疑問
結局、名前も聞かずに王宮を去った後、私たちは地図を見つつ、目的の森に来ていた。来て見てわかったけれど、やはり人里離れた場所のようだ。まあ、モンスターの存在を隠したいのだから当然なのだろう。
ここまでどうやって持ってきたのかは知らないが、軍が押せてるように見せつつ場所を変えたのかもしれない。
「…この辺りのはずだけれど…探索魔法は?」
「うむ。反応なしじゃな。近いのじゃろう」
「うん、それならいいね。もしかしたら…」
「?何じゃ?主さん」
お母さんは私にグリーンアイズを私一人で倒して来なければ神々の助力が得られない、と言った。危険だけれど、私に倒せないようなレベルのものじゃないから大丈夫だ、とも。
「……ね、九尾」
「なんじゃ?主さんよ」
「私一人に、レベルカンスト状態のグリーンアイズを討伐できるかな?」
問うと、九尾は少し難しい顔をした後、横に首を振った。
「失礼を承知で言うが、主さんよ。お前様一人にグリーンアイズ、レベルカンスト状態を討伐することは不可能じゃろう。儂もいて初めて成り立つと思ってもらいたいのう」
「だよね。確かに、私一人じゃ……いいえ、相棒があなた以外なら、無理だと思うよ、私も。だって、あなたは…」
一人でその状態のグリーンアイズを討伐できるものね。
その程度朝飯前だろうと、私の言葉にしなかった部分を敏感に感じ取ったのか、今度は苦笑を見せる。
「そんなことはない。さすがに、苦労はするじゃろう。それに、主さんが弱いわけでもない。間違いなく、世界最強レベルまで上り詰めるじゃろうよ。しかし、未だ未完で、その程度の差ならば経験で簡単に埋められるだけのこと」
「…あなたの経験なら、お釣りが来るレベルかな」
そうだ。私は未完。陣保存が全て完了していないし、今の実力なら主要神たちとそんなに長時間戦えない程度だろう。
それを、九尾は、相棒は理解している。なんと頼もしく、ありがたいことだろう。
しかし…やはり、気にはなる。
「なぜそんな質問をするのじゃ?主さんよ。まさか、怖気付いたわけではあるまい?」
からかうような、小馬鹿にした表情を浮かべて行ってくるのに、当然、と不敵に微笑んで見せる。疑問は残るが、まずはグリーンアイズに集中しよう。
そうこうしているうちに、やっと目的の森が見えてきた。王の羽のように大きく、真っ白ではないが十分に美しい水色の羽を生やした人魚たちが一定間隔ごとにいるから間違いないだろう。
「すみません、ちょっといいですか?」
人魚の一人にそう声を掛けるも返事をしてくれず、隣の人魚を視線で示された。とりあえずそちらの方へ進むことにした。
一番近くにいた人魚にもまた同じように声を掛けるが、また隣の人魚を視線で示される。それを何度か繰り返して、森の円周の四分の一にもなったときだった。
「隊員の気を散らさないでくれますか」
「は?」
今までの人魚よりは大きな羽根を持った切れ長の鋭い目の人魚が少しキレ気味に言ってきたのだ。返答をしてくれたのはいいのだか、急にキレられても何のことだがわからない。
「あなたたちが話しかけたら結界の一角を担うその手を出したくなるでしょう。あなた達みたいな美人な観光客なんてもうほとんど来ないのだから。ここまで来たということは、皆が皆我慢したのでしょうけれど、そんな我慢を強いてストレスで体調でも崩したらどうしてくれるんです?結界はこの人数でないと完全ではないんですよ?完全でないとあのモンスターを閉じ込めておけないですし。大体ーー」
長い。お小言が長い。大体、観光客だってわかってんなら手を出さなければいいじゃないか。そんなので溜まるストレスなら、勝手に貯めて勝手に体調崩してしまえよ。
と、思ったけれど口には出さない。隣でほぼほぼ同じことを九尾も思ったようで、こっそり視線を合わせて苦笑した。
この人魚の話によると、なんとか隊なんとか隊長らしい。よく覚えてないしわからないけれど、この国の軍を取り仕切っている大臣の次に偉い…らしい。それで、他の人魚たちは結界を貼りなれていないから気が散るとミスしてしまうそうで、それでお怒りだったとか。余談だけれど、その、この人数で貼らないといけない結界とやらを見て見た。とても簡易的な凄まじく簡易的にされた絶対防御みたいな術式だったが、同系統のオリジナルなのだろう。個人のものでなく、国のもののようだが。
「で、あなたたちはなぜこんなところへ?」
やっと落ち着きを取り戻してくれた隊長さんはやっとこちらの要件を聞く気になってくれたらしい。お小言を右から左へ流し続けた甲斐があった。
「はい、実は、この中に強力なモンスターがいると聞き、討伐ーー」
「帰れー!!」
私がモンスター、討伐と言った途端に隊長は私たちの後ろを指差して帰れと怒鳴ってきた。意味がわからず、やはりまともに話も聞いてもらえずむっとする。
「どうしてですか?このまま結界を貼り続ける気ですか?それじゃ、隊員さんたちがもたなくてジリ貧ですよ?モンスターは森の中なので弱まることはないでしょうし」
討伐すればいいじゃないか、と思っての言葉だったのだが、どうやら隊員をバカにされたと思ったらしく顔を真っ赤にさせてキレかかってくる。
「これ以上あいつを強力化されたらそれこそこんな結界じゃどうしようもなくなるんだ!あんたらがちょっかい出してあいつの機嫌が悪くなったら責任とってくれんのかっ!?」
責任って…いや、そもそも負けないですし。
しかし、何と説明すればいいのか。ここはやはり強硬手段か?
このちゃっちい結界を切って中に入って私の結界を展開するか?
「……ん?これ以上?」
今、この隊長さんはこれ以上と言ったかな。これ以上ということは既に一度強力化されているということか。その要因が、冒険者?
「そうだ。あんたらみたいに討伐すると言って入って行ったバカどもだ!」
問うと、頭から煙が出そうなほどに怒り心頭に返事をされた。しかし、モンスター討伐に行って強力化させるとは、これ如何に?
「その冒険者たちは?」
「知らんっ!帰ってきたという報告はないから中で死んだんじゃないのか?!まあ、もし戻ってきても私らが殺るだけだがな」
寧ろそれを恐れて出て来れないんじゃないのー?と思わなくもないが、わざわざこんなところにまで討伐に来るくらいなんだからこの軍くらい巻ける実力はあるか。少なくとも、自分たちの手に負えないモンスターがさらに強力化している森に長居しようという決断はすまい。
「私たちはちゃんとやれるよ。心配しなくても」
いいながら考える。強力化…その原因がもしもダメージを吸収するタイプの亜種になったのだとしたら、私たちでも手に負えないかもしれない。いや、ないと思うが、万が一、だ。
「うん、もしもダメだった時はここの結界は私たちが引き受ける。それでいいでしょう?」
胡散臭そうな顔をする隊長さんに簡易的に貼った、それでも十分に強力な結界を小さく貼って見せ、納得させた。
「わかった。が、我々はすぐに撤退させてもらうぞ。戦闘の影響がここまで来たら敵わんからな。我々が撤退するための時間稼ぎ…それが条件だ」
なぜ上から目線なのかわからないけれど、彼女の言い分も最もなので頷いておいた。まあ、その程度なら稼げるだろう。彼女たちは羽があって機動力が高いのだから。
「じゃあ、行こ。九尾」
「はいよ、主さん」
私たちは無事に森の中に入ることができた。と、同時に結界は切られ、羽ばたく音がそこかしこから聞こえてくる。何らかの魔法で撤退を伝えていたのかもしれない。
「…風属性の魔法石が目的なら、その冒険者たちの中にはそれなりのレベルの支援魔導士がいたことになるよね?それが強力化の理由の一端かな?」
ずっと考えていた強力化の原因、その候補二つ目を問うてみる。もしも戦闘中に使って強力化されたら厄介だからだ。
それに、この話のおかげで疑問も…まあ、半分ほどは解消した。お母さんが私一人でも討伐可能だと言った理由が。おそらく、もともとの状態なら大丈夫だったのだろう。つまり、この要因を見落としたわけだ。
ただ、もう半分はまだ謎のまま。お母さんは解析魔法を使っただろうに、なぜ、亜種だと気づかれなかったのか…
今考えても仕方が無いことかもしれない。切り替えよう。
「…わからん。だから、一度やってみよう、主さん。もうカンスト状態なのじゃから、気にすることもあるまい」
「そうね」
他の要因は…今は思いつかない。
考えるよりもいろいろ試したりする方がいいだろう。
それなりに広さがあるこの森の外周だけに注意して結界を貼る。要は出られなくすればいいだけだから楽だ。外から入ってくる奴は勝手に巻き込まれに来るのだから、知ったことではないし。
人魚たちの結界が切れたことによってより一層その存在感を感じるモンスターの姿は、風景画よりも小さいのか木から飛び出ては見えなかった。もちろん、その存在感のせいでバッチリ居場所はわかるが。
「思いの外、おとなしいね?」
「うむ。もっと暴れるかと思っておったが…しかし、油断は禁物じゃぞ、主さん」
もちろん、と返しながらもこれならこの風景を楽しめるな、などと考えて辺りを見渡す。写真は白黒だったが、ここの森はとてもカラフルだ。鱗のようなものがついた木の幹は青だし、葉は黄色、地面は桃色。空の色でさえ、普段とは違うような気がして、私は楽しくなっていた。また、地面にはぷるんとした液体が落ちていることがある。それは落葉した葉が幾つかより集まって出来た養分の塊で、木養と言うらしい。ここの木々はこれでしか成長しないそうだ。その色もまた、赤、黄、青など様々な色があって、とても目に楽しい。それを飲むと人間は死んでしまうらしいが。そして、木養に魔力が入ると名を変え魔養となる。それを豊富に吸って大きくなった木は魔木になり、暴れるそうだ。
そんな、恐ろしくも美しい人魚森を堪能していた時、どこからか鎖の音が聞こえた…気がした。
「…何の音だった?」
「……音?そんなもの、聞こえたかの?」
問うが九尾は首を傾げるばかりで、諦めるしかないようだ。
徐々に滝の音が聞こえてくる。これは、あの絵に近づいている証拠か。滝の音で鎖の音はもう聞こえなかった。
グリーンアイズとエンカウントするまで、あともう少し。高レベルから来る威圧感に少し背に冷たい汗を流しながら、私たちは歩を進めた。
なかなかエンカウントしなくてすみませんっ!次回、次回には絶対に戦闘シーンに入らせますっ!
また、今日は登山してたので更新が遅れましたことをお詫び申し上げます




