38.想い人
「ぐっ……は……ッ」
ガシャン、という音を立てて地面に崩れ落ちる、白銀の鎧をまとった3人目の聖貴士。随分と年若く、年齢的にはヴィーやフェンと同じくらいに見える。名前は……えーと何だったっけ。ミールとの戦いでつけられた傷の痛みで、よく聞いていなかった。魔術で大分減退されているはずの歓声ですら、傷に響いて嫌になるくらいだ。くそぅ、さっさと終わらせて、アンナに回復してもらいてぇ。
ミールのヤツが言っていたように、ガロ以上の脅威となる使い手は、残りの貴士たちの中にはいないのか。3回戦は、ガロ戦での苦労が嘘のようにあっという間の決着だった。とはいえ、こちらもガロとの戦いで精神を削り、ミールの指弾によって身体にはあちこち穴だらけ。精神的な疲労と、満身創痍と言って過言でない肉体で戦闘を続けるのは、正直辛い。……昔は結構、無茶してたんだけどな。こういう時に、ついつい若くねぇな、と思ってしまう。
地面に伏したまま顔を上げ、ぐぐ……と呻きながら鎧を纏った聖貴士が、その年若い顔に悔しそうな表情を浮かべる。
「ま、まさか、ここまでとは……」
「こっちは、初戦でガロほどの使い手と戦って少し期待していたんだけどな……。流石にアレ以上強いヤツがいたら、ジュールの立つ瀬が無いか」
「……所詮、オレは団長の器じゃなかったってことか。しかし、次の貴様の相手は恐らく我ら聖貴士団の副団長、ドルマ殿。そう簡単には勝てないぞ」
「へぇ、そんなヤツが残ってたのか。それは楽しみだな」
強いヤツと戦いたい……というのは、オレと、オレの中に眠るハルマッゾ共通の欲求だ。オレの場合は散々愚痴りながら嫌々戦うんだけど、やはり同じレベルの相手と戦うのは楽しいと思ってしまう。これは恐らく、傭兵時代からの悪い癖なんだろう。かつての古い仲間には「死にたがり」だの「病気」だのと言われたことがあるくらいだ。……まぁ、そう言うソイツも化け物みてぇなヤツだったんだが。
ここのところ、昔に戻ったような緊張感が続いていて、心身の感覚が研ぎ澄まされているように感じる。お陰で、ハルマッゾの知識や技を違和感無く扱えるようになってきている。やはり、生前の<石>の所有者とは体格の違いなどから技の使役にも若干の違和感があるものだが、ソレも薄れてきているし。先々のことを考えると、良い準備運動だよな、この大会。オレは、轟音を響かせながら降りていく石壁の向こうを見つめる。
やがて土煙が晴れ、そこに現れたのは……聖貴士の証である白銀の鎧を纏いながら地面に伏せる一人の男と、ソレを見下ろして背中にマントをはためかせる、黄金の鎧を纏った戦士。オレの後ろで伏せる、もう一人の聖貴士が愕然とした表情で口を開く。
「馬鹿な……ドルマ殿が、敗れただと……ッ!? 何者だ、アイツは!!」
「……聖貴士じゃ、ねぇのか」
なるほど。確かに今大会本選出場者は16名。うち11名がコイツら聖貴士だが、たしかにオレを除いて残り4名、聖貴士以外の参加者が存在しているハズだ。これはなんとも……王都に住まう有力貴族たちに良いところを見せたかった聖貴士たちにとっては、格好のつかない話になってきたな。参加者の過半数を大きく上回る11人もの精鋭送り込んで、決勝に残れないとか……かなり印象悪くねぇ?
「……これからどうするんだ、お前ら」
「うぐぐ……」
◇
倒れて動けない二人の聖貴士を、大会の関係者が連れ出したあと、オレと黄金の戦士には王都の聖職者による回復魔術が掛けられた。どうやら、決勝戦は万全の状態で望め、ということらしい。これは、かなりありがたい。魔剣による止血を行いながら戦うってのは、思ったよりも面倒だったのだ。
「……アンタの方はほぼ無傷だったみてぇだけどな」
「あー、気にすンなよ。俺様も、万全の相手じゃねぇと燃えねーかんな」
顔を覆う黄金の兜の下から聞こえる言葉は、意外なほどフランクなもので、声の調子も若い。さて、コイツが一体どうやって、加速の魔剣を持っていたであろう聖貴士を倒したのか。正直、前日に姫さんが言っていた「大会でのオレの優勝」という条件も、今更意味があるのか分からねぇが……コレはコレで、なかなか楽しめそうだな。表舞台で目立つのはあまり好きじゃ無いんだが……それこそ今更、か。
「じゃあ、ぼちぼち始めますか」
「おう、良いぜ。どっからでもかかって来いよ」
「なんつぅか、随分と余裕だな」
「クックックッ……。俺様は、生まれてこの方、ずっとこんな感じだよ。まぁ、お陰でイロイロと敵も多いんだがな」
何を言っているのか良く分からないが、とにかくここまで勝ち残った強者であることは間違いない。オレは細心の注意を払いながら、魔剣を構え、相手へと一歩一歩進んでいく。そして、相手の不意をついて一気に間合いを詰め、斬りつける。体内の「気」を極限まで小さくし、「機」の察知はほぼ不可能であろう必殺の一撃。しかし――。
「ほう、流石だ……探索者ヴェルク」
「……ッ!? ソイツは……!!」
黄金の戦士が、高速で切りつけたオレの斬撃を、一瞬で鞘から引き抜いた剣で防いでしまう。しかし、オレが驚いたのは、そのためだけではない。その手にしている剣が、オレにとって見覚えがあるものだったのだ。一度はオレが手にし、マリアへと手渡したはずの、白銀の剣。
「気付いたか? そう、これはジュールのヤツが使っていた魔剣だよ。銘は確か……グスタフとか言ったかな。使い勝手も悪くない」
黄金の戦士はそう言って、フンと鼻を鳴らす。
「まぁ、俺様にはコイツに適正無ぇから加速能力は発揮できねーんだが、その魔剣と撃ち合える剣となると、そうそう見つからなくてな。有名すぎる俺様の愛剣を、こんな目立つとこで使うワケにもいかねーし」
「……アンタ、何者だ?」
剣の歯を合わせたまま、オレは尋ねる。魔剣としての能力を黄金の戦士の、ニヤリと笑う雰囲気。ソレはまるで「あの日」戦った鎧の怪物を彷彿とさせる。こちらは魔剣の力を最大限に使って剣圧を増幅させているが、相手は魔剣の能力に頼っていない。コイツは、魔力と気とを練り合わせた技法で、体力を増幅しているのだ。ヴィーと、同じように。
……こうなると、嫌な予感しかしない。
「分かってンだろ? 何故、俺様がこんな鎧を纏って姿を隠しているか。何故、俺様がマリアが持ち去ったはずの魔剣を手にしているか」
聖貴士と同じく秘匿された存在であるはずの魔剣調査官マリアの存在を知り、彼女が持ち去った魔剣を現在手にしていて、しかも、観客に姿を見られてしまうと行動に支障が出る人物、ね……。
「貴賓席で、姫さんの隣に座っているアイツは?」
「姫さん? ……ああ、シルヴィアのことか。あの男は影武者だよ。帝国の刺客にいつ狙われても可笑しくない世の中だからな、別に珍しくもなんともねーだろ?」
たしかに、地位の高い人間が、暗殺者などから身を守るために公の場では影武者を使うことは良くあることだが……その本人がより危険なこんなとこに顔だしてたら、意味無ぇだろ。偉いヤツの考えることは、よく分からねぇ。
「何が目的なんだ? 聖貴士の暴走を食い止めることか?」
「いや。俺様は、別にヤツらの好きなようにさせても構わなかったんだが、そこらへんはシルヴィアに説き伏せられてな」
「は?」
……あんの小娘、オレどころかこんな大物まで巻き込んだのか!! 考えることの桁が違いすぎる……ッ!!
「ちなみに……どうやってアンタを説得したんだ、アイツ」
「いやぁ、この大会で優勝したら、求婚に応じてやっても良いなんて言うもんでな」
「聖貴士関係ねぇじゃねぇか!? ってか、そんな理由で……?」
「なんだよ、男にとっては大事なことだろ」
いや、ていうか姫さん、この男からの求婚を断ってたのかよ! 貴族として最大の誉れじゃねぇのか? 相手が最低の人間だっていうなら分かるが、コイツは人間としてもそうそう悪いヤツじゃ無さそうだけれど……。まさか他に、好きなヤツでもいるんだろうか。いや、考えられねぇな。
「あとは、楽しそうだったからな。お前と一緒だよ、ヴェルク」
「オレと……?」
「顔、笑ってるぜ?」
そう言って、黄金の戦士……もとい、王国最強の存在、もとい、光の魔剣唯一の使い手、もとい……ヴィーの兄貴。この国の王者、アーサー・フェイドは喉を鳴らして笑った。確かに、彼の持つ魔剣グスタフの刃に映るオレの顔は、ひどく楽しそうに歪んでいた。兜の向こうに見える、ヴィーと同じ新緑色の瞳が細められる。
そして……、次の一言でオレの思考をストップさせる。
「まぁ、兄として、ヴィクトリアの想い人であるお前にも興味があったしな。……未来の義弟候補がきちんと勝ち進んでくれて、嬉しいぜ」
「…………はい?」
2011.08.23 ご指摘いただいた点を修正。