35.宿泊
「やあやあやあ! いらっしゃいませ、ヴェルクさん! いやあ、お噂に違わぬオーラが出ておりますな」
「あ……いや、僕はそのヴェルクの弟子で、フェンと言います。師匠は、あちらです」
丸々太ったチョビ髭のオッサンがいきなりやってきたかと思えば、フェンの手を握ってブンブンと振り回す。フェンがそれに戸惑いながら訂正を入れると、そのオッサンもまた戸惑った表情でオレへと視線を向けた。
「ああ、こりゃ失敬!! ……なるほど、こちらの方がそうでしたか」
オッサンはオレをしばし眺めた後、少し残念そうな表情で呟く。……なんだよ、失礼なヤツだな。
「アンタ、誰なんだ?」
「ああっと失礼、申し遅れました。私、ここの経営者で、名をマルクと申します。テイルとヘンリーは、私の姪っ子甥っ子にあたりましてね、貴方がたのことは手紙で聞いておりますよ」
「……はぁ~。あの二人、凄いお金持ちの子だっただな」
そうアンナが言うと、マルクは「滅相もございません」と言って笑った。……いやいや、十分に金持ちだろ、これは。これで金持ちじゃないだなんて言ったら、この世から「金持ち」という概念が消えてなくなるぞ。
オレたちはそのまま、今回宿泊する部屋へと案内して貰うことになった。
途中、昇降機に乗って連れて行かれたのは、最上階。昇降機自体は、階層の深い遺跡などを繰り返し探索するために設置されることがあるので、オレたちにとって珍しいものでは無いが……。しかし建物の中にあるってのは初めてだな。しかも最上階って、かなり良い部屋なんじゃないのか? 本当に、タダで泊まれるんだろうな……?
「うわぁ。フェン、こっちに来るべ!!」
その部屋に入るなり、そう言って駆け出すアンナ。向かう先は、部屋の外に置かれたバルコニーだ。ニコニコするマルクを筆頭に、オレたちも後へ続く。部屋の中も、すげぇ豪華だ。かといって、調度品に成金趣味的な嫌味がない。このオッサン、意外と良いセンスしてやがる。
「これは、すげぇな……」
姫さんの付き添いで、こういったところには慣れていると言っていたヴィーも、その景色には絶句していた。……確かに、凄い。王都の南側に広がる街並みが一望できる絶景だ。丁度、夕日が沈みかけていて、その光に家々が照らされている。
「建設には苦労しましたがね。まぁ、こんな景色が望めるのは、ウチか王城くらいのものでしょうな」
「よく、許可が下りたな」
たしか、王都に建物を造る際には、王城の半分以下の高さに限定されるなんて話を聞いたことがある。しかしこの宿、どう考えても王城並みの高さを誇っているように感じるのだが……。
「そこは、陛下に直接許可を頂きました」
「国王に直接、か? 一体、どうやって?」
「こう見えて私も元騎士でして、ちょっとした伝手が。……まぁ、王城側に窓を設けないことと、非常時には拠点となることが条件だったんですがね」
でっぷりとした腹を撫でながら、恥ずかしそうに言うマルク。いや、テイルも元騎士だと言うし、あながち嘘だとは思わないが……まるで想像できんな。
しかし「非常時」ってことは、国王は、かねてよりこの王都が戦場になることを考えているってことか。……いや、それも決して有り得ない話じゃ無いのか。オレは、先日見たあの地下通路を思い出す。
結局、あの後に王都から派遣されてきた騎士団によって帝国方面の通路探索が行われたが、その途中で落盤が起こり、道は完全に閉ざされてしまった。
話によると、どうやら魔術を使ったトラップが仕掛けられていたらしく、帝国の人間以外がそちらへ進もうとすると発動するようになっていたのだろう、とのことだった。今も、あの場所は厳重に監視されている。
……あそこから運び込まれた物は、未だに見つかっていない。
ちなみに、あの時に手に入れた魔剣は、無事にマリアへと届けた。というより、ギルドに報告した翌日にはウチに現れたんだが。恐らく、例の報告書に記されていた諜報員が、まだ活動しているんだろうな……。ご苦労なことだ。
「こちら、二人部屋になりますので、もう一部屋ご用意させていただいております。こちらへどうぞ」
そう言って、マルクは先を歩き始める。いや、あの部屋に4人でも十分だと思うんだが……。まぁ一応、男と女に分けたほうが良い、か。ぞろぞろと、マルクについて歩くオレたち。
「それにしても、あんな部屋を……良いのですか?」
そこへ案内されている途中、フェンがマルクに尋ねる。確かに、いくら経営者の姪であるテイルの紹介とは言え、こんな豪華な部屋にタダで泊まれるというのは、腑に落ちない。かつてマリアに騙されたオレは、ウマい話に飛びついた後のことをネガティブに考えてしまう。
「ええ。滅多に頼みごとをしない姪っ子たっての願いですし、それに……陛下からも、お達しがありましてね。今大会の優勝候補に最高の部屋を……と」
「…………はい?」
今、何て言った……? 国王が、ヴィーの兄ちゃんが、オレたちにあの部屋を?
「いや、私も驚いたものです。テイルの手紙の書かれていた人物が、まさかそのような凄い方だったなんて! いっそのこと、あの子の婿にと思い……ああ、いやいや……それでは、こちらの部屋へどうぞ」
以降のオレの足取りが、一気に重くなったことは……言うまでもない。
◇
部屋の案内が終わり、どうにかマルクが去った後、何故か部屋割りの話になった。
「んなもん……オレとフェンの男同士、ヴィーとアンナの女同士で決まりじゃねーか」
「却下だべ。オラとフェンは同じ部屋じゃないとダメだべさ」
「なんでだよ? ……おいフェン、まさか!?」
「師匠が何を考えているか知りませんが、その想像は外れていると思いますよ」
結局、理由は有耶無耶にされたままだったが、最終的には多数決という民主的な手段を用いて決議された。……結果は、言うまでもない。いつぞやの遺跡での出来事のように、オレはいつも貧乏くじを引かされる運命にあるのだった。しかも……。
「ヴィー、この場面でお前まで裏切るなんてな……」
「べ、べつに良いだろ!! それとも、アタシと……その、同じ部屋なのは、嫌か?」
「いや……オレは別に、構わねぇんだが……」
そういう問題でも無いような気がする。どことなく、フェンもホッとしているような雰囲気だったし、絶対になにかあるな、コレは……。
んなワケで、本選が終わるまでの間、オレとヴィーは同じ部屋で過ごすことになってしまった。……って本当にどんなワケなんだよ、まったく。まぁ、ヴィーとは最近何度か同じ部屋で寝てると言えば寝てるのだし、長年の付き合いがあるから気が楽ではあるんだけど。
「とりあえず、もう寝ようぜ。ヴィーも疲れてるだろ?」
さっきもぐっすりだったもんなぁ……って、なんだよヴィー。その複雑そうな表情。ホラ見ろよ、すげぇ上質なベッドだぞ、コレ。良く眠れそうだ。
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……次回、ようやく本選開始です。今しばらくお待ちください。