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36.東方の剣

「お久しぶりですわ」


 大会前日。そう言って意外な人物がオレたちの部屋を訪ねてきた。……と言っても、以前のようにマリアがやってきたワケじゃあ無い。流石にそれでは、悪夢の再来、いや再々来だ。まぁ、美人には違いないが、こちらはどちらかというと「美少女」……だな。と、奥の部屋から、ラフな格好をしたヴィーが顔を出す。……ああ、面倒なことになった気がする。


「ヴェルク~、一体誰だった……って、シルヴィ!?」

「あらあらまぁまぁ……いつの間に、お二人はそんな仲に?」

「えっ、そ……、ち違……ッ!?」

「……落ち着け、ヴィー」


 部屋に訪問するなりそんなことを言うのは、オレやヴィーにとってはお馴染みの顔。姫さんこと、シルヴィア・スティネーゼだ。確かに、王都へ里帰りしているなんて話は聞いていたが、わざわざ向こうから尋ねてくるとは思わなかった。とはいえ、こちらから姫さんの実家に行くのも気が引けるんだが。ヴィーと違って、オレはそこまで親しいワケじゃあ無いしな……。金払いの良い探索主催者としての彼女には、色々と世話にはなっているけど。


 そもそも姫さんほどの情報網を持つ人間が、オレとヴィーが同じ部屋に泊まっていることを知らないワケが無い……と思ったら、やはり案の定。慌てるヴィーと、うんざりしているオレを見て、姫さんはクスクスと笑っていた。くそっ、人の悪いヤツだ。


「とりあえず、入ってくれ」

「ふふふ……。ええ、そうさせていただきますわ」

「あ……アタシ、アンナとフェンを呼んでくる!」


 ヴィーが慌てた様子でドタドタと去っていくと、姫さんはそれを微笑ましい、といった表情で見送る。


「ああ、可愛らしい。まるで、お二人の将来の姿を見ているようですわね」

「あのなぁ、姫さん……オレは別になんもしてねーぞ」

「それはそれで、問題アリですわね」

「……はぁ?」


 その後は結局、久しぶりにそろった「例のパーティ」メンバー全員で、わいわいと過ごすことになった。と言っても、終始騒いでたのは女どもだったけれど。姦しい、とは良く言ったものだ。しかし、これが街での再会ならナターシャんトコのベリーパイの約束も済ませられたんだがなぁ。あの約束をしてから、もう結構経つんだよな……。



 ◇



 そして、大会当日。


 王都に作られた巨大な闘技場。街のソレとは比べ物にならないくらい巨大なその円形の建造物には、また比べ物にならないくらいの観客が入っていた。ここからでは確認できないが、このどこかにヴィーたちが座っているハズだ。……しかし、これだけ人が集まると凄い眺めだな。


 その闘技場の中央部には四角形の大きな窪みがあり、その大きな正方形の空間を巨大な壁で9つに分断していた。そのうち中央部を除いた8つの空間に、2人ずつの人間が立っている。その一つで、オレは一回戦の対戦相手と相対していた。


 漆黒の長髪を風にたなびかせる、壮年の男。ジュールのように鎧を纏ってはおらず、それでなお歴戦の戦士といった風格のある人物だった。その男が、口を開く。


「我は聖貴士13の剣が一人、ガロと申す」


 本来、辺りはその声援で埋め尽くされているハズだが、ここでは魔術によって周囲からの影響が抑えられている。お陰で、こうして相手の声がよく聞こえる。ジュールと言いコイツといい、やはり貴士としての礼儀なのだろう。相手からの自己紹介に、こちらも応える。


「探索者のヴェルクだ」

「ヴェルク殿、いざ尋常に……」


 そう言って左足を半歩引き、腰に提げた魔剣の柄に手をやるガロ。鎧も着ず、どこまでも軽装なその姿は、オレのソレに近いものがある。相手の「気」が、文字通り、研ぎ澄まされていくのが判る。……そして次の瞬間。


「勝負ッ!!」


 相手は「加速」の能力によってオレの目前まで一気に迫り、居合い抜きの要領で斬撃を放った。踏み込みの速さはジュールや、あのラフィって女貴士ほどじゃないが、鞘から撃ち出された切っ先のスピードは、二人のソレを大きく上回っている。が、その「気」は非常に掴み易く、防御することは容易かった。オレは、腕に仕込んだ魔剣を咄嗟に反応させ、高速の打ち込みを魔剣で受け止める。


 しかし――。


「な……ッ!?」

「我が太刀シンカイに、斬れぬもの無し!!」


 オレの魔剣は、緩やかな曲線を描いたその片刃の魔剣によって綺麗に切断されてしまった。そのままオレの首を狙うガロの剣が、ギリギリのところでソレをかわしたオレの目前を掠めていく。


「く……ッ」

「チィ……躱されたかッ!!」


 呼び起こしたハルマッゾの知識によると、あれは遥か東方の地で生み出された「刀」という武器だ。ただただ斬ることだけに特化し、薄い鉄の刃で同じ鉄の塊をも切り伏せる、東方の「魔剣」。しかし何故、ジュールたちのソレと同じ効果を持つ魔剣の形状がこうも違うのか。……いや、今はそんなことを考えている場合ではないな。


 オレは、脚部に施された強化によって一気に間合いから飛び退く。瞬発力だけなら「加速」を使ったガロにも勝っているのがせめてもの救いだ。まぁ、こっちは身体にかかる負担が半端無いんだけど。また同時に、斬られた魔剣を回復させておくのも忘れない。数千年もの間蓄え続けられた魔剣ハルマーの魔力は無尽蔵で、一度や二度、その刀身を砕いたくらいでは真に消滅させることは不可能だ。お陰で、使用者の魔力を消費しない、というメリットまである。


 ただ「魔術の分解・吸収」という真価を発揮するのはやはり対魔術師戦であって、こういう場面でもこうして戦えているのは、魔剣の力というよりも、ハルマッゾの知識や技術によるところが大きい。そもそも、人間の身体構造を熟知しているハルマッゾの知識が無ければ、体内に宿した魔剣によって身体能力を強化するなんて真似ができるわけが無いのだった。


「むぅ、再生するとは。その魔剣、面妖な代物であるな……!!」

「ソレを斬っちまうアンタの剣術ほどじゃあねぇよ……ッ」


 魔剣の能力で加速し距離を詰めてくるガロに、大剣型に変化させた魔剣で相手の間合いの外からの一撃を見舞うが、それも魔剣シンカイの一閃であっさりと両断されてしまう。斬られた魔剣ハルマーの刀身が、空中で霧散する。……おそらく、その剣の腕だけで言えば、ハルマッゾと同等レベルの使い手だ。どれだけの修練を積めば、それだけの技術を身に着けることが出来るのか……。<石>の力があったとしても、簡単なものでは無い。なんでジュールは、コイツを差し置いて団長なんてやってられるんだ……?


「破ッ!!」

「うおっと……!!」


 またしても魔剣ハルマーを両断し、オレの身体を掠めていくガロの魔剣シンカイ。思わず、ラフィに撃ち込まれた時のように、腕に仕込んだ魔剣を使って受け止めようとしてしまうが、そんなことをすればそのまま腕ごと持っていかれてしまうだろう。流石に、ハルマッゾ戦の二の舞は避けたいところだ。


 オレは防戦一方の中、神経を研ぎ澄まし、相手の発する研ぎ澄まされた「気」を捕らえていく……。そして――。



 ◇



「そうそう。ヴェルクさん、コレを読んでおいて下さいませ」

「……なんだよ、コレ」


 あの日、帰りのエスコート役にオレを指名した姫さんが、その別れ際にオレへ向かってその小さな手を差し出した。手渡されたのは、丁度、手のひらに隠せるほどの大きさに小さく折りたたまれた一枚の紙切れ。以前に読んだ某報告書を思い出して、思いっきり顔を顰めるオレに、姫さんはにっこりと微笑む。……なんつぅか、嫌な予感しかしないんだけど。


「あら、お嫌そうですわね。私、貴方がたのために結構頑張りましたのよ?」

「貴方がた……って誰のコトだよ」

「そろそろ気付いてもよろしい頃かと思いますわよ? ……それでは、ごきげんよう」


 そう言って、いつぞやのように優雅にお辞儀する姫さん。オレはその場で手渡された紙切れの内容に目を通し、慌てて視線を彼女に戻す。しかし結局何も言えず、去っていく彼女をただ呆然と見送るだけだった。


 ホント、オレたちとは役者が違うんだよなぁ……。



 ◇



「な……ッ!?」


 ガロの目が、驚愕に見開かれる。しかし、当然かもしれない。なにせ、オレが行った芸当が芸当、だからなぁ。極限まで研ぎ澄ました神経と、相手の発する「機」を寸分の狂いなく察知し反応する身体能力と技量とが無ければ、到底成し得ない技だ。それも、本来は真剣での本気の撃ち込みに対して行えるような技じゃない。オレだって、実戦でこれだけの凄腕相手に使ったのは初めてだ。


「白刃取り、だと!?」

「これも東方の技、だったか……オレ個人の技量じゃ無理だったな。ハルマッゾに感謝しねぇと」


 相手の「気」が研ぎ澄まされており、「機」が読みやすかったこともあって、その試みは成功した。全身に張り巡らせていた魔剣の反応が少しでも遅れれば、胴体は真っ二つにされていただろう。全てを切り裂かれ、攻撃・防御がまともに出来ない中での、あまりにギリギリの賭けだったが、それ故に相手に与えた衝撃も大きかったらしい。


 オレは己の魔剣の力で腕力を強化し、そのまま魔剣シンカイを折るつもりで捻りを加えるが、ガロはすぐに手を離した。そして「加速」能力を失ったガロは、それでもなお常人としては鋭い動きで跳び退り、そのままその場に膝を着いた。


「……我が命とも言えるシンカイを奪われては、仕方が無い。……参った」


 そう言って、頭を垂れるガロ。その様は、話に聞く貴士らしく、潔い。……これでようやく一人目、か……。気の長い話だな。神経が磨り減って仕方ねぇ。これが、トーナメント戦じゃなければ、心労で死んでいたな。


 そんなことを思いながら溜息をついていると、こちらと同じく試合が終わったらしい隣の舞台とを隔てていた壁がズズズズ、と下がり降りていく。オレはそれを見ながら、姫さんに貰った紙切れに書かれていた内容を思い出す。



『王都に住まう有力貴族の方々を、説得いたしました。


 結果、ある条件と引き換えに、聖貴士たちの思惑に乗らないとの約束を

 取り付けました。これにより、ヴィーさんが真実を知って前王の<石>を

 受け継いでも王位継承とは成らず、聖貴士たちの野望は潰えるでしょう。


 その条件は一つ。貴方が今回の武術大会で優勝することです。

 それでは、ヴィーさんのためにも張り切ってくださいませ。  シルヴィア』



 恐らく、このために姫さんは王都へ「里帰り」していたんだろう。彼女にしてみれば、親しい立場にあるヴィーが女王となることはむしろプラスであるはずなのに……ヴィー自身が、それだけ大事だってことなんだろう。ありがたいことだ。


 だが、一つ問題が。たしかに、一連の流れに決着が見えたのは本当にありがたいことなんだが、しかしオレに関しては全然事態が好転していないのは、気のせいじゃねぇよな? てか有力貴族との取引条件がオレの本選優勝って、ハードルと重圧上がってねぇ?


「……まぁ、やってみますか」


 たしか、本選登録人数は16人。その内11人が魔剣を持つ聖貴士団の一員で、トーナメント形式のこの大会で優勝するためには、残り3回、勝利する必要がある。果たして、次の対戦相手は、どんなヤツなんだろうか……。


「刀」って、武器としてはやっぱり魅力的ですよね。ちなみに魔剣シンカイの元ネタは、昔、刀集めが趣味だった祖父から聞いた「真改」という名前の刀鍛治だったりします。

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