主力武器
目を開けると御馴染みの玉座が。
…あれ?私は寝た覚えがない。ついさっき起きたばかりだった気がするんだけれど…。
「ごめんな、フレイア。オーディンがどうしても来いって言って来て…」
「…?フレイはオーディンと知り合いなの?」
「ノーコメントだ」
「手遅れだ、バカ」
急に入ってきた渋い声。いつの間にか玉座に座っていたオーディンだ。
フレイはよお、と言って気安く玉座に近づいた。手を繋がれている私も一緒について行く。と言うか、オーディンには既に遠慮を感じていない。気にしてないが正しいね。
「なんで手遅れなの?」
「命令違反だ。なんで名前を教えている?」
「ミスだ。許せ」
「許せないわよ。わかってる?フレイアちゃんに何かあったらどうする気だったのよ」
「! 誰ですか?」
フレイの気だるそうな、オーディンの怒りを堪えるような受け答えに急に割り込む幼い声があった。
見ると私とフレイから二mくらい離れたところに幼い女の子が立っていた。大人っぽい立ち方、話し方、そして明らかな立場の高さ。少女は見た目通りの幼子ではないことがひしひしと伝わってくる。
そんな私の視線に気がついたのか、少女がわたしに笑いかけて、歩み寄り、手を差し出した。
「こんにちは、フレイアちゃん。私はフリッグよ。よろしくね」
「あ…はい、私は……ご存知なんですよね。フリッグさん、でよろしいですか?」
私はその手を握り、握手をしながら答える。フリッグはもちろんよ、と太陽のような笑みを見せてくれた。可愛い。金色の大きな瞳は光の角度によって色が変わるような気がする。夕暮れ色の髪もまた、その色を刻刻と変えていた。不思議な少女。魔力が髪と目の色に影響するよで、彼女は様々な魔力を等しく持っているのかもしれなかった。その中で出てきやすいのが赤と金、火属性と光属性か。
「フリッグこそ、神々の面会は最低限でってルールはどうしたんだよ」
フレイの不機嫌そうな声。フリッグは私の手を握ったまま玉座へ歩き始めた。
「最低限でしょう?だから来たのよ。私は最低限に含まれるから。どうせ、あなた達気づいていないでしょう?」
階段を登る。今日は何も感じなかった。フリッグが何かしてくれているのかもしれない。フレイはさっきからすごく不機嫌そうについて来ていた。仲が悪いのか、何か気に入らないのかもしれない。
「何にだ?俺らはお前よりもずっと見て来ているつもりだが」
「主力武器よ。フレイアちゃん持ってないでしょ?それに気づいてないって言っているのよ、オーディン。手間かけさせないで、呪うわよ」
はぁあ!とフリッグはわざとらしく大きなため息をついた。その姿がとても可愛いから許せるんだろう。こんな発言をする幼女を怒るものはいなかった。
「呪いは勘弁だな。そうか武器か…フレイアが愛用していた短杖でいいか?」
「フレイアちゃん、何か希望があるかしら?何でも言って。神器の生成は私の仕事だから」
オーディンとフリッグの問いに一瞬、言い淀む。神器…聖槍は確か神器だった。あれが欲しいと言ってもいいものだろうか?そもそも、どうしてあんなところにあったのだろう?
「聖槍のこと何ですけど…」
「そこか!そのなのか…‼」
「ドンマイだ、オーディン!お前の武器はしばらくなしだな!これで決闘を申し込んでくる神が増えるな〜!頑張れよ‼」
「さっさと出しなさい。フレイアちゃんが聖槍が欲しいって言ってるのよ。言っとくけど、あんたの匂いがついたままだったら呪い殺すわよ」
「待ってください!人のものが欲しいとかそういうんじゃなくてーー」
「気にしないで、フレイアちゃん‼このバカから聖槍を奪ってくれて全然構わないからね!」
「そうだぞ、フレイア。オーディンは素手で戦えるさ!」
「……ああ、もちろん、フレイアが欲しいと言っているんだ。喜んであげよう」
なぜか嬉々とした表情のフレイとフリッグ。
絶望のどん底と言った顔のオーディン。
ーーどうしよう。この状況は考慮していなかったわ。聖槍が手にはいるのは嬉しいけれど、あんな顔の人から貰うのは申し訳なさすぎる…
「あら?そう言えば、聖槍ってレプリカがあったわね?」
フリッグが思い出したように言う。オーディンは既に玉座の裏に聖槍を取りに行ってしまった。
「あ、そうなんですか?じゃあーー」
「ーーオーディンはレプリカを使えばいいな」
フレイが私の台詞の途中からを引き継ぐ。と言うか、え?そっち?普通逆じゃないかな?
しかし、フリッグも「そうね、それが妥当ね」と答えているし、もしかしたら感覚が違うのかもしれない。
「持って来たぞ。フレイア、大切に使ってくれよ」
オーディンが玉座の裏から出てきた。手には2mほどの長さの槍が握られているがーー
「それが聖槍?私が見たのとは随分違う…」
それは赤い皮を巻かれた柄があり、刃は何かの牙のように見える。もちろん、精緻な魔方陣が描かれているが、あれとはまた異なった陣のようだ。恐らく、こっちの方が強力なんだろうけど。
「え?フレイア、聖槍見たことあるのか?」
意外そうな顔をする三人に武器屋、エレンの店で見たことを詳細に話した。話を聞いた三人は三者三様の反応を示した。
まず、フリッグが呆れたような軽蔑するような目でオーディンを見る。
「あんたね…レプリカを下に落としていたの?前になくなったって騒いでいたじゃない?」
次にフレイがお腹を抱えて笑う。
「オーディンがめっちゃカッコ良く伝えられてるじゃねぇか(笑)巨人殺したの大半は俺だっての(爆笑)しかも、レプリカが本物として扱われてる…!(激笑)」
最後にオーディンは頭を抱えていた。
「いつ落としたんだ…一千年前は確かにあったはず…その後はたまにしか下へは行っていないぞ…!どうしよう、ロキの所為にしていたじゃないか!ロキに謝らないと…!」
三人の反応を見るに、一千年前くらいにオーディンが聖槍のレプリカを下で落として失う、オーディンはなくなったと騒いで、ロキ(神の一人?)の所為にした、あの神話は嘘っぱち……あれ?フレイだけ大した情報じゃない。
「とにかく、そんなレプリカを持ったって意味はないと思うけれど、それに一目惚れしたって言うなら、同じ素材で神器を作ってあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
フリッグは微笑んで玉座の裏へと行った。裏で作るのか、それとも、裏はどこかへ転移する魔法でもかけているのか。真偽を問う必要はないだろう。
「神器って何の素材で出来てるんですか?」
暇なので雑談をすることにした。私が座っているのはなぜかオーディンの膝の上で頭を撫でられた状態だけれど。フレイはさっきからオーディンを殺せそうな勢いで睨んでいた。いや、オーディンはさりげなく防御魔法を詠唱している。実際にフレイの睨みには何かがあるんだろう。あ、フレイが腰の剣の柄に手をかけた。同時にオーディンが詠唱+魔方陣の防御に切り替えた。えっと、雑談は辞めた方がいいのかな?
「俺の主力武器であるこの宝剣は太陽の光で出来てるぞ。いや、実際に太陽のカケラも使っているが」
フレイがにこりと私に微笑みかける。その間にとオーディンの詠唱が攻撃の物に変わった。
「太陽のカケラ?そんなものが手にはいるの?」
「一応、俺らは神だしね。やって出来ないことはないよ」
フレイはその自慢の宝剣を突き立てて防御結界を張る。同時にオーディンの攻撃魔法が打たれた。…いや、何やってるの?
「俺の聖槍はフェンリルの皮と牙だ。レプリカはミッドガルドの鱗。レプリカの方が価値が低いのは鱗など、いくらでもあるからだ」
オーディンが私をぎゅっと抱っこしながら言う。フレイは剣を高く振りかぶった。両者は睨み合い、ギリギリ戦闘は始まらない。
「出来たよ、フレイアちゃん!……何やってるの?バカ2人」
裏からひょっこりと現れたフリッグがフレイとオーディンを軽蔑の眼差しで見た。私はオーディンの膝から飛び降りてフリッグの元へ駆ける。
「ありがとうございます、フリッグさん」
「ちっ、こいつらがいるところにフレイアちゃんをおいておいたのがミスだったわね。今晩は満月か…呪いには最適ね……」
フリッグがその可愛い顔を鬼のような顔に変化させている。怖い、どうしよう。
「あの、フリッグさん…」
「覚えておきなさい…今日があんたらの命日……あら、フレイアちゃん!神器出来たわよ、これでどうかしら?」
私に気づいてにこりと微笑む。フリッグさん、変わり身が速いですね……私はさっきの独り言だと思われるものを一切合切聞かなかったことにした。
渡されたのはあの日店で見た聖槍と同じ色をした十字型の杖槍と同じように十字の長い方が柄、短いが刃になっている。さらに、あの聖槍レプリカよりもずっと壮麗な装飾が施されていて、全魔力の宝石がはめられていた。恐らく、この色合い通りの水属性だけでなく全属性の魔力強化を行えるのだろう。
「ありがとうございます、もちろん、これで大丈夫です」
私は初めての武器として神器を手にいれた。




