ただいま
セイレーンの王宮に泊めてもらった夜、藍雪の主力武器の話になった。
「あー、やっぱり、いる?」
「そりゃあ、ご主人様のお役に立ちたいですもん!」
「…儂はこいつに何かを持たせたくないのう」
「………」
「はぁ?なんですか?先輩?」
「口調崩れておるぞ、新人」
どうしよう、九尾に激しく同意なんだけど。
さっきも言った通り、私はガルムたちも大切に思っている。生き返るとはいえ、痛い思いはさせてしまっているのだ。その原因である鎖姫に何も思わないわけがない。ただ、藍雪を救おうと決めてしたのだから、変に責める気がないだけだ。これがもし九尾にも何かあったなら、私はこんな接し方はできていないだろうが。
そんな口には出さない理由があるからこそ、藍雪には攻撃手段を持って欲しくない。だからこそ、私や九尾にかけることは実質不可能なーー夢の世界、要するに精神的な世界に閉じ込める魔法は自分よりも強い相手には効き目が弱い。今の藍雪だと、私や九尾との差がありすぎるーー悪夢迷宮をあげたのだ。
しばらく悩んだ末、私はこう切り出した。
「…あのね、藍雪。とても言いづらいのだけれど、ウチのパーティーは既に戦力的には十分なのよ」
「はい、知ってます。だって、バカな冒険者が火属性魔法を通りすがりの私に当てて、グリーンアイズ呪ってレベルカンストになったとき、正直思いましたもん。あ、これで私討伐されないなって」
「…ああ、やっぱりバカな冒険者がトリガー引いたのね…通りすがりだったんだ…」
取り敢えず、これで私が戦闘前に感じていた疑問は全て解消したということで流して、私は本題を話した。ここの話し方次第で、今後の面倒くさいイベントの数が変わる、大事な場面だ。
「…あなたには、情報収集特化型になってもらいたいなぁ、なんて」
「ああ、そう言えば、儂等はそれが苦手じゃのう…」
「なぜか、どう化けても目立つんだよね…」
「…うむむ…それは元のクオリティを保ったまま化けるからじゃ…まあ、そういうことならいいですけど…」
何かブツブツ言いつつも、了承してくれた。助かる。
「でも、私そんなのしたことないですよ?」
「うーん…藍雪って、世界中旅してたんだよね、なら、顔広いんじゃないの?」
「…え、それは、まあ。妖怪とか同んなじ呪われ仲間なら」
「じゃあ、そこ人たちからの情報だけでも、十分な量になるよ」
妖怪たちは知り合いという繋がりがあるなら遠距離でも情報のやり取りが出来るようになっている。これは、霊媒術師などから身を守るための術なのだそうだが、これを利用すればかなりの範囲の情報が手軽に手に入ることだろう。
「え、無理ですよ!情報処理なんて、私、苦手ですもん!」
「…んー、なら、眼球に情報処理補助の術式を書き込んであげる」
「…が、眼球に???」
私がにこっと笑って細かい魔法陣を書く時に重宝する羽ペンを空間魔法から取り出すと藍雪はじりっと後ずさった。
「どうしたの?怖がることないじゃない?」
「い、いやぁ…眼球でなくてもいいんじゃないかなぁーっと思いまして」
「なんで?便利じゃない?」
「いやいや、眼球って、なくないですか?」
「え、眼球よくない?」
そんなやりとりを数十回繰り返した、これが私たちの結論だ。
「わーい、くっろぶっちめっがねー!」
「まあ、藍雪がそれでいいならいいけどさ」
買ってきた黒縁のメガネに術式を書き込んでかけることになった。もちろん、効果を得るためにはつけておかなくてはならない。
面倒なのに、藍雪が眼球は嫌だと言って聞かなかったのだ。
「そのメガネは、得た情報をドンドン表示して行くからね。何ページにもわけられるし、視線でそのページを置いておく場所も決められる。それに、何枚ものページを自分の周りに飛ばせていたまま、いつでも見える状態にしておくこともできるんだよ。ただし、そうそう作れたものじゃないから、無くさないようにね」
「はーい!」
素直に手を上げて返事をする藍雪に微笑みながら、内心冷や汗ものだった。そのメガネに組み込んだ術式は予想をはるかに上回って数千。その全てが歯車が噛み合うようにそれぞれ作用しあっているのだ。そうそう作れないどころか、ほぼ再現は不可能だと言える、奇跡の一品だった。私も、あんまりうまく行くもんで調子に乗っていろいろ書き込みすぎたかな。本当、なくされたら暴走モードにシフトしてしまう自信しかない。
だから、絶対に無くさないでね、藍雪。あなたの命のためにも。
「…いいな…」
「ん、九尾?」
「何でもない」
「……」
今、隣でボソッと羨ましそうな声が聞こえたのだが、本人がなんでもないというのなら、追求はやめておこう。
…九尾には、主力武器を作ってあげていなかったなぁ。
「…九尾は、大切な相棒だからね。名で縛ってるけど、別に、主従関係なんて気にしなくていいから」
「……むぅ、主従関係は大事にさせてもらうぞ。それが儂のポリシーじゃ」
けど、有難いお言葉じゃの。
そう、嬉しそうに言っていたので、今はこれでチャラにしてもらおう。
「ご主人様!私は!?」
「名で縛ってる通り、主従関係は大事にしてね」
「なんで!?」
藍雪のショックを受けた様子に2人で爆笑をして、私たちの人魚国最終日は幕を閉じたのだった。
「どういうつもり?」
「何の話?」
「何の話って、仮にも聖なるものがーー」
「え、聖なるもの?誰のこと?」
「いや、そりゃ…あ、」
「ん、どうしたの?教えて教えて。聖なるものって、誰のこと?」
「…………」
「もしかしてだけれど、私かな?そんなはずないよね、私は今や、私以外は世界中どこにも存在しない種族なんだからね?しかも、ほぼ呪いと変わらぬ方法でね?」
「えっと、それでも、あなたは私と同一じゃーー」
「え、ん、んん?ちょっと待ってね、お母さん。あなたもヘルヘイムに行けない仲間じゃないの?」
「え、と」
「まだ何か?」
「……ありません」
「「「「………………」」」」
ガルシア王国、王謁見の間にて出会い頭に交わした私とお母さんの会話である。本来のこの部屋の主であるルシウスはもちろん、集まっていた全主要神に合わせお爺さんが一人、及びそれらの聖獣たちも皆、呆れ顔でこの会話をする私たちーー主に、私の方ーーを見ていた。
「そんなことよりも、お母さん」
「…なあに、娘さん」
「私、一度言って見たいことがあるのだけれど」
「………な…んでしょうか?」
思わず敬語になるお母さん。冒頭の会話の原因、九尾と藍雪についてだが、お母さんの言い分は大体正しい。私も一応聖なるものに分類できるだろうから。仮にもこの身体…いや、元の身体は不死の女神のものだし。けれど、だからなんだというのだ。九尾も藍雪も確かに種族で見るなら正反対の、神々の敵になる存在だが、2人は私に害意も敵意も抱いていないのだ。ならば、何の問題があるだろう?
私はそんな考えの元、2人といる。絶対にいろいろ言われるってわかって帰って来ていたから、反論を考えておいてよかった。こんなに簡単に話が済むとは。
「…ただいま、お母さん」
「…え、それ?したいこと?」
「ね、おかえりって言って欲しい。私、ただいまって言って、返答が帰ってくる生活がしたかっーー」
私の台詞の途中で呼んだのか、お母さんがいきなり私の腕を引っ張って、その胸に抱いてきた。12歳の私の身体は18歳のお母さんの身体にすっぽりと覆われる。
「……おかえり、アクア。無事でよかったわ」
「………ふふふ、ただいま。ただいま、お母さん!」
お母さんの首に腕を回して、ぎゅうっと抱きつく。フワリと、私と同じ香りがして、なんだか落ち着いた。
「はぁあ…!かわいいわぁ!!!アクアちゃん!」
「どうしよう、母さんが怖い」
「フレイア、アクア…本当にかわいいなぁ、俺の妹たちは…!アクア…俺にも抱きついてくれるかなぁ!!お父さんって呼んでくれるかなぁ!?」
「ええ!?フレイさんも怖い!?」
「俺の妻の娘…?アクアは俺の娘になるのか…!?俺もおかえりと言えば…!!」
「バルドル、どうやら全員が潰れてるみたいだぞ!」
「ふわぁ…眠くなってきた。偉澤、終わったら起こして」
「畏まりました(こんな短い時間も起きてられないのか、クソガキだな)」
「心の声も程々にね、偉澤」
「はい、麗麒さん」
こんな感じで、私たちは無事、ガルシア王国に帰り着いたのだった。
「本当に、心配したのよ?」
「うん、お母さんたちが調査を終えた後で鎖姫が来てあのモンスターを強力化してたみたいなんだよね。私も、一歩間違ったら危なかったと思ってるよ」
「そうだね…九尾さん?あなたがいなかったらこの子はそんな策は取れませんでした。いろいろ言いましたけど、どうもありがとう」
そう言って軽く頭を下げるお母さんにひとしきり笑終えた九尾が返答をした。
「悪いのう、笑ってしもうて。儂は主さんに仕える身じゃから、気遣いは無用じゃよ」
「…アクアがあなたを気に入った理由が少しだけわかるわ。まさか、妖狐にこんな人がいるなんてね」
「かかっ!儂は人ではないがの!しかし…何の理由かは問わんが、ずっとは主さんと一緒にいてやれないのじゃろう?うぬがいれない間は、儂がうぬと同じくらい主さんを大事にするわ」
「…ふふふ、それなら、かなり骨を折らないとね?よろしくお願いします、九……藍九さん」
「…………主さんと同じく意思伝達魔法持ちかの…本当に、ズルイ能力よ」
「九尾だって持ってるじゃない」
「かかっ!儂のは違うわ」
私とお母さんに割り振られていた部屋にて3人でーー藍雪は今、フリッグの着せ替え人形ーー和やかに会話をしている。この時間はひどく平和で、静かで、穏やかだった。永遠に続けと願ってしまうほどに。
けれど、その願いと同時に私は思う。早く、彼に会いたいと。
バンッ!!
不意に部屋の重めの扉が勢い良く開いた。そしてまっすぐに、私の目でも追いきれない速さでかけてくる黒い影。あの九尾でさえ反応することもできないまま私にぶつかってきたその影はそのまま私と一緒に床に横になっていた。私が下敷きになったが、別段気にはしない。相手が少し庇ってくれたからだ。
「…おかえり、アクア」
「…ただいま、ノア」
抱きついてきたのは元パーティーメンバーのノアだった。涙声なのは心配してくれたからだろう。
半ば壊れてしまったドアのところでは美しい姿勢でお辞儀をするアイルの姿もあった。この様子だと、グリーンアイズの件を聞いているのだろう。
「心配かけて、ごめんね?」
「…おかげで公務が捗らにゃかった」
「なんだ、何時ものことじゃない」
「…むー、そうだけど!!」
不満げな顔を上げたノアととても近い距離で瞳が合う。私は苦笑しながらもう一度言った。
「ただいま」
「……おかえり、アクア」
闘いへ出発する、前夜はこうして幕を閉じた。
お久しぶりです、復活しました、ねこうさぎです!!
実は、休ませてもらっていた間もちょくちょく書いていたんですが、なんと、全部投稿できるようなものではありません…
実は、それらは今の話よりもずっと先の話なんですよね
残念ながら、ネタバレなので投稿できません…
愚かなことに、ストックなしで再スタートを切った生きる、なう!!ですが、どうかこれからもお付き合い願えればと思います。
さて、話は変わりますが、私はこのサイトを始める前からの目標がありまして
それが、電撃文庫大賞に応募するというものなのです
ここまで読んでくださっている方は何を馬鹿なことをとお思いでしょう
私も思います
あの賞に応募して、一次審査すら、通るはずがない
ごもっともなことだと思います
けど、それが以前からの目標でしたので、してみようと思います
応募作品はイズンが主役のもので行く予定だったのですが、先ほど話に出ていた投稿できないような先の話の方が私も設定を把握できているしキャラも完成してて書きやすい、という理由からそちらにしました
1度あの賞を調べられた、もしくはご応募なさった方はご存知かと思いますが、あれは落選が決まるまでの間、webに載せている分を削除しなくてはなりません
ここに書いているものとはかなり話が違うので私もいいかな、とは思いましたが、一応規定は守るべきかと思い直し、応募してから一次審査落選が決定するまでの間この小説を非公開にさせてもらおうと思います
再開後すぐに申し訳ございません
夏には発表となりますので、落選を確認しましたらすぐに公開に戻し、連載を続けたいと思います
また、応募作品も投稿したいと思います
よろしかったらまたその時にも見てやってください
取り敢えず、四月十日までは連載しますので、お付き合い願います




