09.魔剣調査官の女(改訂版)
魔剣調査官。
その名のとおり、魔剣の在り処や能力、魔剣所有者の所在などを調査・報告し、可能であれば魔剣を「回収」する国王直属のエリート集団。その存在は秘匿とされ、魔剣などを含む遺物を発掘しているオレたち探索者にも、噂話のひとつとして知られているだけだ。恐らく姫さんやティアあたりなら噂の真相を知っていそうだったが、どうせ無関係だしと思い、尋ねてみた事はなかったな……。尋ねたところで教えてくれたかどうかは知らないけれど。
魔剣を所有するには適正が必要で、魔剣と所有者は精神の根っこの部分……つまり「魂」で繋がっている。そのため、他者が魔剣だけを手に入れようとすることは、魔剣所有者の命を奪うことと同義だ。つまり、魔剣の回収というのは、所有者を王国側に引き入れてしまうか、もしくは所有者を殺害し奪取するということになる。
彼ら(今回は彼女、だが)が一番恐れているのが、魔剣の国外への流出。古代文明の強力な遺物である魔剣には、ものによっては一個大隊レベルの戦力が備わっている。それが万が一にも他国の力になってしまうようであれば、所有者一人の暗殺くらい、安いものだろう。とくに、このフェイド王国の隣に控える「帝国」との関係が未だ危うい現在の状況では、尚更だ。
魔剣として有名なのが、この国の国王が持つ「光の魔剣ディジター」だ。先の大戦末期に、当時はまだ王子だった彼の魔剣による一振りで、帝国軍数千人が焼き尽くされたというが……この目で見てないので何とも言えないし、実際どうなのかは知らない。しかし、地理的な問題から、数カ国からなる連合軍の矢面に立たされた王国が今もこうして帝国のとなりでのうのうと存在している辺り、あながちホラ話とは言い切れない。
そんな魔剣の力を知っているだろう国王だからこそ、魔剣調査官の噂には説得力があり、オレたちの間でまことしやかに囁かれていたのだ。いやしかし、まさか彼女がその魔剣調査官だったとは。世の中狭いものである。……って完全にオレの魔剣狙いですよね。ああ、オレのモテ期、一日で終了か……!?
「おい」
いや待てよ。これは単なる出会いだ。客商売やっててお客さんにホレちゃうなんてことだってあるだろうし、魔剣調査官が魔剣所持者にホレることだってあるかもしれない。……遺物研究員のティアがその対象者であるオレにホレることはなさそうだけど。いやいや、とにかく、そう……昨日だって、熱い夜(記憶が無いけど)を共に過ごしたわけだし、脈がないわけじゃあ無いんじゃないか? 最近、まったく浮いた話も無いわけだし、ちょっとくらい期待してもバチは当たらないだろう。
「おい、貴様!!」
「え?」
なんだか、先ほどから煩いヤツがいるなと思ったら、黒装束のリーダー格がオレを睨んでおり、周囲では数人の男たちがこちらに向かってナイフを構えている。その後ろでは、彼女……マリア・フォーレスが呆れた顔をしてこちらを見ている。
「この状態で、よくも呆けていられるな」
そう。先ほど考えられないような大ポカをやらかしたところなのだ。先ほどの会話を思い出す。
◇
『いやまさか、あのような手を使ってくるとは、王国もなかなかやるじゃないか。……なあ? フェイド王国魔剣調査室所属の魔剣調査官、マリア・フォーレス君』
『……え?』
◇
この『……え?』という素っ頓狂な声。アホなことに、昏倒させた敵から黒装束を拝借して敵の中に紛れ込んでいたオレの発したものなのだった。彼女が魔剣目当てというのがそれだけ衝撃だったのだが……しかし、黙っていれば誤魔化せると思っていたが、無理だったみたいだな。いや、当然だけど。
観念して、拝借していた覆面を外す。
「……貴様、魔剣を取りに戻ったのではなかったのか?」
「いやあ、アンタらのやり方に従ったら、確実に両方殺されちまうだろ?」
ヘラヘラと笑いながら応える。結局、魔剣を手に入れるには篭絡か殺害かしか無いわけなんだし、あんなに心証の悪いことを最初から仕掛けてくる相手が篭絡戦法をとってくるハズが無いのだ。ヤツらに残された道は、どうあっても魔剣と奪取すること。そして、魔剣を「無かったこと」にするための完全なる証拠の隠滅。
「いくら魔剣初心者つっても、こちとら遺物のプロ……探索者なんでね」
「ふん……。墓泥棒風情が」
鼻で笑う男に対し、オレはニヤリと口を斜めにする。
「誘拐犯には言われたくねーよ、クソッタレの帝国野郎」
「な、に……?」
売り言葉に買い言葉だが、意外に効果があってニヤリとしてしまう。まあ、確信があったわけでも無し、相手がそう簡単に反応してくれるとも思っていなかったが、恐らくオレの外見と言動から油断していたんだろう。自分で言うのもなんだが、頭良さそうには見えないだろうしなぁ……。
大体、王国内で最強と目される国王に歯向かうだなんて、国内の人間では考えられないことだ。国内の暗部である盗賊ギルドや暗殺者ギルドの連中だって、目下おとなしくしてるというのに、まだ正体も性能も分からない魔剣一本のために、国王直属の魔剣調査官を攫ってきて平然としてるなんて。どうせ、オレから魔剣を奪ったが最後、そのまま帝国へトンズラする腹積もりだったんだろう。
「ま、そもそも傭兵やってた時間の方が長いんだけどな……。それより、良いのか? 彼女から目を離して」
「な……っ!?」
リーダー(多分)は、最後まで言えずに絶句した。それはそうだろう。先ほどまで縛られて椅子に座らされていた捕虜が、自分の首筋にナイフを突きつけているのだから。ちなみに、椅子に一番近い場所にいた黒装束二人は、音も無く頚動脈を切られて絶命している。溢れ出る血が、床の上に広がっていく。うーん、なかなかの技量だ……。これなら、探索者になってもやっていけるだろう。
「私の正体を知っていた割に、油断したわね。……一応、助けに来てくれた礼を言っておくわ、ヴェルク。ありがとう」
「それはどうも……」
前半を流暢な帝国語で捕らえた男に、後半を王国語でオレに向かって言う彼女。今の手際を見るに、助けは必要無かったんじゃなかろうかとも思うが……考えまい。彼女に対するオレの心証は良くなっただろうし、もう一度くらいデートに付き合ってくれるかもしれないしな……。っと、危ねえ!
鋭い殺気を感じて上体を捻ると、そこを黒装束のナイフが通り過ぎる。
「おいおい、こっちには人質がいるんだぞ?」
『ククク……そんなものが通じるのは堅気の人間だけだよ、魔剣使い』
無言の黒装束たちに代わって母国語でそう言うと、リーダーの男は自分の首に突きつけられたナイフに向かって思いっきり体重を乗せて横に動いた。その首筋が、綺麗に裂ける。
「なっ!? コイツ……ッ!!」
「おいおい、マジかよ……」
部屋の中の死体が三つになったところで、形勢はまたも不利になった。一応、敵の数は確実に減っているのだが、あまり嬉しくない。彼女の方も意外だったようで、目を見開いている。……とはいえ気が散っている様子は無いので、周囲が見えなくなっているワケでは無い様だ。さすが、国王直属のエリートといったところか。
室内に転がる三つの死体。それを見て、動揺した様子も無い周囲の男たち。場慣れしてるのか、こういう部分は徹底してるようだが、どうにもあまり好感は持てないな。しかし、オレの実力を量りかねているのか、一気に攻めてくることはしない。敵を前にしたまま、背中越しに彼女へ尋ねる。
「で、これからどうするんだ?」
「コイツを盾に、ここから脱出するつもりだったのだけれど。外に見張りもいるだろうし……」
油断無く、足元にひれ伏した死体を視線で示して彼女は言う。しかし肝心の「盾」がソレじゃあ、その作戦はもう使えねぇな……。
「見張りならオレが大体片付けといたよ。さっきの覆面もそいつに拝借したモンだ」
「……それが本当なら、あなたって何者?」
更なる心証アップを狙ったんだが、上手くいかなかったようだ。悲しいことに、返ってきたのは疑いの言葉……。まぁ、お互いよく知らないし、仕方ないか。特にオレのほうは、前日の出来事をまったく覚えていないからなぁ。
「話してなかったか? 元傭兵で現探索者のヴェルクだ。魔剣以外については、そのくらいしか話すことが無いつまらない男さ。……そういうアンタは?」
「どうも、ソレだけだとは思えないけど。こちらのことは……どうせバレちゃったしね。魔剣調査官のマリア・フォーレスよ。昨夜と同じく、マリアで良いわ」
……良し。違和感なく名前を確認することが出来た……って昨夜も本名を名乗ってたのかよ。できることなら、その記憶が無いなどと知られたくは無かったが、無用の心配だったか。あとは、ここを潜り抜ければチャンスがありそうだ。しかし、名字があるってことは貴族の出なのか。それともそもそも偽名なのか。まぁ、学の無いオレが考えてもしかたない。
「オーケー、マリア。それじゃあ兎に角、コイツらをどうにかしないと、な……!!」
その言葉の終わりと同時に、オレとマリアは敵に向かって飛び出した――。
2011.08.28 改訂