誕生日には歌を 7
要が竹里冬樹を男の敵だと認識した頃。橘乃は、冬樹を女の敵だと断定していた。
「許せないわ! 冬樹さんなんか、冬樹さんなんか…… ええと、もう! とにかくメッタメタのギッタギタにされちゃえばいいのよ! それでもって、それでもって……」
「橘乃さん」
暴言のボキャブラリーに乏しい橘乃が口に出すだけで冬樹に災いが降り懸かるようなおぞましい言葉を探して躍起になっているのをたしなめるように、八重が声をかけた。
『だが、こんなのは許せないではないか』と、橘乃が八重に食って掛かる前に、今度はマリアが八重に加勢を始めた。しまったと橘乃が思った時には、もう遅い。「私もいけなかったんです」と、ただでさえ傷ついているはずのマリアが自分にも非があると言い始めてしまう。
「だって、橘乃さんや橘乃さんのお友だちだったら、私が酔いつぶれたようなお店には、決して一人で行ったりしないんでしょう? 冬樹さんが橘乃さんを同じお店に誘ったそうですね。冬樹さん、その場で断わられたって言ってました」
「え? 私?」
「冬樹さんと茅蜩館で食事なさった後です。冬樹さんはお堅くて退屈な女だって言ってましたけど、本当は、それが普通なんですよね?」
「あ……」
言われてみれば、橘乃も彼に誘われた覚えがある。
「でも、あれはね。冬樹さんとの食事だけで、もう充分うんざりしていたからでもあるのよ」
「でも、浩平さんにも怒られました。『そんな店に、なんで独りで入ったりしたんだ』って」
「浩平さんが?」
「ええ、知り合った頃、最初に怒られました。東京は怖いところだとか言っているくせに、東京に出てくるなり、真っ先に危なっかしい場所に出かけていくなんて、どうかしているって。危機感がなさすぎるって」
「うん。浩平に怒られたんだから、この話は、ここまででやめだ」
八重が有無を言わさぬ口調で話を切り上げ、橘乃には『ほら、ごらん。彼女に言わせたくないことを言わせちまったじゃないか』と言わんばかりの咎めるような視線を向けながら「橘乃ちゃんも、いいね?」と念を押した。
「はい。ごめんなさい」
「それで? 浩平とは、どうやって知り合ったんだい?」
反省した橘乃がうなだれたのを見届けると、八重が質問を再開した。
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「僕がマリアのことを気にし始めたのは、彼女がお姉さんのことで冬樹に会いにきた時だよ」
研修と称して外国のホテルを泊り歩かせてもらっていた要が帰国し、次の研修として横浜の茅蜩館ホテルで働いていた頃だそうだ。もっとも、その時の彼らは、マリアよりも、むしろ彼女のお姉と彼女の故郷に興味を持った。なにに利用できるかはさておき、冬樹の弱味になりそうなことであれば知っておいても損はない。ホワイトヘブンの開発時のことやマリアの姉のことを、ちょいと調べてみようか。同じ頃にマリアが冬樹の餌食になっていることなど知らずに、彼らは、そんなふうに計画していた。
「それから、半月ぐらい経ってからだったかな。優希耶が、新しい彼女を冬樹から紹介された。といっても、冬樹は3月に1度の間隔で交際相手を変えているから、新しい彼女なんて珍しくもなんともない。だけど、それがマリアだったっていうんで、優希弥が泡を食って僕に連絡してきたんだ」
「冬樹さんは、マリアさんと会ったことを忘れていたんだよね?」
「そうなんだけど、優希弥も、名前を聞かなければ彼女が誰だかわからなかったって言っていたよ」
もっとも、優希耶がマリアに再会した時には、マリアは既に冬樹への復讐を決めており、大胆なイメージチェンジを行った後だった。
「髪にパーマをかけて派手な化粧に露出の高い服を着て、冬樹にしなだれかかっていたって。でも、そんなふうに変わっていたからこそ、彼は彼女を怪しんで僕に連絡してきた。それで、僕が非番の日に冬樹のマンションから出てきたマリアの後をつけてみたんだよ。そうしたらさ」
浩平は、彼女が銀座のデパートのキッチン用品売場で何時間も包丁をにらみつけているのを、目撃してしまったという。
「それはもう、鬼気迫る勢いで包丁を見つめていたんだよ。その異様さに気がついた店員さんが寄ってくるしで、しかたがないから、僕がマリアの知り合いのふりをして彼女に声をかけて、外に連れ出した」
だが、とりあえず喫茶店に場所を移して浩平が彼女に事情をたずねてみても、彼女は押し黙ったままだった。
「でも、何も言ってくれないからって、僕が彼女を解放したら、彼女は冬樹のマンションに帰るよね? そうしたら、とんでもないことになりそうだと思った」
「うん」
その日のうちに、警察沙汰になったかもしれない。
「でも、彼女を茅蜩館に連れていって、僕の冬樹への長期的な復讐計画がみんなにばれても困る」
「そこは、長期的な復讐計画をあきらめろよ」
要と隆文が声を揃えた。
「それで?」
「それで、とにかく優希耶の仕事が終わって3人で相談できるようになるまで彼女を引き留めておかなくちゃいけないと思ったから、とりあえず、帝都ホテルさんを頼って部屋を借してもらったんだ」
だが、鍵をもらった浩平がマリアを連れて部屋に入ろうとしたところで、彼女がパニックを起こしたそうだ。
「怯えながら泣いているマリアを見て、僕は、冬樹がマリアに何をしたかを理解した」
「マリアさん、浩平から冬樹さんと同じことをされるかもしれないと思ったんだろうね。そして、憎むべき相手が同じ人物だと知ったふたり……もとい浩平と優希耶さんマリアさんの3人は、本格的に冬樹さんを破滅させるべく活動を始めたんだね」
「う~ん。そうなのかなあ?」
浩平が、困惑した表情を浮かべて、要を見る。
「あの時の、僕らは、どちらかというと、彼女の復讐を止めようとしたんだ。いくら冬樹が憎くても、さすがに人殺しはダメだから」
「そりゃそうだ」
浩平たちはマリアに家に帰るように説得した。マリアが冬樹にされたことについては痛々しくて触れられなかったが、彼女が冬樹を憎む気持ちには心からの共感を示し、長年ため込んでいた冬樹への不満も彼の無能ぶりも、この際だからと彼女に向かってぶちまけた。
「それで……、彼女の気を変えるためにふたりで調子に乗って話しているうちに、勢いに任せて『僕たちのほうが冬樹よりも、ずっとましだ』って言ってしまって」
「更に調子に乗った浩平たちが、冬樹さんの代わりに自分たちがホワイトヘブンを立て直してやるとマリアさんに大見得を切ってしまった……ということか?」
「だって、現状を視察がてら僕らがホワイトヘブンに行けば、彼女も家に帰ってくれそうだったから、つい……」
要に向かって泣き言めいた言い訳をする浩平を、隆文が「お調子者」と突き放す。
「それで、現地に行って、浩平はどう思った? 再建する自信はあるのか?」
この時、もしも、浩平が『できる』と即答していたら、要は本気で彼の考えの甘さを叱り飛ばすつもりでいた。だが、浩平は、しばらく黙り込んだあと、「改善できるところは多いとは思った」とひどく慎重な答えを返してきた。
「でも、黒字に転換させる自信は、正直なところ、全くない。無能って意味では、僕も優希弥も、冬樹と、さほど変わらないかもしれない」
「そうか」
しょげているようにも見える浩平に、要は、むしろ安堵した。
つぶれかけたホテルに客を戻すのは簡単ではない。条件で勝る同種の施設が近くにあり、限りあるパイを争っているような状況ならなおさらだ。彼が本気でホワイトヘブンを立て直したいなら、自分を過信しないほうが、良い結果が出やすいだろう。しかしながら、浩平たちが目の当たりにしてホワイトヘブンの現実は、彼らにとって少々強すぎる刺激であったようだ。「怖くなったんだ」と、膝を抱え直した浩平が消え入るような声で打ち明けた。
「僕たちは、これまで能天気に、『いつか冬樹を引きずりおろす』なんて息巻いていた。だけど、あいつが社長の座から逃げ出すまで何十年も待っていたら、第二第三どころか、全ての武里リゾートがホワイトヘブンみたいになってしまうかもしれないよね。ホワイトヘブンだけでも難題なのに、そんなに沢山の赤字施設を、冬樹の代わりに僕たちが立て直すなんてできっこない。それなのに、冬樹はまだまだ新しいリゾートを作るつもりでいる」
このまま冬樹に武里リゾートを任せ続けていたら、不幸になる人が増える一方だ。将来的に巨大な赤字施設をいくつも抱え込むことになれば、武里リゾートどころか武里グループそのものが潰れてしまうかもしれない。
冬樹を会社から追い出すだけでは足りない。武里リゾートと冬樹の伯父でもある政治家との関係を断ち切らない限り、この流れは止まらない。そう考えた浩平たちは、東京に戻り次第、彼らなりに今できることをしてみたそうだ。
「優希耶は、『これからは、今あるリゾートの充実に重点を置くべきだし、新しく作ることには慎重になったほうがいい』って冬樹や重役たちに意見したし、僕は、秋彦の母親の法事の席を利用して、秋彦の兄さんたちとも話した」
武里剛毅の前妻の法事は極々小規模なものだったので、冬樹はもちろん再婚相手の冬樹の母も出席していない。浩平は、ここぞとばかりに、秋彦の兄たちに、武里リゾートを野放しにしておくといずれグループ全体の首を絞めることになると訴えた。グループ全体の統率者でもある長男の春栄も次男の夏生も、秋彦の戸籍上の息子である浩平の話に熱心に耳を傾けてくれた。
「だけども、ただ聞いてくれただけだった」
彼らは、「私たちも冬樹には困っているんだよ」と言ってはくれる。だけども、武里リゾートは管轄外だと言わんばかりに、なにもしようとしてくれない。優希耶は、冬樹に殴られた。他の重役たちも、彼に同調してはくれなかった。
「武里リゾートは今のところ儲かっているし、話題の企業でもある。武里リゾートの重役連中はもちろん秋彦たち兄弟も、成功している事業にケチをつけることはしづらいらしいんだ。それに、冬樹の母方の一族への配慮もあるらしい。 誰にでも言い訳が立つような口実があるならばともかく、下手に対立して怒らせるようなことはしたくないって」
手を付けづらいといえば、ホワイトヘブンも同じだった。すでに厄介もの扱いされているとはいえ、ホワイトヘブンは今のところ武里リゾートの所有施設である。ある程度の改善や変更ならば、冬樹の目を盗んで優希弥の権限でどうにかできるが、仕入先やメニューを変更するとなると、そうもいかない。
「しかも、武里リゾートがホワイトヘブンから手を引いてくれれば万事解決かといえば、そうでもなくて」
「そうなの?」
「引き取り手が、みつからないそうだ」
芝生の上に正座して地面を叩きながら嘆く浩平の代わりに、要が隆文に教える。
「見つからないとどうなるの?」
「ずっと武里リゾートの厄介者のままか、完全に潰れて閉鎖するか」
「でも、県だか市だかが、冬樹さんの伯父さんに働きかけて誘致したんだよね? 周辺整備とかで、税金だって沢山使ったんでしょう? だったら、なんらかの救済措置があるんじゃないの? 第三セクターとかは?」
「鉄道ならともかく、リゾートホテルだからね」
公共性に乏しい施設を、これ以上税金をかけて救済するのはいかがなものか。ホワイトヘブン、すなわち馬子路村にばかりに金をかけるのは不公平ではないのか……と、実に真っ当な反対にあって、具体的な対策はほどんど話し合われていないそうだ。
「つまり、放ったらかし?」
「そうともいう」
「誰も買わないなら、浩平が買っちゃうとか」
「リゾート的には二束三文かもしれねえないけどね。一個人が買えるような値段じゃないんだよ!」
うつむくのをやめて隆文に向かって喚く浩平を見て、「買うことも考えてみたんだ」と、要が妙な感心をする。
「浩平が買うとしたら、ホワイトヘブンが完全に潰れて世間からすっかり忘れ去られて、地価が下がるだけ下がってしまう頃まで待つしかないだろうな」
しかしながら、その頃には、買った土地の上に乗かっているものが全て廃墟となっているだろう。人の出入りがなくなった建物は、信じられないほどの速度でボロボロになってしまう。「安くなるまで待ってたら、解体するために逆にお金がかかることになってしまう」と浩平もジレンマを口にする。
何かをしたくてもできない。自分ができることは、なにもない。
しかも、浩平たちに説得されて家に戻ったマリアを冬樹が探そうとしていた。あの男は、振った女のことは翌日に忘れるくせに、去っていった女には異常に執着するのだ。
研修を終えた要が半年ぶりに茅蜩館に戻ってきたのは、浩平の焦りがピークに達したのと、ほぼ同時期であった。しかも、要の帰りを待って、八重が茅蜩館を六条源一郎に譲ると言い出し、八重の申し出に応えて、源一郎が娘の橘乃と結婚した者に茅蜩館を与えると言い出した。六条家の三番目の娘といえばフワフワとした髪型の子である。そして、くせっ毛といえば、久志の隠し子とされた子供たちが必ず有している特徴でもある。その事に気がつくと同時に、浩平は、六条家の長女の結婚式でボタンを見たという菱屋の会長の言葉も思い出した。
「この橘乃さんって子がボタンの子供で、本当の久志父さんの娘なんだと思った。『なんだよ。こっちもかよ』って、思った」
「こっちも?」
「うん。自分の都合で僕を邪魔にした竹里剛毅や、遺産ほしさに偽物の僕を八重ばあちゃんの孫だって言い張った人たちと同じだって。ばあちゃんまで、自分の都合で僕を可愛がったり邪魔にしたりするんだって、そう思った」
これは出来レースだ。『誰でも』と言いながら、源一郎は、始めから橘乃の結婚相手を、久志が可愛がっていた要に決めているのだろう。八重も、源一郎とグルにちがいない。結局、祖母も、自分の血を引く孫が一番大事なのだ。自分は、自分のことしか考えない欲の皮が突っ張った大人たちに利用されてばっかりだ!
「浩平、子供……」
「ガキみたいにひがんでどうするんだって言いたいんだろう! そんなこと自分でもわかってるよ!」
実は一番精神的に大人なのかもしれない隆文の突っ込みに、浩平が顔を真っ赤にする。
「でも、おばあさまは、ボタンが六条さんに匿われていることも橘乃さんが自分の孫であることも知らなかったよ」
「そうみたいだね」
だけど、その時の浩平は、可哀想な自分のことで精一杯だったそうだ。
自分は、大人の都合に利用されてばかりだ。いつだって、ただの当て馬でしかないのだ。ならば、今度は自分がこの状況を利用してやる。大人たちを振り回してやる。頭に血が上った状態で、浩平は、そう決意した。
「邪魔な冬樹さんを排除するために、六条さんを怒らせた時の破壊力に期待することにしたんだな」
「うん。だってさ。やらずにいられなかったんだ」
浩平が、要に対して上目遣いで拗ねるように訴える。
「なにせ、冬樹は女たらしで、甘やかされて育ったから負けるのが嫌いだし、自分の思い通りにならないことなんてないと思っているし、思い通りにならなければ、どんな手段を使ってでも自分の思い通りにしてきた。でも、一度手に入れてしまうと、とたんに興味を失ってしまう」
「確かに。冬樹さんって、六条さんを怒らせる条件だけでできているような人だよな」
橘乃に言い寄ってきた冬樹がどれだけ厚かましかったか。彼を拒否した橘乃がどのような迷惑を被ったか。誰かに説明してもらうまでもなく、要はよく知っている。もしも、冬樹が首尾良く橘乃を手に入れたとしても、結婚後の彼が妻をないがしろにして浮気を繰り返したことだろうことも容易に想像できてしまう。つまり、なにがどうなっても、冬樹は、六条源一郎を激怒させることになる。隆文も「馬の鼻先に人参をぶら下げられたようなものだよね」と、浩平に対して同情的だった。「それに、冬樹さんが新しい女性に夢中になれば、マリアさんのことも、あっという間に忘れてくれそうだものね」とも言った。
『六条家の三女と結婚した男ならば誰でも茅蜩館を手に入れることができるとかで、求婚者が殺到しているそうだ』
浩平は(実際にやってくれたのは優希耶だそうだが)、冬樹の耳元で、そうささやくだけでよかった。 冬樹は、浩平たちが拍子抜けするほど簡単に話に乗ってきたという。
「あまりに呆気なさすぎて、僕は、むしろ要を焚き付けなくちゃならなかった」
「この人、最初の頃、自分は関係ないと言わんばかりの態度だったもんね。それなのに、橘乃さんのことは気になってしかたないみたいだった」
隆文が要を指さして笑う。「振り返ってみれば、冬樹さんの強引な求婚のおかげで、要さんと橘乃の距離が近づいたようなところもあるよね」と、言われてしまえば、要には返す言葉もない。源一郎ではないが、要まで亡くなった久志が裏で糸を引いているような気がしてきた。
ともあれ、橘乃と要の仲が深まれば、おもしろくないのは冬樹である。好奇心から近づいたとはいえ、袖にされることは、彼のプライドが許さない。
「僕らは、冬樹が橘乃さんへの嫌がらせを始めるか、力ずくで橘乃さんを自分のものにするような行動に出るだろうと思った」
自分たちの復讐に橘乃を巻き込んだ負い目もある。それに、橘乃に万が一のことがあれば源一郎に申し訳がないし、彼の怒りがこちらに向くのも恐ろしい。橘乃を守るべく、浩平たちは、彼女が茅蜩館から戻る数日前までに、ファンクラブ化して六条家にとどまっている若者たちの中に知り合いを紛れ込ませた。ファンクラブの中で要が頼りにしていた若者ふたりも、実はホワイトヘブンの従業員だという。
「ホワイトヘブンは開店休業状態。お客さんが来なくて、暇を持て余していたからね」
こっそりと橘乃の護衛に回すぐらいの人数は、余裕で調達できたという。
「じゃあ、浩平が送りこんだのは、全員ホワイトヘブンの人なんだ?」
「そうだけど? どうしたの? 変な顔をして」
「……。いや、なんでもない」
要は話の腰を折ったことをわびると、話を続けるように浩平に促した。
浩平によると、知り合いを橘乃のファンクラブに紛れ込ませたのは、橘乃を守ると同時に、冬樹が彼女に対して不埒な振る舞いを及ぼうとしたところを、現行犯で捕まえて源一郎に引き渡すためだった。
「そうなれば、怒った六条さんが冬樹をただじゃおかないだろう。秋彦たちは秋彦たちで、六条さんの怒りが自分たちにまで及ばないように、冬樹を切り捨てようとするだろう」
そのタイミングで、浩平たちは、冬樹の伯父と武里リゾートの癒着関係をマスコミにリークするつもりでもいた。
「世間から白い眼で見られるようになれば、政治家としての評判を気にする冬樹の伯父さんは武里リゾートと馴れ合いづらくなるだろうし、秋彦たちも、冬樹の母方の親戚たちに気兼ねすることなく、伯父さんと疎遠になりやすいかな……って」
「そうかもな」
現に、週刊誌等で武里リゾートとの関係を散々取り上げられた冬樹の伯父は、武里からだけではなく、彼が最もあてにしてきた彼の一族からも切り離されつつあるそうだ。
「冬樹がいなくなって武里リゾートが危機に陥れば、優希耶は無理でも、秋彦か彼の息がかかった人間が後を引き継ぐと思った。ホワイトヘブンのことも、秋彦なら、少なくとも放ったらかしにはしないはずだし、そうならないように僕も手伝うつもりだった」
浩平は、茅蜩館をやめて、ホワイトヘブンで働くつもりでもあったという。
だが、浩平たちの悪巧みは、早々に暗礁に乗り上げた。
あろうことか、食事の席であれだけ邪険にされたというのに、冬樹が橘乃に嫌われていることに全く気がついていなかったのだ。




