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42.王城への招き


 誰もいない、早朝と呼ぶにも早すぎる時間帯。この夜と朝との合間の時間に、オレは一人で闘技場の中にいた。実際には相手も立たぬそこには、しかし異様な雰囲気を纏った怪物がうっすらと存在している。オレの中に眠る記憶・知識から呼び起こされた、全盛期の英雄ハルマッゾの姿。丁度、オレとアーサーが立っていた位置で向き合う。


 ソイツは、こちらを見てニヤリと笑い、確かめるように左右の手を動かす。


『ほう、自身に受け継がれた技術や記憶から、我の幻を作り出したわけか』


 その“言葉”に、肩をすくめて応える。


「遊び相手がいなくてね。……悪いが、付き合ってもらうぜ?」

『クックックッ……“この”我相手に今の貴様がどこまでできるか、試してやろう』


 一手目。ハルマッゾが一瞬にしてこちらの懐に潜り込み、手にした漆黒の剣を突き出す。歩法まで含めて限界まで極められたそれは、もはや神業のレベルだ。オレは、その突きにどうにか漆黒の篭手と化した魔剣ハルマーを合わせる。本来であれば、いなした後にこちらも相手の懐に入って打撃や投げを極めるところだが、相手のあまりの速度に体が追いつかず、繰り出された剣へと合わせた左腕が弾かれる。


『ふむ。我が魔剣はある程度使いこなせているようだ。だが……』


 二手目。相手はその勢いを生かして体を反転させてこちらの胴を上下に切り裂こうとする。こちらも瞬時に屈み、剣筋から逃れようとするが……肉体が、己の中に存在する技術や思考についてこない。慌てて右手に展開していたもう一つの篭手でガードする。……が、相手の恐るべき膂力が乗せられた斬撃に、体ごと弾かれてしまう。オレは、そのまま吹き飛ばされ、地面を転がる。


 三手目。動きの止まったオレに目掛けて、手にしていた魔剣を多数のナイフに変化させて投擲。ハルマッゾの「機」を感じ取ったオレは、両手両足を使って無様に横へ飛び、転がる。どうにか避けきり身を起こす……が、そこには漆黒の魔剣を構えたハルマッゾが待ち受けていた。喉の、ほとんど触れるような位置に、巨大な魔力の塊が突き付けられる。


『我の技術に、肉体が追いついておらぬな。どうした、さっさと“あの秘薬”を作り、飲めば良いでは無いか。貴様が先の戦いで使った、あのようなまがい物では無く、真の秘薬を』

「……流石に、人間まで辞める気はねぇんだよ。今んところはな」

『ふん、ならば精進せよ。そのままでは来る災厄には打ち勝てぬぞ』


 そう言って幻影は霧散し、消えた。



 ◇



 結局、武術大会の結果は有耶無耶になってしまい、王都全体が厳戒態勢の中にある。あの後、オレはアーサーらと早々に別れ、宿へ避難していたヴィーたちと合流した。……ヴィーとマリアが父親の違う姉妹だなんて現実から逃げ出したかったのだが……ヴィーたちの安否を己の目で確認しなければ安心できなかったのだから仕方ない。ああ、しかし……いつぞや疑っていたように、オレの周りの人間関係は複雑怪奇なことになってるな……。


「? どうしたんだよ、ヴェルク」

「いや、べつに」

「ふぅん? ま、いいけどさ。……ところで、なんでアタシらがこんなことにいるんだ?」

「……んなもん、オレが聞きてぇよ」


 それから数日後の今、オレとヴィー、アンナ、フェンは王都の中心であるフェイド城の応接室に集まっている。恐らく、この国で一番敵に狙われる可能性が高く、そして最も安全という矛盾した場所だ。なにせ、緊急事態に応じてあの貴士どもが聖貴士団として現場復帰を果たしたのだ。たしかに、味方であるなら心強いことこの上ないな。


 オレやアーサーは大会で個別に撃破している聖貴士団の面々だが、正直全員を同時に相手するのは厳しいだろうと思う。恐らく貴士団中最高の攻撃力を持つガロの剣が通じるか否かにもよるが、あのゴーレムだって上手くやれば倒せるだろうな……。いや、まだ見ていない面々もいるし、そもそもあの気障な団長もまだ実力を隠してる風だった。


 オレは、王都到着直後に再開したヤツの表情や、闘技場でアーサーによって投擲された剣をいとも容易く受け止めたあの動きと、かつて聞いた“魔剣封じ”という言葉を思い出す。


「まったく、厄介なのに目をつけられたモンだぜ……」

「? あ、そういえば大会の結果って、どうなったんだ?」

「……いや、それは確かに当事者であるオレも気になるところだが……しかしなんつぅかヴィー、お前緊張感無ぇな」

「あー、シルヴィの警護でこういうところに対する緊張感とか、麻痺してんのかも」


 それに……とヴィーは続ける。


「状況的にもさ、ここに集まってるメンバーでなら、負ける気がしないっていうか」

「それは、確かに」


 ヴィーの言葉に、フェンが頷く。


 ハルマッゾからイロイロと受け継いでいるオレ。最近メキメキと実力を伸ばしているフェン。回復魔術において右に出る者の無いであろうアンナ。ゴーレムを真っ二つにしたアーサーと同質の攻撃手段を持つヴィー。そして、今この場にはいないが、魔術の天才である姫さん……。たしかに、一般的な兵士や探索者に比べたら個々が怪物級と言えるだろう。


 なんだか、ハルマッゾ戦以降、あの時のメンバーの質が急激に高まっているような気がするな。いや、アンナと姫さんは元々規格外の実力の持ち主ではあったが、フェンとヴィーの実力もそれに負けず劣らずの輝きを放ちつつある。イロイロと鈍っちまったオッサンには眩しすぎるところだ。


 フェンが、部屋の中をキョロキョロと見回しているアンナを視界に捉えながら、口を開く。


「それにしたって、偉大なるアーサー王ともあろう人物が、僕たちに何の用なのでしょう?」

「確かに疑問は疑問だども、考えたって仕方ねぇこともあるべ。ヴェルクの話じゃ悪い人じゃなさそうなんだべ?」

「ま、そりゃあ……」


 なんつっても、ヴィーの兄貴だからな。良くも悪くも真っ直ぐなヤツだ。……と、人に質問しておいて自分はさっさと窓辺へ寄っていき、外を眺めだすアンナ。そこへフェンも近くに寄り添う。おいコラ、人の話を聴けよ。……ちなみにそうしていて魔術で狙撃される可能性も皆無では無い。しかし今のフェンなら「機」を感知して咄嗟にアンナを庇うことだって出来るだろう。


「うーん、良い景色だべ。<石>から受け継いだ記憶に王都のモンもあるだが、やっぱり自分で見るのはまた違うべな」

「ええ、確かに。……そのとおりですね」

「…………」


 いくら豊富な知識や技術を受け継ぐとは言え、結局<石>から得られるものは他人のものであって、けして自分自身が得たものじゃない。熟練の戦闘技術や、秘薬と呼べるもののレシピの知識を得たとしても、実際に使ってみるまで確証が得られない……実感が沸かない、とでも言うのか。そういうことが往々にしてある。


 受け継いだものに沿って体は動いてくれるが、どうしてそう動くかが根っこのところで解らない。そのため、結局それらを自分のモノにするまで先に進めなくなり、<石>によって急激に実力は上がっているのに、本人にとってはスランプに陥ったような感覚になるのだ。……特に、どうあがいても埋められないような莫大なもんを受け継いだ日には、それは絶望的なものになる。


「<石>の記憶、か」


 そしてそれは、得られる技術によるものだけでは無い。あまりに強烈な記憶や甘美な思いなどを植えつけられた者は、その価値観を大きく変えられてしまうことさえある。通常、一部の記憶を得ただけでそんなことになることはあまり無いのだが、例えば「自己」の確立していない子供なんかが<石>を受け継いだ場合、抵抗することなくモロに影響を受けてしまい易い。


 実際、そのために<石>の継承には教会より年齢制限が課せられているが……それでも、例外は存在する。オレの視線を感じたのか、アンナがこちらを向いて首を傾げる。


「……ん、なんだべ?」

「いや、ただな、アンナは随分としっかりしてるなと思ってさ」

「んん? 急にどうしたべ。なんか変なモンでも食っただか」


 彼女はまだ12歳。<石>を受け継いだ時はまだ8歳だったらしい。フェンによれば命に関わる緊急措置だったので仕方なかったらしいが……下手をすれば、自身の記憶と<石>の記憶をごっちゃにしてしまっていても不思議は無い。だが、アンナの中ではしっかり区別できているようだ。……と、そこへヴィーが割り込む。


「大丈夫だろ。ここんとこアタシの作ったもんしか食ってねーからな」

「ほほう……仲良しだべな」

「あ……っ、いやべべ別にそーいうワケじゃなくてだな……っ」


 最近ようやく料理の腕に自信を持ったのか、胸を張ってそう言ったヴィーの言葉に、アンナが楽しそうに応じ、フェンも釣られて笑う。ホント、緊張感の欠片も見当たらねぇやな……。



 ◇



 やがて、応接室の扉が開いた。



色々と申し訳ありません。矛盾等ありましたらご連絡ください。

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