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07.<石>(改訂版)

 あの後、ティアが中々オレを……ではなく、魔剣を離してくれず、結局ギルドを出たのは夜半過ぎだった。


 姫さんは、普段から魔術の研究を通してティアと付き合いがあるらしく、オレと魔剣が検査されている間、まるで研究室の主のように振舞っていた。……まあ、彼女の場合、どこにいってもそうなのかも知れないが。その場にいるだけで、まるで主役のような雰囲気を醸し出すからなぁ。それもまた、先祖から「受け継いだ」ものなのか。


「おつかれさまでした」

「……ああ」


 ティアに付き合って憔悴しきったオレを見て、姫さんがにこやかに言う。まるで「天罰だ」なんて言いたそうな顔。今日はやけにトゲがあるような気がするが、オレってなにかしでかしてしまったんだろうか。時々表情を伺ってみたが、魔剣についてはどうこう思ってはいないようだし……。


 とにかく……。


「……疲れた。これまでティアとの付き合いっていうと、遺物を売ってハイ、サヨナラ。正直、男としては寂しいもんだったが……」


 先ほどまでの嬉々としたティアの様子を思い出して、げんなりとする。姫さんが止めてくれなければ、しばらくあそこに軟禁状態だったかもしれん、などと考える。


「……正直、そのままが良かったのかもしれんな」


 姫さんが、オレの言葉を聞いてクスクスと笑う。


「私の知る限り、ティアさんに言い寄ってまともな返事を貰えた殿方は、おりませんわ。ギルド内でも不沈艦で有名ですもの。でも、定期的に検査を受けることになったようですし、良かったですわね」

「なんか今更だが、あんまり嬉しくねえなぁ……」


 あの、爛々と輝く瞳は、人間に向けられるソレじゃないような気がしてならない。オレのことは、もはや実験動物としてしか見てないんじゃないのか? 研究に付き合えば、金をくれるってことだったが。しかも、そこそこの額の。それだけ、魔剣は研究対象として魅力的なんだろうな。


「そういや、アンナとフェンはどうしてる?」

「聞いた話によると、アンナさんはまだ本調子じゃないようで、教会のお仕事もお休みになられているようです。本人は大丈夫だと言っているようですが、フェンさんが無理矢理寝かしつけているとか」


 その様子が簡単に思い浮かんで、思わず笑ってしまう。


「はは。まぁ、あんだけ強力な呪いを受けたんだ。フェンのヤツも心配するさ。色々な意味で、しばらく安静にしてるのが無難だろ」

「その言葉、貴方にこそ言って差し上げたいですわね。全身に裂傷と左手を欠損させておいて、起き抜けにとった行動が、まるで軟派男のソレでしたし。病み上がりの人間のものとは思えません」

「あー、申し訳ない。昔から、体だけは丈夫なんでね」


 まさか、体内の気の流れを操って回復を早めただなんて、胡散臭いことは言えない。どうにも、こういった技術は、この国ではまるでオカルト的な秘術のような扱いを受けるからなぁ。かつてのティア曰く、古代にはこうした技を使う人間が多数存在していたらしいけれど。


 ……あの、ハルマッゾのように。


「どうしたんですの?」

「え?」

「ずいぶんと、怖い顔をなさってましたけれど」


 なんでもないよ、と言って笑う。ハルマッゾから伝えられた「コレ」は、他人に言ってしまって良いことなのかどうか、オレには見当もつかない。どうせ、今となっては遥か過去のことなのだ。しかし、もし真実だとすれば無視も出来ない……。


 あンの野郎、魔剣と一緒にとんでもねえ宿題を置いて逝きやがって。


「そういえば姫さんは、親父さんから<石>を受け継いだんだったな」

「え、ええ。いきなり、どうしたんですの?」

「いや、ちょっとな……。そん時って、どんな感じだったのかな、と」

「……それは勿論、悲しかったですわ」


 話題を変えようと思って、ついそんな言葉が口をついた。しかし、これは正直オレが浅はかだった。


 それは、通称<石>と呼ばれる魂の結晶だ。この世界で人は、自らの生の終わりを自覚したとき、自分の意志を継ぐ相手に己の全てを託す。力、技術、思考……それら全ての経験を石へ込め、次の世代へと託すのだ。しかし、受け継がれるのは、あくまで技や知識といった経験からなるものと、ほんの少しの記憶。それ以外は、本人があの世へ持っていくことになる。そうでなければ、受け取った側の人間は耐えられないだろう。人間、二人分の人生を生きるようにはできていない……。


 ちなみに、先日の探索で一緒に行動した早熟なメンバーたちだってそうだ。


 姫さんは父親から、代々伝わる当主としての手腕と炎の魔術を。アンナは流浪の法術師から、巨大なマナと優れた回復魔術を。フェンやヴィーだって、それぞれがかけがえのない人たちから技術を受け継いできたのだろう。……だからこそ、ヴィーはハルマッゾに負けて愕然としていたのだ。それは、自分が尊敬してきた故人が負けた、ということに等しいのだから。


 故に、<石>を受け継ぐという行為は、大切な人の死を意味している。だから、先ほどの質問は、我ながらデリカシーがないにも程がある。これまで、<石>を受け継いだ経験が無かったからこそ、こんな質問を何気なくしてしまうんだろうが、それも言い訳だ。


「そ、そうだよな。すまん」

「いえ、もう3年も前のことですし。……でも、そうですわね。私には兄がいたので、当主の証である<石>をスティネーゼ家唯一の男系である兄でなく、女の私に受け渡すと聞いたときは、正直混乱しましたけれど」


 そう言って、右手に嵌められた白い手袋を取り、その手の平にある小さな十字の刻印を見つめる姫さん。それは、<石>を受け継いだ者の証。……オレは拳を握り、自らにも刻まれたものの感触を確かめながら、口を開く。


「へぇ。姫さんに兄貴がいたのか。それは知らなかったな」


 実際、初耳だった。まぁ、オレが知らないだけかもしれない。貴族の長男坊なんていうのは大抵の場合、そこそこ名が通っているもんだ。ましてや、強力な魔術師の家系とあったら尚更だ。このフェイド王国に住む者として、オレも少しは勉強しなくちゃならんかな……。


「美しく、強く、優しい兄でした。今は、どこでどうしているのやら」

「行方不明なのか?」

「ええ。父が後継者に私を選んだその晩、兄は行方を眩ませました」


 俯いて、悲しそうに言う姫さん。ついつい忘れてしまうが、彼女はまだ16歳の娘なのだった。……もしかして、姫さんの情報網がやたらと発達しているのは、その兄貴を探し出すためなのかもしれないな、などと考える。……やがて、彼女の暮らす屋敷が見えてくる。


「送っていただき、ありがとうございました。そういえば、先日の報酬をまだお渡ししていませんでしたわね。館に来て頂ければ、すぐにでもお渡しできますけれど」


 姫さんの住む、えらく豪華な屋敷の門前まで辿りつくと、お礼の言葉と共にそんな提案をされた。ああ、そういえば報酬の話はうやむやになってたな。装備も一式失ったし、それらを再度揃えるとなると、手持ちの金だけじゃ心もとない……っていうか全然足りん。だが……。


「ああ、いや。こんな時間にお邪魔したら、例の執事さんが良い顔しないだろ。それに今日はちょっと人を待たせてるんでね。……まあ、待ってくれているかは分からないんだけれど」


 そう、部屋に昨日のネーちゃんを寝かせたまま出てきたのだった。待っている可能性は正直言って低いが、しかしまあ、できることならば名前くらいは聞いておきたい。しかも、すぐに渡せると言っても門から屋敷まで、また少し歩かなくてはならないのだった。まったく、金持ちの家ってのは、どうしてこうも無駄に広いのかね?


「ああ、なるほど。部屋に残してきた彼女のことですわね」

「まぁ……そんなところだ」


 あっさり事情を察してくれやがった姫さん。仕方なく、曖昧に頷く。


「それはそれは、よろしいですこと。……まったく、ヴィーさんには同情しますわ」

「え? 何か言ったか?」

「いいえ、なにも。それでは、ごきげんよう」


2011.08.07 改訂

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