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いきる、なう  作者: ねこうさぎ
女神の野望 準備編
118/157

女神…?天使…?人間…?いえいえ、魔道書ですよ

誰も何も言えなかった。

それはそうだろう。

こんなあからさまに本になるとは。

多分に魔道人形の術式を含んでいたから何を間違えても最悪の場合で自我がない魔道人形が出来上がるはずだったのだ。

うーん、どうしよう?

これが、ここに集まった七人と一柱と二匹の見解だった。

異常事態は異常事態だ。それは間違いない。けど、予想していたよりも遥かに異常な事態に陥ると、人は何もできなくなるようだ。

「あ、のさ。これ、このままだったら、アレなの?誰かがこの魔道書を使うことになるの?」

それってさ、アクアが持ってた魔法の知識も丸々入ってるんじゃね?という隆太の言葉に異世界の人間は皆ビクーンと反応した。それが最も顕著だったのはルシウスだ。

「…ルシウス、こうなった場合、もらう気でいましたね?」

ノアにジト目で睨まれたルシウスは激しく狼狽えたが、ブンブンと首を振った。そこですかさずアイルが言質をとる。

「じゃあ、絶対に欲しがりませんね?」

「も、もちろんだぁぁ!!?そ、そもそも俺にはそんなのおお、つ、使いこなせないしぃ?」

「狼狽え方が半端じゃないな…」

富白にまで引かれた顔をされ更に落ち込むルシウスの肩を宗太郎がポンポンと叩き、

「自業自得だな」

と、追い打ちをかけた。どうやら、ここの友情は脆かったようだ。

「あの子は私がもらうよ。あれに載ってる知識はもともと私のものだし、あれ、自我があるかもしれないよ」

「え、本当ですか、フレイア様」

フレイアの言葉に、また皆が魔道書に視線を向ける。不思議と宙に浮いた魔道書はカタカタと揺れているように見えた。

「しっかし、見れば見るほどに魅せられるな。綺麗な本だ」

「まあ、元が花菜だからな」

高野と隆太の台詞に皆が同意したが、それを言葉にする前に、

「アクアちゃん?」

ノアが呟き、フラフラと魔道書に取り憑かれたように近づいた。そして、その表紙を開けるーーと、


バラバラとすごい勢いでページがめくれ、中から次々と複雑な魔法陣が出てくる。それは魔道書からノアを遠ざけ、魔道書の周りを球場に囲むようになって行く。とうとう魔法陣で魔道書が見えなくなった時、それらが一斉に割れた。

「あ、魔法陣が割れるエフェクトがアクアちゃんの魔法の特徴にゃね?」

「普通、魔法陣は光って消えるだけだからな」

「なるほど、そう言えばさっきからそうですね」

魔導師たちはそう分析するが、それは職業病みたいなもので、冷静だったからではない。寧ろ、何かを考えることによって冷静さを取り戻そうとしていた。

あまりにも、目の前の光景が現実離れしすぎてて。

それは、異世界人である彼らでも受け入れがたい光景だった。


パラパラと散る、魔法陣の残骸たち。それらはそれ自身がキラキラと光り、神々しさを感じるほどだった。そして、内部には歳の頃12歳くらいの女の子が一人、膝を曲げ、丸くなっていた。蒼い髪を大きくたなびかせ、その表情はまるで眠っているようで、思わず音を出すことを躊躇わせた。

一糸纏わぬ姿で自身も淡く輝いている。そして、その体の周りに散った魔法陣の残骸が集まって行った。

青い光は胴体を覆い、徐々にその姿を蒼い着物に変えて行く。着物には赤、黒、金、また違った蒼など大小さまざま、色とりどりの花が描かれていた。帯は黄色ベースで着物のものよりも大きめの花が描かれている。

蒼い、たなびくだけだった髪は徐々に絡んで、サイドに太めの三つ編みが緩く編まれ、赤い花飾りが頭に現れる。その飾りには蒼い十字の槍も下がっていた。また、首元にはそこだけ変わらず二連の黒いネックレスが下がる。

トン、と床に降り立ち、ようやく淡い光が消えた。

「「「「「……」」」」」

誰も声を出せず、ただただ胸の前で手を組み立つ少女を見つめる。

「……ん…」

やがて長く蒼い睫毛が震え、未だそこだけ輝きが残っているような蒼い目が開かれる。


ーー自我の獲得に成功


アクアの顔には何の感情も浮かんでいない。目は虚ろを見つめていた。


ーー身体機能の確認、完了

ーー魔道知識の確認、完了

ーー保存可能量無制限設定の獲得成功

ーー人間としての記憶の保持に成功

ーー(フレイア)としての記憶の保持を本人(オリジナル)が拒否。破棄する

ーー思考能力と自我の接続に成功


アクアの頭の中に響いていた状態確認の声が収まり、徐々に顔に感情が浮かび上がってくる。瞳に生気が宿る。

「……アクアちゃん?」

「…ノア…」

ノアに焦点を合わせたアクアはフラつきながらノアに歩み寄る。ノアは慌てて駆け寄ってその身体を支えた。

ノアの腕の中でアクアがにこりと微笑む。


「ただいま」


ノアはアクアの蒼い髪に顔をうずめるようにして、震える声で答えた。


「おかえり、アクアちゃん」



落ち着きを取り戻したリビングでの一幕。

「にゃんで着物にゃの?」

と、問いかけたノアへの答えだ。

着物になったのは、岡崎母の影響だ。着せたい着せたいと何度も言われ写真を見せられていたから覚えていたらしい。先ほど、みんなが黙って見守る中で岡崎母だけは人知れず異常に喜んでいたのはそんなわけだった。

アクアによると、何と無く着ずに帰るのが申し訳なかったとの理由もあったりする。ただ、みんなが思ったのは槍術に影響が出ないのか、だったが、それはそのとき考えるそうだ。


そんなわけで。


「ノア。俺、大学受かってたよ。高野と一緒にこの世界の文明を学んでおくからさ、コッチで四年分、待ってくれないか?そのときにまだ俺が欲しいと思ってくれるなら、迎えに来て欲しい」

「…うん。わかった。きっとアクアちゃんと迎えに来るにゃ」

そしてそのまま自然な流れで抱きしめ合う2人をノトが静かに見守っていた。


「大丈夫ですか?」

「うん。ちょっと、身体の扱い方が難しくて…けど、何とかするよ。ありがとう」

アクアを抱き上げて富白の背に乗せてやりながら高野が問うとアクアがタメ口で答えた。それに、高野はしばし呆然とし、涙を流す。

「あ、お、俺にもタメ口で話してくれるんすかっ!?」

アクアは首を傾げながら、可笑しそうな顔をした。

「うん。あなたももう、友達だからね。約束、覚えてるよ」

ありがとうございますっ!俺、四年間頑張りますっ!!とお前は敬語なのかよ!と突っ込まれそうな勢いで高野が頭を下げていたが、こちらは富白が安心した様子で眺めていた。


ルシウスと宗太郎はおそらく次はねぇな、と酒を飲み交わし、硬い握手を交わしていた。


岡崎母はフレイアと母心の話をして盛り上がって仲良くなっており、着物をアクアに教え込んだことに何度も礼を言っていた。どうやら、フレイアも気に入ったようだ。


玄関先ではアイルが集まり出した王たちの出席の確認などを行っていた。そこへ、一人の男性が現れる。

「アイルさん」

「っ!高橋さん!!」

あの事件以降、一度だけ報告にアイル1人で訪れて以来行っていなかった図書館の司書の高橋だった。頬を少し染め、肩で息をしているということは走ってきたのだろうか。

「知らないアドレスからメールが来ていたんだ。それをつい開いたら、アイルさんが今日帰るって、この家の住所が書いてあって…」

無駄にズレてもない眼鏡をカチャカチャ直しながら言う。

「わざわざ、見送りに来てくれたんですか?」

アイルが戸惑いながら問うと高橋は既に赤い頬をさらに耳まで染めて頷き、そのまま地面を見続ける。迷惑だったかな、と漏れた言葉をアイルの、今日は晒された大きな三角の耳が捉えた。

「迷惑じゃございません。私のこの姿を見ても、まだ化け物だと言わないで以前の通りに接してくださって、ありがとうございました。どうか、お体にお気をつけて、長生きしてください」

そんな社交辞令のような言葉を述べられて、急かされるように来た高橋の心が冷えるが、続く一言で一気に心拍が上がることになった。

「もう一度、あなたに会いたいから」

「!!?」

顔を上げ、アイルの顔を見た高橋は、

そこに浮かんでいた微笑みと同じくらい甘く微笑んだのだった。


そうして、異世界人たちは岡崎家の広い庭から一斉に世界渡りをして、裏へと帰って行ったのだった。



少しだけ、その後の表の話を。

こっそりと世界時計(ワールドオクロック)の劣化版ーーというよりも世界時計開発中に作った失敗作ーーをフレイアから娘がお世話になったお礼として借りた岡崎家の3人と高野、ついでに高橋は裏の世界と同じペースで身体の老化が進むようになっていた。岡崎母などはアンチエイジングッ!!とはしゃいでいたが、長い時間そうすると周りとの齟齬が出てくるのは明確だった。だから、あくまでも借りているのだ。アクアたちがもう一度こちらに来た時に回収する予定となっている。これは、次来たらまた歳が離れると少し肩を落としていた娘に甘い母親のちょっとしたサプライズだったのかもしれない。

次に、警察が先日の男の件を殺人として捜査し始めた。なんでも、凶器がなくなってパニックになっているのだとか。誰が紛失したとか、盗まれたとかそんな騒ぎにまで膨らんでいて、隆太や高野は非常に胸の冷える思いをした。

高野はネットに自殺だと流した人物だとバレ、一度任意同行させられていたが、当然のようにアリバイがあり、動機がないためすぐに解放されていた。あの時タクシーに乗ったのは僥倖だったと言えるだろう。

アイルやアクアが捜査線上に、これまた当然のことだが上がり、今、この事件の重要参考人として全国指名手配中だ。しかし、そんなに証拠はないらしい。それも当然といえば当然だ。2人は主に魔法を使っていたのだから。卒業式前に急にいなくなったノアにクラスメイトたちは泣くや叫ぶで大変な反応を示したがそれは主にその日に告白をしたかった男子たちだったようなので、隆太は軽い優越感を覚えた。自分はノアに向こうに着いてくるように誘われていたし、見送りもしていたので。

他の地でも、いろいろと異世界人の痕跡が残っていたようだ。海辺の街では人魚が出た、と大騒ぎになっていたり天才マジシャンが現れたと人気になっていたり…なんだかんだと言っても、どの王もノアとどっこいどっこいの性格のようだった。


そんな、異世界人たちの痕跡を見て回ったりするのが高野と隆太の遊びだったのだとか。


表の世界編は終了となります

さて、ではではフレイアに捕獲された彼の話に行きましょうか

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