グリーンアイズ戦5
黄昏色の道で私はあなたを見つける。
会いたかったよ、探したよ
声をかけようと、手を伸ばそうとして、
ジャラリ、という、冷たい音を聞いた。
それは、いつもよりも重い、手足からだった。
急にハッキリとした意識と殆ど自分の指揮下から離れた身体との所為で無駄な浮遊感を感じるが、何はともあれ、呪いを無事に抵抗できたらしい。
「フフフ…手に入れた、テニイレタ。綺麗な身体、テニイレタ」
「………」
私の身体を操作し始めた鎖姫に私は黙って好きなようにさせていた。白愛にも何もさせず、麗麟からの情報を待つだけにしていた。
ーーどうしてですか?身体、取り返しましょーよー!
ーーいいんだよ。好きにさせれば。私の操作に真剣になるってことは、今、取り込んだばかりの他の子に手は回らないだろうからね
ーーえ、誰か他にも取り込まれてるんですか?
ーー多分ね
白愛と麗麟にはまだ九尾を紹介していないから、話すつもりはない。彼女たちはみんな私の大事な子達だから、中途半端な紹介をしたくなかった。
九尾が取り込まれたらしい。
あの悲痛そうな声はきっとそうなのだろう。
私が、間に合わなかったから、
私が、この世界を開けさせたから、
あの子は…
ーー主上?大丈夫ですか?
何かを感じ取ったのか、白愛が心配してくれる。それに私は短く大丈夫、とだけ答えた。
私はまた守れなかった。
また、守られてしまった。
表の世界には後悔先に立たずという言葉があるが、本当にその通りだなと思う。後悔なぞ、したところで意味などない。
私は、私にできることを全力ですると決めたのだから。
ーー主上、できました。私ができるのはここまでです
ーー十分だよ。どうもありがとう
ちょうど、麗麟から頼んでおいた情報が送られてきた。私は私の身体でガルムや九尾を傷つけないように制御を白愛に頼み、私は麗麟にもらった情報を読んだ。
ーー…おっとぉ…これをどうしようかな
ーー何百年前ですから、もう“彼”も死んでいますしね…
ーーんー、どうしようかな。けど、呪いの種類もわかったし、浄化しちゃう?
ーー主上…彼女を救えるって言ったじゃないですか…
ーー救いましょーよ!主上以外には無理ですよー
ーーえー、本当に面倒くさいんだよ?けど、2人が言うならやってあげ…なくもない
ーーお願いします、主上?
ーーお願いしまーす♪
ーーもう、仕方がないなぁ
とはいえ、私一人でするには、身体を取り返さないといけないのだが…どうするか。
「ああ、これで、彼に会える。この身体なら、彼も私を好きになってくれる。この声なら、想いを伝えられる…!」
鎖姫はクルクル回って有頂天になっているようだ。どうでもいいが、帯を緩めるのをやめてほしい。
しかし…彼女の中の“彼”はそんな人だろうか?私が見る限りでは、別の身体なんて必要ないんじゃないかな…
手段は決まってる。問題は、それをするための方法だ。
「ね、どうして彼のことが好きなの?」
「フフフ…え、は?ええ?!」
取り敢えず自由に使える身体が必要だったので近くの木々を素材に身体を作って乗り移り、話しかけて見た。こんなことができたのは魔道書、と言う肉体としての存在が薄くなったがゆえだろうか。なんか、感覚的にできたんだよね。もしかしたら、種族魔法の一種かもしれない。
本当は、魔力を完全に移行できていないので、あまりいい方法ではない。元の身体でも、鎖姫の本体が目の前にあるのだから浄化の光を使えば倒せたのだから。これはあくまでも、彼女を救うための方法だ。上手く行くとも限らないが。
鎖姫は私の自我が消失したと思っていたらしく、急に現れた私に驚いた様子だった。
いや、それとも、私がとった姿に驚いているのかな?
「…な、ど、ええ?」
ああ、目の前で情けない顔で私を指差す、私の身体。情けなくなるからそんな顔をしないで欲しい。それ、私の顔なので。
「ね、どうして?」
私の今の声は少しハスキーな女性の声にも聞こえなくもない。大体、ルイードくらいの高さだろうか。しかし、これでも男の身体だったりする。
「どうして、あなたがここにいるの…?」
「うん?いちゃ悪い?」
「だって、あなたは…人間じゃ…なかったの?」
「……」
ちょっと酷なことをしてしまったかもしれない。思いつかなくて、半ば無意識だったとは言え。
私の今の姿は、深い藍色の短髪に同色の目、私の姿より40センチほど高い、十代半ばの男の子の、“彼”の姿だった。
「よく似ているでしょう?あなたと、あの日、会うはずだった、会えたはずだった、彼だよ」
「……あ…魔法?」
「…ええ。ごめんね?本物じゃなくて」
魔法だと気づいた瞬間に悲しみの色を浮かべた瞳を見て罪悪感が湧いてくる。というか、こんなに私の顔って表情を現せるんだなぁ。
けれど、気づいてくれただろうか?さっき、自分で漏らしていたけれど。
「わかった?綺麗な身体、綺麗な声、そんなものを手に入れたって、“彼”には会えないんだよ。さっき、この身体を見てあなたは、どうして、と言ったでしょう?本当は、気づいていたんでしょう?目をつむっていただけで」
「……うるさい」
「“彼”は人間なのよ。生きているわけがない」
「……うるさい、聞きたくない」
「知っててまだこんな、呪いを続けるの?どれだけのものをその、あなたを苦しめた呪いで苦しめ続けるつもりなの?あなたは絶対に“彼”に会えないのよ?!」
「うるさいの!聞きたくないって言ってるでしょう?!!」
パァン!!
「っ!!!いったぁ……」
こう言っちゃなんだけれど、さすが私。
怒りに合わせて魔力暴走を起こしてしまったらしい。仮初めの身体だからそんな強度がなかったようで、右腕と左足が消し飛んでしまった。
魔力暴走で魔力解放しただけだよ?私ってどんだけ…
「きゃあ!??!み、右腕がぁ!!あなたの、大事なぁ!!!」
「…は?」
急に鎖姫が取り乱し始めた。私のなくなった右腕と左足を交互に見てオロオロと撫でたりしている。ああ、着物が血で赤くなってる…汚れは簡単に落ちるけど、やだなぁ。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!!あなたにそんな怪我を負わせる気はなかったの!本当に、本当に、ごめんなさいぃぃ!嫌わないで、嫌わないでぇ!」
「……」
ああ、やっと理解できた。
この子は“彼”が死んでしまったことを忘れてしまうほどに、“彼”が好きなんだ。
なら、きっと
「…あの日、会いたかったね」
私は、彼女の記憶から知った“彼”という一人の人間がするであろう受け答えをするしか、能がないけれど
「…うん…会いたかった…会いたかったよ…クウくん」
それで、あなたが少しでも救われるのなら
「俺も会いたかったよ」
現実を見せるよりも、いいのかもしれない。
「鎖に呪われた、君でなく、ユキちゃんに」
彼女は、姓のない低い身分の出身のユキ、という少女だった。ある頃から家の近くに住む幼馴染のクウ・スカイに恋するような、普通の魔力もない女の子。
クウ・スカイはその名の通りの姓のあるそれなりの身分の家の子で、幼馴染として仲良くはしていたが、恋愛対象になるはずがないと、十代の半ばから思い始めた彼女は己の家を、身分を、彼に近づいた女を、呪い始めた。
それはもちろん精神的なものだ。魔道士でも呪術師でもなかった彼女が本当の呪術などできるはずもない。
しかし、この世界にはわからないことが多い。その原因はおそらく、昔にこの世界に遊びに来ていた双子だろうと思うが、今はそれは関係ない。とにかく、この不思議なことが多い世界では強く思い続けたことが現実になってしまったりする。
「どうしてこうなったのか、わからないのぉ…私は、ただ…あなたに…」
「あのね、ユキちゃん。呪いには、呪い返しっていうものがあるんだよ。君が呪った者の中に、呪術師はいなかったかな?」
「…呪術師?私が知ってるのなんて…ミユキさん?でも、私、呪術なんて…!!」
「君は無意識にしちゃったんだよ…君を、浄化したのも、ミユキだったね」
呪い返しとは、その名の通り、呪った相手からその呪いが帰ってくるというものだ。彼女の気持ちがどんな呪いになったのかはわからないが、ミユキ、というクウの家の呪術師はユキをよく思っていなかったはずだ。ミユキは、クウの許嫁だったから。おそらく、呪い返しの時に強化されたのだろう。
「逢魔が時に呪われた君を、救えなくてごめんね」
その時刻は、呪いをさらに強化する。鎖の呪いは私か、お母さんか、フリッグくらいしか使えないはずの高度な呪いだから。
「運がなかったんだとも、言えるんだよ」
「…運?」
「うん、君は、運がなかったの。火に焼かれた君と君の家族には本当に申し訳なかった」
「……」
ミユキはユキの呪った後、当時信じられてた浄化だと言ってユキの家を焼いた。中に家族を閉じ込めて。しかし、そのときたまたま中にユキがいなかったから、後日、広場で、鎖を巻きつけたユキをクウの目の前で火炙りにして殺したのだ。
本当、怖い時代もあったものだ。
「あの日の続きをしよう」
「…続き?」
「うん。会えたはずの未来を、会えた未来をやってみよう。君が、前に進めるように」
私は右腕と左足をもう一度作って、キチンと立って、ユキの目を見た。そこには涙が溜まっていて、鼻も耳も真っ赤で、とても私の顔には見えなかった。
「あのね、私、あの時、伝えたかったことがあるの」
「うん」
「私ね、クウくんが好きだよ」
「うん」
「…お嫁に、もらって欲しかったの」
「……うん」
「困る?嫌?あの時言っていたら、言えていたら、なんと返事をくれていたの?」
これは、私が返事をしてもいいのだろうか。
わからないけれど、ユキとクウの日常を見る限りでは、私の答えはおそらく正しい。
「…あのね、鎖姫。私は、クウじゃないんだよ」
「………あ」
「忘れてたよね。けどね、きっと、クウはこう答えたんじゃないかな?」
鎖姫は、本当に悲しそうな顔をしていて、また罪悪感が湧いたがぐっとこらえて言葉を紡ぐ。
「『ユキ、大好きだよ。スカイの名を、もらって下さい』」
「……あれ?」
私はおそらく正しい答えを言った後、情けない声と同時に首を捻った。今、声が被ったような?
鎖姫はうぇえ…!と泣き崩れてしまい、今の声に気づいていたかはわからない。わからないから、私から、一言言っておく。
「なんだ、来たんじゃない。あなたの好きな人なら、あなたが助けなさいよね」
『それは、悪かったね、ウチのが世話かけた』
私の声に悪戯に答えるハスキーな声が聞こえた気がした。
つくづく思います
私の小説って死んだ人出てき過ぎですよね
ごめんなさい、こういうのが好きなのです




