道中!!
ザクザクッ!と右側に黄金の剣筋が見えたと思えば、バサっと左側でそれよりも長いリーチの軌跡がみえる。
戦闘を走る麗麒は始め、道を知っているから選ばれたはずだったのに、上に乗る2人のせいで除雪車のような状態になっていた。
「…私たち暇だねー。どの世界にも属せないモンスターたちがいっぱいいるって聞いてたのに」
「いや、実際に多くいるではないか。あの2人が全て気してしまっておるだけで」
「だから暇だって言ってんじゃない」
列の最後尾でそんな呑気な会話を繰り広げるのはもちろん、アクアと九尾である。
ここで賞賛されるべきなのは上で戦う2人から出る血を完璧に避けきる麗麒ではなく、異常なペースで進む聖獣たちについて行ってまだまだ主と会話をする余裕のある九尾だろう。唯一聖獣ではない彼女は、おそらく九世界の中で唯一世界渡りに耐えられる妖なのではないだろうか、とアクアは心の中で自らの強運にため息をついた。思えば、会う人会う人みんななんらかの肩書を持っていて、戦闘慣れしている気がする。この運をもっと別なことに使いたいのだが。
「藍雪、どう?わかった?」
「……しょ…しょ…お待ち…を…」
アクアのきっちり腰に手は回しているものの、顔は離した状態で九尾に乗る藍雪にアクアが声を掛けるとそんな途切れ途切れの声が帰ってきた。振り向くと、余裕のない顔で目の前に様々なページを表示し、すごい勢いでスクロールしている。
ページが表示されているのは、その黒縁メガネの機能であった。情報収集係の藍雪は役に立とうと毎日必死に鍛えて5枚までのページなら同時進行で読んでいけるようになった。ただし、スクロールの速さは、アクアが作ったものであるが故にアクアが最も快適に読めるペースで行われる。練習中に今よりももっと余裕に読めていたのは、藍雪のペースで、自分で動かしていたからだ自動機能を使ったおかげでより一層苦しく思える今、表示しているページ数は七。余裕のない顔になるのも当然だった。
「…まあ、神々の中で最も優秀なはずの七人…ヘイムダルさんを入れれば八人か、が揃いも揃って探し出せなかったところだから、無理はしなくていいよ。私も暇だし探そうかな」
「はい」
藍雪がアクアの言ったことをきちんと聞けていたかは定かではないが、アクアは前を向いて座り直し、自身の周りに幾つかの魔法陣を開いた。その数、十四。藍雪の倍の数にしたのは嫌味ではもちろんなく、アクアが同時進行で考えられる数がそれだったからだ。
「…ん、アクア。あなた、何するつもりなの?」
魔法陣が開かれたことに気づいたフレイアが問いかける。ノトは転変しても小さな黒豹程度なのに、きっちりとノアとフレイアを乗せて列について行っていた。一応は聖獣なのだが、人間の世界で生まれたものとして見るなら十分にすごいことだろう。
「ちょっと、ルイードの居場所を私も探そうかなーと思って」
実は、今それを探しているのは藍雪だけではない。今こうして走っているのは適当ではなく、麗麒の隣を走るヘイムダルのペットな聖獣に乗った2人の指示の元なのだ。
2人、バルドルと偉澤は相性がいい。性格の相性という意味ではなく、その能力の相性だ。そもそも、白澤である偉澤は本来なら転変して獣型になれる。それを行えないのは彼を召喚したイズンが当時まだまだ半人前であったからと、彼の特化しすぎた能力故だった。
彼は転変しても人型だが、体に三つ、額に一つ、合計六つの目を持てるようになる。これらは、炎、氷、死者の世界以外全ての世界を見通す目だ。普通の白澤なら、その世界内で見る場所の変更はできても世界を変えることはできない。だが、見る、ということに特化した偉澤なら、その目の全てを一つの世界に向けることが可能なのだ。今現在彼は巨人の国だけに全ての目を向け、バルドルの支持する場所だけを注視していた。
では、バルドルの能力は何か?
彼は容姿はずば抜けていい。男の神の中なら間違いなく一番だと言われるだろう。(フレイはフレイアに似過ぎて、男性のランキングに入れてもらえないことが多い)だが、近接戦闘の能力は並の神を少し上回るか程度、魔法の才もフリッグとオーディンの子にしては無いものだった。主要神の中では魔法の腕も真ん中よりも下の六番程度、実際に戦闘で使えるほどのものではない。そんな彼が主要神足る所以は、あまり人には理解されにくい才能であった。
彼は幸運を呼べるのだ。
彼が適当に選んだものは必ず当たる。彼が言ったことは現実になる。そんな幸運の才があるのだ。
戦闘において、運は立派な武器である。
実際にフレイと手合わせした時のバルドルの動きは異常で、かなりの時間をかけて戦いを終えたフレイが言ったのは勝利の喜びではなく、もう二度としたくないな、という苦い感想であった。
フェイントのつもりのない攻撃も、なぜかバルドルがフェイントだ、と判断するとそうしたくなってしまう。本気で行った、不意を付いたはずの攻撃はたまたま石につまづいてこけたバルドルに避けられてしまう。
決定的な攻撃を与えられないこちらとは違い、なぜか未熟な剣術で繰り出された攻撃が意外に鋭くこちらの身を抉ってくる。長時間戦えば勝てない相手ではないが、かなり面倒になるのも当然の相手だった。ちなみに、その後に手合わせする予定だったトールは急な腹痛と言って手合わせをしなかった。後に、フレイにジト目で説教をされたそうだが。
そんな彼の指示した方向は必ず当たりだ。麗麒はそう判断して彼の指示通りに走る。そしてそれだけでは辿り着けないロキの館を偉澤はバルドルの指示通りに探して行く。見つかるのも時間の問題であった。
と、言うのはアクアも理解できているが。
アクアは一つ一つの魔法陣をまるで暇つぶしの落書きでもするかのような気楽さで書き換え、その形を長方形に、藍雪がスクロールしているページのようにした。
「偉澤さんの能力もバルドルさんの能力も。流石に天性的な能力は盗めないけど、同じことは出来なくもないよね」
魔法陣に表示されるのは文章化された、巨人の国全て光景。それを、自身の限界の速さでスクロールして読んで行く。
「おかしな点だけに注目して探せば、そうかからずに見つかるでしょ」
アクアの見つめる十四のページ、それは藍雪のそれよりも大きいため一枚分に収められている文字数が倍近く違った。それを、文字が黒い線にしか見えないくらいの早さで流している光景を見て、バルドルと藍雪を除きその場の全員が顎を外すほど驚いたという。そして、一生懸命に探す、その光景を目にしていない2人に、無言で同情の目を送ったのだ。
「次は…あっちに行ってください!」
バルドルが指した方角へ進む一行はいつしか巨人の国の上空までたどり着いていた。
それまで暇そうにしていた神たちも既に臨戦態勢にはいり、いつ襲われても大丈夫な状態であった。
そんな中。
「…東の山、無し。南に変化あり?ここは市場が栄えて…」
一番の戦力であろうアクアがすっかり情報収集に徹してしまっていた。上に乗る二人がその有様なので、自身がきっちり守ろうと、かなりの時間走りっぱなしで疲れているはずの九尾は誓ったのだった。
そんなアクアの前に表示されるページの数は減りに減ってあと二枚。それは疲れたから読めなくなったのではなく、その分だけの情報までに絞り込めたから要らなくなったのだ。スクロールのペースは相変わらずだが。
「見つけました!南の市場付近です!」
偉澤が先ほどアクアが呟いたことと同じようなことを叫ぶ。アクアの呟きをちゃんと聞いていた一行は、報われない目を偉澤に向けていた。
「ここから先の絞り込みには目だけじゃ厳しいかもしれませんが、市場の先、世界の端に魔力の塊を見ました」
流石に取り寄せられた情報に頼るアクアにそれは見えない。やはり意味があった、良かったねという目で見られてイマイチ事態を理解していない偉澤は首を傾げた。
「南の市場、その場所で桜色の少女が大量の食料とおかしな魔道具を買っているよ。数日前」
偉澤の報告を聞いたアクアは早速そこだけに絞り込みーーもともとそのために動いていた節はある。あるが、彼の報告で確信を得たのだと思いたい。主に、他の神たちがーーまたページの数を増やして過去の情報を読み取っていた。偉澤はこの世界だけなら今しか見れないのでこの情報をもたらすことはできない。
「あ!南の市場辺りで数日前、とても大きな魔力の流れがあったとの報告がありました!瞬間的なものではなく、数時間単位で流れ続けていたようです!」
こちらも自力でそこまで突き止められた藍雪が叫ぶ。やはり、魔力の流れを見れないアクアと過去を見れない偉澤にはできない報告だった。
「とにかく、南の市場なのは間違いなさそうだな」
「そのようだな。世界の端がそばにあるのなら、そこに巨大な空間魔法があると見て良さそうだ」
「よし、行くぞ!」
神々の一行はその方向へ向かって全力で走り始めたのだった。
その、ロキの館の深層。
一切の感情が欠落した黒に近い緑の瞳を持った少女が床に視線を落として退屈そうに立っていた。
その少女の肩を掴み、涙を流す一人の男。その左右には2人の桜色の髪の少女がやはり涙しながら立っていた。
「失敗か?」
「…いえ、紛れもない、成功です」
「なら何故こうなった!」
「…私たちのデータに、記憶や自我、感情の保護はなかったんだよ…」
男の問いに、崩れ落ちそうになりながらも答える少女をもう一人の少女が支えていた。
「…すまん」
「言われてる意味がわかりません。私は、あなたのモノです。どうなろうが私自身には何も問題ありません」
機械的な話し方をするその声は数日前までは確かに憎まれ口を叩いていたはずなのに。
「…ごめん、本当に……全部、俺のせいだ…」
男はただただ、泣いていた。




