神になりたかった
終わった。
目の前が真っ暗になる。
正しく言えば、俺が目を閉じたから、だが。
「あ、の、ごめんね」
「いいよ」
「う、嬉しかった」
「……うん」
彼女なら、そう言ってくれると思っていた。
彼女の表情は窺い知れないが、きっと申し訳なさそうに、真っ赤な顔で、泣きそうになっているに違いない。
目を、開けた。
――ほら、やっぱりそうだった。
「ごめんな、突然こんなこと言われて、驚いたろ」
「……うん。でも、でもね」
「嬉しかったって? 何回言うの、お前」
「あ、うん。ごめんね」
笑ってみせると、彼女もへらりと苦笑いをする。
俺こそが彼女を最も理解していると思っていた。
俺こそが、彼女をしあわせにする人間だという自信があった。
俺こそが――
――否。
そんなのは、所詮過剰すぎる自信でしかなかったのだ。
「これから、言いにいくところだったんだろ」
「う!? な、なんでそれを……」
「知ってるよ、見てたら分かる」
「う……恥ずかしい」
また、林檎みたいに赤くなる。
可愛かった。独占したいくらい、彼女は、魅力的だった。
……あいつから、奪い取りたいくらいに。
「あいつまだまだ部活終わりそうにないけど、お前帰らないの? 暗くなるぞ」
「大丈夫、だよ。約束したから」
「なんて?」
「わたしずっとここで待ってるから、来てね、って」
彼女のたった一言が、一度の笑顔が、確実に俺を打ちのめしていく。
恋をしている人の目。
そんな人に恋をするのは、こんなにも、つらかった?
「もしも、」
「え?」
「もしも、……ふられちゃったら、どうすんの」
「……うーん」
「女子が一人で夜道歩いてたら、危ないぞ」
だから、また後日改めて言えば?
そう言いたかった。
そうすれば今日は俺が彼女を送っていけるし。
なにより、あいつと気持ちが通じ合った彼女の顔を、見るのがつらいから。
知ってるんだ。
あいつと、ほんとうは両想いだってこと。
知ってたんだ。
彼女が不安にならなくても、ちゃんとしあわせになれるってこと。
――知ってた、のに。
俺は。
「ごめんね」
そう言ったのは、俺、ではない。
目を伏せて謝ったのは、彼女だった。
「心配、してくれてるんだよね」
「……まあ、な」
「夜道は、怖くないわけじゃないし、正直誰かに送って欲しい、よ? でも、そっちのほうが便利だから」
“暗かったら、泣いててもばれないでしょ?”
気恥ずかしそうに、でも少し悲しそうに笑う彼女に、俺は何も言えなかった。
だって知ってるから。
彼女が帰り道、笑顔であいつと帰ってる様子が、目に見えるように分かるから。
彼女の強がりが最高の形で無駄になることを、一番理解してるから。
だから。
「大丈夫だよ」
「え、?」
「お前はきっと、しあわせになれる。ていうか、ならないと俺が許さねえ」
くすり、彼女が笑った。
俺も、笑った。
「ありがとう」
ああ、もしも俺が神様になれたなら。
(俺に振り向かせる?)(あいつを消してしまう?)
……否。
彼女の笑顔を見てそんなことができるほど、俺には勇気がなかった。