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37.夢

「おい、アンタ」


 ガガガガ……と、かなりの音を立てながら、隣の舞台との仕切りである巨大な石造りの壁がゆっくりと降りていく中、オレはその場から立ち去ろうとするガロに声を掛けた。ガロが、こちらを振り向く。


「……何だ」

「ホラよ」


 オレはガロに向かって、無造作に魔剣シンカイをぶん投げる。ぐるんぐるん、と綺麗に回転しながら、虚空を舞う。ソレを受け取るガロは、両目を見開き驚愕の表情。……まぁ確かに、頭良いヤツのやることじゃねぇよな。


「何故……?」

「オレがその魔剣持ってても、適正無ぇから役に立たねーしな。それに、あそこまで鍛え上げた技が無駄になるのは、あまりに勿体無ぇ」


 千年という時の中で極限まで鍛え上げられたのであろう剣術に、ガロという男個人の才能と身体能力、そして魔剣シンカイが足されて初めて、あそこまでのものが完成したのだ。それはもはや、オレみたいな男からすれば、芸術品と言っても過言ではないほどの価値がある……と思う。


 それを軽々と奪ってしまうのは、流石に気が引ける。オレが持ってても、この魔剣に適正のありそうなヤツは知らねぇし……マリアがやって来て持っていかれちまうだけだしな。それはそれで、貸しが作れるのかもしれねぇが、正直、オレの望む形で返してもらえる可能性は、皆無に等しそうだ。……残念だけど。


「その代わり、一つ教えろ。なんでお前ら、そこまでヴィーにこだわるんだ? 今の国王だって、中々の人物だって話じゃねぇか」


 そう……いくら聖貴士たちがどれだけの団結力を誇っていたとしても、王家の血をきちんと引いている今の国王に対し、全員が全員反旗を翻すというのは、少し違和感がある。ただただ単純な疑問だったが、ソレに対してガロは自分の手の平に刻まれたものを見つめ、そしてそれを強く握る。拳を握ったまま、口を開く。


「誇りだ」

「……誇り?」

「我々は<石>を通じて、千年以上もの間、同じく<石>を受け継いできた国王に仕えることを最上の悦びとしてきた。我々は、代々受けてきた恩をけして忘れはしない。<石>に宿る王家の意志に従うことこそが、我ら聖貴士の誇り。我々はそのためだけに生きている」


<石>に刻まれた記憶に人生を左右される人間は、意外と多い。それは代を重ねるごとに薄れていくものだが、受け継いできた者たちに一貫した意志があれば、それを次の代へとより深く刻み付けることができる。


「……三つ子の魂百まで、か。ジュールの野郎は、少し違ったみたいだけどな」


 オレの言葉を聞いたガロが、フッ……と笑う。


「それは、本人から聞くのが一番良かろう。話してくれるかどうかは判らぬが……」


 気が付くと、丁度巨大な石壁が降りきったところだった。土煙の向こうを見つめるオレに対し背中を向けた壮年の剣士ガロは、控え室への通路へと歩みながら続ける。


「もう一つ、教えておこう。この大会に参加している者たちは、ジュール殿が無事にヴィクトリア様の夫となられた際の、次の団長の座を競っている。相手を殺したら反則負けというのも、同士討ちを避けたい我々には丁度良いのでな」

「ふぅん。……つまり?」

「全員本気で戦っている故、勝ち抜けば勝ち抜くほど相手が強くなるということだ。……それでは御免」


 そう言ってガロが通路へ消えるのが早いか、石壁が巻き上げた煙の向こうから、高速で飛翔してくる物体。オレは未だ見えぬ相手の「機」の発露を察知し魔剣ハルマーで防御しながら身を捻るが、それでも躱しきれずに右上腕部を薄く切り裂かれる。……いや、これは切り裂かれるというよりも、抉り取られている、と言った方が正確か。とにかく――。


「痛てぇぞ、クソッタレ!! コレって反則じゃねぇのか!?」

「ワタシの中にある過去の大会規則の中では、けして反則ではありませんよ。しかし、加速させたワタシの指弾を躱すとは、流石ジュール団長とガロ殿を退けただけはありますねェ。正直、新たな団長への道程には、ガロ殿が一番の難敵だと思っていましたが」


 指弾、ね。飛び道具にあのとんでもねぇ加速能力を付加とかって……大会ルール云々よりも、そっちの方が反則じゃねぇのかよ。確かに、あのおっさんなら撃ち出された指弾を全て斬り落とすかもしれねぇけど。


 煙の向こうから現れた、やたらと豪奢な衣装に身を包む男が、大げさにお辞儀する。手足のやたら長いソイツは、まるで道化師のようで、不敵な笑みを浮かべている。


「ワタシの名前は、ミール。魔剣ラクシーの使い手です。……どうぞ、よろしく」



 ◇



「なぁ、ヴィー。起きてるか?」

「ななな、なんだよ、急に」


 大会前日の深夜。眠れずにいたオレは、同じ部屋の隣のベッドに眠るヴィーへ背中越しに声を掛ける。すると、なんだか慌てたような返事が返ってきた。お互いがそれぞれのベッドに入ってからそれなりに時間が経っているが、どうやらまだ起きていたらしい。オレは、最近こうしてよく考えることを、そのままヴィーにぶつけてみた。


「お前、将来どうなりたいんだ?」

「どうって、そりゃヴェルクと一緒に――じゃなくてっ」

「? さっきから様子おかしいぞ、お前」

「う、うっせぇ!!」


 ごろん、と寝返りを打ってヴィーの方へ向くと、毛布の上から両手で胸を押さえて深呼吸していた。……変なヤツ。


「大丈夫か、ヴィー。その、頭とか」

「……うぐぐ。ヴェルクの頭こそ、どうなってんだよ。こんな雰囲気の良い部屋で、アタシと、ふ、ふたりき……だってのに」


 そっぽを向いてブツブツと呟くヴィー。うーん。


「だからこうして、話を聞いてるんじゃねぇか。ほかのヤツらがいねぇところでさ」

「……まさか、シルヴィから何か聞いたのか?」

「いや、特には。てか、何か隠してることでもあんのかよ?」

「べ、別に良いだろ!! ……大体、アタシの将来なんて、ヴェルクには関係無いじゃんか。……まだ」


 拗ねたような声でそう言うヴィーに、オレは苦笑する。


「それが意外に、そうでもねぇんだよな……」

「え? それって……」


 オレの言葉のどこに反応したのか、こちらを向いて何故か急に機嫌が良くなった様子のヴィー。それを見て、思わず微笑む。子供みたいなヤツだな。


「いや、なんでもねぇよ。それよりホラ、お前の将来像だよ。どうなんだ? こう、お姫様になりたいとか、王子様と結婚したいとか、そういう夢があったりすんのか?」

「お姫様に王子様ぁ……? ヴェルクこそ、本当に頭か目がどうかしちまったのか? アタシがそんなタマに見えんのかよ」

「そりゃまぁ、そうだが……」


 普段の言動を見ていれば、間違ってもそんなことを考えそうには見えない。だが、やはり女の子だったら、城での暮らしや王子様との結婚、なんて憧れそうなものだけどな。まぁ、コイツは普通じゃないし、女の子、っていう年齢でもないかもしれないが。ヴィーは、天井の一点を真っ直ぐ見つめて、口を開く。


「探索者を続けているか、それとも別の仕事をしてるかは分からないけど……なんにしたって、アタシは自由に生きるんだ。そして困っている人がいたら、自分の手で助ける。……助けられるくらいに強くなる。それがアタシの、今の夢かな」


 天井を見つめていたヴィーは、何かを思い出すように、ポツリポツリとそんなことを語った。やがて照れたような表情でこちらを向く。


「……ってのが答えじゃ、ダメかな」

「いや、構わねぇけど……しかし随分と、お人好しな生き方だなぁ」


 そんなオレの感想を聞いて、ヴィーは一瞬目を点にすると……腹を抱えて声を抑えるようにフフフ、と笑い出した。やがてオレの怪訝そうな表情に気付いたのか、上半身を起こしてコホン、と咳払い。少しはにかんだような顔で、オレを見る。


「な、なんだよ……?」

「分からない? ヴェルクみたいになりたいって言ってるんだよ、アタシ……」



 ◇



 そして時は戻る。


 鉄球と、それと同じ大きさに変化させられオレの手から撃ち出された漆黒の弾……魔剣ハルマーが、寸分の狂いなく、空中で芯同士を貫くようにぶつかり合う。その勢いは相殺され、魔剣ハルマーはそのまま空中で霧散し、ただの鉄に過ぎないミールの弾は、形を歪に変化させて地面へと落ちた。


「……な、なんとまァ。貴方、国王の次に恐ろしい方ですねェ」

「どういう意味かは知らねぇけど、褒め言葉として受け取っておくよ」


 オレは、体の数箇所を鉄球に抉られて血塗れになったまま、ニヤリと笑う。筋肉を膨張させたり魔剣ハルマーを利用して出血を止め、体内の「気」を巡らせて傷の回復を早める。それに気付いた道化師のような男、ミールが口元を引きつらせた。意外と分かりやすいヤツだな。


「不死身のゾンビと戦っているようですよ、まるで」

「ゾンビは、不死身じゃねぇよ」


 オレは、手の平の中に球状にした魔剣ハルマーを握る。魔剣の力によって加速された鋼鉄の指弾VS強化された肉体から放たれる魔剣製の指弾。錬度は向こうのほうが遥かに上だが、こちらには数千年戦い続けた男の驚異的なセンスが宿っている。オレは、魔剣が変化させられなくなる直前。つまり球状の魔剣が指から離れる瞬間に、それを細かな複数の弾状に変化させて撃ち出した。……そして響き渡る、男の悲鳴。


「ギャアアァァアァァ……ッ!!」


 地面の上を苦痛でのた打ち回るミールを無視して、オレは思う。自分たちの誇りの為に事を成そうとしているコイツら聖貴士たちと、他人の守るために強くなろうとするヴィーの生き方。そのどちらを尊重すべきかなんて、考えるまでもない。オレは、昨夜のヴィーの言葉を思い出して……笑みが浮かびそうになるのを堪える。


「仕方ねぇ。せいぜい、孝行娘の夢を叶えるお手伝いでも、するとしますか」


 もう十分、強いとは思うけどな。


ぎ、ぎりぎり一週間での更新……ですかね?(汗

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