三十日目
「ごめん、もしかして、なんだけどさ」
俺は未だ困惑中の花菜と思案中のノア、アイルに躊躇いつつも声をかけた。3人は嫌な顔はせず、ただ不思議そうな顔を俺に向ける。
「にゃに?隆太にはよくわからにゃい話しだと思うにゃよ?あ、オムライスは先に食べていいにゃ」
「そんなことじゃねぇよ!!」
思わず突っ込んでしまいつつ、俺は今思いついたその課題の答えらしきものを話した。
「花菜、俺に魔力流せただろ?それに、ノアの描いた魔法陣にも。それって、魔力を身体から流すことが不可能なわけじゃないと思うんだ。けど、その時計には流せないし、自分で描いた魔法陣も発動させられない、と。それは、なんか共通点があるんじゃないのかなーと思ったんだが…」
俺は自分でもイマイチ纏まっていない話にもどかしさを感じた。何か、伝えたいことは決まっているのにそれを言葉にできない。
「あくまで仮説なんだがな。花菜は生物には魔力を流せるんじゃないのか?」
俺に流した時のように、とここまで言ったところで伝わっているかと不安に思いながら3人の顔色を伺った。
3人は口をポカンと開けて、心底驚いた顔をしていた。
「…なんか、おかしいか?悪い、俺、魔法のことなんて何もわかんねぇから…」
忘れてくれ、と続けようとしたタイミングで花菜に腰を掴まれた。驚いて顔を向けるとそこには喜色に染めた花菜の顔があった。しかし、それには何処か、諦めや恐怖といった暗い感情も感じる。
「隆太、それ、正解かもしれないっ!!…けど、ノアの描いた魔法陣に魔力を流せたときは?」
「それは、既に魔法が発動前の状態まで持って行かれていたからではないでしょうか?」
アイルが冷静に答えるとすぐにその主から同意の声が上がった。
「つまり、あれは普通の魔法陣扱いじゃにゃかったってことにゃね」
「ほぼ生物ってことか?」
「魔法は成長するので、間違いではないでしょう」
納得顏のノアや柔らかく微笑むアイルにも少し暗い感情が見え隠れしている。なんだろうか、この話に、何か不都合があるのだろうか。しかし、明確な方法なんて俺にはわからないから口にしていないのに。
というか、魔法が成長?
「はい。魔法は成長します。それは、術者の意思に応えるように。と言っても、詰めは本人がしないといけないから、結局は術者の努力だと言う方の方が多いです」
「けど、本当にするにゃよ。私の夢遊病とか、私の願いに応えて完成してくれたのにゃ」
「夢遊病?」
え?それは病気??
問いかけた俺にノアはにこっと微笑むだけではぐらかした。何なんだろう。
「とにかく、その考えで行くと、この課題の答え、は…」
「うん。アクアちゃんが…生物を辞めることにゃね」
花菜の少し緊張したような声にノアが被せる。それを聞いて、俺ははぁ?と声を上げた。
「なんでそうなるんだよ?生物にのみ流せるんだから、生物を辞めたら魔法、本当に使えなくなるだろう?」
「いいえ、隆太様。おそらく、隆太様が見つけたその、封魔の首輪の欠点は、魔導師が生きていられるようにした、言わば空気孔なのです」
「空気孔?」
「うん。魔導師は生まれ持って魔力を持っているにゃ。だから、それが当たり前にゃよ。魔力は使えば減るけど、ゼロにするようにゃバカは早々いにゃいにゃ。それは、魔導師は魔力がにゃくにゃったら死んでしまうから」
「……」
「だから、私たちも気づけたはずなんです。アクア様には今もなお魔力が流れているから生きているのだと言うことに。けれど、それが当たり前だから、気づけなかった」
「…お母さんに私を殺す意思はない。だから、お母さんもこればっかりは切れなかった。それに、これは本来切らなくていいんだよ。私が生物である限り、ね」
魔力はしばらく使わずに放っておくと無意識のうちに魔力暴走を起こしてしまう。それはときに爆発という形で自身を殺してしまうそうだ。
なら、封魔の状態で膨大な魔力を持っているはずの花菜がなぜ死なないか。それは、縛りの多い封魔の術式を起動し続けさせられているからなんだとか。
「解呪方法はあるんだよ。隆太のときにしたみたいに、麗麟を呼び出して私の中で術式を組み立ててもらえばいい。…まあ、それもできるかはわからないんだけど」
「……なんでしないんだ?」
「魔力が足りない。多分、私が既に保存してた分でもしもコレが壊せるほどの魔法があった時用に、起動させる分よりも多く取られてるの。ノアの魔法陣に魔力流すとか、隆太に流すとかの分はあるけれど、とても解呪に回せるだけの魔力がない。それ以外のこれを壊せるような大魔法を行使する分ももちろんないし、そもそも、描くのが面倒なだけのやつしか保存してないからこの…お母さんが作った防御力が見かけよりもずっと強い首輪を壊せないよ…。もし、解呪をしたら、その代わりに死んでしまう」
一歩進めば止まるような、先読みされ続けているような状況だ。なんか、悪意しか感じられない。
「だから、生物を辞めれば、死ねば、それを壊すことができるにゃ」
「それに、生物で有り続ければ保存できる量も限られますしね。魔道書なら、ほぼ無限ですし」
「…けどさ、それを解答にして母親に伝えれば首輪、取ってくれるんじゃないのか?」
どうしても3人の言い分に納得がいかず、散々考えて捻り出した意見は花菜の苦笑に消えてしまった。
「これはね、呪いの具現化なんだよ。もちろん物質としても存在してるんだけどね。壊すだけだとあんまり意味はないんだよ」
「そんなのか?呪いだけが残るってこと?」
「うん、そうだよ。だから…無理じゃないかな。お母さん、呪いはあんまり得意じゃないからなぁ…解呪なんてできるのかな…」
「…へ?」
「呪い専門のフリッグさんも解呪方法なんて勉強してないって言ってたんだよね…」
「神ってあんまり後先考えにゃいにゃよね」
「基本、自己中心ですからね」
「あー、ノトみたいにね」
さっきまでの暗い雰囲気を引き摺ったままだが、3人は苦笑だが、顔を見合わせて笑っていた。状況を飲み込めない俺だけがついていけない。
「案外、フレイアちゃんはこの答えまでわかっててそれをつけたのかもにゃ。だって、意思のある魔道書とか、チートだもん」
「即戦力ですよね」
「性格悪いやり方だけどね…」
聞けば、陣保存が無限に可能な魔道書になれば問題は解決するらしい。取り敢えず生物でなくなれば生命維持のための魔力と余りの魔力を合わせて解呪を施せるからだ。それに、陣保存し放題だったらかなり強いらしい。それも当然か。普通はいちいち書かないといけない魔法陣を自分の身体に魔力を流すだけで発動させられるのだから。
ところで、魔道書になる方法は?
「あー、その分の魔力か…というか、そんな魔法あったかな?」
「一回死んで、不死蘇生すれば、生物をやめられるにゃよ」
「魔法人形を作る要領でできますね」
「魔道書はアイルが作ったことあるにゃ。私は魔法人形にかかせにゃい闇属性の使い手だし、にゃんとかにゃるよ」
なっちゃうんだ…
こいつら、人間離れしてるとは思っていたが、花菜はこの度本当に人間じゃなくなるんだな…
「けれど、もう一度良く考えましょう」
どこか緊張した空気の中、アイルがにっこりと柔らかく微笑んで花菜を抱きしめながら言った。空気が少しだけ緩んだのを感じる。
「アクア様が生物を辞めるのは、最後の手段です。今はまだ、不便を感じているだけですし、もしかしたらフレイア様は解呪できるのかもしれません。その方法は、最後の最後、本当に元の力とそれ以上の力が必要になったときに致しましょう?」
アイルの言っていることに、花菜も素直に頷く。確かに、これまでの生活で多少不便くらいしか感じていなかったのだろう。
「…んー、けど、そのときも私たちが協力できるかはわからにゃいにゃ」
ノアが申し訳なさそうに言った台詞に、アイルがむー、と考え込む。
確かに、ここでの生活が終わればまたノアは一国の王の仕事に戻らなくてはならない。花菜に即時協力の約束をしてやることは無理な相談だろう。
「…そうですね…では、私とノア様共同でそのための魔法陣を、魔道書の一ページに保存して渡して起きます。必要になった時にお使い頂く…ということに致しましょう」
まあ、これから話し合って新しい術式を組み立てないといけないんですが、と苦笑を漏らすアイルに花菜が謝罪と礼を言った。
こうして、花菜の悩みは一応の決着をつけつつも、降り出しに戻ったのだった。
めっちゃ悩みました…ここの展開。
多分、アクアよりも悩んだんじゃないかな…
学校も始まって眠気が半端じゃないけど頑張ります
誤字脱字、設定のズレミスなどを教えていただけると助かったりします
出来る限り、チェックして行こうと思います




