06.漆黒の剣(改訂版)
「それで、そのハルマッゾから、おぬしは何を受け取ったのじゃ?」
「あー、それは……」
時と場所は戻り、探索者ギルド。一通りの話を終えて、爺さんに尋ねられたオレは俯き、なんと答えたものか迷っていた。自分でも、信じられないような物を受け取ったからだ。しかし、オレの中の「記憶」が、それが嘘ではないことを示している。オレが答えあぐねていると、奥の部屋の扉が開く。
「魔剣ですわ、ゴードさん」
「……なんだ、いたのかよ」
視線を上げると、そこには姫さんの姿。ええ、と優雅に頷いて、ギルドの奥から歩いてくる。いつもなら、傍らにヴィーが立っているはずだが……今日は、知らない顔を連れている。恐らく、スティネーゼ家に雇われている護衛だろう。その油断の無い「気」から察するに、かなりの使い手だ。
「ヴェルクさんが宿を出たという情報を得ましたので」
「おいおい……そいつは怖いな」
「快復されてから、真っ先に酒場に行かれるとは思いませんでしたけど」
げ。冗談かと思ったが、昨日の行動まで筒抜けなのか、と軽くショックを受ける。左手を、アンナの術で無事にくっつけて貰ったオレだが、この2日間は宿のベッドで寝込んでいたのだった。目が覚めて、まず宿を抜け出して最初にヤケ酒を飲みに行ったんだから、まあ呆れられても仕方ない。そういえばまだ、約束のベリーパイも奢っちゃいないな……。
「てか、ヴィーは一緒じゃないのか?」
「ヴィーさんは……」
俯いて、なんだか寂しそうな表情を見せる姫さん。そして、意外な言葉を口にする。
「修行へ行かれました」
「しゅ、修行?」
「件のハルマッゾに負けたのが、よほど堪えたのでしょう……」
それはまあ、たしかにあんなあしらい方をされれば、剣士であればプライドが傷つくのも無理はない。しかし今更修行って……一体なにするつもりなんだ、アイツ。
「無茶してなけりゃ良いが……」
「あら? ヴィーさんのこと、心配されているのですね?」
「……当たり前だろ」
「それは良かった。ヴィーさんも、貴方のこと心配しておられたのですよ。まあ、元気になった貴方が酒場に出かけ、挙句の果てに女性を連れ帰ったと聞いて、かなりお冠でしたけど」
うふふ、と変に優しい笑みを浮かべる姫さん。オレの行動は全部コイツらに筒抜けなのかよ。なんら気配を感じなかった以上、尾行とかってんじゃなくて、普段から街中に情報網が敷かれてるんだろうが……。あまり、周囲がスパイだらけみたいな状況を、想像したくはねぇな。
しかし、あのヴィーが修行か……。姫さんだって、魔術の通じない相手が存在したことに、何も感じていないはずはない。しかも、その剣の所有者が、いまや同じギルド内にいるのだ。ギルド内の勢力図が変わりかねない。……ま、無派閥のオレが相手では、関係のない話だったか。
そこで、ウォッホン、とゴード爺さんが咳払い。……ああ、姫さんの存在感が強すぎて、忘れていた。
「おぬしら、積もる話もあるのじゃろうが、今はこちらに専念してくれんかね。……探索は、ギルドで報告を終えるまでが仕事じゃ。……しかし、魔剣のぅ。それが本当なら、ギルドの公開記録にはそう簡単に残せんが……一応、ティアに調べて貰っておくんじゃぞ」
◇
探索者ギルドには、複数人の非戦闘要員がいる。それは、例えばゴード爺さんだったり、責任者のギルド長だったりするが、それ以外にも、特殊な技能を持った人間が存在している。それが例えば、今目の前にいる遺物研究員のティアだ。
そもそも「遺物」ってのは、遺跡から発見・発掘された古代のシロモノで、特に、高度な魔術が付加されているものを指す。中には、戦闘用に作られたと思われるものもあり、その中でも特に危険なものに関しては、王国の管理下におかれる。勿論、その対価は支払われるが。「魔剣」はその中でも有名かつ強力なものの一つで、かつて、たった一人の魔剣使いがとある国と敵対して大惨事を招いた……なんていう噂もあるくらいだ。
それらの遺物を専門的に扱っているティアの仕事は、それらを解析・研究し、社会に役立つ新たな技術を生み出すことだ。……と言っても、現在の技術と比べてかなり高度な技術によって作り出されている遺物から得られるものはあまりに少なく、長年研究を続けたとしても、良くて劣化版の複製が世に出回るくらいのものだ。
そんな仕事をしているティアは、放っておけば一日中遺物と睨めっこ……ほとんど研究室に篭りきっているという変人で、特殊な事情がなければ滅多に外に出てこない。おかげで、研究室の中は生活に必要な全てが揃っている有様だ。調理場から浴室まで完備していて、もはやティアにとっては自分の家と変わらない。それだけの環境が与えられるのは、彼女が有能だという証拠でもあるのだが。
街を歩けば、男共の視線を集めずにはいられないような肉付きの良い美人なのに、ギルドメンバーですら、彼女を見ること自体かなりのレアケースだ。……勿体無いよな、ホント。
「それで、ヴェルちゃんが魔剣を手に入れたってのはホント?」
姫さんを引き連れ、研究室に足を踏み入れた瞬間、そんな質問がとんでくる。オレは、探索で遺物が出る度に、こっそりとここへ売りにくるので彼女とは顔馴染みなのだった。本来は、ギルドを通して王国に収めなきゃならんのだが……どういうわけだか、ここに持ち込むのは黙認されている状態だ。……てか「ヴェルちゃん」て。その呼び名、いい加減に変えてくれんかな。「凄腕ロリコン」よりはマシかも知れんが。
「本当ですわ」
オレが微妙な顔をしていると、姫さんが代わりに前に出て答える。ソレを見て、嬉しそうな表情をするティアは、オレへと向かって底意地悪そうにニヤリと笑う。
「ありゃ、ヒメちゃんもご一緒? ヴェルちゃん、モテるわねぇ……」
「モテてるのは、オレじゃなくて魔剣のほうだけどな……」
肩をすくめて答えると、ティアは口に手を当て、楽しそうにアハハと笑った。その振動で、胸が揺れる。おお、じーざす。視線がついついそっちへ向いてしまうのは、男の性だ。どうしようもない。だから、軽く殺気を飛ばすのやめてくれませんか、姫さん……。
ちなみに、姫さんの護衛はオレが引き継いだ。ことが魔剣絡みとあって、姫さんが気を遣ってくれた形だが、彼女を屋敷までエスコートしなきゃならんのが面倒でもある。正直、姫さんに不埒な真似をしようとするヤツが存在するのか知りたいくらいだ。……触れた先から炭化するぞ。
「そりゃそうよ。新たな魔剣なんて、ここ数十年では国内でも数本しか確認されてないんだから」
「それも、完全な状態で見つかったものは更に稀ですものね」
「まぁ、柄や刀身だけでも、武器としては十分な性能を持ってたりするケドね。形が不完全だと、消費魔力が多くなることもあるみたいだけど」
いつの間にか、2対1の体制になっている。ってか、魔剣のほうが魅力的っていうの、誰も否定してくれないんだな……。
「それじゃ、ヴェルちゃんが手に入れたっていう魔剣を出して頂戴。……ほらほら、さっさとする!」
「へいへい……」
仕方ねぇな、と空中に右手をかざし、集中する。すると、意識した空中の景色が歪み、ゆらりと漆黒の剣が実体化する。右手に収まる位置で実体化した柄を握ると、キィンという音とともに、魔剣が確かな存在になったことが解る。どうよ、とティアの方を見ると、なにやら俯いてぷるぷると震えている。
「う……」
「? どうし――」
「っきゃあぁああああああ!! これは!! これは本物だわ……っ!!」
ギンギンと頭に響く声で叫ぶティアに、思わず顔をしかめる。姫さんも、ティアの反応には流石に面食らったのか、目を丸くしてその様子を見つめている。飛び跳ねるティア。もちろんアレも盛大に揺れる。オレが心配することじゃないかもしれんが、コイツ、ちゃんと下着付けてんのか……?
「こんなに喜ぶティアさんを、私、初めて見ましたわ」
「勘弁してくれ……。オレ、二日酔いで頭が痛ぇんだよ……」
「それは、自業自得です」
2011.08.07 改訂