表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/42

40.魔法の薬

「畜生。帝国のヤツらが地下通路から持ち込んだものって、ゴーレムだったのかよ……!?」


 先日、意外な結末に終わった探索の結果を思い返し、オレは呟く。それを聞き取ったアーサーが、視線を鉄の巨像に向けたまま口を開く。


「ゴーレムって、遺跡でたまに見つかるっていう、動かない石像のことか?」

「あれは、金属製のようだけどな。……お前、ハルマッゾについては?」

「あ? ああ、マリアから報告があったな。アイツが調べたってところによると、色々と説はあるらしいんだが……なんでも古代に活躍した英雄で、本当か嘘か分からんが、当時最強の戦士で千年以上も生きたとか」


 オレは頷き、相対しているモノについて、簡単に説明する。


「ゴーレムってのは、ハルマッゾの時代から更に古代……現代からすれば超古代とでも言うべき時代に作られたモンだが……ハルマッゾの時代にも、動力切れ寸前のものが遺跡から発掘されてな。ヤツはゴーレムと、一度戦ってるんだよ」

「へぇ? お前、魔剣だけでなく<石>も受け継いでるのか? まぁ、そうでなきゃ魔剣の適正がそうそう合うハズもねーか。……で、何が言いたい?」


 水煙の中で未だ動かぬゴーレムを見やりながらも、首を傾げるアーサー。それに対し、オレは背中に汗を浮かばせ、全身を緊張させたまま応える。


「今のオレが足元にも及ばない当時のハルマッゾでも、勝てなかった。……ただ、それだけの話さ」

「……なんだと?」


 今、目の前にいる純帝国製と思しきソレが、超古代に作られたモノと同じ性能を持っているかどうかは分からないが……少なくとも、ハルマッゾがゴーレムと戦った際の、相手の動力切れという結末だけは無さそうだ。


 ゴーレムが現れた際に巻き起こった霧がようやく晴れ、視界がスッキリすると、その向こうで赤く光る一つ目をギョロギョロと巡らせていたゴーレムが、オレたちの後方にある観客席の方を見据える。……視線の先にあるのは、闘技場内で、いや国内で最も重要な人間たちが座る貴賓席だ。


「なるほど。ヤツらの狙いは俺様や有力貴族たちか。……別に、シルヴィアがいねーなら、放っておいても良いんだがなぁ」

「おいおい、それが国王の言葉かよ」

「ま、口うるさいヤツらだが、アレでも俺様の臣民だからな。守ってやるしかあるまい」

「まったく。……おい、来るぞ」


 と、次の瞬間、オレの視界が鉄の巨人の姿で一杯になる。その巨体からは考えられないようなスピードでオレたちの目前にまで迫ったゴーレムは、巨大な腕を振り上げている。咄嗟に左右に分かれて飛び退く。オレの方はハルマッゾの知識のおかげでヤツが持っているかもしれないであろう性能を知っているが……アーサーはよく反応したな。流石、といったところか。


 ゴーレムの巨大な腕が振り下ろされた次の瞬間、轟音と同時に地面は割れ、その周囲を盛り上がらせる。雨によって濡れていた地面からは、多くの水飛沫が跳ぶ。……くそっ、なんつぅ破壊力だ。


 と、飛び退いたまま未だ空中にいるオレに、ゴーレムの目がグルンッと勢い良く向く。スローモーションで動く世界の中で、思わず呟く。


「……勘弁してくれ」


 空中で身動きの取れないまま、迫りくる鋼鉄の拳。オレは、両手にハルマー製のガントレットを展開してソレを受け、体内に巡らせているソレを駆使して衝撃を後方へと逃がそうと高速で体を動かす。しかし、それはつまり相手の拳に乗って射出されるに等しい行為で、案の定オレはそのまま途轍もないスピードで後方へ吹っ飛ばされた。


 その先には……石造りで、やたら頑丈そうな闘技場の壁。


「くっ……ッ!!」


 轟音。オレはゴーレムの攻撃により、遥か後方の石壁にその身を埋めることになった。しかし、壁にぶつかる際にもハルマーで肉体を保護。それによって、アーサーとの戦いでついた浅い裂傷はあちこちに残るものの、いつか赤角のミノタウロスにやられた時のような致命傷を受けずに済んだ。雨のお陰で、濡れ鼠みたいにはなっているが、血塗れになるよりは随分マシだ。しかし……。


「かっ……ハ……ッ!!」


 衝撃を完全には殺しきることは出来ず、肺が圧迫され呼吸が止まる。痛ぇ……!!とも言えず、口をパクパクと動かす。己と同じ程度の質量の相手なら、空中からでもどうにかやりようがあるが……あんな巨大なノ相手では、コレが精一杯だ。そもそも、アーサー戦の疲労が溜まりまくっていて、こちとらもう動きたくねぇってのに。帝国も、空気読めよな……。


「ヴェルク!! 大丈夫か!?」


 見ると、オレが突っ込んで崩れた場所の上方にある観客席に、ヴィーの姿。どうやら、周囲の観客は騎士の先導で既に避難を始めていたらしく、巻き込まれた人間はいないようだった。……この対応の素早さ、国内に帝国のヤツらが潜伏しているという情報があった以上、それなりの備えをしてたんだろうな。呼吸を整えたオレは、展開したハルマーを解除しながら上体を起こす。


「あいてて……全然、大丈夫じゃねぇよ」

「……大丈夫、そうだな」


 オレの軽口に、ヴィーが安心したような表情を見せる。大丈夫じゃねぇって言ってるんだが、まぁ……長い付き合いだし嘘はつけねぇか。ヴィーはそのまま、瓦礫の中をオレの傍まで降りてきて、手を差し出す。オレは、それに手を伸ばして……先刻のアーサーの言葉を思い出してしまった。思わず、ヴィーの顔をマジマジと見つめてしまう。


「どうしたんだよ? ……ほら」

「あ、ああ」


 オレは一瞬迷ったが、ヴィーの手を握って立ち上がった。そして遠目に、どうにかゴーレムの攻撃を避けているアーサーの姿を確認する。しかしゴーレムはあの巨体であのスピードだ。疲れきった体で、いつまでも避けきれるハズが無い。ああ、やっぱり魔剣グスタフの刃も通じていないみたいだな。こうなると、あのゴーレムの性能は、ハルマッゾが戦った時のソレとそう変わらないようだ。


 オレはヴィーの様子をさりげなく伺いながら、問い掛ける。


「アンナとフェンは?」

「最初の爆発に巻き込まれた人たちを助けに、アンナが飛び出して……」

「フェンもついて行ったと。ハハ、分かりやすいヤツらだな……」


 容易に想像できるその内容を聞いて、こんな時だというのに思わず笑う。


「ヴィー。お前、シルヴィアとアイツら連れて、怪我人を安全なとこに……って、そうだな。マルクのおっさんとこに向かえ。あそこなら、安全だろ」


 あそこは、巨大な宿泊施設の中に、受付で見たような遺物を含め、多様の魔術的な細工が施されていた。なおかつ緊急時の拠点に指定されているということは……ここよりはいくらか安全だろう。そう、遠くも無いし……。


「なっ!? アタシだって、一緒に戦えるぞ!!」

「んなこた分かってる。でも、あのデケェのが一体だけとは限らねぇだろ。万が一に備えねぇとな。こっちはオレと、アー……アイツで、どうにかしてみせる」

「本当か……? 絶対、死ぬなよ?」

「ああ。いざとなったら、尻尾巻いて逃げるさ」


 そう言って、懐から小さな水筒を取り出す。探索にも、酒なんかを入れて持っていく金属製のモノで比較的丈夫な造りだが……どうにか壊れずにいてくれたみたいだ。武具を除けば、オレの持ち物の中では比較的金の掛かってるモンだしな。流石に造りが良いねぇ。片手の親指で蓋を回して外すと、オレはソレを口に運び、中身を一気に飲み干す。……げ、なんだこの味。


「うへぇ……あんまり美味しくは無ぇな、コレ」

「ヴェルク? なんだソレ……?」

「あー、ハルマッゾの知識を使って作った、魔法のお薬ってとこかな。……って、おおっ?」


 ドクン、と己の心臓が脈打つのが分かる。なるほど、こういう感覚なのか、と思う。あまり体に良いものでは無いということもあり、試飲はしてなかったからな……。


「どうしたんだ? 手が、急に熱くなったぞ。大丈夫なのかよ?」


 未だ繋ぎっ放しの手のひらからオレの肉体に起こっていることを感じ取ったヴィーが、不安げな表情で尋ねてくる。いや、手はすぐに離してくれて良かったんだが、うーん。まさか、先日のアレで癖になってるのか? それともただの天然か。そこに気付いていない様子のヴィーに、オレは言う。


「あ゛あ゛。……ぁ?」

「ん? なんだよ?」

「…………」


 薬のせいか? 一時的に声が出にくくなっているようだ。仕方なくオレは、傍らに立つヴィーに顔を近づける。コレじゃ、周囲の雨音にかき消されて声が届かないだろうしな。


「……え? ……ッ!?」


 ……と、ヴィーのヤツはなにを勘違いしているのか、顔を赤くして慌てて目を閉じている。おいおい、なに考えてるんだよ? オレは、そんな挙動不審なヴィーの耳元に顔を近づけて、囁く。


「大丈夫だから、そろそろ手を、離してくんねぇ?」

「え……あっ!? わ、悪い!!」


 手を離し、慌てて飛び退くヴィー。以前なら、このヴィーの反応を「何故か」の一言で片付けていたんだが……アーサーの言ったこと、マジなのかねぇ。なんか、コレまでのコイツの行動と反応に、全ての説明がつくような気すらしてきたな。おっさんや、ミントのニヤついた笑顔が、頭に浮かぶ。


「ハルマッゾには悪いが、オレにとっては、ゴーレムよりこっちの問題の方が厄介だな」

「ん? なんか、言ったか?」


 いまだ喉の調子が戻らずに小声で呟くと、ヴィーが首を傾げてこちらを見る。オレは、軽く俯いて口元を緩ませると、意識して、ヴィーへ届くように声を出す。


「なんでもねぇよ」


 加速していく心音と雨音が、オレの内と響いていく……。こうなったら、全部の憂さをアイツにぶつけてやるさ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ