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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
女神の野望 準備編
126/157

女の楽園

拝啓、お母さん。

突然ですが、今、私は全力で走っています。

物理魔法両攻撃無効とか、チートですね。例え、一定時間だけだとしても。

お母さん、私、無事に帰れる気がしません。

ただ、一つだけ思うのは…お兄ちゃんを巻き込まなくて本当によかったです。

だって、ここにお兄ちゃんがいたら、私はきっと、見捨てて逃げていたでしょうから。

そう、まさに今のように。


「待ちなさい!そこの美人っ!!」

「そーだよー?おとなしくしてたら痛いことしないって」

「きっと可愛くしてあげるよー?」


背後から、音だけは綺麗な声と


「あーるーじーさーんっ!!!おいてかんでくれー!」


切羽詰まった辛そうな、必死な声が聞こえます。しかし、私は振り向くこともなく、白愛の援助を受けつつ全力で駆けます。


「ごめんっ!あなたの犠牲は無駄にはしない!!」


もちろん、無視して行ってしまうような薄情者になったわけではありません。

そのくらい、切羽詰まっているのです。

あなたが追わなくていいって言ってくれたらこうならなかったのにっ!!


そんな届くわけもない手紙を心の中で叫びつつ、私と九尾は人魚国を全力で走っていた。

「というかっ!なんで国に足踏み入れた瞬間から追われてるのっ!?感知早すぎでしょっ!?」

「い、いや!主さんっ!ここに渡るまでの船ですでに何度か目撃されているのではないかの?!」

「あー!なるほどっ!」

なんだかんだと言って九尾は余裕そうだ。最悪、隠れてしまえるもんね、あなたは。

私も魔道書への転変ができたらな!今この状況をどうにかやり過ごせるのにっ!

…水と火に弱くなるけどねー。

私たちが全力で走っている理由、それに気づいている人は多いと思う。そう、人魚に追われています。

しかし、如何せんこっちはダッシュで向こうは泳ぎ。それも、そのための身体なのだから、どちらの方が速いかは明確だった。

というか、私と九尾じゃなかったら、既に捕まってるレベル。いや、私も白愛の援助がなかったらもう捕まっていただろうけど。

この国は下調べもしてきたけれど、予想よりもずっと複雑に水路と歩行路が入り組んでいた。それに、背の高い建物こそないけれどなんやかんやとゴンドラや小さな店舗、家や宿舎などがあってとても見晴らし良くこの道の先が見えるような状況ではない。この国で唯一ギルドだけは大きいから見失うことはないけど、大した意味はない。だって、歩行路はどの道も両側に水路があって、そこから絶え間無く人魚が手を伸ばしているのだから。

「ここまで来たら人魚なぞ神聖なものではなく妖魔と同じじゃなっ!」

「全くねっ!必死過ぎてこの会話も聞こえないみたいだけれどっ!」

なんなら、妖魔とかの方がマシだ。彼らは相手が強過ぎると察したら追うのをやめるから。

しばらく行ったところで行き止まりになった。どうやら、誘導されていたらしい。

「…どうするのじゃ?主さんよ」

「…………」

尋ねてくる九尾に応えることができない。どうすればいいか…保存しているもので何かこの状況を覆せるようなものは…ないか。

なら…………けど、間に合う?


「もう諦めて私たちの仲間になっちゃいなさ〜い?」

「私たちの子はきっと可愛いわ」

「その美しい脚を綺麗な尾に変えてあげるから、ね?」


見た目だけは綺麗な人魚たちが甘い声でそんなことを言ってくる。きっと、私たちが男とかだったら一瞬で落ちてたであろうレベルで妖艶に美しいが、残念ながら私たちは女でスッカリこの姿に恐怖を覚えている。

…というか、私や九尾には生殖能力がないんだけれど、人魚ってどうやって増えてるの?

そんな疑問が湧いてきたが、尋ねるわけにもいかない。長閑に会話なんてしてたら一瞬で捕まってしまう。

「主さんっ!」

「………時間、稼げる?」

「どのくらいじゃ?!」

打てば響く声に苦笑する。この子は私がどうにかすると完全に信じてくれているのだ。もしかしたら、稼いでくれた時間で私が逃げるだけかもしれないのに。

「その時はその時じゃよ!主さんを守れたら万々歳じゃっ!」

「……ふふ。だから、人の心を読むなって言ってるでしょ?」

けど、まあ。それがこの子で、こんな子だからこそ私は相棒に選んだのだ。

「九尾っ!1分でいいわ!稼ぎなさいっ!」

「承知したっ!!」

言うが早いかずっと私よりも半歩くらい後ろにいた九尾が私を庇うような位置に跳んで来た。

相変わらず、白愛に負けず劣らずの運動能力だ。

「かかっ!儂が相手してやるのじゃ。精々頑張るが良いぞ」

そう言って決めたはいいのだが…

「やだー!この人男前ー!!」

「こっちもらっていいー?」

「きゃー!かっこいー!」

人魚たちの歓声のせいで締まらない。全くもって締まらない。かなり気の毒な気分にさせられた。

「…全くもう…この魔法は気分も大事なのに…」

とはいいつつ、割と機嫌はいい。やはり、自分の選択は間違っていなかったのだと思えたから。

「不死の力を持ちしモノ、世界唯一の魔道書(ルーンブックス)たるアクア・フローランスが命じ与える。

我、汝を名で縛り、配下へと下し、その命尽きるまで我の側に従い尽くすことを許す。

従え、呪人魚」

名前は思いつかなくて雑くなってしまったが、大体こんな文句でいいだろう。この魔法を使うのはもちろん初めて。だって、ついさっき考案した完全オリジナルだからね。強い名を出すことによって縛る術式だから不死の力という文句が必要だったのは悩みどころだったけれど。

私の前に現れていた巨大魔法陣を前方に放つ。ここが行き止まりだったから人魚たちは皆、前方にいるのだ。それが唯一の救いだった。

「ぬっ!?主さんっ!それ、儂も巻き込まれんかっ!?」

同じく前方にて時間稼ぎをしてくれていた九尾が焦った声を上げた。私は苦笑して答える。

「大丈夫だよ。それは縛りの魔法だから。あなたはもう、名前で縛ってる」

藍九。

私の名前、藍玉から取った名。

人魚たちにつけた、名よりもずっと効力が高く、付けられた側の自由度も高い。

それは、神が聖獣に名を送るのを真似た儀式だからだ。信頼できるものにしか絶対にしない儀式。

攻撃魔法から見れば緩慢な動きで前方へ向かう魔法陣はしかし、その効力が発揮される前に未知の結界によって弾かれた。ガラガラと硝子が割れるような音を響かせて陣が崩れる。

あーあ。せっかく作ったのに。

「何事?私の陣を弾いちゃうのか…」

呟きながら指先に魔力を流す。両手、計10本の指の先それぞれから先ほどと同様の魔法陣が生み出された。

その数、指と同様に、10。

「これなら弾ける?」

一気に放った魔法陣が固まっている人魚たちを囲むようにして迫って行く。これなら、少々の防御結界くらいでは防ぎきれないだろう。どこかからか、そんなに出るのっー?!という驚いたような声が聞こえた気がした。


パァン!ガラガラ…


しかし、またしても魔法陣は割られてしまった。何が原因で、何がいけなかったのかなんて皆目見当もつかない。

けど、ちょっとムッとしたのでもう一度。

今度はそれぞれの指に二個づつ、20個出した。

それを前方へ放ーー


「ちょっと待った!待っただよ!」


突如として人魚たちの頭上から新たな人物が現れた。どうやら彼女も人魚らしいが、追ってきていたそれらよりもずっと美しかった。何よりも違うのはその背には真っ白な羽があることだ。どうやらそれで宙に浮いているらしかった。

しかし、そんなことは二の次だ。私が一番驚いたのは、私がその顔に確かな見覚えがあったこと。


「あれ?あなた、この間…」

「そう!思い出した!?自己紹介し合わなかったからね!えっと確か…ルシウスの隠し子?」

「違います!」


私は少し食い気味で否定したのに彼女はおっきくなったねー、などと言うだけで前言を撤回してくれない。ちなみに、私は今、18歳の身体を使っている。


「あのね、いくら同盟国の王様の隠し子でも、国民に服従系魔法を使われると困るんだよ」

「だから、違うって言ってるんですけど」

「国民にはちゃんと、手を出さないように言っておくから!ね?お父さんには報告しないで」

「違いますって!まあ、報告しませんけど」

「ありがとう!えっと…取り敢えず、王宮(ウチ)くる?」

「あの?勘違い正せました?まあ、行かせてもらいますけど」


あの同盟ってちゃんと成り立っているのだろうか?ルシウスはバカだしノアはマイペースだったけど他の王はまともなんだと思ってた。この様子じゃ他の国の王もどっこいどっこいなのかもしれない。


「みんなー、この2人には手を出しちゃダメだよー?まあ、意味ないと思うけどね、この忠告も」


国王が国民に指示を無視されることを自覚している時点で、何かもうダメな気がするのだ。


「…まあ、あの人に聞けばいいかな。風景画の場所も」

「同感じゃな」


そうして、私と九尾は人魚国の王宮を訪れることになった。

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