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05.怪物との戦い(改訂版)

 幸いなことに、鎧の怪物は例の広間から動いていなかった。


「アンナを、あの娘を治すにはどうしたら良い!? 答えろ!!」


 フェンを追って広間に入ったところで、絶叫に近い問いかけが耳朶を打った。ふぅ、どうやら間に合ったようだ。まったく、激昂するのも良いが、少しは他人の迷惑も考えてくれよ。


『……簡単ダ。我ヲ倒セバ良イ。ソレデ、娘ノ呪イハ解ケルデアロウ……』


 怪物は、広間の奥にある玉座らしき椅子に腰掛け、つまらなそうに言った。そりゃそうだ、一度戦って圧勝した相手なのだから、興味がないのも頷ける。……てか、アイツ喋れるのか。たしかに、その技はモンスターのものではなく、卓越した人間のソレだったが。


 なんにせよ、お陰でアンナの呪いを解く方法が分かった……と、その言葉を聞いたフェンの殺気が、露骨に膨れ上がっていくのがよく分かる。おいおいおい、キャラが違わねーか?


 慌てて、フェンと怪物の間に割って入る。


「おい、フェン」

「邪魔するな……ッ!!」

「落ち着け。今のお前じゃ、どうあがいても倒せる相手じゃない」

「黙れぇッ!!」


 正気を失い、オレに向かって剣を向けるフェン。まったく、最初の印象とはまるで別人だな。……まぁ、最愛の者であろうアンナがあんな目にあったのだから、見境を無くしてしまうのも仕方が無いのかもしれないが。オレは、ため息を一つついて、飛び掛ってきたフェンに向かって剣を抜く。


 フェンが激情に駆られて双つの剣を振るおうとしたその瞬間の気……「機」を捉えて、オレは最小限の動きでそれらをかわした。フェンの両目が、驚愕に見開かれる。おいおい、そんなに驚くなよ。


『ホウ……。我ノ攻撃ヲ防イダノハ、偶然デハ無カッタカ……』


 ソレを遠目に観ていた鎧の怪物が、昨日のことを思い出したのか、感心したように呟く。撤退時、オレは鎧の怪物の「機」を察知して、繰り出された攻撃を受け止めたのだった。それでも上手く受け切れず、盾と鎧は破壊されてしまったのだが。……結構値段の張った、良い品だったというのに。


「ぐは……ッ!?」


 カウンター気味の峰打ちを食らってフェンが、広場に床に蹲る。オレはソレを抱えて出口へと歩き、最初に訪れた際に腰掛けた椅子に彼を座らせた。男のくせに軽いな、コイツ。


「……悪いなあ、フェン。アイツはオレの獲物なんでね」


 怒りに任せた渾身の攻撃を全て受け止められた挙句、手加減された攻撃を受けて地面へと沈んだ、ギルド屈指の双剣使い。いかな達人であろうとも、冷静さを欠いた状態であの怪物に挑めば、その結果は火を見るより明らかだ。恐らく、先ほどのフェンは、その実力の半分も発揮できていなかっただろう。


 大抵、何かを為そうとする時にこそ、冷静さが求められるもんだ。……なんて。それは、自分に言い聞かせるようなものだったけれど。振り返り、その脅威を前にして、オレは冷静を装う。


「さて、アンタの相手はオレ一人だ。正々堂々とやろうぜ?」

『……ッガガガ、我ヲ前ニシテ其ノ態度トハ、面白イ奴ダ。ヨカロウ……ソノ勝負、受ケテヤル』


 ゆらりと、玉座から立ち上がる怪物。黒い鎧と共に全身に纏わせた気を、まるで隠そうとしない。まさに、王者の風格といったところか。


 機。


 瞬時に目前へと迫った怪物による一撃目の居合いを、どうにか身体の寸前で受け止めるが、その威力にギシ、と身体と剣とがきしむ。……くそっ、すげぇ威力だな。


『ホウ、我ガ機ヲ捉エタカ。生身ノ人間ニシテハヤリオル』

「ぐっ……!!」


 機。


 続けざまに放たれる斬撃を、どうにか受け流す。それでも手が痺れる程の威力だ。こちらの剣先が、僅かに欠けて空中に飛び散る。畜生、コレだって大金払って手に入れた業物だっていうのに……!!


 機。


 次に放たれた斬撃を利用して、大きくバックステップ。間合いをとって気絶しているフェンのそばへ。このままでは手数で負けると考え、床に落ちていたフェンのメインソードを左手に構える。……よし、コイツも中々良いシロモノだな。借りるぜ、フェン。壊れても弁償はしねぇがな。


「はぁ……はぁ……。ふぅ」


 興味深そうにこちらを見る怪物を前に、努めて呼吸を整える。


 相手の発する「気」を感知し、攻撃のタイミング……「機」を読むことには自信があったが、その発露と攻撃との間があまりに少なく、剣捌きの速度も異常だ。昨日、攻撃を受け流せずに盾と鎧とを破壊されたのも、そのせいだった。ただ、昨日のアレがなければ、今こうして攻撃を凌げなかったかもしれないな。


 しかし、今もこうして相手の動きについていくのがやっとの有様だ。こちとら、盾や鎧を捨て、最大限に身軽になっているというのに。これは、思ったよりも面倒なことになりそうだ。あの状態のフェンじゃ相手の動きについていけず、やはり殺されていただろうが……果たしてオレはどうだろうか?


『ガガッ、ココマデ我ノ攻撃ニ命絶エルコト無ク耐エルトハナ』

「……お褒めに預かり光栄だ」


 途轍もない集中力を要求され、こうして対峙しているだけで体力を消耗していくのを感じる。どうやらこれは、これまでにないほどの修羅場らしい。正直、逃げ帰りたいくらいだ。しかし、一人だけならどうにかなるかもしれなかったが、フェンを担いで帰らにゃならん。余計な手間を増やしやがって……と、気絶させたのはオレなんだよな……。


『ナラバ、コレナラ如何カナ?』


 ズズズズズ……、と圧倒的かつ背筋が凍るような嫌な感覚が、部屋中に広がっていくのが分かる。これは……。


「おいおいおいおい、この化け物め……ッ」

『ガガガ、オ褒メニ預カリ光栄ダ』


 通常、人と相対するときにおいての「気」の発露は、相手に「機」を読まれることにつながる。よって、憤怒や激昂といった感情から冷静さを欠いていたり、疲労や体調不良などによる精神の乱れがあれば、それは即ち死に直行することを意味する。


 しかし、この鎧の怪物の殺気は、この空間全てを包んでしまった。その「気」はまるで真夏の日差しのように、全身をくまなくピリピリと差してくる。これでは、より集中しなければ、殺気の発露からの「機」の察知どころか、その方向すら掴めない。


 殺気を隠さず、あえて放出することで微弱な「機」の察知を防ぐ。そんなことが生物にできるものなのか……? 今更だが、やはりコイツ……普通じゃない。


『ソウイエバ、貴様、名前ハ何トイウ?』

「ふん……オレに勝てたら教えてやるよ」


 そう言って、オレは自分の「気」を内に治めていく。目の前の怪物が行っているのとはまるで真逆の方法で、己を消していく。特に、この「気」の充満した空間の中でなら、より有効な手段だろう。


 それを察して、鎧の怪物がニヤリと笑った。……そんな気がしたのは、相手の「気」に当てられているためだろうか。黒い兜に覆われた顔を伺うことはできない。


『ソノ言葉、自暴自棄トハ違ウヨウダナ。気ニ入ッタゾ小僧!!』


 気気気気気気機気気気気気機気気気気機気気気機気気機気機機機キキキ――――。


 ガッガガガガガガガッ!!!と、広間中に金属音を反響させながら、オレと怪物は高速で剣を撃ち合わせていた。


 相手の「機」を捉えることが難しくなったことで、向こうの手数を減らすためにこちらから仕掛けざるを得ない、といった状態だが……オレが二振りの剣で繰り出す斬撃の防御にも余裕のある鎧の怪物は、時折反撃を交えて応戦。攻撃の最中にあっても、こちらはそれに反応するために極限の集中力が要求され、脳の神経が焼き切れそうになる。


 充満した怪物の「気」の中でまだ、どうにか「機」を捉え続けるオレと、目の前で繰り出された攻撃を、ただただより速いスピードで受け止めるだけの怪物。そんな戦いをしていれば、消耗の度合いにも明らかな差が現れ始めるのは当然と言えた。もはや、ただただ「機」に反応するだけでは間に合わない。先の先、さらにその先を読む必要があった。集中しろ、ヴェルク……ッ!!


『ガガッ、ソノ研鑽ハ認メルガ、マダマダ実力不足ダナ。残念ダ』

「くっ、そ……う、かよッ」


 事実、既に攻守は逆転していた。こちらも先読みへの「慣れ」によって相手の動きには辛うじてついていけているが、所々で防御が間に合わなくなってきていた。上腕、大腿部、首筋、下腿部と、次々に浅い切り傷が刻まれていき、それによって自分の動きが鈍くなっていくのを感じる……。両手の剣も、刃先は既にボロボロで、刀身からはギシギシという音がしだしており、今にも砕け散りそうだ。


 このまま戦い続ければ、十中八九こちらが死ぬハメになるだろう。ならば……。


 オレは、相手の気が充満する部屋の中で極限まで己を消していく。しかし、剣捌きは全て後手。果たして、チャンスはやってくるのか。


 そして――。


「……っ!!」


 相手の剣がオレの左前腕部を切り飛ばした。失われる左手の感覚。フェンの剣を握ったままのその腕はビチャリ、という音と共に広間の床に落ち、切断面から溢れた血が赤い模様を描いた。


『イイ加減ニ、終ワラセテヤロウ!!』


 そこへ、トドメを刺そうとこれまで以上に力を込めて振るわれる斬撃。その動きを辛うじて読んで、右手に残った剣で受け止めるが、そちらも物理的な限界を超え、刀身が弾けるように砕け散ってしまう。その瞬間……。


 オレは残された右手に握っていた剣を、そのまま空中に手放した。


『ナニ……ッ!?』


 姿勢を低くし、迫りくる斬撃と砕けた己の剣とをギリギリでかわしたオレは、瞬間的に出せる自己のトップスピードへと達し、相手の懐に深く潜り込む。戦いの中で、己の「気」を極限まで消し続けていたオレの「機」を、鎧の怪物は捉えることはできなかったのだろう。そこで初めて、狼狽した声を出してみせた。


 左腕から流れる血が、オレのその動きをなぞる様に空中に漂い、背後では、怪物の斬撃を受けて砕けてしまった愛剣が、バラバラと床に落ちる音が響く。まるで、時の流れが遅くなったかのような感覚。……久しぶりに味わう、極限の戦いだ。オレは思わず、ニヤリと笑う。


「発ッ!!」


 相手の間合いの中に潜り込んだオレは、己の中で練り上げた「気」を相手の胸に当てた手から体内にぶち込む。直後、鎧の胸部が膨らみ、金属音を立てて内側から炸裂する。その砕け散った破片が、オレの頬を掠めて血の筋を残す。


 一歩二歩と、胸を押さえて後退する鎧の怪物。そして、ガガッ……と笑って剣を振り上げてオレを見下ろし……。


『グ、ググ……ッ』


 ……ガシャン、とそのまま後ろに倒れ込んだ。鎧の怪物が持っていた漆黒の剣がその手を離れ、自重のみで床へと突き刺さった。


 そして、しばしの静寂。


『……成程。我ガ戦ッテイタノハ、剣士デハ無ク拳士デアッタカ。練リ込ンダ気ヲ、寸分ノ狂イ無ク相手ノ体内デ爆発サセルトハ、カナリノ使イ手ダナ……』

「アンタに、この手が通じるかは賭けだったけどな……」


 オレは、ハァ、ハァと肩で息をしながら座り込むと、腰の探索用ポーチから包帯を取り出し、どうにか左腕の切断面の止血をする。これは、探索者を廃業するしかないかな……などと、朦朧とした頭で考える。施術する回復術師の腕によっては、繋がる可能性もあるかもしれないが……。


 倒れた怪物の胸部をよく見ると、鎧の内部は空だった。これはどういうことだろうか。古代の死霊術を使って生み出されたリビングアーマー……という割には、明らかな意思を持って動いていたし、こうして会話までしてみせた。使う技も桁違いではあったものの、熟練した人間のソレだ。「気」による攻撃が効いたということは、内側になんらかの生命力が働いていたはずだが。まさか、魂だけを鎧に封じ込めてあったのか?


 ……そんな魔術は、これまで聞いたことがない。


『ソノ技術、一体誰カラ受ケ継イダ?』

「誰かから受け継いだものじゃ、ねぇよ」

『ガッガッガ。素晴ラシイ、素晴ラシイゾ。小僧、最期ニ名前ヲ聞カセテ欲シイ』

「……ヴェルク」


 左腕の痛みに乱れる呼吸を整え、立ち上がりながら告げるオレに、怪物はやはり、ニヤリと笑ったように見えた。こちらを見上げながら、とても楽しそうに……。そして、相手が何をしようとしているか悟ったオレも覚悟を決めて、笑う。


「手の内晒したからな。次にやったらオレが負けるだろうさ。それで、アンタの名前は?」

『我ガ名ハ、ハルマッゾ。ソウイエバコウシテ名ヲ名乗ルノモ、随分ト久シブリダナ。……ヴェルク』


 今にも朽ち果てようとしている鎧の怪物――ハルマッゾは、それでも威厳を持って言う。まるで、自分を超えて見せた我が子を、微笑みながら讃えるように。


『貴様ニ、褒美ヲ与エヨウ』


 そして、周囲が光に包まれた――。


2011.08.06 改訂

2011.08.10 指摘いただいた点を修正

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