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41.残酷な事実

 その余りの勢いのバランスを取るため、四肢を含めた全身を使い、文字通り獣のように闘技場を駆けて巨大な鉄の怪物に突っ込む。これまで体内に展開して可動させていた魔剣ハルマーを、体外……つまりは鎧のように纏う。その姿は、かつてハルマッゾが身につけていた鎧のモチーフであろう異形の怪物、そのものだ。いや、むしろあの鎧こそが、この姿を模して作られたものなのかもしれない。全身を漆黒の闇に包んだ、三つ角の魔獣。


 その獣の視界の先には、今にもアーサーを押し潰そうとしている鋼鉄の巨大な腕。人間の胴体より遥かに太い、まるで城や砦を支え続ける巨大な柱のような鉄の塊に、加速能力を使った貴士たちを遥かに上回るスピードで突き進む。そして――。


「……すげーな、オイ」


 轟音。身体ごと突っ込んだオレは、巨人の腕を一気に押し返す。アーサーの手にする魔剣グスタフでも傷を与えられなかったゴーレムだ。勿論、同等の切れ味しか持たない魔剣ハルマーを身に纏っただけでは、相手を破壊することは出来ない。だが、瞬間的なものだとは言え、スピードだけでなくパワーでも、巨体のゴーレムに対抗できている。オレは、それを見て呆然と呟くアーサーに対し、背中越しに声を捻り出す。


「ぐぐ……ッ! オイ、ボーっとしてないで手ェ貸せよ……ッ」

「俺様が戦ってる間、ヴィクトリアとイチャついてた奴の台詞とは思えねーぜ」

「イチャついてなんかいねぇよ!!」


 次の瞬間、ゴーレムは空いたもう片方の腕をこちらへ振り下ろす。オレは、それをギリギリの位置で躱して、その腕にハルマーで覆われた拳を叩き込む。……が、やはりガギンッ、という硬質な音を立てて弾かれてしまう。果たして、ガロの剣技と魔剣シンカイでも断ち切れるかどうか。てか、手が痺れて痛ぇ!!


「あのまま、アイツやシルヴィア連れて、逃げてくれりゃ良かったんだが」

「今まさに殺されそうになってたヤツの言うことか、よ!!」

「ま、使い慣れた得物じゃなかったしな……っと、そうだな。そろそろ返してやるか。……ジュール!!」


 目前で戦っているオレを余所目に、アーサーが、とある方向を向いて突然叫ぶ。それとほぼ同時に、手にしていた魔剣グスタフを、その強化された驚異的な膂力でぶん投げる。ほとんど投石器から発射された凶器のような勢いのソレを、ソイツは間違いなく掴み取った。……どっちも、魔剣の能力無しで、よくやるよ。


 アーサーは、避難する観客たちに紛れていたジュールが、確かにそれを受け取ったのを見ると、ただ一言だけ命じた。


「民を守れ」


 そこにいたのはヴィーの兄としての彼でも、戦いが何よりも好きな戦闘狂の彼でもなく、フェイド王国の現国王だ。対するジュールも、また一人の貴士だった。周囲のざわめきを無視して一礼すると、身を翻して去っていく。……そりゃ、王様としては正しい行いなんだろうけどな。


「自分の得物投げてどうする!?」


 オレは、アーサーに背中で叫びながら、目前のゴーレムに向かって御用達の煙幕弾を投げつける。……よし、効果覿面だ。ゴーレムは、こちらの姿を探しているのだろう、煙の向こうで赤く光る瞳をキョロキョロと動かしている。


 闘技場に現れた際や、オレに攻撃する直前の挙動を見るに、コイツは攻撃の対象物を主に「目」によって判別しているらしい。その動体的な視力は、瞬間的に後方へジャンプしたオレを捕らえるくらいのものだが、闘技場を破壊した時に起きた土煙で一時的に行動が制限されていたところを見るに、それに頼り切っていることはまず間違いない。これは、唯一の弱点と言っても良いかもしれない。勿論、効果的な攻撃方法が無ければ、決定打には成りえないが……。


「いつも通り、撤退の時間稼ぎくらいはしてやるさ。お前も、ヴィーんとこに行けよ」

「おいおい、侮ってくれるなよな。こんだけの隙が出来ちまえば、もう詰みなんだよ」


 そう言って、アーサーはおもむろに右腕を持ち上げる。すると、何もなかったハズのそこに、ぼんやりと人間と大剣のシルエットが浮かび上がる。……人影の方は、なんつぅか非常に艶かしい体のラインを現していて……これは、やっぱり。


「……もしかしなくても、マリアか」

「ふふ……正解よ。ヴェルク」


 そこに姿を現したのは、まぁなんつぅか。やたらと体のラインが浮き出る、ピッタリとした黒服を纏ったマリア。よく見ると、超軽量の金属繊維であるミスリルが編みこまれているらしく、超庶民的(貧しいって言うな)な感覚しか持ち合わせていないオレからすると少し、近寄りがたい。ただでさえ、近寄りたくないというのに……くっそぅ、良い香りを漂わせやがって。


「……てか、その剣って、まさか」

「まぁ、流石に知っているか……」


 そう言って、アーサーはニヤリと笑ってみせる。手にするのは、かつてその威力を披露することで一度は戦争を止めて見せた伝説の剣。


「俺様の魔剣、ディジターだ」


 次の瞬間、その手にした黄金の魔剣から奔流となって魔力の光が放たれる。……これは、アーサーの持つ光属性の魔力と共鳴しているのか?


「おい、ヴェルク。お前、人間の気配を探るのが得意らしいな?」

「あ? ああ、マリアから聞いたのか?」

「俺様とあの巨人を結んだ直線の先に、人の気配はあるか?」

「……いや、無ぇけど」

「それなら良い」


 頷いて、晴れかけた煙の中でこちらに頭部を向けようとしているゴーレムに、アーサーはその黄金色に輝く魔剣を向ける。アーサーの手元から、魔剣へと莫大な魔力が注ぎ込まれるのが分かる。……これは、姫さんのソレに匹敵するレベルだ。


「……喰らえ、フェイド王国最強、最大の剣をな!!」


 次の瞬間、オレの視界は黄金色に包まれた。



 ◇



 ……相手は何も判らないままだっただろう。後に残されたのは、かつてのハルマッゾや、ヤツの遺した秘薬を飲んで自身を強化したオレが傷一つ付けられなかった、「一体」きりだったゴーレムの姿。今は「二つ」になっている。オレは秘薬の反動で、アーサーは魔剣を使用した反動で、それぞれ闘技場の隅に座り込んでいる。


「流石、光の魔剣。戦争を終わらせたっていう一品なだけはあるな」

「それも、さっきまでの話だがな」


 帝国の紋章が刻まれたソレを見ながら、アーサーは応える。


「これが開戦の狼煙……か。この国と、帝国を争わせたい第三国の罠ってことは?」

「まず、考えられんだろーな」


 肩を竦めるアーサー。


「それに、これほどの兵器、誇示したいというのも分からんでもない。数にもよるが、これが前線に投入されたら、この国も危うい。元々、兵力では向こうが圧倒的に上だ」

「こちらの対抗策は、お前のディジターだけ、か」

「いや……」


 オレの言葉に首を振り、こちらを見るアーサー。


「……なんだよ? ってか、んな便利なもん近くにあるなら最初から使えよ!!」

「ま、気にするな」


 魔力の増幅効果のある各種宝石類と同じように、魔剣と、その使用者には相性がある。いや、そもそもありとあらゆる武器・兵器には、その使用者や対象に対して相性があるのだから、当然といえるかもしれないが。コイツ、魔剣ディジターとの相性が、ズバ抜けて良いに違いない。……しかし、そのオレの推測は、見事に外れていた。


「ヴェルク。陛下は、ディジターを上手く制御できないのよ。……ホラ」


 マリアが指差した方向を見ると、真っ二つになったゴーレムの遥か向こう。闘技場そのものに一筋の縦線が入っている。……ああ。いつか、ヴィーがミノタウロスごと遺跡を斬っちまったのと一緒か。こういうところも似るんだな。まったく迷惑な兄妹だよ……。


「バラすんじゃねーよ、マリア」

「あら、陛下。私、嘘はついてないわ」

「ふん。それよりも、状況は?」

「市民は多少パニックになっているけれど、それ以外に異常なしよ。どうやら、敵側のゴーレムは、アレ一体だけだったみたいね。ゴーレムを陽動とした別働隊が動いていたようだけど、そちらは聖貴士団の面々が殲滅したわ」

「……ま、そんなところだろうな」


 オレは、二人の会話に口を挟む。


「ヴィーは?」

「無事よ。……そもそも、貴方たちにこっぴどくやられて治療中の貴士たちを、一瞬で治して避難させようとしていたのが、あの子たちだもの。本当、あの回復魔術は、規格外よね」

「……そうか」


 それは、良かった。しかし……うーん、なんというか、アーサーの前だと……マリアってこういう感じなのか? なんか、意外と国王を敬っていないように見えるっつーか。普通の会話に、「陛下」という言葉を取って付けたかのような。……と、こちらをちらりと見るマリア。


「……あら、私が陛下を敬っていないように見えて、不思議?」

「人の心を、読むんじゃねぇよ」

「だって、顔に書いてあるもの。年齢の割に分かりやすいのよ、ヴェルクって。……そんなところが、あの子も好きなのかしらね」

「……うっせぇ」


 年齢のことは言うな。そして放っておいてくれ。……と、オレたちのやり取りを聞いて、アーサーが腕を組む。


「むしろ、義理とは言え妹に敬語使われるなんて、ぞっとしねーぜ。陛下っつーのも、堅苦しいから止めて欲しいんだがなぁ」

「あら陛下、そうはいかないわ。最低限、立場ははっきりさせておかないとね」


 ? ……今、何かすげぇ不穏な内容のやり取りがあったような気がするんだが。


 マリアは、思わずキョトンとしてしまったこちらの表情に気付いて、ニッコリと笑う。もはや条件反射的に嫌な予感が背筋を駆け抜ける、その笑顔。口から語られるのは、思いもしなかった事実。


「私、ヴィクトリアの……ヴィーの実姉なのよ」

「種違いで、俺様の方とは血が繋がってねーんだけどな。ま、家族には違いねぇだろ」


 ……補足ありがとうよ、アーサー。


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