黒猫の占い
ノトを見送った後少し顔が赤いままのノアを連れて学校近くの公園に入った。
ベンチの両端に離れて腰掛ける。ノアがそうするように言ったからだ。
「ちょっと待つにゃ」
ノアは空中に手を差し入れるような動きをした。それに合わせて指先から手首くらいまでが消えて行く。
「っ??!?な、何やってんだっ!?」
「空間魔法にゃ。…と、あった」
平喘と返されて今度は手を引くと再び現れたノアの手には真っ白な紙が何枚も握られていた。
「く、空間魔法って…まあいい。それは?」
こいつらが魔法を使えることはわかってあるんだし、今更そう驚くことでもないかと諦めた。
「私作のカードにゃ。これで占うにゃよ」
「ふーん?タロットみたいなもんか?」
「? うん、まあ、そうにゃんじゃにゃい?」
どうやらタロットがわからないらしかったが、花菜のことを優先したらしいので俺もそれに倣うことにした。
ノアは間に開けたスペースにカードを綺麗に円形に並べ、その上に手をかざす。
「永遠の信仰を我がバステト神に捧ぐ」
ノアの言葉が終ると、そのカードのすべてが輝き、その無地だった表面に微細で美しい模様が浮かび上がる。その美しい光景に、驚いて感嘆の想いでノアを見ると、
その現象を起こした本人なのに、俺以上に驚き、目を丸くしていた。そして、おそらく無意識だろうが、半分ほど開いた口からはどうして、という言葉が漏れている。
「おい?ノア、大丈夫か?」
「---っ」
俺の声にぴくっと反応し、意識を現実に戻して来れたようだ。それを見て、俺も一応は安心した息をつくが、
「占いは失敗なのか?」
「……」
俺の問いに対する答えは、否定。
青い顔を弱弱しく横に振る。
「じゃあ、なんだ?まさか、結果が悪かったとか…?」
未だ輝きを失わないカードと、呆然とした顔のノアを交互に見て、俺は困惑していた。当然だが、魔法については何もわからない。だから、ノアがどうしてこんなに驚いているのかもわからない。その上、この二カ月ほどはずっと一緒だったとは言え、長い付き合いでもない俺はノアの表情からそれが良いことに対する驚きなのか、悪いことに対する衝撃なのかすらわからないのだ。ただただ、ノアが話してくれるまで待つことしかできない。
少しの間をおいて、ノアはゆっくりと顔を上げた。その眼は虚ろで、ここではないどこかを見ているように見える。しかし、そこには俺でもはっきりとわかるほど、歓喜の色が見えていた。
「猫神の予言が成長した!初めて、九世界を見たにゃ!これで、どこの世界のことでも視ることができる…!……にゃのに、」
しかし、歓喜の色は、そこでふっと消え、悲しげで、困った顔になる。
「どうして?アクアちゃんだけ、みつからにゃい…。見えにゃいの、何か、情報がにゃいと、この世界のここを中心とした半径10キロ以内にいるってことしかわかんにゃい…」
ノアの言っていることは全然わからない。九世界?なにそれ食べれるの?って感じだ。けど、多分、広い範囲で見えすぎて、絞り込みには対象のものを示す何かが必要ということだろう。警察犬が犯人の匂いを必要とするようなものか。
「情報?写真とかでいいか?」
頷くノアを見てから俺はポケットからケータイを取り出す。何か、写真を持っていただろうか?
ケータイを起動すると画面に高野からLINEが入っているという表示があった。どうやら二件きているらしく、表示されている新しいほうの表示には『高野が画像を送信しました』となっている。
うちに来てアクアと話して以来向こうから俺にLINEしてくることはなかったので少し気にはなったが今はとりあえず写真だと俺はロックを解除したケータイを操作して保存しいているそう多くない画像に目を通し始めた。
「あったかにゃ?」
「いや、ないな…」
ノアやアイルはなぜか入っているのだが…と考えて、先日花菜にカメラ機能を教えたときに撮ったのだと思い至る。まったく、なぜ俺は花菜を撮っておかなかったのか。
そういえば、ネットにあのノアたちに会った日の動画が流れているはずだ。それを検索していこうか、と考えたとき、
「できれば、アクアちゃんだけじゃなくて犯人の写真もほしいんにゃけどね…」
とつぶやかれる。確かに、その方が良いだろうけど、無茶ぶるなあ。
ノアはその間にもカード一枚一枚に手をかざしていた。俺が検索をし続けていると、うん、と満足げな声が聞こえる。
「わかったのか?」
「場所はやっぱり無理にゃね」
「そうか…」
「けど、もうあまり心配する状況じゃなさそうにゃ」
「? なんでだ?」
続くノアの言葉に苦笑いを返すだけになった俺は、そろそろこの世の常識というものを捨てられているんだと思う。
そんな、関心とも諦めともとれることを考えながら、俺は検索をやめて、届いていた高野からのLINEを見ることにした。
「……」
「? 隆太?」
「ノア、もう一度占ってくれ」
俺は届いていた、連れ去られるところの花菜の画像を表示してノアに渡し、ため息をついた。
どうやら俺は、良い友を持ったらしい。
その画像の前には協力するということが書いてあった。俺は今の状況を適当に返信して、頼む、とだけ添えた。その時はさして期待していなかったのだが、どうやら俺はまだまだ常識に囚われていたらしいことを知る。
まさか、俺の友達がノアよりも早く花菜の居場所を割り出すとは思わなかったのだ。
「ノア、居場所が分かった。それが終わり次第、行くぞ」
「? え?う、うん」
困惑顔のノアに笑いかけてから、俺はありがとうと返信をした。
どうやら、あまり軽くない犯罪者であった、友人に。
高野;
アクアさんの居場所は○○○市△△町の3丁目だ。これより詳しいことは、残念だがそのあたりの監視カメラが少ないからわからない。しかし、そのあたりは犯人の男の住所に近い。おそらく、自宅に拉致しているんだろう。この男の住所は先に送っている。その場所からのが近いだろうが、俺も今向かっている。アイルとかいう奴も一緒だから、そこで合流しよう。この男の目的は身代金とかじゃなく純粋にアクアさんだから、急げ。
隆太;
ありがとう。今、花菜の様子を占っているところだからこれが済み次第向かう。おそらく、おんなじくらいにそこに着く。
俺は隆太から帰ってきたLINEのおまけのようなものを見て苦笑していた。
お前にそんな特技があったなんて知らなかった。友達なんだから教えててほしかったぞ。
俺は適当に悪い、と送っておいた。
しかし、そう簡単に教えられるものか。俺の特技は犯罪なのだから。
ハッキングは入るところを考えていないとかなり重い犯罪に手を染めることになる。しかし、俺は、いや、俺らは簡単に入れる所になんて興味はない。たとえば今回のような警察のデータベースに入って前科者を調べたり防犯カメラに入ったりとすることなどは簡単すぎるのだ。簡単すぎて仲間たちから不満の声が上がったほどだった。だから、自然、そんなに入りたいわけでもないところに入ろうとしてしまう。簡単に言えば、ハイリスクノーリターンだ。もちろん、そのスリルが楽しいだけである。
最近やったことでむずいなと思ったのはアクアたちの動画や画像を消すことだろうか。個人のパソコンにも虱潰しに入ったのでかなりかかった。これでも、ネットから離れたところ――USBやSDカード――に保存されているものがあれば完全ではない。そんな理由から大体やったところで諦めた。
そんなことをいくら友人とはいえ、簡単になんて教えられない。今回協力したのはアクアさんのためだ。
「だから、さっさと来いよ」
これで助けられなかったら、わざわざお前に秘密を明かした意味がなくなるのだから。
俺はタクシーの窓から流れる景色を見つめるアイルに苦笑しながら、そんなことを考えた。
…アイル、酔ってるなww
――ほ、本気ですか、主上ー?
――うん、本気。白愛、協力してくれるんでしょ?
――う、しますけど…
私は結局手足の拘束を解かなかった。もちろん、これに恐怖がないわけじゃない。だけど、少し冷静になった頭で真剣に考えたのだ。今、拘束を解いて、そのあとどうしよう、と。
もちろん、逃げるだけならやりようはいくらでもある。けれど、車、という動くものからの脱出方法を考えると、どうしてもあたりに被害が出でしまうのだ。
たとえば、ドアを壊して外へ降りても、動いている状況では私も怪我はするだろうし、あたりを走る他の車に轢かれるかもしれない。止まることもあるけれどその時間の長さはバラバラでタイミングが掴めないし、強制的にこの車を止めよう――要するに、壊す――とも思えばできなくはないが、やはり周りを走る車に迷惑をかけてしまう。ならば、この男が連れて行こうと先ほどから繰り返し言ってくる、男の自宅まで我慢しようと思ったのだ。
そして、車はどこかへと止まり、男が車を降りた。
――今っぽいね
――は、はい!
ブチッ!!!
車の中にバンドの切れる音が響くが、小さくて外までは漏れない。私が乗っていることを隠すために男が窓に何かを貼ったとか言うもののおかげで、こちらのドアまで歩いてきている男は私の行動に気が着いていなかった。
「さあ、おじさんの部屋へーー」
「消えろ、変態」
ドアが開き、男が顔をのぞかせた瞬間、私はいつかに保存してそのままだった、極わずかな魔力だけで発動可能な三重槍をその気持ち悪い顔面に突き刺した。男はドサッと重い音と共に地面に沈んだ。その、赤、黄、青に輝く槍を突き刺したまま。
私はふう、と息をついて自身の手を眺めた。
正直、拍子抜けした。まさかこんなに簡単に発動できるとは思わなかったから。
しかし、もう次はないな、と思う。
その理由は、今感じている、疲労感だった。
こんなに少量の魔力を使っただけなのにまるで大魔術を使ったあとのような疲労感を感じる。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
今保存しているものの中でこれよりも使用魔力の少ないものはない。そして、今回の結果から見るに、それらの発動は難しそうだ、と思ってため息がこぼれた。
――白愛、協力ありがと
――いえ、大丈夫でしたか?
――うん、ちょっと血が出ただけだよ
白愛に協力してもらったのはバンドの切り方だ。あれはとても細くて、力を加えると喰い込んできていたかったから。自分でやるよりもずっと痛くなく済んでよかった。
「よっ…とーーっ」
車から飛び降りると思いのほか足が痛くてふらついた。表の世界特有の硬くて黒い地面に倒れ込むーー!
『危なっかしいな、お前は』
「…?あ、ノト。久しぶり?」
衝撃を覚悟してつむっていた目を開くと、目の前まで来ていた地面があった。驚いて振り向くと、満月でもないのに巨大化したノトが私の服を咥えていた。
『なんだ、その疑問形は。立てるか?』
頷いて自分で立つ。それでもふらつく私にノトはため息をついて、背中を向けた。
『乗れ。危なっかしいったらない』
「え…あ、ありがとう」
遠慮しようとしたら睨まれたので乗せてもらう。あたたかくて、ふわふわなノトの毛並みに包まれて、ほう、と安心した。やはり、怖かったのだな、と頭のどこか冷静な部分で考える。
「後処理は俺らがする。安心して寝てろ」
「…ん」
私はだれかがやさしく頭をなででくれたのを感じながら、
深い眠りに落ちて行った。
か、書けない…
そろそろルイードを出したいんですけど…
もしもルイード、ロキファンの方がいらっしゃったらもう少しのご辛抱を
あともうちょっとっ!




