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誕生日には歌を  作者: 風花てい(koharu)
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巡り巡って 9

「断られなくて、よかった」

 自分の頬に添えられた梅宮の手に、橘乃は、はにかんだ笑みを浮かべながら自分の手を重ねた。 


 自惚れかもしれないけれども、脈はある……とは思っていた。 


 そうでなければ、自分から彼に結婚を申し込むことなど恐ろしくてできるわけがない。だけども、彼に断られる可能性だってなかったとはいえない。僅かな不安だろうと、怖いものは怖いのだ。だから、彼が自分を拒否しないでくれて本当に嬉しい。そんな彼女の気持ちが素直に態度に現れた。 


「でも、本当に私でいいの? みんなに言われて仕方なくとか、お父さまの手前仕方なく私を好きだって言ってくれているのではないの?」

「どちらかというと、その逆です」

 困ったような顔で梅宮が笑う。

「みんなと六条さんに気兼ねしすぎて、なかなか自分の気持ちに正直になれませんでした。でも、そのせいで、橘乃さんを怖い目に遭わせてしまった」

 『すみませんでしたね』と謝ってくれる梅宮の声と眼差しが、とても暖かい。 

 

 だが、やっぱり梅宮は梅宮だった。こんな時まで、よけいなところにまで気が回してくれようとする。


「あなたこそ、僕に決めてしまってもいいんですか? もう少しゆっくりと考えた上で選んでもいいんですよ。明日になれば、もっと良い男性に巡り会えるかもしれないし、早まったことをしたと後悔するかもしれない」

「まあ、意地悪ね」

 梅宮の肩に額を預けて橘乃が笑う。 


 彼女は、この1ヶ月と少しの間に、様々な男性と知り合う機会を待った。その結果、自分が夢見てきた理想の結婚相手、もしくは思い描いていた結婚感が、非常に子供っぽいものであったと思い知った。 


「私、恋愛小説に出てくるような情熱的な恋人にあこがれていたの」

 突拍子もない行動でヒロインを時めかせてばかりいる。そんな男性と恋に落ちたいとずっと思ってきた そういう男性に近いと思われた冬樹に夢中になりかけもした。だが実際に彼と一緒の時間を過ごしてみれば、彼の人なりは表面ばかりが美しいだけで中身は薄っぺらく、橘乃は失望を覚えるばかりだった。 (もっとも、出会ったのが冬樹以外であったなら、ここまで無惨に理想の男性像を壊されることはなかっただろう)


「それで思ったの。私には、もっと地に足がついた人のほうがあってる」

 具体的にいえば、常識があって働き者で、周りの人のことも考えられる人。そして、軽はずみな橘乃の後ろから見守りつつ必要があれば止めてくれそうな人。自分の伴侶にするならそういう人がいい。でなければ、かえって橘乃がイライラしてしまいそうだ。

「でも、そんな男は面白味に欠けませんか? 退屈すぎて、逆にイライラするかも」

「違います。 毎日を丁寧にしっかりと生きている人がいいって言っているんです。それに、常識がある人、イコール面白味に欠ける人ではないでしょう? だって、要さんと話すのは楽しいもの。いろいろなことを知っているし、時々とても可愛らしくなるし……」

「可愛い……って」

 梅宮の取り澄ました顔にわずかに不満が覗く。そんな彼の仕草が可愛いのだと、橘乃は再認識する。



「おい!」

 甘ったるい雰囲気を醸し出したふたりに耐えかねたように、ソファーの脇で小さくなっていた冬樹が不機嫌な声を上げた。


「あんたら、なんなんだよ? いきなり人の部屋に踏み込んできたときたと思ったら、俺の悪口をいいながら、イチャイチャと……」

「そうだな。 少し場所をわきまえたほうがいい。いや、場所というよりも、あの人の前では、わきまえたほうが無難だと思うのだが……」

 秋彦も、不本意そうに腹違いの弟に同意し、要に耳を寄せた。


 ところで、秋彦がいうところの《あの人》―― つまり、これまで娘の縁談話があるたびに相手の男とその関係者に多大な被害を与えてきた六条源一郎は、なんとも説明しがたい表情で、橘乃と梅宮を見ていた。

「六条さん」「お父さま」

 目を合わせてうなずき合ったふたりが、源一郎に向き直る。

「今更とお思いかもしれませんが、私は、橘乃さんと、結婚を前提としたお付き合いをしたいと思っております」

 橘乃よりも半歩前に出た梅宮が、源一郎に申し出た。

「お許しいただけますでしょうか?」

 梅宮が訊ねる。すると、源一郎は、「う」と言いかけたきり黙り込んでしまった。それどころか、口を閉じると同時に息をするのもやめているようだ。口元をしっかりと引き結んだ源一郎の顔が、だんだん赤くなっていく。


「お、お父さま? 大丈夫?」

「六条さん、どうか?」


「……………………………………や、やべえぇぇぇっ!」

 息苦しさに耐えかねて口を開けた父が、頬に浮かんだ汗を拭った。

「俺としたことが、今、反射的に『うん、いいよ』って言いそうになっちまった」

 蒼白になった顔を手で覆いながら、『こんなの絶対に俺らしくない。ありえない』と、源一郎が何度もつぶやいた。


「確かに、六条さんらしくないですね」

 良い返事をもらえずにガッカリするところであるはずなのに、梅宮までもが、真面目な顔でうなずいた。

「だろう? でもさ、『あいつに比べたら』って思ったら、つい誰でもいいかって気分になっちまって……」

 源一郎が梅宮から冬樹に目を向けた。


「なるほど、『こいつに橘乃さんをやるぐらいなら、どこの馬の骨にやってもいいか』という気分にもなりますな」

 秋彦も、身も蓋もない口調で義弟に冷たい視線を向けた。

「お父さま、ひどい」

 橘乃が憤慨したのも、冬樹に同情したからではなかった。ふたりが、馬の骨と梅宮を同等に語っているように聞こえたからだ。 

「要さんは、そんな人じゃないわ」

「それは、もちろんそうだとも」

 源一郎が慌てて娘の機嫌を取る。

「たとえ判断力が著しく鈍っていたとしても、要くんのことは、わかっているつもりだよ。なにしろ、こいつのことは子供の頃から知っているからな。ちょっと堅苦しいところはあるが真面目な好い奴だよ。 だから、交際を反対する理由もない。ああ、そうか、ないんだよな……」

 腕を組んだ源一郎が、眉間にシワを寄せながら目をつぶる。


「……ということは、別に、いいのか」

「はい?」

「だから、結婚」

 小首を傾げた橘乃に、源一郎が言った。

「冷静に考える時間がほしいと思ったが、なにしろ相手が要くんだしな」

 橘乃の夫にふさわしいか否かを熟考したところで導き出される結論に変化があるとも思えないと、源一郎が笑う。


「というわけで、俺は反対しない。仲良くやれ」

「ありがとうございます!」

 手を取り合い顔を輝かせて橘乃と要は喜んだ。


「ということなら、ここには、もう用はないな」

 見るともなしに周りを見回すと、源一郎が出口へと足を向けた。 

「帰ろうぜ。そういえば、腹も減ったな」

 橘乃のせいで昼食を食べ損ねたと、源一郎がぼやく。


「あ~!! そういえば食事会っ!」

 橘乃は叫んだ。そういえば、彼女は、茅蜩館の冬用のメニューの試食会に向かうために外出したのだった。 

「終わっちゃったかしら? それより、私の誘拐騒ぎのせいで台無しにしちゃったかしら?」

「橘乃さん、落ち着いてください。食事会のほうは、祖母や貴子さんが、いいようにしてくれているはずです。心配しなくても大丈夫ですよ」

「でも、とにかく、ご迷惑をかけたことを謝らないと」

「じゃあ、俺も一緒に行く。おまえたちの結婚のことも含めて八重婆さんに話をしておいたほうがいいだろうし、うまくいけばメシも食わしてもらえる」


「ちょっと待てよ!」

 和やかに語り合いながらスイールームを立ち去ろうとする源一郎たち3人を、冬樹が呼び止めた。

「なんだよ? 人を犯罪者扱いしておいて、ひと言の謝罪もなしかよ?!」

「ああ? この期に及んで濡れ衣だっていうのか?」

 振り返った源一郎が、険悪な表情で指を鳴らす。

「せっかくまとまった目出てぇ話を血で汚すような真似はしたくない。そう思うからこそ、今回ばかりは見逃してやろうかと思ったが、そうまでして白を切ろうっていうんなら、こっちにも考えがあるが?」

「だから、俺じゃない……うぐぐぐぐぐっっ!」

「すみません。 今のは聞かなかったことにしてください。見逃していただいて感謝します。弟が誠に申し訳の立たないことしたことは、お詫びいたしますし、2度とこんなことをしないように、私からよくよく言って聞かせますから」

 暴れる冬樹の口を背後から押さえ込んで、秋彦が素早く謝罪の言葉を述べた。


「でも、俺じゃないしっ!」

 秋彦の手を引き剥がして冬樹が叫んだ。

 だが、源一郎は、もう彼の相手をしようとしなかった。 


「覚えていろ!絶対に、このままじゃおかないからな!」 

 部屋を出ていく3人の背後で、冬樹の絶叫が聞こえた。



 


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