無理
すみません、ミスを発見したため変更しています。
話に直接的に関わりはありません。
フレイアの現在の背格好がわからなくなっていたのでその変更です。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
花畑の奥深く、人はおろか冒険者でさえ滅多に来ないような場所で一人の少女が必死な顔で槍を振っていた。
前方には牛のツノを生やした半裸の男、ミノタウロスが今にも襲いかかりそうな様子で立っている。
「やだ、近づかないで……」
とうとう突進してきたミノタウロスに焦り、槍を手放して手を突き出す。その手の先に魔力を集中して、得意の魔法をかけーーようとした。しかし、横から伸びた手によって少女の小さな身体はいとも簡単に持ち上げられ、ミノタウロスの突進を避けれたと共に魔法行使を邪魔される。
「だーめ。ダメだよ。ちゃんと練習しないと」
少女を抱き上げたのは少女と瓜二つの青年だった。青年は腰に吊るした一本の美麗な剣を鞘ごと抜き、ミノタウロスの攻撃をいなす。そして、そんな攻撃なんて存在しないかのような顔で少女に注意をする。
「魔法で倒せるのはわかってるだろ?今更そんなことしたって実りがない。もう一度、槍を構えて」
言ってからミノタウロスへ強く剣を叩きつける。もちろん、鞘の上からとは言え、殺してしまっては練習にならないので剣の腹で、だ。
その突然の青年の動きに戸惑ったのか、ミノタウロスは怯み、その動きを止める。その間に青年は少女をまるで宝物を降ろすかのように丁重に地面に降ろしてあげる。
「私にだって出来ないことはあるわ。これは無理。出来ないよ」
むぅ、と頬を膨らませる少女。実に可愛らしい表情に青年の心は和む。やりたくないなら、やらなくてもいいよと言ってしまいそうになるが、青年はそこをぐっと堪えた。甘くしては少女のためにならないと自分に言い聞かせる。
「出来る。頑張れよ、な?もう一度。次やってダメだったら、一度休憩しよう?」
少女は実に嫌そうな顔をしつつ、頷いた。彼女は精神的には未だ五歳だが、既にやらなくてはいけないことだという理解は出来ている。生来、わがままを言って人を困らせることをあまり好まない少女なのだ。
「よし!頑張ろ〜!」
気合を入れて槍を構える。魔力を流せばその切れ味は数段上がるが、まだ魔法に慣れていない少女のこと、集中していないと魔力の操作は行えない。今は槍を振ることだけに集中する。
「力み過ぎだ。もうちょっとリラックスして、こう…グワって感じで、シュって振って、ザクって斬るんだよ」
青年は非常に真面目な面持ちで説明する。少女も真面目に聞いている。彼は剣術の天才だが、槍術も出来る。もちろん、彼の戦友の槍使い兼魔導師の方が槍術は上だが。
「………うん。わかった」
少女はどこまでも真剣に頷くが、この2人は特別お互いをわかりあっている、というわけではない。そもそも、まだ出会ってたったの一週間。そんな短い時間で分かり合えるほど、少女の対人スキルは高くなかった。その証拠に、少女は内心焦っている。こんなときばかりは自身の無表情をありがたく思う。わざわざ説明してくれている相手にさっぱりわからないと悟られないからだ。
とにかく、唯一伝わってきた情報である力み過ぎに頼ることにして、少女は力を抜いた。と、同時にミノタウロスが突進を開始してきた。少女は焦る。かなり焦る。魔法は遠隔攻撃なので射程圏内に入れば速やかに倒せるのだ。しかし、槍の射程は長いとは言え十分に近い。ここまで近いと近接戦闘に慣れていない少女は本能的恐怖を感じずにはいられない。
だから、テンパってしまっても攻めないであげて欲しい。
「や、やー!」
少女は目を瞑って槍をめちゃくちゃに振り回す。少しはミノタウロスにも当たるが、どれも致命傷には至らない。このまま突撃を受けることは避けられないだろう。
「はぁ、やっぱりダメかぁ」
隣にこの男がいなければ。
ザクっと軽い音がしてミノタウロスの上半身と下半身がズレる。吹き出した返り血を少女に浴びさせてしまわないようにすぐに抱き上げ、大きく後ろに飛ぶ。
「あ、ありがとう……ごめんね…」
少女は彼が着地し、ミノタウロスが死んだことを確認してからそう言った。青年は少女の頭を撫でる。辛いことをさせてしまったと後悔をした。
「大丈夫か?どこか痛くないか?……ああ、返り血が付いてる⁉」
少女の無事を確認しようと身体を見ていると彼女が今朝買った純白のワンピースに一点の赤い血が付いていた。青年はそれを親の仇のように見る。かなりのショックだったのだろう。
「大丈夫だけど…フレイお兄ちゃん、そんなこと気にしなくてもいいんじゃないの?」
どうせ汚れは小さいんだし、と少女は言うが青年は聞かず、既に少女を抱えて街へと駆け出していた。
「もともと着てた服はこの間汚れちゃってないもんね」
「そうだな。この服はもともと替え用のつもりだったし、きちんとした服を着せないとフリッグも怒るしな。可愛い服を買いに行こう」
さっき少女がきていた服は本当に臨時で買っただけの服だ。早くクエストへ戻りたいと言う彼女のために。しかし、出来るならば可愛い服を着せたい。
「フレイアがもうちょっと成長したら俺が持ってる服を着れるんだけどな」
フレイは昔、妹が着ていた服を所有している。もちろん、常に持ち歩いているわけではなく、空間魔法に入れているわけだが。しかし、そんな事情はフレイアには一切説明していなかった。
「…どうして女物の服を持っているの?」
当然の疑問と言えば当然だが、フレイは神のルールによって説明は出来ない。
「……えっと、空間魔法に入ってるから」
だから、こんな不十分な説明になってしまう。フレイアはなぜ空間魔法に入ってるのかを問うているのだが、深く突っ込んではいけないと判断して話を切り上げた。大人な対応である。
以前にルイードと言ったのとは別の服屋に向かった。フレイアはボルゴが苦手なのだ。
しかし、
「あらぁ!もしかして、アクアちゃん⁇‼お久しぶりねぇ!しばらく会わない間に大きくなって〜‼」
「………お久しぶりです、ボルゴさん」
店に入った途端、目に優しくない様々な蛍光色のワンピースを着た逞しいおじさんが目に入った。ボルゴと会ったのは幼女だったときに一度だけ。この身体になったときにルイードが買いに行っているが、フレイアの変化を直接的には見ていないはずだ。しかし、たった数週間の間に五、六歳分は成長した少女を見てもこの反応とは、ボルゴは大物なのかもしれない。もちろん、そんなことは関係なく、フレイアは引き返したかったのだが、回れ右をする前に見つかってしまった。
「あらぁ?あの服はどうしたのぉ?」
いちいちうっとおしい話し方だと思いつつ、やはり自分の無表情に感謝しつつ、フレイアは適当に受け答えを始める。
「汚れちゃって、もう着てないんですよ」
汚れたわけまで説明しなくても良いだろう。フレイアが服を汚してしまったことについての話は既に有名になってしまっている。もともと、フレイアの名はアクアとしてこの辺りでは知れ渡っているのだから、ボルゴとて知っているかもしれない。フレイアはそう考えてそんな返事に留めておいた。
「あらぁ、そうだったのぉ?まぁ、冒険者ですものねぇ!汚れることもあるわぁ!」
「……………」
フレイアは知らないがこのボルゴと言う男は央都まで服を仕入れに行っていて先ほど戻ってきたばかりなのだ。この店にも頼まれていた商品の入荷についての話をしに来ていた。ゆえに、ボルゴは未だあの話を知らないのだ。
もちろん、だからと言って説明をしてやるわけではないが。
「そうですね、そんなものでしょう」
適当に同意しておく。本当は冒険者としての仕事とは全く違うところで汚したのだが。
「では、私たちは服を選ぶのでこれで失礼します」
フレイアはボルゴが何か言うより早くそういい放ち、フレイと共に店の奥へと進んだ。下心があって近づいてくるやつの利用の仕方やあしらい方はルイードと別れてからフレイに会うまでの間に学んでいるが、好意的な感情を持ってくれている相手のあしらい方は学んでいなかったのだ。フレイアからすれば、槍以上に苦手なことである。
「誰だ、あの男」
フレイは2人になるなりそう聞いた。見るからに不機嫌である。フレイアはそんな様子が可笑しくて思わず笑ってしまった。
「前に行ったことのある服屋さんだよ。苦手なんだけどね」
フレイアのそんな笑っている姿に心も和んだのかフレイも微笑み、そうか、と言うに留めた。少なくともあの男に悪意がなかったことくらいは察しているのだ。
「適当に服を選んで、クエストしていかないと期限付きのやつとか他の人に取られちゃいそうなやつとかがあるんだよね…」
服を選び出すなりフレイアはそう呟いた。彼女が現在受けているクエストは五。内二つは滅多に現れないモンスター討伐だ。未だ生きているのかは不明だが、どちらも属性の宝石を落とす。フレイアには必要なことだった。
「そうか…確か、ホーリードラゴン討伐とルビリアルフラワー討伐だったか?なら、今日、ホーリードラゴン討伐をしようか。光属性の宝石を食べれば身体の成長なんて操作し放題だし」
「えっと…そうだね。どうせ成長するなら服も無駄になっちゃうし……んん?光属性の魔導師はみんな身体の操作が出来るの?」
「違う違う。多分、俺らだけだよ」
フレイは光属性の魔法は持っていないがとても良く効く身体で年齢操作はフリッグに時々されている。喧嘩したときとか、怒られたときとかだ。一度、されているときに巨人が攻めて来て五歳児の身体で追い返したことがある。そして、そんな体質はおそらく妹であるフレイアにも受け継がれているのだろう。普通の人は髪や目のみが魔力からの影響を受けるがフレイアは全身が影響を受けるのだ。
「そうなんだ…この間拾った黒魔法の宝石、食べなくて良かったかも。黒魔法の影響は受けなくないしね。まぁ、あれはニセモノだったんだけど」
結局、適当な服を選び、クエストへと向かうことになった。
今回のクエストの間だけは槍術の練習はなしで、と言う話にフレイアは年相応に喜んだのは言うまでもないだろう。




