グリーンアイズ戦4
私は茜色が嫌いだ。
私は、熱が嫌いだ。
あれは私から全てを奪って行く。
私は、何もしていないのに。
私は、何もできていないのに。
世界から不要だと言われる。
世界から消そうとされる。
嫌だ、イヤだ、いやだ…
私はまだ、彼にーー
「ねえ、あなたはヘルヘイムに行ったことがあるんだって?そう、言い伝えられてるよ。どんなところだった?」
目の前で愉快そうに話す少女の、美しいであろう顔を私は見ることができない。私は目を持たないからだ。しかし、グリーンアイズ越しに見た彼女の顔は、とても美しかった。羨ましくなるほどに。
入れ替わってくれたらいいのに。
そんな思いが湧いて、収まらなくなるほどに。
「ああ、行ったわね。行った行った。どんなところって…そうね、暗くて、つまらないところだったけれど、少しの間しかいなかったから、よくわからないわ」
私は律儀にも答える。こんな少女…いや、予想よりも遥かに強い少女だが、簡単に倒せるというのに、もっと言えば取り込めるというのに、私はなぜか、話というものがしたかった。
「そっか、女王に面会したんだよね?綺麗だった?」
「…あ、ああ。綺麗だったわよ。けれど、スグに…なんでもないわ」
呪いが移ると言ってグリムと名乗る人形のように綺麗な少女によって目をくりぬかれたから、そんなに見れてない。
そう言いかけて、やめておいた。この少女は歳の頃、12、3。そんな子に話すには、グロ過ぎると言う、私なりの配慮だった。
まあ、私の姿ですでに手遅れっぽいけれど。
「…?そう?…あ、そうだ」
「…?何?」
私が言いかけてやめたのに不思議そうな声を出しながらも、少女は不意に何か思いついたような声を上げた。
そして、言われる内容に私は戦慄する。
「あなた、何の呪いなの?もし、私があなたの死因を当てられたら、教えて欲しいな」
呪いを教える。
その行為が何を意味するのか、魔導師でもない私でも知っていた。
浄化魔法だ。
私みたいに長時間呪われ続けたものを浄化するためにはその情報が必要になる。彼女は様々な属性の魔法を持っていた。きっと浄化魔法も扱えるのだろう。
もうこんな生活はやめたい。けれど、消えたくない。その一心で、私は冥界から逃げてきたのだから。
「お断り。勝手に予想すれば?そもそも、死因なんて、わかるわけがないでしょう?」
私の身体なんて、触れればボロボロと崩れるくらい原型をとどめていないのに。
断ったというのに、少女はより一層楽しげな声を上げた。
「それなら、いいんじゃないの?ケチケチしないでよ?」
「…なら、試しに言ってみたら?」
「焼死でしょ?」
「っ!?」
サラッと言われた、正解の死因に私は息もしてないのに息を飲む思いがした。
なぜ、この子はそれに気づいたのか。俄然興味が湧いてくる。
「なんで、気づいたの?」
「あれ?私だけが質問に応えるのは、不公平じゃない?私の質問にも答えて?」
「……」
性格わっる!!!
そんな感想が脳裏をよぎったが、確かに自分だけ答えないのもどうかと思う。しかし、彼女の質問には答えられない。どうしたものか…
私は、必死にもはやないとも言える脳みそを回転させた。
予想に反して、好感触の受け答えが続いてる。
これならば、浄化の光を使えるかもしれない。万能の浄化の光とはいえども、お母さんの苦手分野も含む魔法だから、彼女みたいな呪いと深く繋がったものには効果が薄いのだ。それに、予想よりも魔力消費が激しいから使えなかった、というのもあった。しかし、そちらももう少し会話の時間を伸ばせば解決するかもしれない。さっき音を立てないように魔力回復薬を飲んだから使えるくらいには回復するだろうし。
彼女の知的好奇心が高くて助かったというべきか、彼女は私が死因を当てられたことが気になっているらしい。
私が気づけた理由は簡単だ彼女の身体がボロボロ過ぎたことと、ほぼ正解だと思われる、彼女が呪いの力を増すトリガーが炎だということからの予想だ。
彼女はおそらく、呪われて、焼かれてる。確か、昔、呪いの浄化のために火炙りという儀式があったはずだから、それの犠牲者なのかもしれない。
ちなみに今ではそんなことはない。それには浄化効果がないことが判明したからだ。
しかし、彼女は言い渋っている。早く答えてくれないと困るのだが。しかし、ここで焦って答えないと決められたらそれこそ厄介だ。ここはグッと我慢である。
それに…もしも、死因だけじゃなくて、彼女の思い残しも聞けたなら。
私は、彼女を救えるかもしれないのだ。
「ね、じゃあ、別のことを聞こう。これに答えるか答えないか、決められないんでしょう?なら、別の話をしながら考えてよ」
「…え、ええ、そうね。いいわよ。何の話をするの?」
「あなた、どうして…」
そこで、私の言葉は詰まる。
聞きたいことはある、あるが…なんと、何から聞けばいいのか?
ヘラの世界消滅を受けなかったの?
呪いを得たの?
呪い持ったままこの世界にしがみつくの?
どれを問うのが正解か?そんな疑問に私は答えを出せなかった。
だから、私は私の話をする。
「…呪いって、辛いよね」
「…は?」
鎖姫が素っ頓狂な声を上げるが気にしない。
「私も、一種の呪いにかかっているんだよ。これは、解呪できない、厄介なやつ」
「……」
「私のね、大事な友達が2人、死んじゃって。今、ヘルヘイムにいるんだよ」
「……」
「ヘルヘイムがどんなところなのか、聞いたらね、いつも楽しいですよ、とか苦じゃないですって言ってくれるの。全部が嘘だとは思わないけれど、やっぱり、無理して言わせてるってわかっちゃうんだよね…」
「……どうして?」
私の話を黙って聞いていた鎖姫が伺うような目を向けてくる。それに、微かに苦さの混じる微笑みを向けながら、答えた。
「あの子達を殺したのが、私だからだよ。気を…使わせてるんだよね」
この言葉が通じてしまったのか、頭の中に麗麟と白愛の否定する言葉が響く。しかし、やはり、針小棒大なことを言わせているのだろうと思う。そこだけは、覆せなかった。例え、私の考え過ぎや罪悪感からくる予想なんだとしても。
「…友達を殺したの?」
「うん、私が死ねばよかったのにね」
「……そうかな…私は、呪われて、鎖で縛られるまでは魔力も持たない普通の人間だったから、よくわからないけれど、」
まさかのここで彼女の情報が入った。こうしてコツコツと情報が入れば良いが。最後の手段を取れば、九尾に多大な迷惑がかかるから。
「自分が負う痛みより、他人が自分のために負った痛みの方が、何倍も痛い。だから、それはただの逃げだと思う。その痛みから、逃げたいだけでしょ?」
彼女の顔つきが人間らしくなった気がする。変わらず化け物の姿なのだが、それでも、年頃の可愛らしい少女を連想させる、か弱くて純潔な意見だった。
「そうかもしれない。けど、私はもう、あんな思いをしたくないから、次は、誰も殺させない」
もちろん、あなたに、九尾のことも。
言外にそう言ったのだが、伝わったのかどうかはわからなかった。
代わりに、何処か不機嫌そうな返事が返ってくる。
「…なら、そんな思いを他の人にさせるの?あなたは、いつ死んでも後悔はナイッテ?」
「そうは言ってなーー」
急に話し方が戻ったのに慌てて返事をするが、それを言い切るよりも早く、少女はまた化け物の雰囲気を纏い、登場よりも狂気的に語り出した。
「なら、そのイノチ、私にクレテモイイじゃない!私は、したいことがあったのに!ヤらなくてはいけないことがあったのに!死にたくなどナカッタのに!」
鎖が伸び、辺りに散る。私に絡みつこうとするのを何とか槍で引くが、回復し切っていない魔力に体力、そして予想外の展開への混乱から上手く出来ない。
果てなき夢の世界のはずなのに、ジリジリと端に追い詰められる感覚。久々に感じた、絶体絶命の危機。
「おっとぉ…困ったなぁ。この場面じゃ、普通に死ねないじゃない…」
思わず苦笑いを浮かべるのは何とかなる術に一つだけ気がついているからか、単に、この状況の理解が完全には追いついていないからか。
「…そのイノチ、もらってアゲル。寄越せ、ヨコセ、ヨコセェェエ!!」
「…っ!」
彼女の怒声と同時に凄まじい、目で追うこともできない速さで鎖が四方八方から向かってくる。おそらく、私の暴走モードと同じで感情が最も高ぶったタイミングで来るだろうと予想できていた私は、この世界で効力が減っていた意思伝達魔法の恩恵で感じ取り、そのタイミングに合わせて所定の行動をとった。
ジャリジャリ!という音とギリギリと金属のこすれる音と共に私の少なくなった感覚が伝えてくるのは圧迫される腕や足、いや、身体全体の痛みだった。骨が軋み、腹が抉れる。内臓なども一切合切必要ない身体で無かったら自分の視界にハラワタが入っていたことだろう。
私がとった行動、それは、海蛇の憂を封印し直し、四属統合の槍を消すことだった。
そして、もう一つ。重要なことは、彼女たちを呼び出すことだった。
「諦めた?アキラメタ?やっぱり、イラナイ命か…なら、遠慮なく」
「…私の命とったって、あなたの願いは叶わないんじゃない?」
徐々に呪いに犯されて行く身体と奪われて行く自我を必死に繋ぎとめて会話をする。私は、時間を稼がなくてはならない。
ーーお任せください、主上!
ーー主上の自我消失後はしばらく私が主上の身体を操作しますので、安心してください!
頭の中に響く、先ほど聞いたばかりの声。自分も呪いに犯されるかもしれないのに二つ返事で快諾とは、本当に優しい子達である。
だから、私は大船に乗ったつもりで、安心して時間稼ぎができるのだ。
「ソンナコトない。身体さえ、綺麗な身体さえアレバ、彼は、私と…」
「…彼…、どうかな?綺麗な身体があっても、彼が振り向くとは限らないでしょ?」
彼、というワードが彼女から出てきたのに、勝手に話を想像してまるで知っているように話を合わせる。今に消えてもおかしくない意識の中でよくやるものだと私も思う。
「チガウ!!彼は、彼は私の身体が!!このノロイに穢されたからエラバナカッタだけだ!その身体さえアレバ!!」
「この身体も今現在進行形で呪いに怪我されてるけどね!!!」
ーー…主上?あまり逆上させるようなことは言わない方が…
「そんなのはカンケイナイ!!其のカラダがあれば解決する!!綺麗なら、カイケツするんだ!」
ーーほーら、言わんこっちゃない
「…だって、腹立っちゃって」
白愛の忠告の最中に忠告通りにキレてみせた化け物に、少なからず腹が立った。
私なら、そんなことは絶対にしない。
そんな、好きな相手に振り向いてもらうのに、自分よりも綺麗な身体を奪ってくるようなことは、絶対に。
ルイードには、私を好きになって欲しいから…
「…ん?なんでここでルイードが……」
不意に自分の思考に現れた彼に少し戸惑う。確かに、私はルイードが好きだが、そういう好きで、そういう好きになってもらいたいとか……
ーーはぁ…主上はいつまで経ってもお子様な……主上!今はそんなことを考えてる場合じゃないですよ!
白愛の呆れた声によって現実に引き戻される。うん、確かにそんな場合じゃない。集中しよう。
…というか、あれ?私が書いた彼女のストーリーなら、彼って人間の男の人だよね?鎖姫が人間だったときって、いつ?
「……どっちにしろ、無理じゃない!その人には会えなくないっ!?」
「アエル!!絶対に会えルンダ!」
いやに会えると主張するが、絶対その人、とっくの昔に死んでいるだろう。そして、鎖姫はヘルヘイムから逃亡してきてるから会いに行けないし。
要するに、不可能なわけで。
この人は自分に足りないものを求めて次々と呪っていたけれど、その夢はとうの昔に絶対に叶わないものへとなっていたようだ。
「不可能不可能不可能ー!!私の身体を呪いで穢そうが、操作可能にしようが、あなたのその願いは、夢は、もう手が届かないんだよ!」
ーー…だからと言って、今現実を突きつけますか?そんなことしたら、逆上は必死じゃないですか…
「…何をナニヲなにを!!!不可能?フカノウ?フカノウだと!?何でもできるカラダを持って、よくもそんなことが!!」
ーーほらー。どうして主上は毎度…
「違うよ、白愛。逆上されたんじゃない」
ガシャーンッ!という何かが割れる音を聞きながらギュウギュウに縛られた身体で密かにガッツポーズを作る。この戦いが始まって珍しく、狙い通りである。
それで喜んだと同時に安心したのか意識が遠のく。暴走モードのときの、魔道書としての私が出てくるようだ。
私はそれなりに自分を、そしてかなり仲間を信用しているので、その波に流されよう、後のことは、後にみんなから聞けばいいと、意識を手放すことにしたーー
ーー儂は、お前様の相棒になるには、力不足だったようじゃ…
ーーそんな声が聞こえるまでは。
久々にこの時間!
ちょっと嬉しいです!遅刻だけどw
えっと、グリーンアイズ編、次回で終わりか、もう一話かですね。
それが終わり次第、いつものようにリアルの都合でしばらくお休みとさせていただきます。本当は、今でもキツキツなんですが、グリーンアイズ編は終わらせないとですしねww
詳しい日時はまたその時に書かせていただきます




