その中に人格と記憶を消すような結果が出るものはなかった。もちろん、あくまで推測だし、ロキのものと同じとは、限らないのだけれど」
「出来たのか」
「机上ならね」
実のところ、神々とアクアで話し合えばそれほどかからずに理論だけは出来上がった。時間の逆流、魔力の吸収、その他の魔法を組み合わせれば何とか転生と同じ効果を生み出せそうだ、というあくまで予測だけなのだが。
その答えにルナは流石、と声を漏らす。
「ロキは俺に魔法をくれたんだ。おかげで、風と闇が使えるようになった。戦闘の幅が広がって、助かっているよ」
「そう、よかったね」
「女になったのには驚いたし…人格がなくなったのも、嘘じゃない。何の魔法の効果か、記憶がぐちゃぐちゃになっていたんだ。生まれた時の記憶はあるのに、最近の記憶はなかったり、思い出せなかったり…そのせいで混乱して、暫くは感情とか会話とかに頭を使う余裕がなかった」
「で、余裕が出ても、隠していたわけは?」
「その方が、殺しやすいだろう?」
アクアと敵対することは、わかっていた。
ロキのところには戦闘要員が非常に少ない。散々鍛えられていた自分を使うことは予想するだに難しくはなかったのだ。
「アクアに迷惑を、何より、辛い想いをさせたくなかった。お前は人の命に拘らない、必要とあればすぐに殺して見せる。けど、親しい人間にはすごく、優しいやつだから」
「…ばかじゃないの?そんな状況で、私のことなんて」
「アクア、俺、お前が好きだよ」




