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39.巨大なモノ

 あれは、かれこれ5年前のことだ。


 当時、とある理由からパートナーを失って、傭兵稼業から足を洗おうとしていたオレは、辿り着いたガルジの街で新たな職を探していた。実際、かなり大きな街だったから、働き口はいくらでもあったんだろうが、当時25歳のオレは、まだまだ戦いの日々に飽き足りてはいなかったんだろう。普通の職業なんかがいまいちピンと来ず、ブラブラと毎日を過ごしていた。ギルドを通さない仕事……簡単な護衛なんかをして、日銭を稼ぐ日々だった。


 そんなある日。唯一の「家族」を失い街へと一人辿りつき、心身ともに疲れ果て、心を失いかけていたアイツに出会った。13歳だったアイツの見た目はまだまだ子供のなりで、薄汚れ擦り切れた旅の衣装に身を包んでいた。その手には、形見の大剣と、<石>を受け継いだ証である刻印……。


 知り合ったのは、成り行きというか何と言うか……結局、危なっかしいソイツを放って置けなくて世話をしてやるハメになり、二人揃って探索者となった。オレは戦いのイロハをアイツに教えてやり、しかも保護者兼任というオレらしく無い立場まで手に入れることに。たしか同じ部屋に泊まった最初の夜、オレはアイツにこんなことを言ったっけ。


「……お前、女だったのか?」


 まぁ、それがアイツ……ヴィーに思いっきりぶん殴られた最初ってワケだ。今思えば、とんでもねぇモンを拾っちまったなぁ……。



 ◇



 黄金の戦士、アーサー・フェイドは間違いなく天才だった。いや、それはもはや「才能」という言葉で片付けられるものではない。数千年を戦い抜いたハルマッゾにも劣らない素質の持ち主だ。鎧に魂を移し、能力的に減退していたあのハルマッゾになら、余裕で勝てたんだろうな、コイツ。もはや「人間」という枠組みでは収まりきらず、「怪物」と呼ばれる類の力だ。


 対する、オレはというと……。


「おいおい、急に腑抜けちまって、どうしたんだよ?」

「……うるせぇよ、お前の発言のせいだろうが」

「うん? どの部分だ?」


 幾度か撃ち合った後、勢いを殺せずゴロゴロと無様に転がって間合いをとったオレは、思考がまとまらずに精彩を欠いている己に気付かざるを得なかった。そんな男を目の前にしているアーサーも勿論、オレの動揺っぷりには気付いているようだったが、その理由には思い至っていないらしい。その様子が、先ほどの言葉の信憑性をますます高める。


「……ヴィーが、オレのことを好きだってトコだよ。一体、何の冗談だ?」

「はぁ? こんなトコで冗談なんて言うかよ。……ってなんだ、知らなかったのか?」

「知らねぇも何も、初耳だよ。……ちなみにソレ、誰に聞いたんだよ?」

「そんなもん、シルヴィアとマリアの二人に決まってンだろーが」


 アーサーの口から語られたのは、魔女二人の名前。


「……そうか。アイツらの情報か」

「おおっ!? 急にやる気を取り戻したな、ヴェルク!!」


 オレが全身をきしませながら放った高速の一撃を、気と魔力とで強化された身体能力を使って受け止めるアーサー。黄金色の兜のせいで、その表情を見ることは叶わないが、その口調からは楽しくて仕方がないといった、まるで子供のような感情が伺える。


「あの悪女二人組からの情報だっていうなら、ガセネタって可能性もあるからな!!」


 マリアのせいで痛い目見てばかりのオレとしては、その方が説得力がある。シルヴィアだって、オレの反応を楽しんでいるだけという可能性が……。アーサーはソレに対し、怒ったような、呆れたような口調で言う。


「おいおい、マリアはともかく、シルヴィアが悪女だなんて聞き捨てならねーな。そんなにヴィクトリアの想いを認めたくねーのかよ。……腹違いとはいえ、兄としては微妙な気分だぜ」


 ヴィーがオレを好きだということを認めたくない、というよりも……認めてはいけないような気がした。兄や父のような気持ちで見ていた少女が、いつの間にか自分を好きになっていたなど……なんというか、格好がつかない気がした。別に、倫理観がどうこう言うような性質じゃねぇと思ってたが……自分のことになると、分からないもんだな。


「マリアが悪女だってのは、否定しなくて良いのかよ!!」

「……返答しかねる!!」


 おいおい。もしかして国王ですらアイツをコントロール出来てねぇのか? ちゃんと、あの女の言動は把握してくれよな。あの美貌であっちこっち掻き回されたんじゃ、たまったもんじゃねぇぞ。


「ちなみに、ヴィクトリアの周辺を調べた他の諜報員からも同じ報告がだな……ていうか、お前の周辺では、それこそ周知の事実らしいぞ?」


 オレの思考、再びフリーズ。


「マジかよ。……ああもう、考えるのはヤメだっ!!」

「おお、危ねぇ……ッ!! よっしゃあ、こちらも本気でいくぜぇ……!!」

「ぐっ!? この……!!」


 オレの攻撃を避け、身体強化によって高速の攻撃を繰り出すアーサー。それを、どうにか紙一重の位置で受け止め、そのまま相手の手首、黄金のガントレットを掴んで捻りを加えて投げる。しかし、黄金の鎧の重量を感じさせない体捌きで体の軸を回転させ無事に地面へと着地するアーサーに、オレは思わず冷や汗をかく。猫かよ、コイツ。


「危ねー危ねー。まったく動きずれーな、この鎧。……しかも暑いし」

「んなの知るかよ!!」


 確かに、お互い最高の切れ味を誇る武器を使っている以上、その重量と稼動範囲の制限がただのデメリットでしかない重装備をしているアーサーは、分が悪いと言えるだろう。それでも、流れるような動きでこちらの攻撃を躱し、受け流しているのは流石としか言い様が無い。かつて、魔剣ディジターの一振りで、帝国軍数千人を屠ったという噂……あながち嘘や誇張じゃないのかもしれないな。


「そもそもヴェルク、お前はどうなんだよ? ヴィクトリアのこと、好きなのか?」


 アーサーは剣を構え直すと、その剣身越しにオレを見据えて質問を投げかけてくる。……オレがヴィーを嫌いなワケ、無ぇだろ……クソッタレ。



 ◇



 実力は拮抗し、戦闘は長時間に及んだ。……とは言え、その要因としてアーサーが本来の魔剣やかつてヴィーが見せたような遠距離攻撃を封印していることや、その身に纏った鎧の重量なんかがあるワケだが。こうして分かりやすいハンデを貰うってのは、ハルマッゾ戦を除けば初めてのことかもしれないな……。


 その戦いの途中で、王都には雨が降り始めた。一時は体に篭った熱を程よく奪ってくれたが、次第に雨に濡れた体が重くなっていくのが分かる。逆に、周囲の観客たちの熱気は最高潮を迎えている。まぁ、ここまで人間離れした戦いを続ければ当然と言えるかもしれないけれど。


「……なぁ。周りが、盛り上がってるとこ、悪いが……いい加減に、終わりにしたいんだが」

「奇遇だな……俺様も、同じことを考えてたぜ」


 お互いに、ぜぇぜぇと肩で呼吸しながら、どうにか腕を持ち上げて剣を構える。それにしても、アーサーの身体強化術、ヴィーのソレと比べて遥かに長持ちするのだから、やはり年季の違いなんだろうか。いずれアイツも、このくらい強くなるのか? ……あまり想像したくねぇな。


「しかし、王家の人間ってのは、まるでデタラメだな……」

「……ま、自分でもそうは思うケドな、良いことばかりじゃねーぞ? お陰で、思いっきり戦えなくて退屈してるしな。こないだまでは、聖貴士連中を相手にして遊んでたんだが、それも出来なくなっちまったし……」


 千年ものの<石>と加速の魔剣を持つ聖貴士相手にして……遊び、ね。確かに、こうして刃を交えていても、コイツの底が見えない。ハルマッゾの知識や記憶の中にも、ここまで才能に溢れたものは、ほとんど見当たらない。まさに、千年に一人というレベルの怪物。オレは、呼吸を整えながら応じる。


「ますますデタラメだな。……まさか、ソレがヤツらが離反した本当の理由、だなんてオチじゃねぇだろうな?」

「さぁ? んなもん、離反した当人たちに聞いてくれ。今頃、この王都に集まってるんだろーしな。まぁ、今回の離反も、それはそれで面白そうだったから止めなかったんだけれど……マリアのヤツには怒られたし、シルヴィアは呆れてたっけな」

「……それでこうして点数稼ぎしてるワケか。同情するぜ」


 お前にも、聖貴士の連中にもな。


 オレがコイツとどうにか戦い続けられているのは、単純にコイツの「気」が異様に読みやすいってことに尽きる。<石>を継いでねぇってのもあるんだろうが、ガロと同じようにどこまでも真っ直ぐな太刀筋で攻撃を繰り出してくる。研ぎ澄まされた、というよりは無邪気な、といった感じだが。これまで、そんな小手先の技が必要なかっただけなのかもな……。


「どうしたんだよ、考え込んで。なぁ義弟よ」

「うるせぇ。お前の方が、年下だろうが」


 たしか、まだ26歳とか、そんなもんだったはず。ヴィーとは8歳差か。それでもまだ、オレより大分年下だもんなぁ。……ああ、このまま負けるのが、ますます癪になってきたな。


「お互い、次の一撃で終わらせようぜ」

「……そうだな」


 こうなったら、最高の一撃をお見舞いしてやるさ。



 ◇



 しかし、その一撃が繰り出されることは無かった。


 強力な防護魔術で守られているハズの闘技場の壁が轟音を立てながら破壊される。突然の爆発に伏せたオレとアーサーが身を起こしてそちらに視線を向けると、白煙の中から現れたのは……瓦礫の山と、ぐったりと動かない観客の姿。


 そして、身の丈10メートル以上はあろうかという、巨大な人型。その金属製のボディには、帝国の紋章が掘り込まれている。オレは……いや、その存在を知る全ての者が思わず目を疑っただろう。あれは――。


「……古代兵器、ゴーレム」


 絶望的な響きを含ませたオレの呟きは、雨音によってかき消されていった……。


更新遅れまして申し訳ありません(汗


……と、誠に勝手ながらアルファポリス様で開催されている「第4回ファンタジー小説大賞」にエントリーしています。もしよろしければ、投票にご参加くださいませ。

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