グリーンアイズ戦6
言いたかったことを言えた。
聞きたかったことを聞けた。
私は、救われたのだと思う。
たかが12、3年しか生きていない少女に。
ーーここからどうしよう
ーーグリーンアイズの動きは鈍くなり、今はガルムだけで対応できているようですよ
ーーあれ?見てきたの?
ーーはい、麗麟の夢現は凄いですよ
ーーへぇ、そんなやり方もあったのね…ありがと、麗麟
ーーあ…いえ……ちょっと、疲れちゃいました
ーーああ、あなたは魔力量が特に多いわけじゃないものね。一度切りましょうか
ーーはい、すみません……主上、助けてくれて、ありがとうございました
ーー………救いになったかどうかは、わからないわ
ーーそんなことありません。大変なのに、ワガママを聞いて頂いて、本当に嬉しいです
ーー麗麟、もう限界でしょう?世界間の通信を常に維持するのもかなりのものだろうから…また、後で話できるから
ーーそうだよ、麗麟。主上、一度失礼しますね
ーーうん、白愛、麗麟のことをお願いね
それで通信は終わった。麗麟の体調が心配ではあるが、自分だって身体はないし魔力切れは起こしてるしで元気ではない。元の身体はどのくらい魔力を回復しただろうか。
今回、麗麟には無理をさせた。それは重々わかってる。この通信は私が世界間でも負担がかかり過ぎないように書き換えているからいいが、私以外に対して夢現を使用するのはかなりの消費になるはずだ。それを今回、二度も使わせてしまった。
二度目は先ほどの、グリーンアイズの方の状況を読むのに。おそらく、ガルムの一体から情報を組んだのだと思う。
一度目は、私が頼んだ。夢現のもう一つの機能。
夢現はただ、他人の夢に入り込む魔法じゃない。他人の気持ちに入って、そこに眠る記憶を読み取ることも含まれている。既にそんな魔法は存在するものの、普通は文章として読み出せるのだ。しかし、麗麟のそれは映像として記憶を読み出せる。だから、私は“彼”ことクウの外見も声も再現できたのだ。
人間一人の一生分だから、かなりの量だった。かなり負担をかけた違いない。ゆっくり休んでもらって、また繋がった時に労おう。
「うわぁぁあん!!」
「…………」
しかし、どうしたものだろうか。
ガルムたちがそう長い時間持たせられるとも思えない今、正直早く向こうに駆けつけたい…が、しかし、ここを離れればまた振り出しに戻ってしまう、どころかせっかく大人しくなった鎖姫をまた狂乱に変えてしまうかもしれない。
方法として一番いいのはやはり、彼女をどうにかしてグリーンアイズや私、そして九尾の呪いを解くことだろう。
特に、今、ガルムたちだけで抑えているということは、九尾が活動状態ではないということだ。先ほどの声もあるし、もし、大怪我でも負っていたら…ことは、一刻を争うかもしれない。
そこで問題になるのが…彼女をどうにかして、の部分だ。このどうにか、の方法は思いついているが、それには彼女の同意が必要で、その上、冷静な状態でいてくれないと成立しない。
「ね、落ち着いたかな?落ち着いて、先ずは自分の身体に帰りましょ?」
「うわぁぁあん!」
ダメだ。この子、子供のように泣き崩れるだけで、本当に冷静さが微塵もない。
「先ずは、その身体を出る、で、その伸ばした鎖を戻しましょ?自分が呪った相手を解放しましょう?」
「うわぁぁあん!」
頑張れ私!もはや自分で自分を鼓舞するしかない。
「あなたのことは私が解放してあげるから」
「うわぁぁあ……え?」
お?脈あり?
「私が浄化してあげる。だから、もう呪いで苦しむことはないよ?」
「……でも、それって…消滅…」
「大丈夫。あなたの体は無くなっても、あなたは絶対に消さないから、ね?」
私が浄化すると言った途端、不安げな顔を見せた鎖姫の頭を撫でてやって努めて優しい声を出す。彼女の好きな人の声なのだから、効果はあるだろう。
「そんな、都合いい方法があるの?」
「あるよ。だから、まずは、自分の身体に戻ってくれるかな?この身体じゃ、さすがにできないんだよね」
言うと、混乱状態で頭があまり回っていないのか、それともきちんと納得してくれたのか素直に体を明け渡してくれた。本当に助かる。私の精神衛生上にもあまりよろしくなかったので。
取り敢えず、仮初めとして作っておいたクウの身体は必要なので保存して近くの木に持たれかけさせておく。そうして自分の身体にやっと戻れた私は一も二もなく着物を着直した。全く、変なシワが着いてしまったよ。
「…それで、これからどうするの?」
元の黒い鎖で繋がれた身体に戻った鎖姫が先ほどまでと変わらぬ不安げな声で言う。
それに、私は頬をかきながら苦笑しつつ返事をした。
「……取り敢えず、主従関係を結ぼっか」
「……は?」
「……じゅう、じゅういち、じゅうに…」
何処かから、とても聞き覚えのある、安心できる声が聞こえる。
「……さんぜん、さんぜんいち、にぃ…」
数を数えているのだろうか、しかし、さんぜん?三千か?そんな数を、何故?
「………ああ、三頭足りない…アン、イー、アルだね…」
今度はすごく悲しげな声になった。後半は…名前?
というか、今の状況はなんだろう。
ああ、そうか。主さんが戻ってくるのを待ってて、けど、何故か視力がなくなって、意識が飛んだんだ。
あの暴走していたレベルカンストのグリーンアイズをガルムたちに押し付けたのに、儂は無事、か。主さんがあの後すぐに戻ってきたか、若しくは…ガルムが、命がけで守ってくれたのだろうか。
「本当…りがとう……おかげで………済んだよ…」
声の主は何処かへと行ってしまったのだろうか先ほどまでは辛うじて全て聞き取れていたのに今は途切れ途切れにしか聞こえない。
しかし、誰にお礼を?
というか、この声の主は…
「っ!!主さんっ!!」
「あ、気がついたの、九尾。良かった」
そう言って主さんは柔らかく微笑む。滅多にそんなにハッキリ表情を変えたりしないくせに、時々やると本当可愛いっ!…って、そうじゃなくて!!
「い、いつから?」
「ん?戻ってきたの?それなら、ほんの少し前だよ。大変な役を押し付けてしまって、それに私の仕事が遅くて、ごめんね?」
主さんの姿が見たい、が、儂はまだ視力が戻っていないようだ。…戻るのだろうか、一度失ってしまったものが。
「ああ、戻るよ。心配しないでね。ちょっと待って、今、魔力回復薬を…」
そんな声が近くでしたと思った次の瞬間には口に冷たい何かが流し込まれていた。反射的に吐き出そうとしてしまうと素早く口を閉じられ、
「ダメ、飲んで。それ、最後の瓶なんだよね。まだ空間魔法も開けられないでしょ?」
と言われて口を押さえる手に力を込められる。儂ほどではないにせよ力の強い主さんにそんなことをされれば、歯なんてすぐに折れてしまう。儂は慌てて口の中の何かを飲み込んだ。
その後も何度かに分けて飲まされ、儂が全て飲んだのを確認すると満足そうな声を出してしばらくおとなしくしててね、と言って立ち上がってしまう気配がした。
「え…あ、主さん…」
「ん?どうしたの?」
怖い思いをしたから、もう少し傍にいて欲しい、なんて、言えるわけもなくて、心が読める主さんに読んでもらおうと必死にそればかりを考えた。それは無事伝わったようだったが、主さんは困ったような、クス、とした小さな笑い声をあげて、儂の頭をそっと撫でただけだった。
「ごめんね、ちょっと、お世話になったからお礼を言いに行かないといけないの。すぐに戻ってくるからね。……藍雪、九尾を見ててあげてくれる?あなたの先輩よ」
「はい、畏まりましたよ、御主人様」
最後にもう一度頭を撫でてごめんね、と呟いた切り、主さんの気配は離れて行ってしまった。
「……」
「…先輩」
「え?」
「藍雪って言います、どうぞよろしく」
「あ、これはどうも。儂は藍九じゃ。何卒、よろしくのう」
「…?藍?なら、あなたも名縛りを」
「うむ。しかし、ここは願えばいつでも切ってもらえるぞ。儂は切る気は無いが」
「私にもありません」
そうして、儂はまだ見ぬ主さんの新しい従者との初対面を果たしたのだった。
時間と話の関係で短めですごめんなさい




